16話 下位吸血鬼と決闘しているはずだった高位骸骨助祭
時は僅かに遡り――
レオーネがゼルブランドに呼ばれ彼の傍らに向かった後、ダリアスはゲジャッグの背後に大人しく控えていた。
(今のところ、エーリッヒさんの言っていた通りトラブルなく進んでいるな)
武装している事や、吸血鬼ではないのに出席している事で絡まれてもいないし、妙な因縁を付けられてもいない。この後、ゼルブランドから何か要求……おそらく、彼が用意した相手と戦う事を命じられるだろう事以外、何事も無く順調だ。
(生きている頃だったら、腹の虫が鳴っていたかもしれない)
嗅覚が無く飲食も不能なダリアスだが、夜会に供されている色とりどりな料理の数々は視覚的にも鮮やかで、見ているだけで満足感があった。できれば、生きている内に一口くらい食べてみたかったと思わなくもない。
そう思っていると、(そうだ)とふと思いついた事をゲジャッグに耳打ちする。
『ダンスが終わった後食べられるように、レオーネ様に料理を取っておきましょうか?』
彼女はまだ人間の血液入りの酒を一杯しか飲んでいない。ダンスの合間に小腹が空くかもしれないと提案すると、ゲジャッグは頷いた。
「良い考えです。私はここに居るから、適当に……城では手に入り難い魚料理でも取っておけ……ください。ああっ、お嬢様っ! そう、そうです、その調子ですっ」
『分かりました』
こう言った場が不慣れなレオーネを心配するあまり、執事長としての仮面から素がはみ出ているゲジャックに頷くと、彼から離れて料理が並ぶテーブルに向かう。
絶海の孤島にある城だから、海の幸を使った料理が多いだろうと思ったが、改めて見てみると肉料理の方が多かった。
(そうか、食材も転移魔法で島の外から運んできているから、島の食材は無いのか。そうだよな、島の周りで漁をしていないだろうし。
自分で探すより、聞いた方が早いな)
そう思い直すと、手近なテーブルで給仕をしている人間の女性に話しかけた。
『すみません、魚料理を探しているんですが、何処にあるか教えてもらえませんか?』
「えっ、あっ、はい。魚料理でしたらあちらのテーブルに……」
吸血鬼ではなく骸骨に話しかけられるとは思わなかったのか、女性は驚いた様子だったが、やや離れた場所にあるテーブルにあると教えてくれた。
ありがとうと礼を言ってそこに向かおうとするダリアスだったが、途中でそれどころではなくなってしまった。
『この栄えある夜に、我らが祖ガルドール、そしてヴァンパイアロードであるゼルブランド様にこの清らかな血を献上いたします!』
魚料理が並ぶテーブルと彼の間で、吸血鬼の青年が抜身のサーベルを掲げてそう宣言したからだ。彼の足元には、大人しく首を垂れるエルフの少女がいる。
これから少女の首をそのサーベルで刎ね、その血を杯にでも注ぐつもりなのだろう。周りを見ると、誰も吸血鬼の青年を止めようとはしない。ただ、全員が彼の味方という様子ではなく、殆どの者は困惑しどうするか咄嗟に判断出来ていないだけのように見える。
『止めろ』
ダリアスが冷静に考えられたのは、そこまでだった。
「な、なんだと?」
戸惑った様子でダリアスを見つめ返す吸血鬼の青年。その様子すら、ダリアスの怒りを刺激する。彼自身、何故自分がここまで激怒しているのか、理解できなかった。
『止めろと言ったんだ』
だが、自分でも驚く程の怒りが何処からか溢れて来る。名前も知らないエルフの少女の命を守るために、やはり名前も知らない吸血鬼の青年を、死力を尽くして止めなければならない。そうしたい、そうしなければならない。
そんな抑え難い怒りを表すように、ダリアスの身体からオーラが立ち上り彼の身体に纏わりついている。
「ス、スケルトン如きが、僕に指図するのかっ!」
吸血鬼の青年が言い返すが、その迫力に押されてか声が上ずっていた。
「このスケルトンを動かしているのはどなたかな? 神聖な儀式を邪魔するような悪戯は控えていただきたい」
その青年を擁護するように、彼の近くにいた別の吸血鬼がそう言葉を発した。見たところ狼系の獣人出身で、外見は三十代から四十代ぐらい。吸血鬼になってからの年数も青年より上なのか立ち振る舞いが落ち着いている。
『何を言って――』
「私よ」
ダンスを中断したレオーネの声が響く。
「レオーネ嬢、あなたの僕だったか。なんの理由があって止めたのかね?」
「ゾルフィウス卿、彼はディランティアの信者なの。生贄なんて止めて当然。それに、ホストに断りも無く儀式を始めるなんて、マナーに反すると思うけど?」
ダリアスと青年を置いてきぼりにして、レオーネとゾルフィウス卿という獣人種の吸血鬼との間で話が進む。その間も彼は青年がエルフの少女を害さないよう睨みつけている。
その間もエルフの少女は逃げるどころか、顔を上げようともしない。ただただ無防備に首を垂れ続けている。むしろ吸血鬼達の方が動いており、青年とゾルフィウス卿以外の吸血鬼とその従者の殆どが彼らの周りから離れ、距離を取って様子を伺っている。
(そう言えば、こいつらレオーネ様に挨拶に来ていないな。だから俺の事を知らなかったのか)
整っているが特徴に乏しい顔つきの青年はともかく、ゾルフィウス卿は一目見たら印象に残る鋭い目つきをしている。しかし、ダリアスは青年が騒ぎを起こすまで見た覚えが無かった。
「マナー違反か、確かにその通り。その点では、若気の至りと言えるだろう」
「っ!?」
「だが、若さ故の情熱というものも理解していただきたい。それに、若輩者のミスを寛大な精神で許す度量も必要だと思うが?」
非を認めたゾルフィウス卿に青年が驚いた顔をするが、続く言葉を聞いてすぐに落ち着きを取り戻す。他の吸血鬼達も、殊更青年を非難する者はいなかった。
彼等にとって、エルフの少女を生贄に捧げようとする事は叱責で許される程度の事だった。
「もっとも、君の僕は許す気はなさそうだが」
しかし、ダリアスは殺気を一向に収めなかった。今も無言で、青年やゾルフィウス卿がエルフの少女を害さないか見張っている。
「では、ホストの俺が取り仕切るとしよう」
緊迫しだした場に、それまで黙っていたゼルブランドの声が響いた。
「まずは生贄だが……勇み足とはいえ貴様の我々の祖に対する信心深さには感心させられた。だが、ここは社交の場。不快に思う者も少なくない以上、儀式の進行を認める事は出来ない」
発せられた言葉自体は、青年を穏やかに窘めている。だが口調は冷たく、視線には殺気が込められていた。青年だけではなく、ゾルフィウス卿にもそれは向けられている。
青年の顔から再び血の気が引くが、ゾルフィウス卿は平静を保っているように見える。ゼルブランドはそんな二人から視線を外すと、レオーネとダリアスの方へ顔を向けた。
「だが、その社交の場を乱したのは止めようとした者達も同様か。ガルドールとディランティア、どちらも我々吸血鬼にとって偉大な神々である事に変わりなし。
ここは決闘によって沙汰を決めようと思うが、どうだ?」
「決闘って、私とゾルフィウス卿で?」
「違う、ゾルフィウスは擁護しただけで儀式を強行しようとしたのはそこの若造だろう」
「そ、そんなっ!?」
青年の顔色が青から土気色に変わる。レッサーヴァンパイアでしかない彼が、ハイヴァンパイアであるレオーネと決闘なんて、彼が一方的に惨殺される処刑にしかならないから無理もない。
「それに、この若造を止めたのはお前ではなくお前の配下、ハイスケルトンのダリアスだ。よって決闘はダリアスと――」
「この者はジリウスと申します」
「ダリアスとジリウスで行うことする。今から、ここでな」
青年……ジリウスはあからさまに安堵した様子を見せた。ダリアス相手なら勝ち目がある、いや、まず勝てると思ったのだろう。
「決闘でジリウスが勝てば、貴様が行おうとしていた儀式を認め、その信仰に報いよう。ダリアスが勝てば、儀式は認めん。その奴隷の身柄は俺の名をもって保護する。異論は?」
「妥当な落としどころでしょうな」
「私も構わない。……上手くやったわね」
決闘の当事者を置いてきぼりにして、話を進めるゼルブランド達。とはいえ、意見は求められなかったがダリアスにも異論は無かった。
エルフの少女の身柄をゼルブランドが保護するという点は若干気になったが、生贄に捧げようとしたジリウスやその主の元にいるよりは良いはずだと納得する。
「貴様はどうだ?」
ゼルブランドに問われたエルフの少女だが、彼女は自分が意見を求められているとは思わなかったのかしばらく動かなかった。
「……私、でございますか? 私は吸血鬼様にお仕えする者です。吸血鬼様の決定に従います」
そして困惑を浮かべたまま、やはり助けを求める様子はない。少女は生まれた時から、吸血鬼に仕える奴隷として育てられてきた。主に逆らう事は悪であり、人生の規範は主に仕える事であり、血を捧げる事は栄誉であると刷り込まれてきた。
彼女の親も、祖父母も、そのずっと前から。
革新派の吸血鬼にとっての人間が平民なら、保守派の吸血鬼にとっての人間は血を啜るための家畜なのだ。
「では、始めろ」
ゼルブランドがそう告げた瞬間、ジリウスが飛び出した。巻き起こった風でエルフの少女の髪が乱れる程の勢いでダリアスに接近すると、サーベルを使うまでも無いと拳で殴りつける。
「ぶっ!?」
しかし、ダリアスはそれをサイドステップで回避するとジリウスを側面から盾で殴り返した。更にメイスを振り下ろすがそれは腕で防御されてしまう。レッサーとはいえ吸血鬼の怪力は凄まじく、人間なら骨が砕ける衝撃にも平気で耐える。
『『女神の一撃』!』
だが、ダリアスがメイスの一撃と同時に放った神聖魔法が胴体に直撃し、短い悲鳴を上げて床に転がった。
『ウオオオオッ!』
速攻で決着を付けようと、追撃を仕掛ける。ダリアスにとって、エルフの少女が助けられる事を望んでいない事は関係なかった。彼女の意志に関わらず、彼女を助けなければならない。助けなければ、リディアに兄として顔向けできない。そんな思いがあふれ出て止まらない。
「ぐっ、ぐおおおおっ! 『魔力障壁』!」
ジリウスは怒りのあまり叫びながら床を転がり、防御魔法でダリアスの追撃を防ぐ。彼のメイスが魔力の壁に防がれた隙に立ち上がる。
「スケルトンの分際で、よくも僕の背に埃を付けたな! もう許さんっ、バラバラにしてやるっ!」
そして激高すると、懐からスキットルを取り出した。決闘の最中に飲酒か? とダリアスが内心驚いていると、ジリウスはその中身を一気に飲み干す。
「かはぁぁぁっ! もう貴様に勝ち目はないぞっ!」
空になったスキットルを握りつぶしながらジリウスが叫び、床から浮かび上がるとダリアスに向かって飛び掛かった。
『早い!?』
その速さは先ほどとは段違いで、ダリアスがオーラで身を固める間もなくジリウスのサーベルが閃いた。
(チッ、予想外だな)
実行犯に仕立て上げられた下っ端の若造とダリアスが揉めていたから、都合がいいので予定を変更して決闘させてみた。
十中八九ダリアスが勝つだろうと思っていたのに、レッサーヴァンパイアだったはずのジリウスは決闘の最中に存在進化を果たし、ヴァンパイアになってしまった。
ジリウスが飲んだスキットルの中身は、彼の主の血だろう。そうでなければ、このタイミングで存在進化が起こるはずがない。
「保守派の連中、普段から血を尊ぶべしと唱える割に自分の血を合理的に使うものだな。見習うとしよう」
「感心している場合でしょうか?」
決闘の邪魔にならないよう他の吸血鬼と同様に距離を取って観戦しているゼルブランドに、半眼になったアーデリカが問いかけた。
「レッサーヴァンパイアならともかく、ヴァンパイアが相手では……止めなくてよろしいのですか?」
レッサーヴァンパイアとヴァンパイアの差は、アーデリカが心配する程大きい。ヴァンパイアは全ての面でレッサーを大きく上回っている上に、レッサーが持たない能力も獲得している。
「フハハハハ! 鈍いっ、弱いっ、脆いっ! 僕の背に埃をつけた事を後悔しながら冥界に堕ちるがいい!」
高揚し牙をむき出しにしながらサーベルを振るうジリウス。その身は翼も無いのに空を飛び、瞳は紅く輝き、強力な再生能力によってダリアスによって負わされた傷は既に完治している。
『『月の守護』、『中級敏捷性強化』、『中級筋力強化』!』
ダリアスが構える盾や纏っている皮鎧は防ぎきれなかった攻撃によって、既に傷だらけだ。なのに、反撃に転じる隙が無いのか、神聖魔法で自己強化を行って何とかしのごうとしている。
ジリウスが先ほど言った通り、とても勝ち目があるようには見えない。
「決闘を提案したのは俺自身で、決闘中に血を飲んではならないという取り決めも無い。そうである以上、手出しは出来ない。
つまらん嫌がらせと侮って、してやられた」
以後反省しよう。そう思うゼルブランドに、アーデリカは視線でレオーネを指した。
「ちょっと、何やってるの!?」
「お嬢様、落ち着いてくださいっ」
すると、レオーネは眦を吊り上げ握り拳を振り回していた。ゲジャッグに制止されても聞く素振りは無く、他の吸血鬼からも遠巻きにされている。
「……立場上止めた方がいいか。おい、レオーネ――」
「何やってるの、ダリアス! そこは守りじゃなくて攻めないと! 叩くなら今の内でしょ!?」
「そっちかっ!?」
てっきりジリウスの方を非難しているのかと思っていたら、レオーネが行っていたのはダリアスへの叱咤だった。
「ほらほら、反撃するなら防具が持っている間にしないと!」
ゼルブランドが思わず入れたツッコミにも気が付かない程、レオーネは熱心にダリアスへ声援を送っている。どういうことかと彼が改めて戦況を見てみると……。
「なるほど、確かに叩くなら奴が慣れていない今の内だな」
そう納得した。
「ええい! しぶといっ!」
ジリウスは攻撃を続けながらも、苛立ちを隠さずにいた。
夜会の主催者であるゼルブランドの顔に泥を塗る。そのために生贄を捧げるという茶番を仕掛けるよう、命じられた。スキットルの中身は、その報酬兼保険だった。
ゼルブランドが激怒し、彼に直接制裁を加えようとした場合に飲んで存在進化し不死性を強化すれば、その場で殺されても後で復活させる事が出来ると言われていた。
その保険を予想外の事態で使う事になったが、ヴァンパイアに存在進化すれば目の前の奇妙なハイスケルトン如き、軽く捻れるはずだった。
(なのに何故、こうも上手くいかない!?)
だが、その奇妙なハイスケルトンはジリウスの猛攻をしのいでいた。皮鎧と、何よりも盾が見た目より強靭だった事もあるが、致命的な攻撃をギリギリでずらして背骨や首の骨を守っている。
(何故こいつは、今の僕の動きについて来れるんだ!? レッサーだった時はまだしも、今の僕はヴァンパイア、正真正銘の吸血鬼なんだぞ!?)
『たしかに、そろそろ反撃に出るべきだな。そろそろ――』
確かに、ジリウスの動きは速かった。しかし、彼にレオーネがゆっくり型を見せてくれた時の動きより数段遅く、何よりも単調だった。まるで、自分の身体能力について行けていないかのように動きに無駄が多すぎる。
「反撃だと? そんな事が――」
『お前の動きに慣れてきたころだ』
ジリウスのサーベルが閃くが、ダリアスのオーラを纏った盾に防がれ鈍い音を響かせて半ばから折れた。
「なっ!? ぐぼぁ!?」
カウンターで放たれたメイスの一撃が、ジリウスの肋骨を砕く。人間ならこれで戦闘不能だが、ヴァンパイアである彼はこの程度では倒れない。後ろに大きく下がって距離をとり、回復魔法を唱えようとする。
『『女神の一撃』!』
しかし、ダリアスもそうはさせまいと攻撃魔法を放ち、追撃を仕掛ける。
「クソッ! よくも……!」
ディランティアの光線を避けきれず肩を撃たれたジリウスの詠唱が、悲鳴で中断される。自前の再生力で回復する時間を稼ごうと、ダリアスを睨みつける。
『おおおおおおっ!』
「くっ!」
だが、何の効果も現さなかった。ジリウスは空を飛んで何とかダリアスから距離をとった。
(こいつ、何処を見ているんだ!?)
吸血鬼の視線は、視線が合った対象の精神を攻撃する事が出来る。麻痺や魅了といった状態異常に陥らせ、偽りの記憶を植え付ける事も出来る。
だが、ダリアスの眼窩にあるのは眼球ではなく青白く燃える炎だ。そのため、彼が何処を見ているのかジリウスからは判別できない。そしてダリアスも、吸血鬼の視線の危険性は知っていた。だから、最初からジリウスの顔ではなく首から下を見て戦っていた。
「炎よ、破壊と誕生の象徴よ、我が手に集いて敵を撃て! 『炎の弾丸』!」
しかし、吸血鬼の力は優れた身体能力や視線だけではない。強大な魔力に裏打ちされた攻撃魔法をメイスの届かない上空から連続して放ち、ジリウスはダリアスを圧倒しようとした。
「ゼルブランド様、火まで使い始めましたが?」
「あの程度の拙い初級魔術なら構わん。床の焦げぐらい、魔法ですぐに修復できる。エーリッヒがな」
「はい、床よりむしろシャンデリアが無事で済むかが心配です。修復が床の数倍難しいので」
ゼルブランドからは酷評されたジリウスの攻撃魔法だが、ダリアスにとっては厄介な攻撃だった。オーラを纏わせた盾を頭上に掲げて防ぐが、直撃すれば骨でもただでは済まない。
『『女神の一撃』!』
しかも、攻撃魔法で反撃しても単発であるため回避されてしまう。
(『浄化』は、上空に逃げられたら意味が無い。何でここはこんなに天井が高いんだ、まったく。フォースティアの神聖魔法を使うのは、他の吸血鬼達に囲まれている今やるのは最後の手段にしたい。
他に飛び道具は……おっ、これならいけるか?)
ふとジリウスの激しい踏み込みを受けてひび割れた床が目に入ったダリアスは、思い付きのままに床に向かってメイスを振り下ろした。鈍い音を響かせて砕ける床材の破片をつま先に乗せ、オーラで包む。
『『神聖武器』! フンッ!』
そして、軽く蹴り上げて神聖魔法をかけ、更にメイスを振るって上空のジリウスに向かって打ち上げる。
「っ!? 礫!?」
神聖魔法とオーラによって強化された床材の散弾は、ジリウスが放つ炎の弾幕を抜けて彼の肉に食い込んだ。
「小賢しい真似をっ!」
だが、強化されアンデッドに有効な武器となっていても所詮床材の礫。ジリウスを痛めつけ怒らせる事には成功したが、与えた傷はすぐに再生してしまう。
(このまま床を礫にしてもらちが明かない。他に何かないか?)
オーラを込めた物を飛ばすと消耗するし、ダリアスから離れたオーラはすぐに薄れて消えてしまう。攻撃魔法に込めて一撃必殺に賭けるか、それとも一振りしかないメイスにオーラを纏わせて投げつけるか。どちらも分が悪く思える。
他に武器になりそうなものを探すダリアスは、ふと閃いた。一つや二つなら欠けても問題無い物が自分にはある。しかも、丁度ジリウスに半ば断たれているから、取り外ししやすい。
『やってみるか』
ダリアスはメイスの柄を口に咥え、空いた右手をジリウスに切り裂かれた皮鎧の裂け目に突っ込んだ。
「『炎の弾丸』! 空を旅する者よ、切り裂き別つ刃となれ! 『風刃』!」
炎だけではなく風の攻撃魔法も交えながら、ジリウスはダリアスを上空から攻撃し続けた。観戦している吸血鬼達からの嘲笑が耳に入るが、彼はこのままダリアスを削り続け勝つつもりだった。
そのダリアスが、再び地上から礫を撃ち上げて来た。
「下らない悪足掻きをっ! そんな物、僕には――ごぶっ!?」
両腕を盾にして礫を防いだはずのジリウスだったが、その腕を貫通し胸板に何かが深々と突き刺さった。それは、青白いオーラに包まれた白い棒状の物……ダリアスの肋骨だった。