15話 吸血鬼の夜会に出席する高位骸骨助祭
ダリアスがレオーネから与えられた新しい武具は、見た目は武骨なものだったがなんとマジックアイテムだった。
メイスもラウンドシールドも材質はただの鉄だが、プルニス・プルコットが吸血鬼の怪力にも耐えられるよう、錬金術で強度や粘度を上げ、ひたすら頑強にしたそうだ。
付与されている魔法はシンプルだが、一応マジックアイテムなので特殊な相手――物理的な攻撃が効かないゴースト等――にも、一定の効果があるらしい。
『ヒギャァァァァァァ!?』
ダリアスが実際にゴーストをメイスで殴ると、悲鳴を上げながら一旦逃げていく。
『……効いているんですよね、これ?』
なお、ダリアスがゴーストをメイスで殴りつけたのはこれで五回目だ。
「『一定の効果はある』とは言ったけど、倒せるとは言っていないよ」
「次はオーラを纏わせて殴ってみて」
製作者のプルニス・プルコットが、二つの首を生やした状態で答え、指示を出す。それに合わせたように、ゴーストが再びダリアスに襲い掛かった。
『フン!』
そのゴーストを、オーラを纏わせたメイスで一閃する。すると、青白い火花が散るようにゴーストは断末魔の悲鳴も残さず砕けて消えた。
『えっ!? そんなあっさり』
今まで何度殴っても悲鳴を上げるだけで、たいしたダメージを受けた様子の無かったゴーストがあっさり消滅した。驚き声をあげるダリアスに、メモを取りながらプルコット達が話しかける。
「やはり、私達が睨んだ通りオーラは魂の力らしい。ゴーストにも有効ならほぼ確実だ」
「下手な聖水より効果がありそうだ。ダリアス、これからゴーストに遭遇したら『浄化』の代わりにオーラで殴ると良いと思うよ」
『はい……まあ、あんまり遭遇しませんけどね、ゴーストって』
アンデッドの中ではスケルトンやゾンビと同様に有名なゴーストだが、その発生数は意外と少ない。死体や自身を殺した凶器等、何かを依り代にせず魂だけでアンデッド化するのは難しいらしいのだ。
物理攻撃が効かず壁や地面をすり抜けて襲い掛かってくるゴーストはアンデッドの中でも対処が難しい相手なのでオーラが効く事が分かったのは、幸いだった。しかし、今後活かす機会があるかどうかは不明である。
「じゃあ、次はワイトを召喚するからそれを倒してみて」
『プルニスさん、今日は物理攻撃が効かない相手縛りなんですか?』
ワイトとは一見するとただのゾンビのように見えるが、冥界の生命力もしくは呪いによって動く存在だ。ゾンビより力が強く俊敏で、獣並だが知能もある。しかも、肉体があるのに物理的な攻撃だけでは倒せない。
『しかも、それって禁術なんじゃないですか?』
だが、何より厄介なのはワイトに殺された存在は一日後にワイトになって動き出すという点だ。一匹でも発生すれば、被害が加速度的に広がりかねない。
そのためワイトは冒険者ギルドでは特別危険指定を受けており、他の魔物より厳しく対処されている。
そんな存在を簡単に召喚して良いはずが無いのだが――。
「人間の国では禁術だけど、ここは吸血鬼の居城だから関係ないよ」
「それに、ここにはワイトになるような存在は君も含めて一人もいないから、万が一はあり得ない」
しかし、プルニス・プルコットは躊躇わずワイトの召喚に取り掛かった。
たしかに、吸血鬼のようなアンデッドやプルニス・プルコットが創るゴーレムなどの魔法生物は、ワイト化しないが……実験や訓練のために元人間を呼び出し、倒させる事に人としての問題は無いのかとダリアスはふと考えてしまう。
『いや、でも迷える死者を呼び出して冥界に送っていると考えれば間違ってないのか?』
「考え事? また口に出ているよ」
「そろそろ出て来るから、切り替えてね」
虚空に魔法陣が浮かび上がり、そこからワイトが出現する。一見するとミイラのように見えるワイトは、周りにアンデッドとゴーレムしかいない事に戸惑った様子を見せるが、とりあえず目の前にいるダリアスに襲い掛かろうとした。
『フンッ!』
ダリアスはその不運なワイトに向かって、メイスで応戦したのだった。
そうして実験に付き合う日々を過ごしつつも、夜会の日は近づいていた。
「なんとか合格点を貰えた。……ここ百年で一番の試練だった」
「なんとか仕上がりましたね。レオーネ様、あなたは私の百年以上続く夜で、最も教え甲斐のある生徒でした」
生徒と講師と言うより戦友同士のような顔つきで、固い握手を交わすレオーネとエーリッヒ。ダリアスやゲジャッグもその光景に感動し、拍手を送った。
吸血鬼達の夜会が行われるのは、いわゆる絶海の孤島。そこに建造されたゼルブランドが所有する城が会場となる。
『物語にありがちな場所ですね。でも、よくそんな場所に城の建造出来たもんだ』
「建築資材や人の出入りは魔法でどうにでもなるからね。人間だと難しいだろうけど」
思った感想をそのまま声に出すダリアスに、その会場へ行くための転移の魔法陣を描きながら答えるプルニス・プルコット。
「この指輪に刻印を施しておいたから、帰りは合い言葉を言えば城の地下に転移できる」
「分かった。二人とも、逸れないようにね」
「もちろんです、お嬢様」
夜会に出席するのはレオーネとダリアス、そして執事長のゲジャッグの三人だ。エーリッヒも行きは同行するが、彼はそのまま本来の主であるゼルブランドと合流しそのまま帰還する事になっている。
『ところで、俺はこの格好で良いんでしょうか? ダンスを踊る格好じゃないですよ、これ』
礼服ではなく皮鎧を着て、新しく渡されたメイスとラウンドシールドを携えたダリアスが尋ねると、エーリッヒは頷いた。
「ゼルブランド様があなたを呼んだのは、あなたの力に興味があるからです。むしろ、武装は必須です」
『……俺、生きて帰れるでしょうか?』
「頑張ってください。応援しています」
微笑を浮かべたまま「大丈夫です」とは言わずに励ますエーリッヒ。
「ゲジャッグ。記録用のマジックアイテムをよろしく」
「プルニス様の頼みとあれば、喜んで」
片眼鏡型のマジックアイテムをプルニスから受け取り、装着するゲジャッグ。それで記録する対象は、もちろんダリアスである。
『記録するような事が起こらない方が、俺としては嬉しいですけど……』
「エーリッヒもああ言っているし、諦めなさい、ダリアス」
何故なら、ダリアスの希少さを知ったゼルブランドが彼を呼び出しておいて何もしないとは考えにくいからだ。おそらく、夜会の余興と評して用意した魔物か魔法生物と戦わされるのではないか。レオーネやエーリッヒはそう推測していた。
『まあ、人前で戦う事にはすっかり慣れたので構いませんが』
用意された相手と戦うだけならプルニス・プルコットの実験に付き合うのと変わらないと、思い直すダリアス。ただ、不特定多数の吸血鬼に会うと考えるだけでダリアスとしては気が重かった。
吸血鬼が世間で恐れられている怪物ばかりでない事は、ここで過ごした日々で分かっている。だが、怪物そのものの吸血鬼も存在するのだろう。
「じゃあ、行ってくるわね」
そんなダリアスの危惧を気にせず、レオーネがそう言い終わると同時に魔法陣が輝き、一瞬でダリアス達は初めて見る城の前に立っていた。
『絵に描いたような悪の居城だ』
目の前に聳えるゼルブランドが所有するという城の外観は、闇夜と一体化するような漆黒で所々刺々しい鋭角の装飾が施されていた。
「本当に威嚇的。ハリネズミみたい」
「誉め言葉として受け取っておきましょう」
ダリアスが漏らした感想に頷くレオーネに、苦笑いを浮かべるエーリッヒ。吸血鬼の中でも、この城のデザインはキワモノ扱いのようだ。
『どうぞ、お進みください』
そんな一行に声をかけ進むように促すのは、仮面を被った騎士達だ。しかし、実態は騎士どころか吸血鬼の奴隷であるスレイヴヴァンパイアだ。
最下級の吸血鬼とされているが、実態は吸血鬼の能力を一部しか持たないアンデッドで外見もミイラ化した死体そのもの。
自由意志どころか人格も喪失している状態で、吸血鬼からは使用人未満の存在……人型の家畜や動く家具として扱われている。
「ご苦労様」
レオーネはそんな彼らに一応声をかけて通り過ぎていく。彼女の城ではゲジャッグやゾルホーンのようにスレイヴヴァンパイアから存在進化した者達が多数いるため、動く家具とまで考えていなかった。
『ど、どうも』
そんな主につられたのと、元々誰かに畏まられるような身分ではなかったから、ダリアスも声をかけて通り過ぎた。スレイヴヴァンパイア達は、もちろん無反応だったが。
城の内部は、外観に比べると普通だった。清掃が行き届いた屋内に様々な美術品が飾られており、使用人代わりの仮面を被ったスレイヴヴァンパイア達が控えている。
夜会のために飾り立てているからだろう、レオーネの居城よりも内装は豪華だった。
そのまま広間に近づくと、それまでの静けさが一変する。
『……っ』
そこには百数十人程の人々がすでに集まっていた。平民が思い描く貴族の夜会通り、立食パーティー形式で料理が盛り付けられたテーブルがいくつも並び、飲み物が乗ったトレイを持った美男美女の使用人が着飾った紳士や貴婦人の間を行き来している。
その着飾った紳士や貴婦人は全てノーマル以上の吸血鬼。アンデッドを支配し、甲冑を身に着けた騎士を素手で引き裂き、攻撃魔法を意のままに操る強大な力を持つ存在だ。
そしてその紳士や貴婦人に従う従者の多くは、レッサーヴァンパイア。ノーマルからは一段以上落ちるが、それでも三ツ星以下の冒険者ではいくら束になっても敵わない。
『……国一つや二つ、軽く滅ぼせそうだ』
ここに集まっている数十人の吸血鬼が同時に攻勢を仕掛ければ、持ちこたえられる国は殆どないだろう。
その会場にレオーネが足を踏み入れた途端、吸血鬼達が一斉に彼女を見た。感心、興味、好奇、嘲笑、畏怖、様々な感情が宿ったいくつもの紅い瞳の迫力に、直接さらされた訳でもないのにダリアスの足が竦む。
(こ、この緊張は何だ? 俺がアンデッドだからか?)
吸血鬼はアンデッドを支配する力を持つ。アンデッドであるダリアスは、その力をこの場にいる誰よりも敏感に感じ取ってしまっていた。
「お嬢様、ダリアスが」
「ん。ダリアス、頑張れ」
ダリアスの異変に気が付いたゲジャッグに耳打ちされたレオーネが、短く命令する。何を? と聞き返したくなるような命令だったが、それだけでダリアスが覚えていた圧力は消えて無くなった。
『あ、ありがとうございます。助かりました』
レオーネはダリアスに命令をする事で、彼に対する自身の支配を強め他の吸血鬼の力に影響されないようにしたのだ。しかも、命令の内容を漠然としたものにする事で彼の思考や行動の自由まで確保して。
レオーネと異変に気が付いてくれたゲジャックに、ダリアスは心から感謝した。
「フフ、あなたに頑張ってもらわないとダンスが大変だから。それじゃあ、ホストが来るまで暇潰しでもしましょうか」
「お嬢様、せっかくの機会です。健康のためにも偶には飲んでください」
「そうね。ええっと、あなた」
ゲジャックに勧められたレオーネは、比較的近くを通っていたボーイを呼び止める。
「飲み物を貰える?」
「もちろんでございます。赤でよろしいですか?」
「ええ、それと紅も」
紅? とダリアスが疑問に思っていると、ボーイは「畏まりました」と答えてトレイから赤ワインが半ばまで注がれたグラスをレオーネに手渡す。
そして、空いている方の手をグラスのすぐ上に掲げると……手首に付けた腕輪から伸びた管から血を滴らせた。
『っ!』
「あれは採血用のマジックアイテムだ。装着者の意志で、ああして決まった量だけ血を出す事が出来る」
驚くダリアスに、ゲジャッグがそう耳打ちして説明する。改めて会場を見回すと、飲み物を配り料理を給仕する使用人達の手首は全員同じ腕輪が嵌っている。
「正式名称は、『恵の守護』といいます。腕輪を嵌めている者の位置を所有者に報せ、一定以上の距離を離れると警報を発するという機能があり、首輪の役割も兼ねています。ですが、同時に名前の通り装着者を守るための機能も付与されています」
すると、ゲジャッグに代わってエーリッヒが得意げな様子でそう腕輪……『恵の守護』について解説を始めた。
「出血量を一定に抑える事はもちろん、弱い回復魔法が付与されていて装着者の回復を持続的に助けます。更に――」
「あら、あなた、そろそろ休憩した方が良いみたい」
見ると、ボーイの手首の『恵の守護』に嵌められた紅い石の色が紅から紫に変色していた。
「随分人気みたい。気を付けて」
「はい、お気遣い感謝いたします」
レオーネは一礼して離れ行くボーイを見送ると、彼の血が入ったワインに口をつけ、「良い味」と呟いた。
「あのように、一定量以上血を出すと石の色が変わり、しばらく血を出せなくなります」
『……なるほど。確かに、恵を守護している』
吸血鬼から見ても分かりやすい形で、人間が出血多量で倒れるのを予防している。
「そうでしょう。我が主、ゼルブランド様が考案開発されたマジックアイテムです。我々革新派は、人間を奴隷ではなく民として扱っていますからね」
エーリッヒが得意げだったのは、彼の主が開発したマジックアイテムだからだったようだ。そして、ダリアスは彼の「人間を奴隷ではなく民として扱う」と言う言葉にも納得した。
王侯貴族を吸血鬼に入れ替え、人間を平民とした国家を建国する事を目指す革新派にとって、人間は支配対象であると同時に保護すべき存在でもある。腕輪という枷を嵌められ、血を搾取されてはいるが……人間の国でも平民が支配されているのは同じ事だ。
徴税はされているし、貴族を直接侮辱すれば不敬罪でむち打ちの刑を受ける。反逆すれば、絞首刑だ。もちろん王侯貴族にも様々な人がいて、平民に対して慈悲深く寛容な為政者もいるし、苛烈に罰する事で他の平民が反発する事を警戒して事を穏便に済ませようとする者もいるだろう。
そして、レオーネ達の人柄を知ったダリアスは、吸血鬼も同じで様々な人がいると考えている。
『吸血鬼に人間が支配されても、意外と今と変わらないのかもしれない』
「俺が言うのもなんだが、感化され過ぎんじゃねぇぞ」
思わずそう呟いたダリアスだったが、それを聞きとがめたゲジャッグに小声で釘を刺された。言われてみれば確かに影響され過ぎていたと、はっと我に返る。
(そうだな。長年アンデッドとして恐れて来た吸血鬼の支配を人々が簡単に受け入れるとは思えないし、反発する人間にまで革新派の吸血鬼が寛容かは分からない)
思い直したダリアスは知らなかったが、この会場で吸血鬼に飲み物や己の血を給仕している人間達は、ゼルブランドが購入、もしくは鹵獲した奴隷やその子孫だった。
奴隷にとってゼルブランドは元所有者や奴隷商人より寛容で慈悲深い主人であるため、吸血鬼だったとしても従うのに躊躇いを覚えなかった。また、奴隷たちの子孫にとっては吸血鬼に従うのが生まれた時から当然の環境だったため、疑問は覚えない。覚えたとしても、そもそも他に選択肢が無い。
彼等は人間が統治する国で暮らす者達とは、思想も価値観も異なる。彼らが上手くいっているという理由で、吸血鬼達の人間の統治が上手くいくと考えるのは危険だった。
ダリアスが注意を自身の思考から周囲に戻すと、レオーネは他の吸血鬼達に話しかけられていた。
「お久しぶりですね、レオーネ嬢。あなたが出席なさるとは珍しい」
「ええ、ご無沙汰しているわね。五十年……いえ、七十年ぶり? オブライアン卿はお元気そうね」
「レオーネ様、噂ではついにゼルブランド様があなたの心を射止められたとか。誠ですの?」
「それは詩的が過ぎる表現よ。私はただブラッドゲームに負けただけ、射止められてはいないし、彼にもその気はないはず」
元々中立派でトップクラスの実力者だったレオーネは、吸血鬼達が注目している存在だったのだろう。情報収集やコネクション作りなど、さまざまな目的で人が群がっている。
この辺りは吸血鬼も人間の貴族も変わらない。
「ブラッドゲームに……では、あのスケルトンは?」
「そうよ、でもただのスケルトンじゃないわ、ハイスケルトンのダリアスよ」
「ほう、ハイスケルトンとは珍しい」
話題は会場では珍しい、スレイヴヴァンパイア以外のアンデッドであるダリアスにも注目は集まった。ただ、誰もダリアスに直接話しかけはしない。
それは彼等にとってダリアスがレオーネの従者だからではなく、彼が吸血鬼に支配されるアンデッドだからだ。
ハイとついていても、ハイスケルトンはリッチのような吸血鬼と同格の高位アンデッドとは見なされない。アンデッド全体で見れば、精々中位と言った程度だ。
(そうか、俺は普通の吸血鬼達から見ると人間より下の立場なのか)
吸血鬼達のダリアスに向けられる視線は、まさに珍獣を見る眼差しであり人に向けられる物ではない。レオーネ達の居城で暮らす内に忘れていたが、吸血鬼社会での自分の立場はそんな物だった。
「しかし、よく躾けられていますな。流石はレオーネ様」
「……ええ、うちの使用人見習いよ。その内、眷属にするつもり」
だからレオーネの機嫌が、その吸血鬼の言葉で悪くなったのが分かった時は少し嬉しかった。
「そ、そうでしたか。新たな血族を迎える事は喜ばしい事です、ご活躍をお祈りしております」
その吸血鬼も自分がレオーネの機嫌を損ねたことが分かったのだろう。言い繕うと彼女の前から素早く退散する。周りの吸血鬼達もそれを見て、ダリアスに向ける視線を変えた。
『来賓の皆様、ヴァンパイアロードであるゼルブランド・ダオ様よりご挨拶がございます』
魔法で拡声したアナウンスが流れると、背後にアーデリカ達配下を引き連れたゼルブランドが現れ、今度は会場の注目がレオーネから彼に向けられる。
「諸君、俺の城によく来てくれた。今宵は牙を持つ同胞同士、奉じる神や思想の差異に構わず大いに楽しんでほしい」
ゼルブランドはよく通る声でそう挨拶したが、それが建前である事は明らかだった。
「早速だが、諸君に紹介したい者がいる。我らが革新派に新たに加わった同士、レオーネ・フラリスだ」
早速革新派に中立派だったレオーネが加わった事を、大々的にアピールしようとしているのだから。
「早速のご指名か。じゃあ、行ってくる」
空になったグラスをゲジャッグに預けると、レオーネはエーリッヒを引き連れてゼルブランドの元に向った。
「ご紹介に預かったレオーネ・フラリスです。父と比べれば未熟な身ですが、これからはゼルブランド様の配下の一人として励ませていただきます」
そして、他所向けの口調で一礼する。所作は淑女と言うより戦士のそれだが、凛としていてレオーネには似合っていた。
「ここで長々と演説をして今後の展望を語りたいところだが、せっかくの夜会で野暮はしたくない。皆、夜を楽しんでくれ。
では、一曲踊ってもらおうか」
「喜んで」
しかし、ゼルブランドがダンスに誘った途端淑女の礼を返すレオーネ。それを見た吸血鬼達は、彼女が内心はともかくブラッドゲームの慣習を守り、革新派の一員として行動するつもりである事を理解した。
レッサーヴァンパイアの青年の指揮のもと穏やかな音楽が流れ、ゼルブランドの手を取ったレオーネが、やや動きが硬いが妥当なステップを踏み出す。
その様子を、エーリッヒが緊張の面持ちで見守っている。
「エーリッヒに随分苦労させたらしいな」
「ええ、何度か彼の骨を折ったけど今となっては良い思い出よ」
「それは折られた側が言うセリフだな」
ダンスを踊りながら、小声で言葉を交わすがその内容はやはり色っぽいものではなかった。
「ところでダリアスも呼びつけたのに、彼には何も無いの?」
「慌てるな。奴にはこの後、余興に協力してもらうつもりだ。あのリッチや執事長以外にも、侮れない戦力が貴様の配下にいると知らしめるためにな」
レオーネが中立派から革新派に鞍替えした事で、他の吸血鬼の彼女に対する態度が変わる。中でも、保守派の吸血鬼には良からぬ事を考える者もいるだろう。ゼルブランドはそれを牽制するためにダリアスを利用する事を考えていた。
ダリアスの実力と、彼にゼルブランドが関心を持っている事をこの夜会で広め、レオーネに手出ししにくい状況を作る。もちろん、異常種であるダリアスに対する興味も否定しない。
「あなたが私達の事をそんなに考えてくれているなんて、意外」
「中立派を取り込むまでは重要だからな。街の酒場でも、看板娘の事は気に掛けるだろう?」
「私にそんな人望は無いと思うけど」
「自覚が無いのか。俺達吸血鬼にとって重要なのは血統と歴史、そして何よりも実力だ。お前の父親の血統と歴史、そしてお前自身の実力は注目に値する」
ゼルブランドが口にした三つの要素が、人間の貴族が重視する家格に相当する。どんなに若い吸血鬼でも、ヴァンパイアロードから祝福を受け吸血鬼化した者は一目置かれる。それはヴァンパイアロードから見込まれた才と実力の持ち主であり、その血を継ぐ存在であると見なされるからだ。
逆にどんなに長い時を生きていたとしても実力の無い者は軽んじられる。
吸血鬼達の社会は人間の王侯貴族を模しているがその実、実力主義に基づいているのだ。
「実力ねぇ……なら、大人しく世話になるわ。でも、お手柔らかにね。ダリアスの事は皆気に入ってるの」
「そのようだな。安心しろ、勝ち目のない相手をぶつけるつもりは無い。生け捕りにした魔物を――」
『この栄えある夜に、我らが祖ガルドール、そしてヴァンパイアロードであるゼルブランド様にこの清らかな血を献上いたします!』
「あ゛ぁ?」
突如、二人の会話を遮って聞き覚えの無い声が会場に響き渡った。不機嫌さを隠さずにゼルブランドが視線を向けると、その先には抜身のサーベルを構えた若いレッサーヴァンパイアとその足元に膝を突き、首を垂れているエルフの少女の姿があった。
(保守派の嫌がらせか)
レッサーヴァンパイアがやろうとしているのは、ゼルブランドやレオーネが吸血鬼になる遥か以前、吸血鬼達の集まりで頻繁に行われていた生贄の儀式を、簡略化したものだと彼はすぐに察した。
革新派の夜会で、ホストであるゼルブランドに無断で、勝手に持ち込んだ奴隷を殺して、「捧げた」と言い張る。
どう考えても嫌がらせだ。しかし、問題のレッサーヴァンパイアと生贄の周りには彼の配下が居ない、居るのは給仕を任せた人間達と、事情を知らないらしい中立派の吸血鬼だけだ。
(面倒だな。殺すか)
ロードが無礼なレッサーを、直接罰する。大人気ないととられかねない行為だが、せっかくの夜会を邪魔されてはゼルブランドも穏やかではいられない。しかし、彼が動き出す前に動いたものがいた。
「あ、拙いかも」
レオーネが呟いた時には、問題のレッサーヴァンパイアに向かってメイスの向けるダリアスの姿があった。
『止めろ』
その声はアンデッドらしく冷たく、怒りに満ちていた。