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11話 高位骸骨助祭の吸血鬼の僕生活

 ダンスのレッスンを終えた後の緩んだ空気なら教えてくれるかもしれないと、ダリアスは意を決して訪ねた。

『気になっていたのですが、吸血鬼の革新派と保守派の目的というか、目標って何なのでしょうか?』

「うん? そうね。私達が属すことになった革新派の目的は……なんだっけ?」

 意を決して訪ねたが、なんとレオーネは答えられなかった。


「レオーネ様……」

「お嬢様、だいぶお疲れのご様子で」

「ち、違うのよ!」

 遠い眼差しになるエーリッヒと、悪人面で慈母のような笑みを浮かべるゲジャッグに、レオーネは慌てて言い訳をする。


「私達ってちょっと前まで中立派だったじゃない? だから最近の革新派の事を知らなくて……昔からの目標なら知っているけど」

「なら、それを言えばいいのに」

「分かってる、プルニス! ダリアス、革新派の目的は吸血鬼が支配する国を創る事よ」


『国を?』

「そう、今の王侯貴族の立場を吸血鬼に挿げ替えて、人間を平民として支配する国。吸血鬼が夜だけじゃなくて昼の世界も支配するべきだって言うのが、主張よ」

 古来、吸血鬼は闇に潜んできた。組織だって動く時も人間社会の裏で暗躍し、牛耳る時も傀儡や身代わりを置いて裏からに徹し、表立って動こうとはしなかった。


 歴史の闇に潜み、夜から昼の世界に影響を及ぼし続ける。それが吸血鬼の在り方だった。

 しかし、それに一部の吸血鬼達は嫌気がさしていた。真の支配者である自分達が人間を統治するべきだと考え、動きだし、革新派が結成されたのだ。


『それは……可能なんですか?』

 規模が大きすぎて、いまいちピンときていないダリアスに、レオーネは「さぁ、分からない」と答えた。

「私や私の父は不可能だと思っていたけど、ゼルブランド達は可能だと思っているみたい。でも、その目標達成のための具体的な手順や、これから実行する予定の作戦なんかは知らない。エーリッヒもでしょう?」


「当面は、レオーネ様を利用して中立派を取り込む、としか私は聞いていません」

 実際には、ゼルブランドは聖女リディアを花嫁……己の眷属である吸血鬼とするつもりだが、その事は新参者のレオーネや彼女の元に派遣したエーリッヒには伝えていなかった。


『な、なるほど。なんだか壮大ですね』

 少なくとも、ダリアスにすぐ理解できるスケールの話ではない。ただ、聖女の事が出なかった事は彼にとって安心材料だった。もっとも、吸血鬼が支配する国を創るなんて事をマディ大神殿と各国が見逃すとは思えない。革新派が目標を達成しようとする限り、彼等が聖女リディアと衝突するのは確実。だから、安心しきる事も出来ない。


『では、保守派の目標は?』

「それは昔から変わっていないから知ってる。『死神』ガルドールの復活、冥界から再び現世に呼び出そうとしているの。たしか、そのために聖女を狙っているはず」

『せっ、聖女を?』

 上ずりかけた声を何とか軌道修正して、尋ね返すダリアスにレオーネは頷いて答えた。


「ええ、他の大陸も含めて何人か生贄に捧げる事に成功しているわ。確か、最近マディ大神殿に二百年ぶりの聖女が降臨したとか聞いたけれど、彼女も狙うんじゃない?」

 ダリアスが知る限りでは、現時点では革新派より保守派の吸血鬼の方が彼にとって危険だった。







 吸血鬼の拠点には、吸血鬼以外の強力な守護者がいるのが常だ。何故なら多くの吸血鬼は空に太陽がある昼間、休息をとるため、無防備になってしまう。

 それはロードだろうとレッサーだろうと同じだ。そのため、吸血鬼は昼間の守護者を求める。


「では、今日も私の研究を手伝ってもらう」

 レオーネの場合はプルコット・プルニスと、その配下達が守護者に相当する。リッチである彼女も日光が苦手なはずだ。だが、苦手なだけで日光に焼かれたりはしない。それに彼女は多くのゴーレム等の魔法生物を創り出し、レオーネに提供する事で守護者としての任を全うしている。


 プルコット・プルニスは、レオーネの居城の昼間の主なのだ。


 そのプルコットは朝日が昇り、彼女のダンスの相手役を終えたダリアスを城の広大な地下室に呼び出し、いつものように実験や検証を行おうとしていた。いつものフード付きローブ姿の彼女の周りには、一見すると瞳が死んでいるだけのメイドや従僕に見える、フレッシュゴーレムが控えている。


 一方実戦試験も行うため、ダリアスはダンスの練習の時に来ていた執事服を脱ぎ、『死兵戦』の時と同じ格好……全裸でメイスとラウンドシールドだけと言う、スケルトンでなければ蛮族か変態のような装備になっている。


『それは構いませんが……その前に、ハイスケルトンについて教えてもらえませんか?』

「知らないの? 存在進化後にすぐ自分の種族名が言えたのに?」

『いや、あれは何故か脳裏に浮かんだ言葉を口に下だけで、ハイスケルトンについての具体的な知識までは……』


 スケルトンの上位種のハイスケルトンは、下位種と比べると圧倒的に発生数が少ない。そのため、冒険者ギルドの書庫にも資料は乏しかった。

 分かっている事は、魔物の住処やダンジョンの奥深く等魔力の濃い場所で、強い怨念や未練を抱えて死んだ者の一部がハイスケルトン化するという事と、狂気や殺意が高ぶると青白いオーラのようなものを全身から煙のように立ち昇らせる事。


 そして、通常のスケルトンとは比べ物にならない程強力である事ぐらいしか、ダリアスは知らない。……もちろん、強力とはいっても吸血鬼程ではない。


「そう言えば私が存在進化した時も、そんな感じだったような気がする。……昔の事だから忘れていたよ。

教えるのは構わないけど、何故今日になって知りたくなったのか教えてほしい」

『それは、レオーネ様とのお茶会でプルニスさんがハイスケルトンについて口にしていたので、俺って普通のハイスケルトンと違うのかと気になって……』

「なるほど。兄とレオーネの会話がきっかけで、好奇心が刺激されたのか。興味深い。まるで人間のような心理だ」


 プルコットはローブの裾から取り出した羊皮紙に何か書き留めながら、何度も頷く。

「ハイスケルトンは発生条件が厳しいから、個体数が少ないのは本当だよ。極稀に、君みたいにスケルトンから存在進化する場合もあるけど。

 でも、それ以上に君は珍しいよ、ダリアス。普通のハイスケルトンは話せるだけで、会話は成立しない事が多いから」


 そう言いながら、羊皮紙から顔を上げると労うように骨だけの手を取って告げた。

「素直に指示をきいて、逆らわず実験に付き合ってくれる君は世界一便利なハイスケルトンだ。自信を持っていいよ」

『……どうも』

 褒められたダリアスはあまり嬉しそうには見えなかったが。


『それで、その普通のハイスケルトンについて教えては――』

「今は君で実験したいから、後でね」

『あ、はい』

 結局質問にあまり答えてもらえなかったが、プルコット・プルニスは自分が興味関心の無い事に対して消極的な事は短い付き合いでも理解している。後で、ハイスケルトンについて書かれている本でも貸してもらって読む事にしようと、ダリアスは思った。


 そう考えていると、ダリアスの手を放したプルコットが不意にフードを上げた。

『あっ!』

「ん? 何か気になる事でも?」

『いや、気になるというか……あなたの素顔を見るのは初めてだったで』


 露わになったプルコットの素顔は、大きな青い瞳や頬の柔らかな曲線等、小柄な背に似合う幼げな顔立ちの美少女だった。

(可愛らしい。リディアも、今はプルコットさんと同じくらい大きくなっているだろうか?)

 思わず最愛の妹と重ね合わせる程、プルコットは愛らしい容姿をしていた。彼女の金と言うより黄色の柔らかそうな髪から先端がピンと出た耳を見ると先端がやや尖り、エルフ程ではないが伸びているのでハーフエルフなのかもしれない。


 アンデッドであるため血の気が無く灰褐色に変色した肌や、輝きの無い瞳。そして人形のように乏しい表情のせいでその魅力は半減してしまっているが。もし彼女が微笑みを浮かべたら、社交界で『妖精のように可愛らしい』と評される姫君たちと見比べても劣る事は無いだろう。ダリアスはそうした姫君達を見た事が無いが、そう思わせられた。


「そう言えばそうだったね。私達は自分の顔で煩わしい思いをさせられていたから、隠す癖がついているの。驚かせたのなら悪かった」

 しかし、プルコット本人はその愛らしさを疎ましく感じているようだ。


 リッチは自らアンデッド化する事を選んだ魔道士だ。自我や記憶を維持したまま、アンデッド化してさらに強力な魔力を手にする魔法は簡単ではない、才能だけではなく長年の研鑽が無ければ、到達できない奥義だ。

 そのため、リッチの多くは老人から壮年の姿をしている。それなのにプルコットが声相応に幼い容姿をしていたのも、ダリアスが驚き困惑した理由の一つだ。


「私達は外見でリッチだと分かり難いから、面識のない吸血鬼に舐められる事が多くてね……」

 レオーネは吸血鬼同士の夜会に出る事は滅多になかったが、それにプルコットが付き添う度に新顔の吸血鬼に『ゾンビ如きが目障りだ、失せろ』と下位アンデッドと誤解されて罵られたり、主催者が用意したアンデッドの使用人と間違えられて『ちょっと、飲み物を持ってきてちょうだい』と要求されたりしたと、濁った瞳でも分かるほど遠い眼差しで語った。


『アンデッド同士でも、見た目が重要なんですね』

「聞いた話だと、冒険者も見た目で苦労するそうだね」

『まあ、俺の場合は生前と比べて大きく変わったので、もう大丈夫だと思いますけどね』


 そう会話を重ね、プルコットに自分に対する共感を覚えたダリアスは彼女と初めて会った時から気になっていた事を尋ねてみる事にした。

『ところで、兄とか妹って、どういう事なんでしょうか?』

 プルコット・プルニスは、時間によって名前や呼び方や本人の一人称、そして口調も微妙に変わる。まるでプルコットとプルニス、二人が別々に存在しているようだったが、この城に来て数日経つがダリアスは同時に一人しかフード付きローブを着た人物を見ていない。


 そしてレオーネを始めとしたこの城の者はそれを当然のように受け入れている。そのため、ダリアスは今まで尋ねる事が出来ないでいた。

「そう言えば説明していなかったね。ちょっと待って、君の反応を記録するから。プリメーラ、ルベーノ、水晶を。

 後、話が終わったら感想を聞かせてほしい」

 しかし、プルコットにとってそれは話しにくい事では無かったようで、気にした様子は無く、それどころかダリアスの反応を記録に残そうと、助手として使っているフレッシュゴーレム達に水晶玉の準備をさせている。


『さっき俺ほど便利なハイスケルトンはいないって言っていましたけど、そんなに興味深いんですか、俺の反応は?』

「もちろんだよ。正しいまるで生きている人間のような感情まで備えているハイスケルトンは、きっと君だけだ」

 そう答えながら、雑に人を模した木造……フレッシュゴーレム達が記録を取る準備を終えたのを見計らったプルコットは、改めてダリアスに向き直った。


「では、本来ならまだ私の時間だけれど、一時的に兄さんに交代するから見ていて」

『え? 交代? もしかして、一つの体に二つ以上の魂が宿っているという――』

 ダリアスが、記憶の片隅に残っている英雄の逸話を口に仕掛けるのと、プルコットが首を捻るのは同時だった。


「ん? 何か言った?」

 首をぐるりと回し……そのまま一回転、二回転と繰り返しながら徐々に沈んでいくプルコットの頭部。その様子は、まるでネジのようだ。


「その続きは――」

 ローブの中に、完全にプルコットの頭がめり込んで消える。

「僕が聞くよ」

 そして、再びプルコットの頭が回転しながら生えて来た。彼女もアンデッドだ、首を回転させるのは、隠し芸程度でしかないのかもしれない。


『あれ? もしかして、プルコットさんじゃない?』

 しかし、戻ったプルコットの頭にダリアスは違和感を覚えた。基本的な顔の造りは同じで、大変愛らしい。ただ。僅かに印象が異なる。プルコットはやや少年のような雰囲気のある美少女だったが、今の彼女はその少年っぽさが強く出ているように感じられた。


『もしかして、プルニスさん?』

 その直感をそのまま口に出すと、プルコット――プルニスは感心したようで頷いた。

「正解。僕と妹は、ハーフエルフの双子の兄妹を素体にして作られたキメラ、合成獣がリッチになった存在だ」


 リッチは、自らアンデッドと化した魔道士の事だ。そのため、人種以外の種族からリッチに変化した個体も存在する。過去には、天才的なゴブリンメイジやマンティコアのような人型ですらない魔物のリッチも存在したという記録もある。


 その中でもプルニス・プルコットは変わり種だった。彼女の前身は(多くの場合道を外れた)魔道士が、別々の個体を一つの体に融合させて創り上げる合成獣だったのだ。

『そ、そんな……なんて事だ』

 合成獣の創造は現代では多くの国で禁止され、実験的に作り出す際も魔道士ギルドだけではなく国の許可等が必要な行為だ。プルニスとプルコットが合成獣にされたのが、そうなる前……数百年以上昔の事だったとしても、人を素体にするなんて正気の沙汰ではない。


 そんな目に遭ったのが、妹に近い年頃の兄妹だと思うと、ダリアスは他人事とは言え同情せずにはいられなかった。思わず手を伸ばし、気が付いた時にはプルニスの頭に触れていた。骨だけの手に、彼の妹と同じ柔らかい髪の感触が伝わってくる。

「ダリアス君……僕は今、とても嬉しいよ」

 プルニスもダリアスの手を払いのける事無く、目を細めた。


「他人への同情や憐憫のあまり、自分より長く存在し続けているだろう僕の頭を撫でるなんて……アンデッドとは思えない感受性だ。

 実に素晴らしい、貴重なデータを得られて僕も妹も満足している」


 ただし、ダリアスに撫でられた事を喜んではいても、それは研究者として彼の反応を見ているからであって、哀れな幼い被害者としてではなかった。

『あ~……なんか、すみません』

 夢から醒めたように我に返ったダリアスは、プルニスの髪から手を放し、後ろに下がった。


「謝る事は無い。むしろありがとう。実験が終わったから言うけど、少なくとも今の僕と妹はこの体を不便だとは思っていない。

 交互に頭を交換しているけど、記憶は共有できているし、分離していてもお互いの頭の中で会話する事が可能だからむしろ便利だ」


 同情や哀れみを受ける事自体は、プルニス・プルコットは何とも思っていなかった。他の吸血鬼に舐められる事や、憐憫を受ける事で発生する無用な気遣いは面倒だなと感じるが、それだけだ。

 これは彼等が特別無感情なのではなく、リッチと言うアンデッドの特性によるものだ。リッチはアンデッド化する際、記憶の欠損や喪失、そして精神に異常が発生する事を避けるために自らの精神を分ける。


 そして、その状態をアンデッド化後も維持する。そのため、自身の研究活動に関係ない事柄に関しては興味関心が薄くなり、感情が希薄になる。プルニス・プルコットもその例外ではなかった。

 もっとも、彼等の場合は生きていた頃から人を素材にしたキメラだったため、その精神性は普通の人間とは変わっていたはずだが。


「リッチになる前からだけど、出そうと思えばプルコットも――」

「――こうして同時に表に出ている事も可能よ」

 プルニスがローブの首回りを緩めたと思ったら、先ほど体にめり込んだはずのプルコットの頭がプルニスの頭の横に生えて来て顔を出した。


『っ!? 同時に二つの頭を出せるのか!? 骨はいったいどうなっているんだ?』

「スケルトンらしい疑問だね。表に出ていない方の頭は、普段は胴体に融合している。詳しい説明は――」

「――心臓はどちらも取り出しているし、内臓も改造しているから時間がかかるので省くけど」


 双子の兄妹同士一つの生物にされた後、プルニス・プルコットは自分自身の肉体を改造していた。その成果をダリアスに見せびらかすのは二人にとって心地良いものだった。

「そして、数十年前には完全に分離する事が出来るようになった。こうして――」

 二つの頭の内、プルコットの方が音も無く落ちるようにローブの前からずれる。首の下には胴体や四肢もついているが、残ったプルニスの頭があるローブの裾から二本の足が見えている。


「さっきも言ったけど、分離できる。普段はあまりやらないけどね」

『凄い……魔物が大きく変化できるのは存在進化が起きた時だけだと思っていたけど、人為的にそんな事が可能だなんて』

「フフ、君の反応は昔のレオーネやゲジャッグみたいで面白いよ」

「感情の動きが多彩でいい」


 ダリアスに成果を見せるのが心地いいのは、反応が新鮮で顔が髑髏なのに感情表現が豊かだからだ。おかげで優越感が刺激される。こうした感情は分けた魂の名残だとプルニス・プルコットは自覚していたが、敢えてそのままにしていた。あまり感情を抑制しすぎると、研究意欲に関わると考えているからだ。


『それはともかく……その恰好は?』

 一方、驚きから立ち直ったダリアスは分離したプルコットの格好に戸惑っていた。彼女が着ているのは左右が大きく露出した貫頭衣で、とても年頃の娘がしていい恰好ではなかったからだ。

 思わず上着を羽織らせてやりたくなるような格好だったが、生憎今のダリアスは服を着ていなかった。


「ああ、これは仕方ないのさ。普通の服だと、分離する時に破れてしまうからね」

「分離する時は、背中から出るんだ。蛹が羽化するところを見た事があるかい? それと同じようにね」

 プルコットが振り返ると、彼女が着ている貫頭衣の背中も大胆に露出しており、彼女の背中は丸見えになっていた。その灰色の肌を指さして、プルニスが説明する。


(こうしていると、二人とも俺と同じアンデッドなんだなって実感するな)

 メイスと盾以外何も身に着けていないダリアスは、恥じらう様子の全くないプルニスとプルコットの様子にそう思った。

 アンデッドである彼ら三人に、性的な羞恥心は無い。プルニスにしても、実はローブの下は裸なのだが気にもしてなかった。


 二人が服を着ているのは普通の人間だった頃の名残と、実は今着ているローブや貫頭衣が自作のマジックアイテムだから。


(兄さん、ダリアスの様子は? 興奮はしていなさそうだけど)

(欲情している様子はない。僕やプルコットに覚えているのは、やはり保護欲かな?)

(レオーネのダンスの相手役をしている時と同じ感じか……ダリアスのような異常種も性欲は持ちえない?)

(その可能性が高そうだ。でも、念のために後で本人に感想を聞いてみよう)


「じゃあ、そろそろ戦闘試験を始めようか」

 ダリアスの反応を観察する事が出来た双子のリッチは、肉体は分離していても繋がっている精神で会話を交わすと、満足したのか直ぐに本来の予定である実戦試験を再開する事にした。


『あ、はい』

 その変わりようにやや驚いたダリアスだったが、身体は考えるよりも早くメイスと盾を構えていた。

「まずは前と同じ、ウッドゴーレム」

 そう言いながら、プルニスがローブの内側から小指の爪程の木片を五つ放り投げた。地面に転がったそれらは、木が軋む音を響かせながら変形巨大化。十秒もかからず、ダリアスより一回り大きな木製の人型になった。


 レオーネの居城に連れて来られてから、ダリアスは毎日のようにプルニス・プルコットが出すゴーレムと戦わされてきた。ウッドゴーレムはその最たる相手だ。しかし――


『いや、前に相手したウッドゴーレムより大きいし、数も多いんですが!?』

「ああ、ゴーレムを創る魔法を改良した成果さ」

「その実戦試験だよ」

『試験の対象って、俺じゃなくてそっちだったの!?』


 唸り声のように『ギィィ!』と木が軋む音を発して動き出す五体のウッドゴーレムは、狼狽えるダリアスを包囲にかかる。

 ゴーレムは材質ごとに名称や大まかな強さが変わり、ウッドゴーレムはその中でも最も弱く、そして製作が比較的容易なゴーレムだ。多くの場合、大きさは平均的な人種の胸までしかないゴブリンと同程度。力も耐久力も見た目相応でしかない。


 しかし、ゴーレムやアンデッドの研究開発を行っているプルコット・プルニスは、ウッドゴーレムを改良し巨大化、その大きさ相応に力と耐久力を強化する事に成功したようだ。


『くっ!』

 我に返ったダリアスは、急いで走り出して彼らの包囲網を抜け出す。


(こいつらは魔法で動く木の人形だ。生き物と違って疲労しないし、痛みで怯みもしない。手足を捥いでも、動き続ける。骨格も肉も無い。だけど――)

 そのまま素早く走り、手近な一体の背後に回り込むとその背に向かってメイスを振るう。


(だけど、どういう訳か関節を動かせる範囲や、視界の広さは人間と大差ない!)

 メイスは、ダリアスを見失って動きが鈍ったウッドゴーレムの背をめり込み、木片が血飛沫のようにはじけ飛ぶ。


 前のめりに倒れ込むウッドゴーレム。残りの四体が次々にダリアスに襲い掛かるが、彼は素早く動いて彼らの腕を掻い潜り、盾で木の拳を受け流し、メイスで反撃していく。


(つまり、あの森で相手にしていたスケルトンと似たようなもんだ! それに、俺だって強くなっている!)

 ハイスケルトンになったダリアスの身体からは、青白いオーラのようなものが出ている。それがどういう作用をしているのか彼自身は理解していないが、身体能力や魔力がスケルトンクレリックだった時よりも格段に上がった事は把握していた。


 生前と同じ程度だった身体能力は、あらゆる面で上昇していた。純粋な力は流石にオーガに敵わないが、三ツ星冒険者相手になら正面から肉弾戦を挑んでも勝てそうだ。

 なにより、反射速度が上昇したのが良かった。今も、ぎこちないウッドゴーレムの動きを完全に読んで攻撃を盾で受け止めるのではなく、受け流す事が出来ている。


「どうかな? 前よりはよくなったと思うのだけど?」

『はい、他のウッドゴーレムと連携して動けるようになっているのは凄いと思います! 最初は危なかった!』

 そして、戦いながらプルニスの質問に答える余裕もある。


「連携だけ? 力や耐久力は?」

『大きくなった分、改良前より動きが鈍くなったような気がします! 攻撃の後の隙が大きくなって、反撃しやすい!』

「なるほど。次は、反射速度と動きの無駄の多さを改良しよう」


 質問に答えてながらダリアスはウッドゴーレムを一体、また一体と倒していった。このままなら、神聖魔法を一切使わずに勝利するだろうと判断したプルニスは「戦闘試験はここまで」と言って、ウッドゴーレム達を止めた。


「じゃあ、ダリアス。ウッドゴーレムの攻撃を受けてみて」

 そしてダリアスに無茶ぶりを始めた。

『えっ!? 戦闘試験は終わりだって言ったじゃないですか!?』

「うん、戦闘試験は終わり。次は改良したウッドゴーレムの攻撃力を試す実験。だから、敢えて受けて欲しい」


『いや、それはちょっと……神聖魔法で防御力を増してもいいですか?』

「ダメ。まずは盾で受け止めてみて」

『わ、分かりました』


 ウッドゴーレムの内一体が再び腕を振り上げ、今までの恨みと言う訳ではないだろうが猛烈な勢いでダリアスが構えた盾を殴った。

『っ!』

 強い衝撃を受けたが、ダリアスはその場に踏みとどまる事が出来た。盾を構える腕の骨にも異常はない。


「じゃあ、次は下から掬い上げるように殴って」

 だが、二体目のウッドゴーレムが放った下から振り上げるような一撃は受け止め切れなかった。

『うおっ!? ととっ』

 盾で受けたが、ダリアスの身体が浮き上がり、後ろに殴り飛ばされてしまった。不意を突かれた訳でもなく、身構えてもいたので転倒はしなかったが。


「オーラのお陰で身体能力は上がっているが、体重の軽さは相変わらずか。動いている間は長所だけど、攻撃と防御の際には弱点だね」

『そうか、やっぱり変わって無かったのか』

 改良前のウッドゴーレムを相手にした時はあっさり勝てたので忘れていたダリアスだったが、彼の身体はオーラを放っている事以外は存在進化前と同じ軽さだった。


 早めにそれに気づけて良かった。そう思うダリアスに、プルニスはさらに過激な要求を行った。

「じゃあ、次はウッドゴーレムの攻撃を防御しないで受けてみて」

『あ、はい……はい? 避けちゃダメなんですか?』

「うん、防御時のオーラの影響を見たいから。ああ、だからオーラでなら防御しても構わないよ」

『オーラで!? これ、防御力あるんですか!?』


 ハイスケルトンになってから、感情が高ぶったり意識を集中させたり、神聖魔法を唱えたりするときに骨から発せられるオーラ。そのお陰で力や魔力が上がっている事は、ダリアスも気が付いていた。

 しかし、触れる事が出来ず重さを感じないオーラが、物理的な攻撃に対する防御力に何の影響があると言うのか。


「じゃあ、お願い」

 しかし、プルコットはダリアスに答えずウッドゴーレムに命令を出した。ダリアスは迫りくる木の拳に対して身構えそうになるのを抑え、意識を研ぎ澄ませて念じた。


『ぼ、防御~っ!』

 今までオーラで防御なんて考えもしなかったし、そもそもオーラを出し入れ以外の操作が可能だという発想も無かった。

 だから、必死になってがむしゃらにどうにかしようと念じる事しかできない。


『うおっ!?』

 ウッドゴーレムの拳は、ダリアスの胸の中央に当たった。衝撃に声をあげ、後退りするが……胸骨も肋骨も無事だった。


 なんと、普段はダリアスの全身から立ち上っているオーラが彼の胸に収束し、ウッドゴーレムの拳を受け止め骨を守ったのだ。

『ほ、本当にオーラで防御できた!? 凄い、プルコットさんの言う通りだ!』

 オーラにこんな使い方があったなんてと驚きつつも、それを知っていたプルコットの博識さに驚くダリアス。


「……うん」

「……そうだね」

「じゃあ……」

「そうしよう」

 しかし、そのプルコットはプルニスと頷き合いながら何か話し込んでいて、ダリアスの賛辞に応えようとしない。


『ん? どうしました?』

「ダリアス、今と同じ事をもう一度できる?」

『あ、はい。魔力を使った感触も無かったので、多分』

「じゃあ、頼むよ、ウッドゴーレム、続けて」


『まだ続けるんですか!?』

 再び拳を振り上げるウッドゴーレムに対して、ダリアスは叫びながらオーラを滾らせた。






〇ダリアスの弱点


・日光への恐怖心

・軽くなって踏ん張りが効かなくなった足腰

・嗅覚と味覚の喪失。

・睡眠や飲食で精神を癒せない。

・浄化魔法でダメージを受ける。自分が唱えた場合でも同様

・回復魔法でダメージを受ける。自分が唱えた場合でも同様

・人を見殺しに出来ない。

・吸血鬼に逆らえない。

・思考が声に出てしまう。


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