12話 高位骸骨助祭はオーラが違う
プルニス・プルコットの戦闘試験で、ダリアスがオーラを活用するようになって、一週間が過ぎた。
昼はプルニスと戦闘試験、夜は使用人見習いの仕事とレオーネのダンスの相手を務め、合間に月やディランティアの神聖魔法の『光』を眺めて落ち着くという日々をダリアスは過ごしている。
吸血鬼の僕としての生活は、意外と快適だった。それはやはり、レオーネとその配下達が積極的に人を害する吸血鬼ではなかった事が大きい。
人間に友好的なのではなくただ不干渉なだけだが、聖女リディアの兄であるダリアスには、それで十分ありがたかった。……もしレオーネが城に血を絞るための女子供を監禁しているような吸血鬼だったら、他人を見捨てられない彼は決死の反抗を企てなければならなかっただろう。
そして僕として忙しく働く日々は、疲労も飢餓も覚えないアンデッドの身ではそれを負担だとは感じなかった。それどころか孤独な森での毎日よりも文化的で充実した日々を過ごす事が出来た。
なにより、五年以上二つ星冒険者のまま停滞した日々を過ごして来たダリアスにとって、成果が出て自分が成長している事を自覚できるのが嬉しかった。
「筋が良いですね。そろそろホールボーイとしてなら認めても良いでしょう」
何故か悔しそうにゲジャッグからそう言われた時は、やったと手を上げて喜んだ。
「もっとも、俺も本物のお貴族様や商家に仕えた事は無い。だから、自分がいっぱしの使用人になったと調子に乗るんじゃねぇぞ」
『そうなんですか?』
急にゴロツキ口調になったゲジャッグに問い返すと、彼は鼻を鳴らして「そうだ」と答えた。
「俺だけじゃねぇ、皆元々はゴロツキ、チンピラ、商売女や詐欺師、イカサマ野郎、墓荒らし、奴隷……吸血鬼になる前は碌なもんじゃなかった。俺なんか、たまたま街に用があった先代を獲物にしようと襲い掛かった山賊だぜ」
『……なるほど』
「何納得してんだ、ちったぁ驚け」
ゲジャッグは生前、その人相の悪さ通りの出自だった。先代……レオーネの父に返り討ちに遭い、スレイブヴァンパイアにされた後に、レッサー、そしてノーマルヴァンパイアにまで存在進化し執事長にまで出世したそうだ。
ゾルホーンやロブソン等、レオーネ配下の吸血鬼は皆そのような経緯で彼女に仕えているのだろう。
「だから、俺や俺に仕事を仕込まれたお前のようなのでも置いてくださるお嬢様に感謝して、今後も誠心誠意お仕えするように」
『はい』
支配されている間は基本的に逆らえないので、仕える以外の選択肢が無いダリアスだったが、この時は素直に頷いていた。
「レオーネ様もダリアスも、随分上達しましたね。特に、ダリアスは覚えが良い。今の技術なら、吸血鬼の夜会を乗り切る事が出来るでしょう」
ダンスのレッスンでもダリアスはエーリッヒからそう評価された。
『ありがとうございます……俺は夜会に出ませんけど』
それは嬉しかったが、ただのアンデッドであるダリアスは夜会に招待されていない。レオーネについて行ったとしても、扱いはただの従者であるため踊る機会は無いから、ゲジャッグの時とは違い素直に喜ぶ事が出来ない。
「エーリッヒ、私は!?」
「レオーネ様もだいぶマシになりましたね。夜会のパートナーがダリアスなら、誤魔化す事も出来ると思います」
一方、レオーネも一週間前より上達していたが、エーリッヒからの合格はまだもらえていなかった。
「まだ夜会までは時間がありますから、気を長く持ってレッスンを続けましょう。安心してください、私は諦めません」
「……いっそ、ダリアスを夜会に連れて、ずっと彼と踊っていたい。ゼルブランドにそれでいいか聞いてくれる?」
「嫌です」
即答したエーリッヒだったが、レオーネを追い詰めすぎても良くないと思ったのだろう。相変わらずレッスンの様子を観察しているプルニス・プルコットに声をかけた。
「では、今日はレッスンを早めに切り上げて、プルニス殿の戦闘試験を鑑賞すると言うのはどうでしょう? 構いませんか?」
「ん? 隠すような事ではないから構わないけれど、君達吸血鬼から見れば退屈かもしれない。責任は持たないよ」
突然話を向けられたプルニスは、若干戸惑った様子だったがすぐに頷いた。
「構いません。彼には我が主も興味をお持ちでしたから、使用人としての働きやダンスの腕以外にも、最近の様子を報告したいと思っていたのです」
「助かったわ、ありがとうプルニス、ダリアス。ゲジャッグ、お茶は淹れられる?」
「すぐ準備をいたします」
ダリアスには断りなく話が進んでいるが、彼もプルニス同様隠すような事ではないと考えていたので、ゲジャッグに続いて準備に取り掛かった。
この生活で不満をあえて挙げるなら、フォースティアの加護を得ている事を隠しているので、その『光』を灯して眺める事が出来ない事ぐらいだった。
普段は吸血鬼達が休む昼間に行うため、戦闘試験は城の地下室で行っている。だが、この日は夜に行う事になったため城の外、密林と砂漠の間にある荒野で行う事になった。
急遽設置した椅子に腰を掛けたレオーネが、楽しそうに笑いながら傍らのリッチに話しかけた。
「久しぶりね、プルニスの戦闘試験を見るのは。それとも今はプルコット?」
「どちらもだよ、レオーネ。最近はこうして分離して試験を記録している」
「記録係もウッドゴーレムからフレッシュゴーレムに変えている」
夜の密林と砂漠に挟まれた城の前で、全身にオーラを纏ったダリアスをレオーネは興味深そうに眺めている。
「へえ、少し前までいつも退屈そうだったあなたがそんなに興味を持つなんて……流石ダリアスね」
「君も彼を随分評価しているようだけど?」
「それはそうよ、ダリアスは私の戦友、苦楽を共にする相棒だもの」
「……よっぽど嫌なんだね、ダンスのレッスン」
「あなた方も見ていた通り、そんなに厳しくした覚えはないのですが……」
「お嬢様の美貌は奥様から、人柄はぞ……豪快と評されていた旦那様から受け継いでおいででですから」
遠い目になったエーリッヒに、ゲジャッグがそう声をかける。彼の教え方が悪いのではなく、レオーネの性格が社交ダンスに合っていないのだと暗に慰めているのだ。
そんな彼らの前に、服を脱ぎメイスと盾を装備したダリアスが現れた。
「あら、存在進化したばかりの時と比べると随分変わったじゃない」
その姿を見て、レオーネは彼の変化にすぐ気が付いた。戸惑うゲジャッグや他の使用人達に説明するために、彼を指さして言う。
「ほら、ダリアスから出ているオーラが彼の周りに留まっているでしょう? 以前は湯気みたいに立ち上って消えていたのよ」
「私はこれまで何度かハイスケルトンを見た事がありましたが、ダリアス以外の個体は全て以前の彼と同じでした。だから、てっきりオーラとはそういうものだと思っていたのですが?」
ゼルブランドの配下になって長いエーリッヒが、プルニスに視線を向けて尋ねる。
「まずはご覧あれ。――試験を始めろ」
しかし、プルニスは答える気が無いようだ。プルコットがその言葉に応えて、手に持っていた親指の先ほどの小石を放り投げた。
『ウオォォォォン』
荒野に転がった小石は、分裂して瞬く間に体積を増やし中肉中背の人間と同程度の人型に変形を完了する。
『あれ? 明らかにウッドゴーレムじゃないんですけど……間違えていませんか?』
大きさはウッドゴーレムより一回り以上小さいが、ゴーレムの強さは基本的に材質によって決まる。ストーンゴーレムは、ウッドゴーレムより身軽さ以外の全ての点で優れている。
ダリアスにとっては、いつもと同じだと思っていた相手が突然存在進化したに等しい。
「今日は観客がいるから、携帯用ストーンゴーレムのお披露目もしようと思って。ポケットに入れて持ち歩く事が出来る携帯性と、十秒以内に変形を終える速さ。凄いと思わない?」
『それは凄いと思いますけど……つまり、実践で普通のストーンゴーレムと同じ戦力になるかどうかを試したいと?』
「そう。それに、今の君ならウッドゴーレム相手だとすぐ倒してしまうだろうから、レオーネの息抜きにならない。だから一段階上げる事にした」
『そ、そうですかね? いつも、結構苦戦していたと思いますけど』
一週間前から、ダリアスはプルコットとプルニスの指示に従って、ウッドゴーレムの相手をして来た。無謀に立ち尽くしたままウッドゴーレムの攻撃に耐えたり、囲まれた状態で殴られ続けたり、無手で殴り合いをさせられたり、攻撃手段を弓矢や投石等に限定されたり……。
『拷問のようだった』
痛覚の無いダリアスだったが、生前の冒険者稼業で何度も経験した攻撃を受ける恐怖は忘れがたかった。ゴーレムから攻撃を受けそうになる度に、それを思い出す。
「結果論だけど、私達の実験よりレオーネのダンスの相手の方がダメージを負った回数も程度も多いはずだけど?」
『いや、ダンスの相手は攻撃されるっていうより、気が付いたら指や手首の骨にヒビが入っていたり、足を踏まれていたりするだけだから……怖さを覚える前に終わっているから』
「なるほど。痛覚が無くダメージを治せるなら、恐怖を覚えるか否はダメージの軽重ではなく君の主観次第なのか。
――では、そろそろ戦闘試験を開始する」
興味深い事実を見つけたというように携えている羊皮紙に書き留め、視線を上げると同時にそう告げた。
『今回の条件は?』
「その都度指示を出すけど、まずはそのまま受けてみて」
『えっ? また?』
「やって」
戸惑うダリアスに向かって、プルコットの言葉に従ったストーンゴーレムが拳を彼の頭に向かって振るう。鈍い音を響いた。
レオーネ達はいきなり終わったかと驚くが、無防備にストーンゴーレムの拳を受けたダリアスは数歩よろめいただけで倒れなかった。
もちろん頭蓋骨もついたままだ。ストーンゴーレムの拳はオーラに阻まれ、骨には傷一つ無い。
『思ったより、弱い?』
思わずそう言うダリアスに激怒した訳でもないだろうが、ストーンゴーレムがもう片方の拳を突き出す。しかし、それも鈍い音は響くが、オーラに阻まれダリアスを数歩後ろに下がらせただけで肋骨にヒビ一つ入れられなかった。
それを確認したプルコットは誰にともなく頷くと、貫頭衣の内側から二つ石を取り出し放り投げた。
「もう攻撃をわざと受けなくていいよ。次は神聖魔法無しで、普通に戦って。始め!」
プルコットが合図すると同時に、二体増えて三体になったストーンゴーレム達が動き出す。
『神聖魔法無しで三対一。でも、やれそうな気がする』
ストーンゴーレムの攻撃を受けても平気だと分かったダリアスからも、ストーンゴーレムに向かって間合いを詰める。
「死兵戦の時と比べると、動きが数段速い。今なら、スケルトンホースと並走できそう」
それを見たレオーネが言ったように、ダリアスは騎兵並みの機動力で一気にストーンゴーレムの懐に飛び込み、さっきのお返しとばかりにメイスを横凪に叩きつけそのまま走り抜ける。
『ッ!?』
走行の勢いが乗っているとはいえ、ストーンゴーレムより圧倒的に軽いダリアスの神聖魔法で強化していない、ただのメイスの一撃。
その一撃の衝撃に耐えられず、バランスを崩したストーンゴーレムが転倒する。メイスが当たった脇腹には、大きなヒビが入っていた。
『凄い。たしかに、これなら神聖魔法を唱えなくても大丈夫だ!』
その威力に最も驚いたのは、ダリアス自身だった。昨日までの戦闘試験で、ゴーレムを一撃で粉砕した事はあったが、それはあくまでもウッド。木製だった。石製には通じないと思い込んでいた自分の素の一撃が通じると理解し、彼は高揚し戦意を高めた。
身を翻して、自分に向かって振り返った残り二体のストーンゴーレムに駆け寄ると、今度は正面からメイスを振り下ろす
『ウ゛ッ!?』
メイスは二体目のストーンゴーレムの右の肩にめり込み、耐え切れず膝を着く。そこに三体目がお返しとばかりに拳を突き出した。
ダリアスはその石の拳を盾で受け止め、その反動を利用して後ろに飛びのく。
「オーラを武器に集中」
『了解』
その時、プルコットからの指示が下された。ダリアスは彼女に応えて、身体を覆っているオーラを武器に集中させようとする。
(武器は俺の一部。手の、骨の延長。骨も鉄も一緒!)
ゴーレム達から離れながら、精神を集中する。重要なのは理論として正しいかよりも、イメージ。ダリアスが持っているメイスを自分の体の一部だと意識すると、彼を覆っている青白いオーラが、メイスとそれを握る彼の腕に集まった。
代わりに胴体や脚を覆うオーラが薄く弱くなり、明らかに速さが減じるが……三体目以外のゴーレムはまだ立ち上がっていないので、問題は無かった。
『ウオオオ!』
そして近づいて来た三体目のストーンゴーレムに向かって、気合の声を発しながらメイスを振り降ろす。青白いオーラに包まれた鉄塊は、まるで泥団子のようにストーンゴーレムの上半身を砕いた。
人型に組み合わさった石の集合体でしかないストーンゴーレムだが、下半身だけでは活動を維持できない。その場で崩れ落ちる。
だが、同類が崩れている間に残り二体のストーンゴーレムは立ち上がり、ダリアスに接近しそれぞれ攻撃を繰り出す。
『フッ!』
ダリアスはメイスに集中していたオーラを、素早く全身に張り巡らせた。石の拳を後ろに下がるだけで防御しきった彼は、再びオーラをメイスに集中させる。
『くらえっ!』
そしてメイスを叩きつけると、既にダメージを受けていた二体はすぐに機能を停止した。これで終わりかとダリアスはプルコットに視線を向けるが、彼女は貫頭衣の内側から掌に納まる程度の大きさの金属板を取り出していた。
「じゃあ、最後はこいつの相手をしてもらうよ」
そう言いながらプルコットが放り投げた金属板は、軋む音を響かせながら巨大化し変形。ダリアスより二回りほど大きな人型、アイアンゴーレムになった。
「携帯用アイアンゴーレム。私達が開発した携帯ゴーレムシリーズの最新作だよ」
『アイアンって鉄ですよね!? ストーンの次はロックかせめてブロンズじゃないの!?』
「最後だから、神聖魔法も使っていいよ」
『ダメって言われても使いますよ!』
アイアンゴーレムは悲鳴のような声で叫ぶダリアスに向かって、歩み出す。ダンジョンや古代の遺跡で番人をしている個体の半分程の大きさだが、迫力は凄まじい。
(攻撃の威力はきっとストーンゴーレムの比じゃない。掠っただけで骨が折れるかもしれない。骨粉にされる前に、倒すしかない!)
盾を構えたダリアスからも、アイアンゴーレムに向かって走り出す。
『『中級敏捷性強化』! 『女神の守護』!』
『――』
アイアンゴーレムは間合いに入ったダリアスに向かって、勢いそのままに前蹴りを放った。
『中級筋力強化』!」
ダリアスは回避すると同時に、更にディランディアの神聖魔法で自己強化を行い、その鉄の脚の脛に当たる部分にオーラを纏ったメイスを叩きつける。
その威力は凄まじく、轟音を立ててメイスがアイアンゴーレムの脚にめり込む。
『あ゛!?』
引き換えに、メイスが折れた。生前から愛用していた武器だったが、貧乏冒険者にも購入できる安物だ。最近の激戦と急成長したダリアス自身の力に耐えられなかったのだろう。
『ウ゛オォォォォォン!』
武器を失って動揺し、動きを止めてしまったダリアスに向かって鉄の拳が突き出される。骨粉にされる前に我に返った彼は、素早く盾を構えると軽くジャンプする。
アイアンゴーレムの怪力によって、ダリアスは狙い通り大きく後ろに吹き飛ばされた。地面を何度もバウンドするが、オーラで身を守っているため骨にダメージは無い。
『しかし、どうするかな? いや、まだ大丈夫だ』
アイアンゴーレムから距離を取る事に成功したダリアスだが、武器を失ったのは痛い。痛いが、問題無いと自分に言い聞かせる。
現実逃避ではなく、弱気になるとオーラまで弱まる事がここ一週間の戦闘試験で分かっているからだ。この状況でオーラの出力が弱まったら、それこそ骨粉になるしかない。
(オーラを集中させた拳で殴ってみるか? いや、メイスの一撃以上の威力が出るとは思えない)
アイアンゴーレムは、そのメイスの一撃を受けた方の脚を引きずるようにしているが、それでも転倒せず動いている。それ以下の攻撃で倒すには、何度拳を打ち込めばいいのか分からない。
「攻撃魔法を使っていいよ」
プルコットはそう声をかけるが、アコライトになった今でもダリアスの神聖魔法の威力は一撃必殺とは言い難い。『閃光』も効かず、耐久力も高いアイアンゴーレム相手に使っても牽制にもならないだろう。
(いや、プルコットが態々言うって事は意味があるはず。……そうだ、攻撃魔法にオーラを込められるか試してみるのはどうだろう?)
今までダリアスはオーラを、体の周りに留める事と、体の一部や武器に集中させる事しかできなかった。魔法に込めるなんて、今の今まで可能だとは思わなかった。
しかし、今まで的確な助言をしてくれたプルコットが言うなら可能なはずだとダリアスは思い込んだ。
『女神よ、その御手に命を沈め永遠の安らぎを与える力を満たしたまえ』
祈りを唱えながら手にオーラを集中させ、魔力と同時にオーラを放つイメージを思い描く。
『『女神の一撃』』
そして、こちらに迫りつつあったアイアンゴーレムに向かって解き放つ。その瞬間、身体を半分抉り取られたかのような激しい疲労がダリアスを襲った。
一方、青白いオーラに包まれたディランティアのエネルギー光線はアイアンゴーレムに直撃すると……鋼鉄製の胴体を貫通し、大穴を開けた。
『ギィィ……ィ……』
密林に届く前に光線が消失するのと同時に、アイアンゴーレムは金切り声のような断末魔をあげると地面に崩れ落ち、穴の開いた鉄板に姿を変えた。
一拍置いて観戦していたレオーネ達から歓声が上がり、プルコットが試験終了を告げると、ダリアスはその場に崩れるように膝を着いた。
「おめでとう。まさか携帯型アイアンゴーレムにこんなに早く勝てるとは思わなかったよ」
『プルコットさんが魔法にオーラを込めるよう、仄めかしてくれたからですよ。ただの『女神の一撃』だったら、ああはいかなかった』
クレリックからアコライトになった事で、ダリアスの魔力は格段に上昇した。それだけではなく、何故かディランティアとフォースティアから与えられる加護も大きくなっていた。光栄だが、加護に足る働きをした覚えはないのに。
そのお陰で、ダリアスの神聖魔法は以前よりもずっと強力になっていた。迂闊に回復魔法を使うと、一瞬で腕が灰になってしまう程だ。
だが、アイアンゴーレムの胴体に大穴を開けたのは、やはりオーラを込める事に成功したからだろう。
「いやいや、すごいのは君だよ。もし本当に私が君にヒントを与えたのだとしても、実戦で可能にしたのは君だ」
『いやぁ、そんなに褒めれると照れ……ん? 本当にってどういう……?』
ダリアスが疲労に耐えてプルコットを仰ぎ見ると、彼女はいつもと同じ無表情だったが手を素早く動かして羊皮紙に何か書き込んでいる。それは彼女達が予想以上の実験結果に驚き、興奮している時に取る行動だ。
「凄かったわよ、ダリアス! 遺跡で見つかる個体の半分ぐらいの大きさだったけど、アイアンゴーレムを倒すなんて、並みの冒険者じゃ絶対できない! レッサーヴァンパイアに匹敵する強さだと思う!」
そこに風のような速さで駆け寄って来たレオーネが、興奮した様子でダリアスを掴んで振り回しながら労い賛辞した。ガシャガシャと全身の骨が音を立て、オーラの断片が光の粒となって舞い散る。
端で見ていれば美女と骸骨の幻想的な舞踏に見えたかもしれない。
「お嬢、落ち着いてっ! それとダリアス、調子に乗るんじゃねぇぞ! お嬢は、総合的にはレッサー並だと言っているだけだからな!」
『あ、ありがとうございます、ゲジャッグさん』
レオーネに振り回されて、アンデッドでも気絶できるかもしれないと思っていたダリアスは、助けてくれたゲジャッグに心から感謝した。
「本当に素晴らしいですよ、ダリアス」
しかし、レオーネから解放されたダリアスを待っていたのは瞳を輝かせ頬を紅潮させたエーリッヒだった。彼がここまで感情を高ぶらせているのを初めて見たダリアスは驚いたが、エーリッヒはそれに気が付かず早口でまくし立てた。
「オーラを体の周りに止める事で、身体能力や防御力が上がるとは知りませんでした。更にオーラを操り、武器や魔法に集中する事で威力を高める事まで可能だとは……通常のハイスケルトンには無い行動です。
まさに変態、異常、逸脱、極者! あなたを異常種だと睨んだアーデリカさんは正しかった! 事実、あなたほど異常なハイスケルトンは見た事が無い!」
『あ、ありがとう、ございます?』
多分熱烈な賛辞を受けているはずだよな? そう思って一応礼を述べたダリアスだったがふと違和感を覚えて聞き返した。
『あの、普通のハイスケルトンって、オーラを体の周りに留めたり、操作したり、しないんですか?』
「ああ、少なくとも私は君以外にそんな事が出来るハイスケルトンは見た事が無い」
「私も無い」
尋ねられたエーリッヒに、レオーネもそう答えた。それを聞いたダリアスは、ゆっくり首を回してプルコットに顔を向けた。
『あの、プルコットさん、プルニスさん? 俺はてっきり、オーラの使い方を二人が知っていると思って頑張ったんですけど……?』
プルコットとプルニスにオーラの使い方を指導されていると、努力すれば出来るようになるとダリアスは思っていたから頑張った。ウッドゴーレムに殴られ続け、逆にウッドゴーレムを殴り続けた。しかし――。
「いや、私もハイスケルトンのオーラがこんな使い方が出来るとは知らなかった。『だからオーラでなら防御しても構わないよ』と言ったのは、ただの冗談で特に意味は無かった」
『冗談だったの!?』
「うん、だけど君は妹の言葉を真に受けて、本当にオーラでウッドゴーレムの攻撃を防御した。それで二人で話し合って、君に行う実験方針を決めた。
僕達がオーラを操るハイスケルトンの実例を知っているかのように振る舞い、君に誤解させたままオーラ操作の実験をさせようって」
なんと、プルニス・プルコットはダリアスを故意に騙し、誘導していたのだ。そしてゴーレムの実戦試験の本当の目的は、ダリアスがオーラをどこまで操作できるようになるか確かめるための物だった。
「そうだったの。でも、何故素直に話さなかったの? ダリアスならそれでも実験に付き合ったと思うけど」
衝撃のあまり顎の骨を落として硬直するダリアスに代わってレオーネがそう尋ねると、プルコットは涼しい顔で答えた。
「それはダリアスが生きている人間のようなハイスケルトンだからだよ。以前、とある魔道士が弟子の育成について書き記した文献を読んだことがあってね――」
魔法研究の合間の暇つぶしに読んだその文献には、『弟子に自分は出来ると思い込ませた方が、出来ないと思い込ませるよりも良い』と書かれていた。
プルニス・プルコットは、ニュアンスはやや異なるが、その記述を参考にダリアスに「ハイスケルトンなら出来て当たり前」だと、思い込ませたまま一週間実験に付き合わせたのだった。
「結果は素晴らしいものだった。たった一週間で、ダリアスは目覚ましい成果を上げてくれた」
「普通なら一週間で格段に強くなるなんてありえない。どんなに才能のある冒険者でも、一週間で別人のように強くなるなんて無理。存在進化でもしない限り」
「でもダリアス、君はそれを存在進化せずにやり遂げた。アンデッドなのに。これは歴史に残る快挙だ」
『そ、そうなんですか……ね?』
プルニスとプルコットに褒められたダリアスが、疲労の滲んだ声で聞き返す。エーリッヒにも言われたが、彼はいまだに自分が異常種であるという自覚が薄かった。
しかし、彼以外の意見は一致していた。顎の骨を拾ってくっつける彼に、プルニス達が何度も頷いて返す。
「この事を報告すればゼルブランド様もお喜びになるでしょう」
「ダリアスは渡さないよ。彼は僕達の大切な、唯一無二な実験体なんだ」
「そうだよ、まだまだ彼で実験したい事が沢山あるの」
エーリッヒがダリアスに血を与えた主の名を出すと、プルニスとプルコットは焦った様子でそれぞれ彼の腕に抱き着いて、そう主張した。
子供がお気に入りの玩具を取られまいとしているようで微笑ましいが、その玩具は『沢山あるんですか』と苦笑いをしている。
「それはもちろん。彼を成長させたのはあなたの手腕ですから、きっとゼルブランド様も評価なさるでしょう。私も期待しています」
「ちょっと、ダリアスは私の配下だって事を忘れていない? ダンスのレッスンの相手役がいなくなったら困る」
そこにダリアスの直接の主人であるレオーネもそう主張する。そして、彼女は思い付きを口にした。
「そう言えば、ダリアスの動きって拙いわね。無駄が多いというか、パターンが少ないというか」
『戦っている時の事ですか? それはまあ、生前冒険者ギルドで習った型中心の動きしかできないので……』
オーラの操作に才能を見せたダリアスだが、生前は凡庸な男だった。そんな彼が本格的に武術を習ったのは、冒険者ギルドの新人冒険者向けの講習だった。
新人冒険者向けの講習では、剣や槍、そして棍棒等の武具の型を教官が教えてくれる。型とは、才能が無い物でもなぞる事で、それなりに戦えるようになれる人類の知恵と技術の結晶だ。
もちろん、冒険者ギルドが教える方なのでゴブリン等に有効な対人戦用だけでなく、狼や猪などの四足獣等の対魔物戦に有効な型も教えてくれる。
そのお陰で、凡庸なダリアスも二つ星冒険者としてやっていく事が出来ていた。
ただ、今のダリアスには身体能力に技が釣り合っておらず、レオーネから見ると「拙い」状態らしい。
「よし、それじゃあ私が戦い方を教えてあげましょう。ダンスのレッスンの合間にならいいでしょう?」
「お嬢様では、ダリアスを骨粉にしかねません。まずは私達で教えた方が――」
「い~えっ、私が教える! ゲジャッグ達に任せたら、私が息抜きできないじゃない」
『あの、それはありがたいんですが……何故俺を強くする事に皆熱心になるんですか?』
「面白そうな事はやった方が楽しいじゃない。それに配下が強くなるのは主人として良い事だわ」
そう答えるレオーネに、ダリアスは(まあ、俺にとっても強くなっておいて損は無い)と思い、『お願いします』と両腕を双子に抱き着かれたまま頭を下げるのだった。
ただ、ダリアスの前に試練が建ち塞がった。後日、エーリッヒが彼らに笑顔でこう告げたのだ。
「ゼルブランド様から、今度開かれる夜会に是非ダリアスも連れて来るようにと……良かったですね、レオーネ様、少なくとも、一曲はダリアスで誤魔化せますよ」
レオーネの居城から遠く離れたマディ大神殿の奥、自室で大神殿長から告げられた言葉に聖女リディアは表情を失った。
「うそ……兄さんが、亡くなった……?」
〇ダリアスの現在の弱点
・日光への恐怖心
・軽くなって踏ん張りが効かなくなった足腰
・嗅覚と味覚の喪失。
・睡眠や飲食で精神を癒せない。
・浄化魔法でダメージを受ける。自分が唱えた場合でも同様
・回復魔法でダメージを受ける。自分が唱えた場合でも同様
・人を見殺しに出来ない
・吸血鬼に逆らえない
・油断すると思考が声に出てしまう
〇〇〇
〇名称:ハイスケルトン
分類:アンデッド
討伐難易度:星4
スケルトンの上位種。ダンジョンや魔物の住処の奥等空気中の魔力が濃い場所で、強い恨みや未練を抱えたまま死んだ者がなる事があるアンデッド。
眼下に青い炎を灯しているだけでなく、全身に青白いオーラのようなものを立ち上らせている点がスケルトンと異なっている。
生前の人格や記憶を残して、言葉を発する事が可能だが、多くの場合恨みや未練で人格が歪んでおり、生者との会話が成立する事は稀とされる。
強さは生前何をしていたかに寄るが、オーラによって強化されているのかスケルトンよりも身体能力に優れており、ただのスケルトンと侮ると痛い目にあう。
出現する場所は彼等が命を落とした場所……ダンジョンや魔物の住処の奥地である事が殆どであるため、滅多に遭遇しない。ただし、極稀に通常のスケルトンが存在進化を重ねてハイスケルトンになる事があり、その場合は一般人も脅威にさらされる事が考えられる。
なお、ハイスケルトンの骨は魔力が豊富に含まれており、錬金術の触媒として一定の需要がある。しかし、他の素材で代替可能なため、その取引価格は討伐する苦労と釣り合わない事が多い。
ちなみに、ダリアスの場合通常のハイスケルトンが垂れ流しにしているオーラを体の周囲に留めて濃度を増し、意識して一部に集中させる事が可能なため、討伐難易度は星5に跳ね上がる。