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14話 主と偽りあう高位骸骨助祭

 ゾルホーンが調合したアンデッド専用ポーションで回復したダリアスは、レオーネの動きを一通り見ていた。

『凄い……』

 レオーネの武術は、ダリアスのそれとは次元が異なっていた。異なり過ぎて――。


『なんだか凄いという事しか分かりませんでした』

 ダリウスは目でレオーネの動きを追う事は出来ていたが、彼女の技術が高すぎて具体的な事は理解できなかった。


「無理もない。ゲジャッグ執事長でも、本気を出したレオーネ様の動きには追い付けねぇんだからな」

「レオーネは中立派の吸血鬼ではトップクラス……彼女の父親が眠っているから、実質ナンバーワンだからね」

 ゾルホーンとプルニスが口々にそう述べるので、ダリアスは続けて疑問を口にした。


『あと、途中でなんだか宙に浮いていたような気が……?』

「あ、そう言えばあなたは飛べないんだったっけ。ごめんごめん、すっかり忘れてた」

 動きを止めたレオーネが、地面から数センチほど浮いた状態で笑って誤魔化す。彼女を含めて吸血鬼は、翼も無いのに自由自在に、そして自然体で空を飛ぶ事が出来る。


「他に何か質問はある?」

『では……失礼ながら、レオーネ様はヴァンパイアロードなんですか?』

 レオーネの僕になってしばらく経つダリアスだが、レオーネが吸血鬼としてどの種族なのかまだ聞いていなかった。僕になった直後に根掘り葉掘り聞いては怪しまれると警戒していた事と、態々尋ねなくても自然と耳に入ってくるだろうと予想していたからだが……今日まで全く耳に入ってこなかった。


 それでレオーネから直々に指導を受けるこの機会に尋ねてみたという訳だ。


「あれ? 言っていなかった? 私はロードじゃなくてハイヴァンパイア。ゼルブランドはヴァンパイアロードだけど、あれはあいつが特別だから比べないで」

「ゼルブランドは吸血鬼化後三百数十歳で、レオーネとだいたい同世代。ちなみに、ヴァンパイアロードに存在進化するには、最低でも吸血鬼になって八百年以上かかると言われていた」


「フンッ、私だってその内ヴァンパイアロードに存在進化して見せるんだから、今に見てなさい!」

『あ、はい』

 プルニスが挟んだ詳しい説明で、この場に居ないゼルブランドが吸血鬼としてどれだけ優れた存在か知る事も出来た。なるほど、それだけ才能に恵まれていれば言動が傲慢になっても無理はない。


「それじゃあ、他に質問は無い? じゃあ今度は出来るだけゆっくり動くからそれを真似てみて」

 そう言うレオーネの動きはまだ早かったが、ダリアスは彼女を追いかけるように動き出した。

『やっぱり凄い、速さだけじゃなく、挙動に無駄が無い』

 レオーネの動きには、驚くほど隙が無い。無駄が削ぎ落され洗練された動作でメイスを振るい、盾を構える。しかも、それで「出来るだけゆっくり動いている」のだ。


 ダリアスはその速さでもなんとかついて行くのがやっとだというのに。

「ふう……ゆっくり動くのって疲れるな。ダリアス、さっきまでの私の動きをもう一度やってみて」

『はい』

「足運びが遅い。それにもっと脇を締めないと。もう一回最初から」

「それとオーラの集中が解けそうだから注意して」


観察していたプルニスまで口を出して来るが、事実ダリアスはオーラを纏って身体能力を上げた状態でなければレオーネの動きを真似る事も出来ないので、オーラの操作は必須だ。だが、オーラの事も気を配らなければならないダリアスの精神的な負担は大きい。いくら肉体的に疲労しないアンデッドとはいえ、限界を超えてしまい集中力を失ってもおかしくない。


『どういう訳か分からないが、出来るような気がする!』

 しかし、この時のダリアス意気軒高、肉体だけではなく精神的な疲労も全く感じない程、気力が充実していた。

「ゾルホーン、君が調合したアンデッド用ポーション、レシピに無い材料を入れたりしなかった?」

「いえ、そんなはずは……もしかして、俺の調合の腕が上がったのか!?」


 ダリアスの変化に戸惑い、原因がゾルホーンの調合したポーションにあるのではないかと調べ出す二人に構わず、ダリアスはレオーネが教える型をひたすら繰り返した。


「じゃあ、最後に一度私と模擬戦をしてみましょうか」

『……すみません、まだ死にたくないです』

「だ、大丈夫っ! ダンスと違って模擬戦なら加減できるから!」


 朝日が昇る前に一度レオーネと模擬戦をする事になったダリアスだが、ただの社交ダンスで相手の手首を折り、足を踏み潰した彼女が相手であるため、素直に命乞いをした。結局強行されたが、実際彼女は模擬戦では絶妙な手加減が可能で、何か所か骨にひびが入るだけで済んだ。……関節が外れてバラバラになったが。


 そして模擬戦の内容は……もちろん、まったく相手にならなかった。

 レオーネは出来るだけ手加減し、動きも意識して遅くしているはずだ。それでもダリアスの攻撃は彼女の盾に逸らされ、逆に彼女の攻撃は回避も防御も出来なかった。


「おい、ヒビを治しておいたがこの骨は何処の骨だ?」

『えーと、この骨は……あ、多分右手首の骨だ。ありがとうございます』

 ゾルホーンからアンデッド用ポーションに付けて赤黒くなった骨を、ダリアスは礼を言って受け取る。


『上には上がいるって、実感した。俺は運が良い』

 そして、自分の右手首を組み立てながらそう呟いた。まるで『敗者の骨』に戻ったようだが、気分は悪くない。


「運が悪いの間違いじゃないの?」

 その様子を不思議そうに眺めながら、レオーネは何となく尋ねた。アンデッド化している事を除いても、ブラッドゲームに狩りだされ、それを生き延びても吸血鬼に支配され僕として扱われている。幸運だと言える事は何もない。生前の人格を維持しているのなら、猶更だ。


 主人の話を邪魔しないよう、ゾルホーンが静かに下がるのを待ってから、ダリアスは答えた。

『いえ、俺は幸運ですよ。レオーネ様みたいな達人に直接教えてもらえるなんて、幸運以外の何物でもない』

 しかし、ダリアスは彼女の質問が指しているのを修練に限ったものだと解釈して、答えた。

 痛みはもちろん疲労すら感じない今のダリアスは、修練の厳しさはあまり意識できない。記憶に残るのは教わる相手の事だ。


 達人が丁寧に教授してくれる。それは王侯貴族でもなければ、よほど運が良くなければ享受できない環境だ。


 ダリアスに残っている生前の記憶では、生まれ育った村ではひたすら我流で体を鍛え、冒険者ギルドでは新人向けの講習を受けて初めて戦う術を習った。

 師は元冒険者の教官で、悪くはなかったと思う。それなりの腕で、厳しく、何より新人に手っ取り早く戦う術を教える事に慣れていた。


 しかし、レオーネのようにダリアスのためだけに時間を割きはしなかった。教官のように彼は多くの新人の中の一人ではなく、彼一人を強くするために付き合い、工夫して教えてくれている。

 この恵まれた時間を表すのに、幸運以外の言葉をダリアスは知らない。


「配下を強化しようとするのは当然の事だけど……そう言われると、悪い気はしない」

 レオーネは言葉以上に嬉しそうな様子でダリアスの横にすり割り込むと、いい機会だからと確認したい事を尋ねる事にした。


「そう言えばあなた、どうして死んだの? 森からゼルブランドに呼ばれて来たのは知っているけど……やっぱり魔物に?」

 まずは本題に入る前に弾みを付けようと別の、しかし気になっていた事をまず質問する事にした。とはいえ、冒険者の死因と言えば多くは魔物に殺されたか、野外での滑落などの事故だから、そんなところだろうとレオーネは目星をつけていた。


『いえ、仲間に後ろから刺されました』

「仲間に? 裏切られたの?」

「それはいったい何故? 金の事で揉めたのかい?」

 しかし、予想外の答えがダリアスの口から飛び出て来たので驚いて聞き返すレオーネ。プルニスも黙って記録しているだけでは満足できなくなったのか、口を挟む。それに対して、彼は世間話をするような口調で続けた。


『仲間と言っても、その日の朝に初めて組んだ同じ二つ星冒険者だったんですけど。青タンポポを採取中に、後ろからグサリと。何故俺が殺されたのかは、分からないです』

「そう……でも恨んではいないみたいだけど?」

『はあ、まあ。自分でもおかしいとは思っていますが、あまり……正直、今となっては顔も思い出せません』


「じゃあ、あなたの未練は恨みじゃなくて、やっぱり妹さんの事?」

 レオーネとプルニスがダリアスのアンデッド化した原因について確認したがっているのは、彼が昇天……いわゆる成仏してしまうと困るからだった。


 吸血鬼のような半ば生物である種族や、ゾンビや通常のスケルトンのように尽きぬ食欲や恨みに突き動かされている下位アンデッドはともかく、明確な未練や恨みが原因でアンデッド化した存在は、それが解消されれば存在を維持できず消滅してしまう。


 レオーネ達はそれを危惧していた。

(最初は物珍しかったからゼルブランドに貰っただけだったけど、結構情も沸いたし、絆されもしたし。プルコットやゲジャッグのお気に入りだし、消滅されるのは避けたい。

 こうしてせっかく武術を教えているのだし)

 そう考える程には、レオーネもダリアスに入れ込んでいた。


『そう……ですね。妹にもう一度会いたい。それだけが俺の望みです』

「ふぅん、会えない場所に居るの?」

『はい、実は……』

(前はそんなに興味を持っていなさそうだったのに、今日はやけに妹について尋ねて来るな。何故だろう? ただの世間話なのか?)


 一方、ダリアスはそんな事を考えていた。レオーネは自分を支配している吸血鬼なので、一応は警戒心が働く。

(いや、プルニスさんもいるし、ただの『研究の一環』かな)

 働くが、すぐにそう自分で答えを出して納得してしまった。……記憶にある限り、この城に来てからレオーネがその支配力を発揮した事が無いので、警戒心もだいぶ薄れてしまったようだ。


『実は、マディ大神殿に。幼い頃に、素質があると言われて、連れていかれて以来生き別れ……俺はもう死んでいるんで死に別れかな』

「マディ大神殿? よりにもよってそんなところに……素質のある子供を神殿で育てて将来司祭や高司祭にするというのはよくある話だけど」


 ダリアスが細部をぼかして語った話を、レオーネが勝手に肉付けしてカバーストーリーが出来上がる。

 ダリアスは知らなかったが神の加護を幼くして受けた者や、魔力は高いが身寄りのない子供を神殿で育て、将来司祭以上の位を授けるという事は、マディ大神殿だけでなく各地の神殿で昔から行われてきたそうだ。


(もっとも、私達には好都合だけど。……ごめん、ダリアス)

 もしダリアスの妹が商家や貴族の元に奉公に出ているだけだったら、レオーネ達の力なら簡単にダリアスと妹を再会させる事が出来てしまう。


 腕利きの護衛が付いていようが、レオーネなら文字通りねじ伏せる事は容易い。距離が離れていても、それこそ別の大陸でもない限り関係ない。

 多少の手間はかかるだろうが、それだってレオーネ達が本気になれば準備に十日もかからないだろう。


 しかし、マディ大神殿はそんなレオーネ達でも近づけない場所の一つだ。強力無比な結界が何重にも張り巡らされ、吸血鬼を相手どる事が出来る戦力が常に備えている。

 だから、時間が稼げる。ダリアスを、未練が解消しても消滅しない種族へ存在進化させるまでの時間が。


「ところで、マディ大神殿に妹がいると分かっていても、そこを目指さない理由はなんだい?」

『もちろん、アンデッドになった俺が近づいたら問答無用で浄化されそうだからですよ。ハイスケルトンになる前は喋れなかったので、危険を無視して妹に会いに行っても俺だと分かってもらえなかったかもしれませんし』

「なるほど。それで今はレオーネに支配されているから、と言う理由もあって大神殿を目指せないのか」


 一方、プルニスは自分の好奇心を優先してダリアスに根掘り葉掘り質問を続けていた。いや、もしかしたら会話を続けることで、ダリアスが自分達の思惑に気が付かないよう誤魔化す目的もあっての行動かもしれない。


「それより肝心な事を聞くのを忘れてた。ダリアス、あなたの妹はなんて名前なの?」

 何かの偶然でダリアスと彼の妹が遭遇しないよう、注意するのに必要だからと言う理由を隠して尋ねたレオーネに、ダリアスは答えた。

『リディアです。俺の記憶が間違っていなければですが』


「リディア、良い名前。でも何処かで聞き覚えがあったような……」

「確か、今の聖女と同じ名前だったと思うよ」

『リディアって名前の女の子は、俺の生まれ故郷や冒険者になってから活動していた街には結構いましたから』


 下手に隠そうとすれば、レオーネがダリアスに命じて強制的に名前を聞き出そうとする可能性がある。その場合、何故隠そうとしたのかも質問されるかもしれない。そうなれば、ダリアスが聖女リディアの兄である事がばれてしまう。

 だから、ダリアスの妹のリディアは聖女を含めた沢山いるリディアの中の一人だと言う言い方をして、二人が誤解するように誘導した。


「ふぅん。じゃあ、マディ大神殿にも何人かいそうね、聖女以外のリディアって名前の女の子が」

 そしてレオーネとプルニスはダリアスの思惑通り誤解し、彼の妹と聖女を結びつけなかった。

(すみません、レオーネ様、プルニス・プルコットさん)

 そう胸の内で、声に出ないよう注意しながら謝るぐらいにはダリアスも彼女達に絆されていた。彼女達なら自分の妹が聖女である事を打ち明けても、「へぇ、すごいじゃない」と言うだけで問題無い気もしている。


(でも、今のレオーネ様は中立派じゃなくて革新派で、ゼルブランドの部下だからな。……俺のせいで)

 そのせいでダリアスはレオーネ達に真実を打ち明ける事が出来ないでいた。

『あ、組み立て終わりました』

「ではレオーネ様、そろそろ城へ戻りましょう。もうじき、夜が明けます」

 ダリアスが最後の骨を組み立て終わったのに合わせて、ゾルホーンが長い夜が終わった事を告げた。








 そして日が昇り、レオーネやゾルホーンが眠りについた頃、ダリアスはオーラを全身に纏ってゴーレム達が通る通路から外に向かっていた。

『今なら、行ける気がする』

 静かな決意を漲らせ、隙間から陽光が漏れている扉を見据える。そこはかとなく忌避感を覚えるが、足が止まるほどではない。


 ハイスケルトンに存在進化し、オーラの操作と言う新しい技を習得した今なら、サンサンと降り注ぐ日光を浴びても平静を保てるのではないか。その希望を現実のものとするべく、ダリアスは扉を押し開いた。

『っ! ……なんて、なんて輝かしく、美しいんだ』

 扉の向こうは、夜に見た風景とは全く異なる景色が広がっていた。


 生者の肌を焦がすような灼熱の太陽と何処までも青い空が上空に広がり、濃い緑の密林と砂が金色に輝く砂漠、それらに挟まれて茂みがまばらに点在する荒野が広がっている。

 耳を澄ませば、何処からともなく鳥とも獣ともつかない何かが上げた咆哮や爆発音が轟く。目を凝らせば、何故か稲光が天に向かって放たれ、不自然な動きをする竜巻が砂漠を横断している。


 絶景ではあるが、それらを引き起こしているのが魔物同士の生存競争によるものだと思えば、感動よりも脅威や恐怖を覚える景色だ。しかしダリアスの青白い炎が宿った眼窩には、全てが美しく輝いて見えた。

 命が激しくぶつかり合い、必死に戦っている。その光景の何と鮮烈な事だろうか。もちろん夜もそうしたぶつかり合いは起こるが、昼の戦いはより劇的だ。


『生命力に溢れていて、本当に素晴らし――』

 一歩、二歩と扉の外に歩き出すダリアス。だが……三歩目でその足が止まり、全身をガクガクと震わせる。

『――いぃぃぃぃぃや、無理っ! やっぱり無理だぁぁぁ!』

 そして全力で扉の内側に駆け戻った。急いで扉を閉めて、陽光の届かない場所に辿り着くと膝から崩れ落ちるように倒れ伏す。


「三歩か。時間にして十秒少々。うん、たいしたものだと思うよ」

 一連の奇行を屋内から観察していたプルコットは、ダリアスに歩み寄るとそう言葉をかけた。

『オ、オーラが……無力でした』

「そうだね。考えてみれば、オーラは物理的には存在しないから光を遮ったりはしない。それに、君の精神がオーラの出力や操作に影響を与える事はあってもその逆は無いようだし」


 オーラを操作すれば日光に対する恐怖を克服できるのではないか。そう考えて試してみたダリアスだったが、まったくの的外れだった。

 十数秒の間恐怖に打ち勝てたのは、純粋にダリアスの精神力が成長したからだったようだ。


「ただのスケルトンは一秒だって耐えられないはずだけど……ハイスケルトンで君以外の個体は、自分から日光を浴びようとはしないだろうから、分からない。

 それに一秒が十数秒になった程度では役に立つ状況はそうないと思うけど」


『ですよね~……』

 ダリアスは、プルコットの言葉に倒れ伏したまま投げやりに同意した。少なくとも、妹と再会するという彼の目的達成に、この進歩が大きく寄与する事は無いだろう。


「じゃあ、次は僕達の実験に付き合ってもらうよ。次はオーラを体の一部に集中させて、身体能力の一部や五感の内一つを劇的に強化できないか、検証したい」

『ちょ、ちょっと休ませてもらっていいですか? なんだか疲れが……』

「ふむ……じゃあゾルホーンから預かっているアンデッド用ポーションをかけようか」

 取り出した硝子の容器から。プルコットが赤黒い液体を振りかけるとダリアスは見る見るうちに回復……しなかった。


『あれ? 疲れが全然取れない』

「やはり精神的な疲れだね。私達にはもうわからないけど、恐怖に抵抗するのは大変らしいから無理もないか

 ……そうなると、さっき気力まで回復した様子だったのは何故だろう? ゾルホーンのポーションは関係ないようだし、ただの思い込み?」

『あの、それでちょっと休ませてもらえると助かるんですが……』

「そうだね」


 ダリアスの手を掴んで引きずって行こうとしたプルコットは、休息を訴える彼の言葉を聞いて立ち止まった。

「じゃあ、休息を兼ねて雑談に興じようか。ダリアス、オーラってそもそもなんだと思う?」

『オーラが何かって……う~ん……』


 考えた事も無かった質問をされ、ダリアスは首を何度か捻った。彼にとってオーラは、ハイスケルトンに存在進化した時、気が付いたら体から出ていた物だった。そのため、今まで「そう言うもの」としか考えていなかった。

 プルコットとプルニスの思い付きがきっかけでオーラを操作できるようになったが、それは使い方が分かっただけ。オーラそのものを理解した訳ではない。


 しかし、ただ『分かりません』と答えるのも芸が無い。プルニスに雑談を早々に切り上げられたら困るので、ダリアスは彼なりに知恵を絞った。

『……もしかして、オーラは魔力と関係ありませんか?』

 そして閃いた答えがそれだった。アンデッドであるダリアスは、肉体的な疲労は覚えない。しかし、オーラを神聖魔法に込めて飛ばした時は、今のように疲れていた。

 ダリアスが覚える疲労は精神的なものと、魔力の消費によるものだけだ。


「当たらずとも遠からず、だと思う」

 その答えにプルコットは曖昧に、しかし満足そうにうなずいた。

「ダリアス、君がオーラを直接消費して神聖魔法を唱えられない事から魔力そのものではないのは確実だ。でも肉体由来のエネルギーではないのも同様。君の骨しかないし生きてもいない、欠損しても他人の骨と取り換え可能な身体から出ているのだから」


『たしかにその通りだけど……ではオーラは何処に由来するエネルギーだと?』

「魂だと思う」

『魂!? これ、魂から出ていたんですか!?』

 ダリアスの驚きの大きさを表すように、彼の身体からオーラが激しく立ち登った。


『でも、確かに言われてみれば……』

 納得できると、ダリアスは思った。プルコットが言った通り、ダリアスの身体にオーラを発する器官や力があるはずがない。なら、何処から出ているのかと考えれば肉体以外からとし思えない。


『しかし、魂からこんなにエネルギーを出して俺は大丈夫なんでしょうか? 後、魔力との関係は?』

「大丈夫かは分からないけど、多分平気だと思う。ハイスケルトンと言う状態が『大丈夫』や『平気』に含まれるならだけど。

 魔力との関係は、簡単だよ。魔力も半分は魂由来の力だからさ」


『魔力もですか? ……確かに、言われてみればスケルトンメイジやゾンビソーサラー、そしてプルコットさん達リッチは肉体が死んでいても魔力を保持している。

 でも、代々魔道士の家柄や高い魔力を持つ子が生まれやすい血統があると、聞いた事がありますが?』


「ああ、だから半分だよ。魂由来と、肉体由来、両方を合わせたエネルギーが魔力だと僕達は考えている」

 魂だけなく肉体由来のエネルギーでもあるから、魔力が強い者同士の婚姻によってより強い魔力の持ち主が生まれる事がある。逆に、魂由来のエネルギーでもあるから全く魔力を持たない家系の両親から強い魔力を持つ子が生まれる事もある。


 プルコット・プルニスはそう考えていた。もっとも、この推論が真実かどうか実証は出来ていないが。とはいえ、オーラの方は希少で便利なサンプルが目の前にいる。

「僕達もハイスケルトンを詳しく研究するのは君が初めてだから、まだ確実な事は言えないけどね。だからこそ、君には僕達の研究活動に協力してもらうよ」

『あ、はい』

 細い指と腕に似合わない力強さで掴まれたダリアスは、全てを諦めて声で頷くと、そのまま引きずられていった。







 ダリアスも吸血鬼の夜会に出席するようゼルブランドに命じられた事で、ダンスの講師として派遣されたエーリッヒの負担は増えた。そうダリアスは思っていたが、そういう訳ではなかったようだ。

「最近はレオーネ様の相手役を殆どダリアスが勤めていてくれて、行幸でした。改めてダンスを教える手間がかからなくて済む」


『いや、でもダンス以外の立ち振る舞いやテーブルマナーとか、社交界の暗黙のルールとか、俺はまったく知らないのですが?』

 社交ダンスは出来るが、それ以外は社交界の事を知らないダリアスがそう尋ねるが、エーリッヒは朗らかな顔で「それで十分です」と答えた。


「吸血鬼の社交界と言っても、しょせん人間の本物の社交界の真似事ですから」

 夜の貴族、真の支配者と自らの事を自称する吸血鬼は多い。普段から王侯貴族のような恰好をしている者は、更に多い。

 だが、その実態は元々人間の貴族だったエーリッヒから見れば、王侯貴族の真似事に過ぎないそうだ。


 吸血鬼の多くは、人間だった頃王侯貴族ではなかった者達だ。高貴な生まれどころか、元は返り討ちに遭った冒険者や傭兵だったという者も少なくない。さらには人間の王侯貴族と比べても人数が少ないので、様々な国、そして時代の出身者が雑多に集まっている。


 そのため、吸血鬼達は独自の社交界マナーを確立できていない。彼等は本物の王侯貴族の夜会を参考に、吸血鬼の社交界を形成しているに過ぎない。もちろん、最初が物真似であっても、千年以上も続けていれば十分文化として習熟していてもおかしくない。だが、吸血鬼達にはそれも不可能だった。


「人間と比べると我々吸血鬼の時間の感覚は緩やか過ぎる。各国の王侯貴族は毎年決まった時期になると集まってパーティーを催すというのに、我々吸血鬼が夜会を催すのは数年に一度。長い時は、十年以上夜会が催されない時も珍しくない。それでは独自の流行や文化、芸術などが興るはずがありませよ」


 吸血鬼にとって一年など、人にとっての一カ月以下でしかない。毎年決まった時期に集まるなんて、吸血鬼にはとても不可能だ。あまりにもせわしなさすぎる。


 そのため、吸血鬼の夜会は人間の王侯貴族から見れば「それっぽく」貴族を演じられれば十分誤魔化せる程度でしかない。もちろん、中には元王族や元貴族の吸血鬼も出席している事もあるが、彼等も他の者に自分達が学んできたマナーに合わせるようにとは命じない。


『じゃあ、ダンスは何で厳しかったんですか?』

「流石に大勢の前で相手役の手首をへし折り、足を踏み潰せばレオーネ様はもちろんゼルブランド様まで恥をかくことになりますから。

 それに、あのレオーネ様もゼルブランド様の命には従うというアピールになります」


 つまり、ゼルブランドがブラッドゲームに勝ってレオーネがたしかに彼の配下となった事を、宣伝するのに必要なポーズのためらしい。


「もっとも、昔は吸血鬼独自の凄惨な血の儀式などを行われていたと耳にした事があります。生贄の乙女の首を刎ね、その血を振る舞うなんてこともしていたとか」

『そ、それはちょっと……』

 聖女の兄でいるために、そんな残酷な儀式が目の前で起きたら止めなくてはならなくなるダリアスが不安げな態度を見せると、エーリッヒは笑って言った。


「問題ありませんよ。昔は全ての吸血鬼が『死神』ガルドールの信者でしたが、今はあなたのようにディランティアの信者も少なくない。

 なので、あまりに凄惨なショーは夜会では行わない事が暗黙の了解となっていますから」


『それは良かった』

 もしそんな事が行われていたら、実行しようとした吸血鬼を止めなければならなくなっただろうダリアスは、心から安堵した。


「もっとも、人間から安全に採取された後の血は供されますけどね」

 とはいえ、やはり吸血鬼。比較的穏健でも、人間に対して無害という訳ではない事を忘れてはならない。

 しかし、人間自身ですら人間に対して無害ではないのだからと、ダリアスは最近無意識に吸血鬼を擁護する事を考えるようになっていた。






〇現在のダリアスの弱点



・日光への恐怖心

・軽くなって踏ん張りが効かなくなった足腰

・嗅覚と味覚の喪失

・睡眠や飲食で精神を癒せない。

・浄化魔法でダメージを受ける。自分が唱えた場合でも同様

・回復魔法でダメージを受ける。自分が唱えた場合でも同様

・人を見殺しに出来ない

・吸血鬼に逆らえない

・油断すると思考が声に出てしまう

・未練が解消すると消滅(成仏)してしまう(NEW!)



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