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10話 吸血鬼の配下に強制就職する骨

 焼けるような熱さが一段落した時、ダリアスは自身の変化に戸惑っていた。

『こぉ、こお゛れぇはぁ……これぇは……俺の、声?』

 聞き覚えがある声がする事に戸惑っていると、それが自分の声である事に気が付いた。すると、濁っていた発音がだんだんはっきりしてくる。


「どうやらハイスケルトンの方に存在進化したようね」

「チッ、スレイブにはならなかったか。生意気な奴だ」

 その様子を見たレオーネが愉快そうに微笑み、ゼルブランドが舌打ちをする。まだ状況を理解できないダリアスは、自分の首に触れながら自分の体を確認する。


『あ……骨が戻っている。頭蓋骨も……それに、何だこれ? 燃えてる? いや、熱くはない。俺は存在進化したのか?』

 体は相変わらず骨だけだったが、スケルトンコマンダーの攻撃で欠けた頭蓋骨も含めてその骨が元に戻っていた。さらに、身体から青白い炎のようなものが立ち上っていた。


 それらの変化から推測すれば、自分が存在進化した事は明らかだったが……。

『しかし、何故このタイミングで? 吸血鬼の血にはアンデッドを存在進化させる力があるのか?』

「その通りだ。正確には、呪文と共に支配下のアンデッドに血を与える事で、人間の言うところの経験値を分け与える事が出来る。無論、『ブラッドゲーム』中は禁止されている」


『そうだったのか!?』

 ゼルブランドの言葉に、今まで知らなかった吸血鬼の恐るべき能力を知り、ダリアスは驚愕した。

『吸血鬼の配下に強力なアンデッドが多いのは、そういう理由もあったのか……それにしてもこんな手軽に……他の力も吸血鬼自身の力量によって変わるそうだから、ゼルブランドが吸血鬼の中でも上位の力を持つからこれほど効いたのか?』


「分かっているじゃないか。俺を呼び捨てにするのは生意気が過ぎるが、今回は大目に見てやろう」

『えっ? あっ!? 心を読まれた!?』

「アッハッハッハッハ! 全部声に出てる! おもしろい!」

『ええっ!? 声に!? 本当!?』


 思わず口を押えるダリアスだったが、彼の言葉はそれでも明瞭に発せられた。

「よほど喋りたかったのでしょうね。今まで声に出せなかった分、思った事がそのまま声に出ていますよ」

「今の君は、生きていた頃のように喉や舌で声を発していない。骨しかないから、魂で声を出している。だから、口を抑えても意味は無いよ」


アーデリカが同情した様子で、レオーネの背後に控えるダリアスの知らない人物が笑みを含んだ口調でそれぞれ話しかける。

 そこでようやくダリアスは、『黙って』考える事が出来るようになった。


(話せるようになったのは嬉しいが、ゼルブランドを呼び捨て、それにこれから上司になる吸血鬼にタメ口! これはヤバいのでは!?)

 やっちまったと、冷や汗で全身が濡れているように錯覚するダリアス。


『し、失礼しました』

 慌てて畏まった態度をダリアスが取ると、ゼルブランドは鷹揚に頷き、レオーネは笑いを堪えている。アーデリカは静かに控えていて、小柄なローブ姿の人物はフードの奥から好奇の視線を彼に向ける。幸い、誰も怒りや不快さを覚えてはいないようだ。


 最後の一人、ビョーグはダリアスではなくゼルブランドやレオーネを呆れたような視線で見ていた。

(ゲームの駒としては愉快だったが……これから下げ渡す手駒を血で存在進化させてやるゼルブランドも、こんな珍獣を手元に置きたがるレオーネも物好きな事だ)

 極めて常識的な吸血鬼であるビョーグにとって、ダリアスは奇妙だが所詮僕。人格を認めるような存在ではないのだった。


「それで、何に存在進化した? スレイブヴァンパイアにして唾を付けておきたかった俺の思惑に逆らってまで何者になったのか、興味がある」

 そしてゼルブランドはビョーグの視線を完全に無視していた。表面上は友好的に振る舞っても、実態は敵対関係に近い間柄だ。自分に対する彼の評価よりも、ダリアスの方に興味があった。


『今の俺の種族……アコライト。ハイスケルトンアコライト、だと思います』

 問われたダリアスが意識を己に向けると、スケルトンクレリックに存在進化した時のように、何処からか声が聞こえた。それを聞くと、ゼルブランド達は「ほう」と感心したように息を吐いたり、頷いたり、肯定的な反応を返した。


「神官から助祭になったか。死んでから出世するとは妙な奴だな」

「普通はハイクレリックだろうに、やはり君は特異だ」

「生きている時はよっぽど出世運が無かったのね」

「無いのは上司運かもしれませんよ」

 かけられた言葉自体はあまり嬉しくないものばかりだったが。


 なお、アコライトとは聖職者の中ではプリースト、司祭を補助する立場の者の事を言う。そのため、助祭とも呼ばれる。


「そろそろよろしいか? では、引き渡しを」

 ビョーグが咳払いをそう確認すると、ゼルブランドは「いいだろう」と言った。その瞬間、ダリアスは体が軽くなったように感じた。


(ん? ああ、吸血鬼の支配が解かれたのか)


「じゃあ、あなたはこれから私の配下よ。よろしく」

 そして、レオーネがそう言った瞬間また体が重くなったように感じた。彼女の支配下に置かれたようだ。


『あ、はい。よろしくお願いします』

 逆らえないので、大人しくレオーネに頭を下げるダリアス。彼としても吸血鬼であるレオーネの配下になるメリットを感じていたので、抵抗は覚えなかった。……それも含めて支配されている効果なのかもしれない。


『あれ? 出なくなった』

 そして気が付くと、全身から立ち上っていた青い炎のような物がダリアスの身体から消えていた。

「あれは通称オーラと呼ばれる、ハイスケルトンを含めた幾つかのアンデッドが出す物だ。感情や殺意が高ぶると出るらしい。

 今の君は落ち着いているから、出てないだけだと思われる」

『なるほど。ありがとうございます』


 そうダリアスが教わっている隣では、ブラッドゲームの後始末の話が進んでいた。


「念のために尋ねるが、残りはどうする?」

「プルコット、いる?」

「研究対象としてはいらないけど、労働力として連れて行こう。うちの周りは滅多にアンデッドが自然発生しないから」

「そうか。下位アンデッドだし、使わない時期は立たせておけばいいから連れ帰るのもいいわね」


 話は進み、プルコットと名乗ったフードの人物がレオーネの拠点に戻るための魔法陣を書き始め、ギョーグはそのタイミングで立会人としての役目は終わったと告げて蝙蝠に変身して夜空に飛び去って行った。

 彼等がブラッドゲームのために自分自身にかけていた『誓い』も、『死兵戦』が終わった事で自動的に解除されている。


「ではな。ああ、次の夜会には顔を出してもらうぞ、俺の配下としてな」

「確認されなくても分かっているわ。でも、そういう場は慣れていないからお手柔らかにね。専用のドレスも無いし」

「なら甲冑でも着て来るがいい。礼儀作法は適当で構わんだろう」

 吸血鬼達は王侯貴族を模倣しているが、そのドレスコードや礼儀作法は本物に比べればだいぶ緩いようだ。


「ゼルブランド様、夜会ではダンスなども饗されますが、それは?」

「……それがあったな。仕方ない、教師として俺の配下のヴァンパイアを一人派遣する。そいつに襲われ」

「ええっ!? だからドレスも無いって……」

「それは甲冑でも構わん。ではな」

 そして、ゼルブランドはダリアスの方を見ずに話を終え、アーデリカを連れて自分が滞在していた砦に戻って行ってしまった。


「それでは失礼します」

 アーデリカは去り際に振り返り、ダリアスに向かって小さく会釈して去って行った。


「じゃあ、帰りましょうか」

「ああ、私は砦にある細々としたものをゴーレムに纏めさせるから、お先にどうぞ。でも、後で彼を調べさせてね」

「分かったわ。そう言えば、まだ名前を聞いていなかったわね。名前は覚えているの?」

 そう問われたダリアスは、アンデッドになってからまだ誰にも名乗っていなかった事を思い出した。


『ダリアス、と自認しています。頭文字だけ思い出せなかったので、生前と同じ名前化は分かりません』

「そう、よろしくね、ダリアス」

 そして、ダリアスは新しい主人について彼女の居城へ『転移』したのだった。







 そうして始まったダリアスの吸血鬼の僕生活だったが……予想に反して平和だった。

『吸血鬼って、もっと退廃的と言うか耽美と言うか、人間から見て恐ろしい生活を送っていると思ったが……実際はそうでもないんだな』

「ダリアス、また本音が漏れている」

『あ、すみません、レオーネ様』


 星空に照らされた夜景が望めるテラスで、レオーネにそう指摘され気を引き締めるダリアス。今、彼はレオーネとデート……ではなく、執事見習いとして彼女とその友人に侍っていた。


「レオーネが『心の声を漏らすな』って命令すれば速いのだろうけど、それをするとまったく喋れなくなるだろうね」

『注意するので、どうかご勘弁を』

 レオーネの向かいの席に座っているプルニス・プルコットがそう言いだしたため、ダリアスは血の気が引く思いで頭を下げた。やっと話せるようになったばかりなのに、再び声を失うのは避けたい。


「つまらないから、そんな事はやらない」

 幸いなことに、レオーネは寛大な主人だった。そう、ダリアスが知っている吸血鬼のイメージと彼女はかけ離れていた。


 アンデッドになる以前のダリアスは、直接吸血鬼と遭遇した事は無い。しかし、この世界の人々にとって吸血鬼はドラゴン等と同様に様々な神話や伝説で語られ、物語や伝承歌の題材にされてきた恐ろしい存在だ。


 それらによると、吸血鬼は血を吸う為に人間を攫う必要があるため、人里から程よく近い場所に拠点を構える。正体を隠して郊外にある貴族や商人が手放した屋敷や、人から忘れ去られた山や森の中の砦やダンジョン跡に巣食う事が多い。

 そこで毎夜のように人間を攫っては血を搾り取って殺し、アンデッドにして配下を増やしていると語られている。


 一方、レオーネの居城は人里から遠く離れた砂漠と密林に挟まれた辺鄙な土地にある、奇怪な城だった。なんでも、レオーネの父親が攻略したダンジョンの上に自ら建設したものらしい。

 彼は吸血鬼になる前は建築家志望だったので、趣味を優先して思いつくままに設計図を書き、普段はダンジョン跡で暮らしながら夜な夜な建設作業を続け、完成した後も増改築を繰り返したのだとか。


 連れて来られた後、世間話の一環でそうレオーネから城の成り立ちを聞かされたダリアスは、それとなく城が何処に建てられているのか尋ねてみた。すると、「密林の向こうに地底国と山脈国があるわ」と言われ、顎が落ちそうになった。


 地底国とはドワーフの王が治めるゴルゲン地底国。その地帝国の真上にあるのが、獣人種が治めるガゼロパ山脈国の事だ。どちらもダリアスの母国であるアルザニアス王国とは交易はあるが、文化やライフスタイルの違いから交流は盛んではない国だ。ダリアスも、名前以外は殆ど知らない。


 そんな場所で生活しているレオーネはどうやって人間の血を調達しているのかと思ったら、何と彼女は人間の血をあまり吸わないらしい。

 それで生きて行けるのかと疑問に思うダリアスに、レオーネは「密林や砂漠で狩った魔物や獣の血を吸っているから問題ないわ」と答えた。


 今もダリアスの横のワゴンには、レオーネが狩った魔物から搾り取った血で満たされたピッチャーが置かれている。

「ダリアス、話し方の練習になるから雑談でもしましょう。何か聞きたい事は無い?」

 そう尋ねるレオーネは、ドレスはドレスでもデイドレスと言う貴婦人や令嬢が昼間に着る、楽な格好をしている。


『じゃ……では、以前から気になっていたのですが、レオーネ様は人間ではなく魔物の血で平気なんですか?』

 使用人らしい丁寧な口調で話そうと努力しながら訪ねると、レオーネは少し考えてから口を開いた。


「気になるのは味の問題? それとも吸血鬼の生態? 前者なら、平気。吸血鬼にも嗜好の違いがあるけど、私はその辺の人間の血より、豊富な魔力を含む魔物の血の方が好みだから。人間の血が嫌いって訳じゃないし、偶には飲むけど」


「昔はよく他の吸血鬼にゲテモノ趣味と馬鹿にされて、その吸血鬼を半殺しにしていたっけ」

「プルコット、よくじゃない。その理由で決闘したのはたった六……いや、五回だったかも?」

「うろ覚えじゃないか。あと、今の僕はプルニス」

 一方、プルニス・プルコットはブラッドゲームを観戦している時と同じ、ローブ姿だ。フードを目深に被っているのも同様で、ダリアスはまだにプルニスの素顔を見た事が無かった。


『吸血鬼同士の揉め事は、ブラッドゲームで決着をつけるのでは?』

「そうだけど、単純な喧嘩の場合は決闘で白黒つける事の方が多いの。それに私、若い頃は喧嘩早かったから」

 『ブラッドゲーム』が開催されるのは、利害関係が絡んでいる争いか勝敗に何か賭けている場合だけのようだ。単に、激高したレオーネが彼女を馬鹿にした吸血鬼を周囲が止める間もなく半殺しにしただけかもしれないが。


「それで話を戻すけど、吸血鬼の生態的にはやっぱり人間、エルフやドワーフを含めた『人王』マディの子孫の血が合う。例えば、人間の血ならこのカップ一杯分も飲めば一カ月もつけど、魔物の血だとあなたの横にあるピッチャー二つ分は飲む必要がある」


「それでも、ここだと魔物を狩る方が簡単だそうだよ。種にもよるけど、魔物の血液量は人間の数倍あるし」

『なるほど』

 転移の魔法陣を使えば簡単に行き来できるはずだが、それ以外にも事情があるようだ。他の吸血鬼との縄張り関係とか、人を攫った時の地元政府や神殿の追跡等の面倒を含めての事だろう。


 それに比べれば、この城の近辺で魔物を狩り、その生き血を絞った方が諸々の面倒が無くて楽なのかもしれない。

 もちろん、レオーネ配下の吸血鬼達も彼女に倣って魔物の血を吸って生活している。しかし――


「レオーネ達以外の吸血鬼も、毎夜人を攫って生き血を吸い殺している訳ではないと思うよ。そんな事をしたら、よほど広い縄張りを抱えていないと、人間が死に絶えるだろうし。

 君が生前務めていたディランティア神殿では、吸血鬼の実態は教えていなかったの?」


『いえ、お……私は生前神殿勤めではなく冒険者をしていたので……当時の私が閲覧できたギルドの資料には、吸血鬼の情報は余り載っていませんでした』

 プルニスに問われたダリアスは、やはりぎこちない敬語で、しかし隠す事無く正直に答えた。


「ああ、加護を得ていても神殿で神官になるんじゃなくて、冒険者や傭兵として働く人もいるそうだけど、あなたも?」

『いえ、私がディランディアの加護を得たのはアンデッド化した後で、生前は初歩の神聖魔法も使えませんでした』


「そうなの? ガルドールやエーデル以外の神がアンデッドに加護を与えるなんて、珍しい。プルニスは聞いた事がある?」

「いや、無いけど……彼のように、生前の人格を維持しているアンデッドなら、ありえなくもないかな」

「なるほど。アンデッドになってからも、日ごろの行いが良かったんでしょうね」


 そう話し合うレオーネとプルニスの様子を見ながら、ダリアスは(上手く誤魔化せている)と安堵していた。

 彼が本当の事を素直に話しているのは、自分を支配しているレオーネにされたくない質問をさせないためだ。ダリアスは彼女に質問されたら、『太陽と生命の女神』フォースティアの加護も得ている事や、妹のリディアが聖女である事を黙ってはいられない。


 だから、上記の二つの事以外は尋ねられたらどんな事でも話そうと考えていた。幸い、現時点では上手くいっている。

(俺、隠し事が上手かったんだな。意外と腹芸の才能があったのかもしれない)

 実は無意識に動く瞳や表情筋、早鐘を打つ心臓が無いおかげだったが、ダリアスは自覚していなかった。


「お嬢様、そろそろダンスのレッスンのお時間です。エーリッヒ様が待っておいでですよ」

 その時、テラスに執事服を着たゴロツキが現れた。口調も仕草も丁寧で、姿勢も綺麗で皴一つない制服を着こなしているのだが……その体の上に乗っているのはいくつもの向かい傷を負った禿頭。そのため、執事に変装をしている山賊の親分にしか見えない。


「まだいいでしょ、ゲジャッグ。まだ疲れが取れないの。ロブソンやゾルホーンも、私の相手は嫌だって泣いてたし、ダリアスも嫌でしょう!?」

 禿頭のゴロツキ執事ゲジャッグに、レオーネは白い顔を更に白くして言い訳を始める。彼女は先日上司になったゼルブランドから出るように言われた吸血鬼の夜会のために、彼が派遣した家庭教師のエーリッヒからダンスのレッスンを受けさせられていた。


『あ、はい、お、いや私なら――』

「喜んで相手役を務めさせていただきます。ダリアスもそう申しております」

 そのダンスのレッスンで、レオーネの相手役をダリアスも務めていた。


『え、そこまでは――』

「あ゛? なんか文句あんのか、新入りぃ?」

『いいえ、その通りです、執事長』


 突然悪相に似合うガラの悪さでダリアスに凄むゲジャッグ。彼を始めとしたレオーネの配下達も、ダリアスの中の吸血鬼のイメージからかけ離れていた。

 レオーネの居城には吸血鬼らしく幾人もの配下がいた。しかし、普通の美男美女は一人もいない。誰もかれもが灰汁の強い曲者ばかりだった。


 もっとも大人しいのは労働力として『死兵戦』から連れ帰った下位アンデッド達と、スレイブヴァンパイアぐらいだ。


「プルニス殿もレッスンを受けてはいかがかと、エーリッヒ様が申しておりましたが」

「僕と妹は吸血鬼じゃなくてリッチだから、夜会に出る必要はないと思う。ダンスなんてもってのほかだよ」

 そしてプルニス・プルコットはリッチだった。吸血鬼ではないだろうと思っていたが、彼(?)の種族が分からなかったダリアスは(どおりで吸血鬼とため口で話すはずだ)と納得した。


 リッチとは、魔道士が自らの意志でアンデッド化する事を選んだ存在。スケルトンメイジ等、死んだ魔道士がアンデッド化した者とは異なり、生前の人格や知識、そして魔導技術を持ち、理性を維持している上位アンデッド。

 性質上吸血鬼よりも人類に関わる頻度は低いが、人類にとって危険な存在である事に変わりはない。


 プルニスの今までの言動を見ていると、そこまでの脅威は感じられないが。

『それにしても妹がいるのか。なんだかシンパシーを感じるな』

「ん? 君、妹がいるの?」

『あ、しまった。また心の声が……!』


 ハイスケルトンとなって口が聞けるようになったがダリアスだったが、気が緩むと考えた事をそのまま声に出してしまう事が癖になってしまっていた。

『すみません、でも妹の事は――』

「その妹が生きているなら、まあ、吸血鬼の私には教えたくないのは理解できるから、気にしないでいいわ」

 しかし、レオーネはダリアスの妹について寛大にも追及はしなかった。


『本当ですか!?』

「ええ、私は別にあなたの妹に対して恨みも執着する理由も無いし」

『良かった……ありがとうございます』

 やってしまったと焦ったダリアスだったが、彼の妹が聖女である事は声に出ていなかったため、レオーネ達が彼の妹を狙うために動き出す事は無かった。


「……この反応を見ると、彼がアンデッド化した理由はその妹が。気にはとめておきましょう)

「そうだね。折を見てもっと話を聞き出してからどうするか決めようか」

 ただ、まったく興味を持っていない訳ではなかった。アンデッドにとって、自身が発生した原因である怨念や未練は、それだけ重要なものなのだ。


 レオーネ達にとってダリアスの価値が高ければ、高いほど、彼の未練である妹は重要になる。


「ところで、プルニスも私がレッスンしている間いつも見ているよね? やっぱりダンスに興味があるんじゃないの?」

「君じゃなくて、ダリアスをね。学習能力の無い、もしくは乏しいはずのハイスケルトンが使用人の仕事やダンスを覚える過程を観察する、立派な研究活動だよ」


「じゃあ、ダリアスがダンスをどれくらい覚えたか直接確かめるのも、研究じゃないの?」

「……はぁ、分かったよ。気が剥いたらね、向いたら」

 そう言ってレオーネを宥めるプルニスの姿は、我儘な妹に困っている兄のようだった。







 つい先日までダンスと言えば、生まれ故郷の村の祭りの踊りしか知らなかったダリアスには、本来社交ダンスのレッスンで相手役を務める技量は無い。

「あ、ごめんっ」

『大丈夫です』

 なのに何故レオーネの相手役を務めているかと言うと、ハイスケルトンである彼には痛覚が無いからだった。


『つま先だけですから、交換せずに続けられます』

 社交ダンスの初心者が相手役の足を踏む。それ自体は珍しくない事だ。しかし、レオーネは鉄もいともたやすく引き裂く吸血鬼だ。

 慣れないステップでつい力が入り……相手役の足を踏み潰してしまう事が度々あった。


「いや、君の手からも鈍い音がしましたよ。ちょっと見せてください」

 ゼルブランドから派遣されたダンス講師のエーリッヒがそう指摘され、ダリアスはレオーネに握られていた方の手から手袋を外す。


 すると、確かにヒビが入っていた。

「あらら……ごめんね」

『だ、大丈夫です。痛みは無いんで。それに、ヒビが入っているだけ折れても砕けてもないですし』


 吸血鬼は総じて怪力の持ち主だが、加減の出来ない馬鹿力ではない。レオーネも、習い始めた社交ダンスで今までにない動きをした事で、ちょっと力が入ってしまっているだけだ。

 それで相手役を務めていたのは彼女の配下のレッサーヴァンパイアのロブソンやゾルホーンの手を握り潰し、脚を踏み砕いてしまったのだが。


 幸い、レッサーとはいえ吸血鬼。人間なら高位の回復魔法や高価なポーションが無ければ手足を切断するしかない大怪我も、数時間で完治できる。回復魔法をかければ、数分で元通りだ。

 しかし、痛覚はある。数分で元通りになってしまうため、何度もレオーネの相手役を務める事になった彼らは精神的に、「勘弁してください」と泣きを入れた。


「レッスンを始めたばかりの頃に比べれば上達しています。レオーネ様、慣れるまでの辛抱です」

「お、お嬢様、ファ、ファイトォォォ」

 ゲジャッグは「だらしのねぇ奴等だ! テメェ等には他の仕事をしていやがれ!」と一人レオーネの相手役に残った。しかし……レッサーヴァンパイアより一段上のヴァンパイアである彼にも限界があった。

 今も自分に回復魔法をかけながら、レオーネに声援を送っている。


「この程度なら新しい骨に交換しなくても『治癒』で治せますね。では――」

『お世話になります』

 エーリッヒが『死神』ガルドールの神聖魔法をかけると、ダリアスの骨のヒビは音も無く消えた。軽く手首を動かして調子を確かめると、再びレオーネに向き直る。


「では、再会します。レオーネ様、最初から通しでやってみましょう」

「分かったわ。さ、ダリアス」

『はい』


 ゲジャッグでもレオーネの相手役を休み休みにしかできない。そんな時、白羽の矢が立ったのがダリアスだった。彼は痛覚が無いから、いくら手足の骨を砕かれても平気だ。しかも、新しい骨に交換すれば即座に復帰する事が出来る。


 そして何より……ゲジャッグを含めこの城の男性陣もダンス経験が無かったため、ダリアスが相手役でも技量的には大差なかったのが大きかった。

(そして俺としてもレオーネ様達に自分の存在価値を主張できるのはありがたい。それに……生前の俺だったらこんな美人のダンスの相手なんて出来るなら、飛び上がって喜んだだろうし)


 吸血鬼らしくない点の多いレオーネだが、その美貌はそこらの令嬢や貴婦人と比べても抜きんでている。白い肌は吸血鬼だからだとしても、ドレスの胸元から覗く豊かな谷間は彼女の正体を知っていても多くの男を魅了しただろう。


(心臓が無いから、ぜんぜんときめかないけど)

 しかし、ハイスケルトンのダリアスはそのレオーネの胸元に全く轢かれていなかった。ゲジャッグがレオーネの相手役を彼もする事に文句を言わないのは、それを察しているからかもしれない。


『あっ』

「ごめね、また踏んじゃった」

「素晴らしいですよ、レオーネ様。踏んだのにダリアスの骨を折っていないっ! ヒビも入っていないようです」

「上達しましたね、お嬢様!」

「では、ここから次の段階です。ダリアス、今後は骨が折れない限り、レオーネ様に踏まれてもステップを止めないように。レオーネ様も分かりましたね」


『はい』

「わ、分かったわ」

 再びステップを踏みながら、ダリアスはふと思った。


(ここに連れて来られて、森に居た時よりリディアとの距離はだいぶ離れたと思う)

 正確な地理を知らないダリアスには、リディアがいるマディ大神殿までの距離がここと森とで、どう変わったのか分からない。しかし、ここはガゼロパ山脈国とゴルゲン地底国の北だ。離れたのは確かだろう。


(それに存在進化は出来たが、相変わらず骸骨のまま。だが、声が出せるようになったのは大きな一歩だ。これで、リディアに俺が兄だと分かってもらえる望海が出来た)

 声が出せないのと出せるのでは、大きな変化だ。仮面を被り、フードやマントで体を覆えば、リディアと話が出来るかもしれない。


 もちろん、ただのスケルトンだろうとハイスケルトンだろうとマディ大神殿に近づくリスクの大きさは、そう変わらない。依然、ダリアスがリディアと再会するために越えなければならない障害は大きく、道は果てしない。

 しかし、確実に近づいている。ダリアスはそう確信し一歩踏み出した。


 そのつま先をレオーネに踏まれるが、ステップを止めずに続ける。そして一曲通して踊り終わる頃に、気が付いた。

(あれ? もしかして、俺ってこの生活にけっこう馴染んでる?)




〇現在のダリアスの弱点


・日光への恐怖心

・軽くなって踏ん張りが効かなくなった足腰

・嗅覚と味覚の喪失。

・睡眠や飲食で精神を癒せない。

・浄化魔法でダメージを受ける。自分が唱えた場合でも同様

・回復魔法でダメージを受ける。自分が唱えた場合でも同様

・人を見殺しに出来ない

・吸血鬼に逆らえない

・油断すると思考が声に出てしまう(NEW!)


本日、第5回HJ小説大賞前期小説家になろう部門に応募しました。宜しければ、ブックマーク、評価などで応援していただければ幸いです。よろしくお願い致します。

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[良い点] 相変わらずの世界観がわかり話が進むめば進むほど面白くなる話でした [気になる点] けどなろうだと流行りのジャンルや更新速度がランキングで重視されるのでなろうに向かない話かと思いました
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