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13話 高位骸骨助祭兄へ降り注ぐ聖女妹の祈り

 その報せは、彼女の元に速やかにはもたされなかった。彼女に兄が存在し、それが彼である事は公にされておらず、マディ大神殿でも限られた者しか知らなかったからだ。


「薬草の採取依頼中に、魔物に襲われて……他の冒険者の方が冒険者証を発見したそうよ」

 自分を気遣う様子の世話役の女性神官に告げられても、リディアはリアスが死んだとは思えなかった。

「そんな……でも……私……」

 兄さんの事を思って、祈っていたのに。毎日、僅かな時間だけど、祈って、届いていたはずなのに。そう胸の内で呟く。


「冒険者証と遺品は、お兄さんの故郷の村に送られたわ。……葬儀も、村で行われると思う」

 その沈黙を、肉親を喪った悲しみ故だと解釈した世話役は辛そうに続ける。人々のために日々祈り続ける聖女が、肉親の葬儀にも参加できず、墓に花を供える事も出来ない。あんまりだと彼女も思う。

 出家して俗世との縁を断ったとされている聖職者達も、家族の葬儀に出る権利はあるというのに、


 しかし、聖女にはその権利は認められていなかった。


「聖女様、大神殿長様から言伝があります。今日は体調がすぐれないようだからお勤めはお休みしなさいと。

 だから、今日一日部屋で休んでいなさい。ゆっくりできるよう、私達はあなたに呼ばれない限り部屋に入らないようにするから」

 世話役の彼女に出来るのは、大神殿長の言葉を伝え寄り添う事だけだった。


「ありがとう、ございます」

 リディアはそれだけ言うと、自室に戻った。大神殿長と世話役の彼女の意図は、今日一日聖女ではなく、ただのリディアとして兄の冥福を祈る事を許してくれたのだという事は分かっていた。


(リアス兄さんは亡くなってなんかいない。ちょっと変だけど、私のお祈りは届いている。冥界じゃなくて、きっとこの世にいる)

 しかし、リディアはリアスが魔物に殺されて死んだとは信じていなかった。


(世話役さんが私に嘘を言うとは思えない。だから、兄さんの身に大神殿長様や冒険者ギルドも把握していない、何かが起きているのかもしれない。私には想像も出来ない何かが)

 リディアは、謎の組織や御伽噺に出て来る大精霊や地上に降臨した神の化身等によって、世界の命運を左右するような陰謀に巻き込まれ、もしくは重要な使命を与えられ、自分は死んだと擬装するしかなくなった兄の姿を思い浮かべていた。


 ……幼い日に故郷の村からマディ大神殿に連れて来られたリディアは、自覚しているよりもかなり世間知らずだった。


(きっと兄さんは、こうしている今も辛い目に遭っているはず。祈るのは冥福のためじゃない。兄さんが無事に窮地を切り抜けられるよう、迫る悪意に打ち勝って万事解決できるように祈るのよ。

 私にはそれしかできないから!)


 リディアは自分の祈りが大きな影響を及ぼす事を、直感的に悟っていた。だから、兄の敵を排除するようフォースティアに祈ろうとはしなかった。

 女神が兄を守ってくれる。そう信じる彼女の祈りは、これまで以上に強く、そして一日中『ダ』リアスに降り注いだ。







 一方、彼の元には速やかにある要請がもたらされた。

(このタイミングで私を呼びつけるとは……まさか、聖女の兄を葬った事がばれたのか? いや、それなら呼び出しなどせず本国で拘束しているはず。ならばいったい何用で?)

 ビディコフ・マガ・レムテス高司祭の脳裏にこれまで何度も自問した内容が過るが、マディ大神殿に到着してもやはり答えは出なかった。


 たかだか平民、それも聖女の祈りを僅かとは言え占領していた男を闇に葬った程度で。そう思うものの、表ざたにされればただで済まないのが陰謀だという事も、ビディコフには分かっている。

(いざとなれば、レムテス公爵家の力に頼らなければならんか)

 そう覚悟したビディコフが通されたのは、大神殿長の執務室だった。大神殿に到着してそのまま通されたので、驚きと共に嫌な予感が急速に大きくなっていく。


「急な要請にも関わらずよく来てくれた、レムテス高司祭」

 ビディコフをそう言って迎えたのは執務室の主であるウィリオネル・ラダ・リュシオン大神殿長……ヌザリ大陸の『人王』マディ信仰の頂点に立つ人物だ。


 今は多くの信徒の前に出ていないからだろう、簡素な法衣を身に着けている。見ただけでは穏やかな顔つきをしたただの老神官にしか思えないが、その瞳に見つめられると全てを見透かされているようにビディコフは感じだ。

「いえ、大神殿長の御用となればどこにいても駆けつけます」

「そうか、感謝するレムテス高司祭。旅の疲れもあるだろうに悪いが、さっそく用件に入るが構わんかね?」

「もちろんです」

「うむ。では皆、レムテス高司祭と二人きりにしてくれ」


 ウィリオネル大神殿長がそう言う事が元から分かっていたのか、執務室に控えていた侍従達が音も無く部屋を退室する。最後尾の侍従が一礼して扉を閉めると、部屋の空気が変わった。

「これはっ!?」

「聖域だ。本来は魔物を侵入させないための神聖魔法だが、間諜に対する警報代わりにも使える。本来の用途以外に神の奇跡を願った事は、お許しを頂けるよう君との話が終わった後で祈るとしよう」


 一瞬で高位の神聖魔法を発動したウィリオネル大神殿長に、ビディコフは言葉を失って立ち尽くした。同時に、ここまでして行う「話」がどんな内容なのか……魔物でなければ安らぎを覚えるはずの『聖域』の中で在りながら、彼は緊張のあまり喉の渇きを覚えていた。


「ビディコフ・マガ・レムテス高司祭、単刀直入に聞くが……聖女リディアの兄リアスを謀殺したのは君だね」

「……!?」

 言葉としては疑問形だが、確信している様子のウィリアム大神殿長の言葉にビディコフはすぐ答える事が出来なかった。


「何のことでしょう? 聖女様に兄がいる事は存じておりましたが、謀殺など……」

「その割には動揺した様子だが?」

「聖女様の兄の謀殺等と、衝撃的な事を言われれば私でなくとも驚くでしょう」

 しかし、ビディコフはすぐ立ち直って平静を取り繕ってそう答える。どうにか追及を切り抜けようと、様々な手が頭に浮かんだ。


「まあ、いいだろう」

 しかし、ウィリオネル大神殿長は彼を追及しなかった。そして、狐につままれたような顔をするビディコフにこう続けた。

「君が事件の黒幕だったとしても、実行犯ではないだろう。おそらく、君の実家のレムテス公爵家の伝手を使ったのだろうが、証拠は残していないだろうし、そもそも私も証拠の類は持っていない」


「……では、何故私にそんな話を?」

 ウィリオネルが自分を呼び出してまでそんな話をしたのか。証拠も無いのに自分が聖女の兄殺しの犯人だと決めつけ、それでいて追及しようとしない彼の意図が分からず、ビディコフの表情に困惑が浮かぶ。


「高司祭、これは私の失策だ。聖女を隔離して育て、接する人間を制限する事が我が大神殿の方針だ。そのためにも、聖女の親族の動向をある程度把握しておく必要があった」


 そのウィリオネルの言葉で、ビディコフは何故彼が自分に目星をつけたのか察した。大神殿は大神殿で、リアスを監視していたのだ。彼が自分は聖女の兄だと吹聴するような真似や、聖女を快く思わない勢力に協力するような事があったら、すぐに対処できるように。


 その監視が工作員の犯行に気づいたのだろう。証拠は掴めなかったが、リアスの死に不審な点があると報告したに違いない。それをきっかけに行われた調査の結果、ビディコフに目星をつけたのだ。

 そう察したが、証拠を掴めていないのなら何故こんな話をしているのか。

(大神殿長は私をどうしたいのだ? ただこれ以上勝手な事をするなと釘を刺しているだけなのか?)

 顔にそうした疑問を出しているつもりはビディコフには無かったが、ウィリアムはそれを見透かしたかのように続ける。


「そうでありながら、君に聖女の兄に何もするなと、謀殺など論外だと前もって釘を察さなかった事は私の失当だ。たとえ、リアスが聖女の祈りを毎日の務めに影響の出ない僅かな間とはいえ独占していたとしても」


「……何故なのか、理由を伺っても?」

 そう聞き返す事は罪を認めたも同じだが、動機にも見当がついているのなら同じ事だろう。なら、大神殿がリアスに手を出すべきではないと考えていた理由を知りたいと、ビディコフは考えた。


「それは、兄の存在が聖女リディアの心の支えだったからだ」

 しかし、ウィリアムの答えはその理由はビディコフには受け入れがたいものだった。

「お言葉ですが、聖女とは――」

「肉親を含めた俗世と縁を切り、個人的な感情を捨て世界、そして人類全体のために祈りを捧げるべき存在だと言いたいのだろう? たしかに、その通りだ」


 思わず言い返したビディコフの言葉を、ウィリアムは遮って続けた。口調は静かなのに、そこに込められた迫力に彼は口が動かなくなった。


「しかし、聖女も人間である事に変わりない。人類全体を真に等しく思う等不可能。我々はそれを初代、そして二代目聖女様から教わった。

 ビディコフ高司祭、君も聖女の祈りは創世の女神、生命と太陽の女神フォースティアに届き、世界に強い影響を及ぼす事は知っているね?」


 問われたビディコフは黙り込んだまま頷いた。だからこそ、彼はリアスを謀殺したのだから。


「それを知っていた当時の大神殿長は、初代聖女キャスリーン様を徹底的に隔離した。彼女が聖女である事が判明した直後に肉親から引き離し、自身を含めてキャスリーン様に関わる全ての人間に仮面を被せ、素顔も名前も彼女に教えず大神殿の最奥で育てた。

 そして、キャスリーン様の祈りの力は徐々に失われていった」


「っ!? キャスリーン様の祈りが減退したのは、病のせいでは!? それでお隠れになったと……」

「それは偽りではない。だが、真実でもない。心の病も、病の内とはいえ」

「心の?」

「そうだ。当時の大神殿長は聖女様が自らの好悪の感情のまま祈る事を恐れるあまり、聖女様を人として……子供として、少女として見なかったのだ」


 物心つく前に家族から引き離され、世話係から教育係まで自分に接する者は全て仮面を被り、名前を名乗りもしない。気を許せる友人は無く、大神殿の最奥から出る事の無いまるで囚人のような人生。

 衣食住は保証されていたとしても、自分以外の人間を知らないキャスリーンにとって、自分より苦しい生活をしている人間がいるか否かなんて関係が無い。知らないのだから、存在しないのと一緒だ。


 そして当然のように、キャスリーンは成長するにつれて病んでいった。いつしか聖女としての務めに意味を見出せなくなり、虚しさを覚えるようになった。そんな彼女にフォースティアは応え、それを当時の大神殿は祈りの影響力が減じたという形で記録した。


「そして、キャスリーン様は何者かに攫われた」

「攫われた!? そのような事、記録には何も……」

「そんな事は残せないだろう。犯人は吸血鬼だという事は分かっていたから、なおさらだ」

 マディ大神殿の、それも最奥で守られていたはずの聖女が吸血鬼に攫われ、その奪還も犯人の討伐もかなわなかった。それを公にすれば、マディ大神殿の威信は地に堕ち、吸血鬼に与しようとする者達を増やしてしまう。


 それを恐れた大神殿は、真実を限られた者以外には公表せず、初代聖女キャスリーンは病に倒れ天に還ったと記録に記したのだ。


「それから二百年後、二代目聖女アデリア様を大神殿は迎えた。当時の大神殿長は初代聖女様から得た教訓を活かそうとした。アデリア様に接する者達は名乗らず彼女の名も呼ばないが、仮面は被らず、アデリア様を『視察』と言う名目で連れ出し各地を巡った。

 おかげでアデリア様は心を病むことなく、健やかに育ったと記録にはある。しかし、やはり吸血鬼の手で攫われ我々は彼女を守る事も奪還する事も出来なかった」


「ま、またしても……いったい何故吸血鬼が大神殿に侵入できたのですか!? マディ大神殿は聖域であり、吸血鬼は近づくだけで力を削がれるはずですが、それも偽りだったとでも?」

 さらに加えれば、二百年前もウィリオネル大神殿長のようなマディやフォースティアの強力な神聖魔法の使い手が何人もいたはずだ。確認されている吸血鬼の最上位種、ヴァンパイアロードでも聖女を攫うような真似は出来ないと言われていた。


 そうではなかったとなれば、ヌザリ大陸の国々が受ける衝撃は計り知れない。大神殿には、危険なマジックアイテムや呪われた品が数えきれないほど封印されているからだ。


「二百年前の大神殿長も、二代目聖女アデリア様も善戦はした。聖騎士達も犠牲を厭わず戦ってくれた。だが、ヴァンパイアロードを一人とその配下を滅するだけで精一杯。残り二人にアデリア様は攫われてしまったのだから、言い訳は出来まいな」


「ヴァ、ヴァンパイアロードが三匹!? それに配下まで……」

 想像していた以上の敵戦力に、ビディコフが眩暈を覚えていると「私も大神殿長に就任して初めて知った時は、そんな気分だったよ」と笑って続けた。


「二度の襲撃で、ヴァンパイアが聖女を狙い続けている事が判明した。おそらく、今代の聖女リディア様も同様に狙ってくる。そのため、私は複数のヴァンパイアロードとその無数の配下を滅ぼす事が出来る戦力が必要だと考えた。

 大神殿の戦力だけではとても足りない。そのために、リディア様に各国の武勇に優れた者達と交流の場を設ける事にした」


「それは……しかし、ならばなぜ各国の王侯貴族まで招待したのですか?」

 ビディコフはリディアと各国の王侯貴族や著名な冒険者や魔道士との交流は、神殿に居ながら世界全体に対する興味関心を持たせるための物だと思い込んでいたが、そうではなかった。そう告げられてもすなおに信じる事が出来なかったために聞き返すが、ウィリオネルはあっさりと答えた。


「単に、戦力を整えるのに有望な人物を選定していたら、冒険者や魔道士だけでなく王侯貴族も含まれていたに過ぎんよ。アルザニス王国のスフォレイツ王子のようにね。

 もちろん、武勇や動かせる人員だけでなく、人格も重視した。リディア様との交流の様子だけではなく、私自身会って相応しい人物を選んでいる」


「な、何故そこまでする必要があるのです!? 聖女の力が本物なら、彼女に吸血鬼を憎み、その滅びを女神に願えば彼奴らの力は大きく減退するはず!」

「四百年前は不明だが……二百年前、アデリア様を害そうとする吸血鬼達をフォースティアが見逃したと思うかね? もっとも、残された記録によればあまり効いていなかったようだが」


「女神の力が!? ヴァンパイアロードの力はそこまで強大なものなのですか!?」

「いや、そうではない。生き残った者達が残した記録から研究を重ねた推測だが……吸血鬼は『死神』ガルドールを祖とする種族。そして、ガルドールはフォースティアの妹女神ディランティアによって神に任じられた存在だ。つまり、吸血鬼は半ば冥界の存在。

 他の魔物と違い、アンデッド同様にフォースティアだけが司る存在ではないため、聖女の祈りにフォースティアがいくら応えても力を減じ難いのだろう」


 ウィリアムが告げた推測は、ビディコフに彼がこの日受けた中でも最大の衝撃を与えた。何故なら、彼の推測が正しければ生命と太陽を司る女神であるフォースティアは、魔物の存在も司っているからだ。

 とても信じ難い……信じたくない推測。だが、それが正しければ腑に落ちる点もあった。


(たしかに、魔物も生きている)

 『魔神』エーデルがこの世界にもたらした魔力によって変化した魔物も、多くの場合他の生物と同じように親から生まれ、成長し、子を産んで種を存続している。異形の姿と奇妙な生態を持つ種も多いが、生きている事に違いない。

 それに、フォースティアが『魔神』エーデルの上に存在し、魔物も生命体の一種として司っているから、彼女が慈しむ聖女の祈りで魔物の被害を抑止できるのだろう。


 同時に、それはフォースティアが王侯貴族や平民、乞食や山賊だけでなく、ドラゴンやオーガ、ゴブリンまでも平等に一つの命として見ている事を意味する。


(ああ、なるほど。だから女神は今の状況を良しとしているのか)

 遥かな昔、女神フォースティアは自らが生み出した生命に向かって言った。「汝らの中で最も優れた存在がこの世界を統べよ」と。その『汝ら』の中には、植物や動物だけでなく現在人類を脅かす魔物も含まれていたのだ。


 ビディコフは思い違いをしていた。フォースティアは人類の味方だと。だが、真実はそうではなかった。フォースティアは全ての生命の母……人類だけを愛している訳ではなかったのだ。

「では、何故私は……まだ生きているのですか?」

 全ての生命を等しく考えている女神にとっての例外である聖女の、兄を謀殺した自分が何故無事なのか。マディの加護も失わずに、生きていられるのか。


 真実を知る直前まで、それは女神が人種を始めとした人間を他の生命よりも格別に愛しているからだと、正義は自分にあるからだとビディコフは思い込み、恐怖は微塵も覚えていなかった。だが、今は震えが止まらない。

 そんな彼にウィリオネル大神殿長は答えた。


「リディア様の祈りが、犯人の処罰ではなく兄であるリアスの冥福を祈るために費やされているためだろう。

 彼女は私が思っていたよりも優しい子だ。実を言うと、私は君がこの部屋の扉を生きてくぐる事は無いだろうと考えていた。

 ……君の実家のレムテス公爵家や、故国のロディウム帝国も無事だ」


「っ!?」

 ビディコフは恐怖のあまり言葉を失い、真っ青になり崩れるように膝を突いた。己の行いが自分の命だけでなく実家であるレムテス公爵家の者達、そして母国であるロディウム帝国の百万を超える人々を危うくしているとは考えもしなかったのだ。


 もし陰謀が白日の下にさらされても、しょせん平民の命一つ。聖職者の位を喪う事は無く、重くても何年か辺境の修道院にて謹慎を言い渡されるぐらいだろう。そう軽く考えていたのだ。


 そんなビディコフの肩に手を置いてウィリアム大神殿長は告げた。

「リディア様の兄リアスは、確かに凡庸な人物だったようだ。彼が命を落とさず冒険者を続けていたとしても、直接リディア様の助けになる事は無かっただろう。

 だが、善良でリディア様の心を誰よりも支えていた人物だったのは間違いない。彼の存在は吸血鬼との過酷な戦いにおいても、リディア様の心と愛をより強くしたはずだ」


「わ……私はいったいどうすれば……?」

「君は高司祭、人々を導く立場だろう。とはいえ、君も私が導く信徒の一人である事に変わりはない。

 ビディコフ・マガ・レムテス高司祭。事を公にしてはならない。リディア様に復讐心を生じさせないために。だが、早まった事をしてもならない。君の罪は、君一人の命で償えるほど軽くない。

 君が出来る贖罪をしなさい、その罪を永劫に抱えたまま」


 そう厳かに告げると、ビディコフは退室の挨拶もせずよろめきながらウィリアムの執務室を後にした。彼には既に、大神殿の影の者が付き監視している。早まった事をしないように。

「リアスに詫びる言葉が出なかったのは残念だった……これを機会に、選民思想から抜け出せればいいのだが」

 そう呟いた後、ウィリアムはアルザニス王国がある方向に向かって頭を下げ黙祷を捧げた。


 謀殺されたリアスに、真実を追求し犯人を捕らえようとしない事に対するせめてもの詫びだった。

(私の自己満足に過ぎない事は分かっているが……すまない)







 その頃『ダ』リアスは、革新派吸血鬼に加わったレオーネの配下の一人として彼女の指導を受けていた。

「ダリアスはアンデッドだから疲労はしない。なら、いつまでも修練が出来るわね」

 デイドレス姿のまま、ダリアスに合わせてメイスと盾を持ったレオーネが楽しそうに笑いかける。


『あの、そのはずなんですが……オーラを神聖魔法に込めて飛ばしたせいか、全身に疲れというか疲労感があって、まだ回復できないんですが』

 一方、ダリアスは絶好調とは言い難い状態だった。オーラを飛ばすのは初めてだったので加減が分からなかったせいか、ダリアスは疲労を覚えないはずなのに消耗していたのだ。


 恰好だけは、レオーネの居城の武器庫から彼女が選んだ新しいメイスと盾、そして皮鎧を装備しているため立派だったが……オーラも眼窩の青い炎もかなり弱火だ。


「う~ん、一日経っても回復しないか。じゃあ、私の血を――」

「お嬢様、こいつにはこれで充分です。ゾルホーン、飲ませろ!」

『待ってっ、飲めって言われても俺には喉も腹も無いんですよ!?』


 見かねたレオーネが血を与えようとするのを遮って、ゲジャッグが部下のゾルホーンに命じて彼が持って来た赤紫色の液体を彼にかけさせた。

『グアアアアア!? 熱いっ!? なにこれ!? 酸!?』

 その途端、ゼルブランドの血に比べればずっとマシだが、骨が焼けるような熱さがダリアスを襲った。


「お嬢様や俺達が狩った魔物から採取した魔石を粉末にして、各種素材と混ぜて作ったアンデッド用のポーションだ。プルニス・プルコット様謹製のレシピを基に俺が調合した」

 幽鬼のように不気味な顔つきのレッサーヴァンパイア、ゾルホーンが、笑いながら答える。


『ポーション!? これが!? すごく痛いんだけど!?』

「ククク、その様子を見たところ効いたようだな」

『そんな馬鹿な……いや、本当に効いてる!?』

 久々に感じた熱さと痛みの衝撃に、思わず立ち上がってゾルホーンに抗議しようとしたダリアスだったが、すぐに我が身に起きた異変に気が付いた。


 全身の骨に纏わりつくような倦怠感が消え、魔力が漲っている。見た目も、弱々しく揺らいでいたオーラが全身を包み、眼窩の炎も青々と燃え盛っている。


『あ、ありがとう。怒鳴って悪かった』

「気にするな。俺はただポーションの調合が出来ているか試したかっただけだ。……ダンスレッスンの借りは返したぞ」

 そうぼそりと付け加えるゾルホーンに、ダリアスは『もちろんだ』と頷いた。


「回復したみたいね。じゃあ、まず型から教えるからよく見るように。ゾルホーンは残りのポーションをもって待機していて。この後ダリアスがオーラを使って、また消耗するかもしれないから」

『よろしくお願いします』

「分かりました」


 メイスと盾の型を実演し始めるレオーネ。彼女の動きを見つめるダリアスは、ポーションのお陰か気力が充実していた。

 ……いや、全回復した以上にオーラが高まり、気力も漲っているような気がしていた。


(なんだか良く分からないが、調子が良いな。リディア、お兄ちゃんまだ骨だけだけど、本当に粉骨砕身しない程度に頑張るからな!)

 吸血鬼の主人に師事しながら、空っぽの胸の内で聖女の妹の名を呼びながら決意を新たにするのだった。


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[一言] いつか復讐が成されることを期待します。高司祭にも大神殿長にも。公爵家にも大神殿そのものにも。
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