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泉鏡花『歌行燈』 現代語訳  作者: らいどん


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12/15

     十八、十九、二十

十八


 火鉢を(そば)に引きよせた捻平(ねじべえ)は、

「女中、もうちょっと火を強くしておくれ。いや、よそから炭火を持って来るまでもない。そっちに掛かった鉄瓶(てつびん)を外して、火を移せばいい」

 と言いつける。

 ただならぬその場の雰囲気を感じたお千の挙動にも、どことなく緊張がこもっていた。

 静かに炭火を移させながら、捻平は膝をずらすと、革鞄(かばん)などは次の間に置いていたが……それだけは床の間に据え置いていた……(くるま)に乗っている間もうなじに掛けていた風呂敷包みを、重たいもののように両手でそっと持ち上げると、膝の上に置いた。そして片手を、炭火をさわっているお千の顔をよけて、火鉢の上で裏表にしながらかざしはじめたのは、なにかの準備をしているようである。

「ああ、これ、お三重さんとかいう娘さん。手を上げなさい。さ、手を上げて」

 と、捻平が言う。……お三重は「(ひとつ)利剣(りけん)(ぬき)持って」と(うた)い、ここから立ち上がって舞いはじめるというところで不意に捻平から止められたので、手を上にと言われるまでは、開いた舞扇(まいおうぎ)に額をつけて、銀の地色に唇の紅がほんのりと映じるほど顔をうつむけて、片手を畳に()いていた。捻平に声をかけられて、わずかに顔を持ち上げながら、ひとまずきりきりと扇を閉じた。

 お三重が扇を畳むにつれて弥次郎兵衛は、それまでカッと見開いて見据えていた眼をしだいに閉じると、ものも言わず、ぶるぶると震える指を火鉢のふちで支えていたが、その手からは巻き煙草の灰が、音もせずにほろほろとこぼれた。

 捻平は座布団から、ひと膝ついて進み出ると、

「いや、あらためて、じっくり見せてもらおうと思うが、まずこっちにいらっしゃい。ええ、今の(うたい)気勢(きせい)とその(まい)、教えも教えたが、習いも習ったの。

 こうまでこれを教える者は、天下のうちにもただ一人であろう。おおよそ誰かは察しがつくが、それとなく消息も聞きたい。

 のう、お前さんも黙って聞いているがいい」

 と、弥次郎兵衛のほうへ目配せをして、

「まず、どうして、誰から、あなたはこの曲を習ったのかな」

「はい」

 と弱々しく返事をしたお三重は、もう元の他愛のない少女に戻って、涙をこぼしながら、

「あの、さっきも申しましたように、私は不器用を通り越した調子外れで、その上覚えが悪うございまして、いちばんやさしい長唄の『宵や待ち』の三味線のテンもツンもわかりません。このあいだまでおりました山田の遊廓(ゆうかく)の姉さんが、朝も昼も、手が空いたときは晩方も、日に三度ずつも、噛んで含めるように、腹を割って心に刻むようにして教えてくださったんでございますけど、自分でも悲しくなるほど覚えられません。……出だしの『暁の』というところだけでも十日かかって、やっと真似して弾けるようになりますと、もうぼんやりとなって、音が違ってしまう。気持ちだけは気をつけようとしても、三の糸を弾くつもりが、一の糸に手が滑って、調子外れな音を出します。

 (ばち)咽喉(のど)を引き裂かれ、煙管(きせる)で胸を叩かれたことも、糸を切った数よりも多かった。

 でも、教える人もそんなことを、いじわるでしているわけではないのです。……私が、ね、それよりも前に、鳥羽(とば)(くるわ)にいましたときは……」

「ああ、あなたは鳥羽の出身かい。志摩(しま)のほうだな」

 と、弥次郎兵衛がふと、問いを(はさ)んだ。

「いえ、私はね、やっぱりお伊勢の出なんですけど、(おとっ)さんが()くなりましてから、継母(ままはは)に売られて鳥羽に行きましたの。はじめに聞いていた奉公とは(うそ)みたいに話が違います。――お客の言うことを聞かないと言って、(おか)でだめなら海で稼げって、夜になると崖の下の船着き場から、男たちに(つか)まえられて、小船に積まれて海に出るんです。月があっても暗い、島の(かげ)になったところで、危ないなあとひやひやしながら、木の葉のように浮いた船の上でふわふわと歩きながら、(しん)とした海の上で……悲しい唄を唄います。そしてお客を引いてこれないときは、暇にしている(ばつ)だと、船からびしゃびしゃと海のなかへ私を追い落として、引き潮で頭を出した(いわ)に取り残します。巌の裂け目に口をつけさせると、船頭たちの気を()いて、女を恋しくさせる禁厭(まじない)じゃと言って、『こいし、こいし』と叫ばせるんです。若い衆は船の舳先(へさき)でそれを見ていて、声が途絶えると栄螺(さざえ)(から)をぴしぴしと投げつけますの。

 濡れた汐風(しおかぜ)が吹いて、夏の夜でも寒いのに……私がそんなことをされるのは、師走(しわす)からひと月ほどの寒い季節で、八百八島(はっぴゃくやしま)あるという、どの島も青白く見えます。霜風(しもかぜ)が凍りついて、(いわ)(かど)が針のように思えるその上で、『こいし、こいし』って叫びながら、唇がしびれるみたいになって泣いていました。咽喉(のど)は裂け、舌は凍って、海水を浴びた(すそ)の先から冷気が襲ってきて、意識を失ったところを、貝殻で引っ()かれて、やっと船の上で気を取り戻すんです。そこは(あかり)もない、何の船だかわからないところで、あの、鬼が()いている金棒(かなぼう)みたいに見える帆柱(ほばしら)の下から、ごつごつとした大きな手が出てくると、私を引っつかんで抱き込もうとします。

 空には蒼い星ばかりがあって、海の水はどこまでも黒い。闇の夜に血の池地獄に落ちたようで……ああ、あとは、自分は生きているのだろうか……千鳥も鳴いている、私も泣いている、と思うだけ。……お恥ずかしいお話です」

 と、利剣(りけん)に見立ててかざした扇に添えた、海女が飛びこむ海を思わせる(そで)で、顔を隠す姿も哀れである。聞く人は声を失い、ただ溶けた蝋燭(ろうそく)の蝋が、袖で隠した涙のように、ちりちりと流れ散るばかり。

 お三重が語るこの物語を聞いた人々は、日和山(ひよりやま)の頂からの、志摩の島々や海の(なぎ)(かすみ)の池に鶴が舞うあのうららかな景色を、どんな気持ちで眺めることになるだろう。



十九


「私が泣いてばかりいますから、気性の荒いお船頭が、こんな泣き虫女を買うくらいなら、伊良子崎(いらこざき)海鼠(なまこ)蒲団(ふとん)にして、弥島(やしま)烏賊(いか)女郎(じょろう)と遊んだほうがましだって、どの船からも放り出される。

 するとまた、あの(いわ)に追い上げられて、霜風が吹きつけるなかで、『こいし、こいし』と泣くことになるのです。

 手足は凍って貝のように固くなっても、『恋し』という気持ちを伝えて泣けるなら、それが本望です。巌の裂け目から沖へ向かって、海のはてまで響いてほしい。もう迎えの船が来なくてもいい。このまま潮が満ちて(おぼ)れてもいい。……そのまま石になってしまいたいと思うほど、お客様、私は、あの……」

 と、噛みしめた、乱れた襦袢(じゅばん)(そで)の、照り映える水紅色(ときいろ)で、(まぶた)のあたりをほんのりと薄く染めながらお三重は、

「私には、心のなかでずっと、(した)っている人がいるんです。……芸も容色(きりょう)もない私が、生意気を言うようですが……たとえ殺されても、死んでも慕い続けようと、心に誓っておりました。

 ある晩も、やっぱり蒼い(あかり)の船に買われて、その船の船頭たちの言うことをきかなかったので、元の船に突っ返されました。すると、私を客に取りもつ役の若い男が、船の舳先(へさき)のあたりで、行火(あんか)を股ぐらに抱いて身体を温めながら、どぶろくを飲んでいたんですが、体を売れずに損をした代金のぶん、この女を海に沈めて遊んでやろうと言いました。月のきれいな夜のことです。

 船の中ほどで着物を脱がされ、裸の胴に縄を結ばれ、さかさまにされて海の深みに沈められます。私はずぶずぶずぶと沈んでいって、もう地獄の底につくのかなと思えたとき、井戸の釣瓶を引き上げるように、くるくるときりもみしながら船に引き上げられて、濡れ髪のしずくも切れないうちに、また海に突っこまれました。

 普段は港につながれているその船に、長崎あたりから来た伯父(おじ)が乗っているということで、お小遣いをせびりに来て泊まり込んでいた若い人がおりました。寒い中をシャツ一枚にズボン()きという姿で、二見(ふたみ)から鳥羽(とば)を往き来する馬車の馭者(ぎょしゃ)だというその人は、私がそんなふうにされているのが、あまりにも可哀相(かわいそう)だからと、伊勢へ帰ってその話をしたそうです。……

 その話を聞いた相手というのが、さっき申しました、私がこのあいだまでおりました、古市(ふるいち)遊廓(ゆうかく)の姉さんです。その方がずいぶんとお金を出して、私を連れ出してくれましたの。

 それでね、その姉さんが、さんざん私に辛く当たった鳥羽の鬼どもを見返してやるためにも、芸をよく覚えて、立派な芸妓(げいこ)になれって言って、そうやって、目に一杯涙をためながら、ぴしぴしと(ばち)()ちながら三味線を教えてくれるんですが、なんの因果(いんが)があるのやら、ちっとも覚えられません。

 人さし指と中指で弦を押さえながら、ちょっとの間とはいえ、一日に三度ずつ、一週間も鳴らしますから、隣近所も迷惑して、ご飯も不味(まず)くなると言うんですよ。

 また月のきれいな夜でした。ああ、今の主人が親切なだけに、逆にいっそう辛く思える。……そうだ、身体が痛い、苦しいというだけなら、死ねばそれで終わりになる。いっそまた鳥羽へ言って、あの(いわ)にしがみついて、『こいし、こいし』と泣こうかしら。裸にされて縄で縛られて、海に投げこまれるほうが気が楽だと思うと、島や海の景色が目に浮かんで、冥途(めいど)の使いに来た千鳥にひかれて、ふらふらと月のなかを連れていかれそうな気がしました。

 ……そんなとき、格子窓の外に、流しの唄い手がやってきたんです。

 月の光の色町で、霜を(したた)らせそうな、あの、ちらちら光る(ばち)の音をさせながら。

   ……博多帯しめ、筑前(ちくぜん)(しぼ)り――

 と、なんとも言えない()い声を響かせながら。

『へい、失礼、お騒がせしました』

 って言って、そのまま行ってしまいそうになったのです。

『ああ、身震いがするほど上手(うま)い。少しでもあやかれるように、あの人を拝んで来な。それ、お賽銭(さいせん)をあげるつもりで』

 と、滝縞(たきじま)(めし)半纏(はんてん)を着て、(そで)に灰がつくのにも気づかないほどしんみりと聞き()れていた姉さんが、長火鉢の引き出しからお金を出して、こすれるとキイと音が鳴るあの繻子(しゅす)の帯にはさんでいた懐紙(かいし)(ひね)り包んで、私に持たせてくれました。そのご祝儀を盆に乗せて戸を開けると、もう二、三(けん)向こうに行ってらっしゃいます。月が落とした二人の影が、つながるように急いで追いかけて、

是喃(こいし)』と声をかけて差し出した盆から、その人はふり向いて、お(ひね)りをお取りになりました。私は思わずその手にすがりつくと、ひとりでに涙があふれてしまいました。男でありながら、こんなにも上手に弾いて唄う方がいるのだと思うと、せめてこの方の指一本でも、私の身体についていたらいいのにと、つい、おろおろと泣いてしまったのです。

 頬被(ほおかむ)りをなさっていたその門附(かどづけ)は、あの、私の手を取ったまま――通りを少し脇によけたところで、

『何を泣いている』

 って優しい声で、聞いてくれました。もう恥も外聞もありません。その、あの、どうしても三味線が覚えられないということを話しました」



二十


「私のことばに耳を傾けていた門附(かどづけ)は、しばらくじっと私の顔を見ていらっしゃいました。

『芸事が上手くなるように神様に願掛(がんか)けをすると言って、夜明け前に外出しろ。そうして鼓ヶ岳(つづみがたけ)(すそ)にある雑木林のなかへ来い。少なくとも三日は必要かと思うが、主人には七日間だとお願いして、すぐにも今夜の明け方から。……わかったか。若い女が一人では身が危ない。この入り口まで来て待ってやる。なにかに化かされたなどとは思うな。夢ではないぞ……』

 とおっしゃったなり、三味線を胸に抱いて、フイッと暗がりに身を寄せると、黒塀(くろべい)づたいに去って行かれたのです。……

 姉さんには、門附と話したことは言いませんでしたが、明け方の三時から夜が明けるまで水垢離(みずごり)をして願掛けをしたいと頼んだら、喜んで承知してくれました。

 もし殺されるのなら死んでもいいという気でいましたから――大恩(たいおん)のあるご主人の、この格子戸も見納めかと思えて、軒下に出て振り返り、(かど)()つめながら立っていると、

『おいで』

 という声がして、いきなり背後(うしろ)から手をお取りになったのは、あの門附さんでした。

 私はね、じゅうぶんに覚悟はしていましたが、そのときは天狗(てんぐ)様に(さら)われるのかと思ったんですよ。

 あとは夢なのか現実(うつつ)なのか、明け方になって(うち)に帰ってからも、その後は二日も三日もただぼおっとしておりましたの。……鼓ヶ嶽(つづみがたけ)の松風と、五十鈴(いすず)(がわ)の流れの音が聞こえている、雑木林の暗がりのなかで、その方に教わりました。……(まい)の、あの、さす手もひく手も、ただ背後(うしろ)から背中を抱いてくださいますと、私の身体が舞いました。そんなことしかわかりません。

 門附さんには、私が、あの、鳥羽(とば)の海に投げこまれたという身の上も話しました。不思議なことにその方は、私とは(かたき)のような関係だということもあって、いろいろ入り組んだ事情はあるが、鼓ヶ嶽のふもとで舞を習ったことは誰にも言うなと口止めをされました。何も話してはいけないというのです。

 五日目に、もういいから、これを舞ってお座敷を務めなさい、これなら、なんの芸もないとは言われまい。そうおっしゃって、お記念(かたみ)に、伝授のしるしに、この舞扇(まいおうぎ)をくださいました」

 と、袖で支えた扇をしっかりと抱いて、ぶるぶると肩を震わせた。後れ毛がはらりと落ちる。

 捻平はため息をついてうなずき、

「いや、よくわかった。教え方も、習い方も、詳しい話は聞かずともよくわかった。ところで、山田の遊廓(ゆうかく)では、どうだったんじゃ。その舞だけでは勤まらなかったのか」

「はい。はじめて(うた)いましたときは、みんながどっと笑うやら、なかには恐ろしい、怖い、という人もいました。なぜかというと、あの、私がですね、五日間ほど天狗様に誘い出されたという(うわさ)が広まったものですから」

「ふむ、それもそうじゃ。師匠が魔でなくては、そのシテの舞は教えられまい。むむ、で、なにかの、伊勢にも謡をうたう者は、五人、七人もいるかと思うが、その連中には見せなかったのか」

「ええ、物好きな気をおこして、私をお座敷に呼んだ方もあって、その方は地謡(じうたい)をなさる方だったんですが、なんだこれは、ちっともものになってはおらんと言って、私の(うたい)をすぐにお止めになりましたの」

「ははあ、なるほどな。いや、その足拍子を入れられては、やわな(うたい)は千切れ飛んでしまうじゃ。ははははは、そこらで(うな)っている連中はこなごなじゃて。そんな事情もあって、この桑名(くわな)に住み替えということになったのかの」

「皆が私のことを、狐狸(こり)だ、いや、あの吠えて飛ぶところからすると、(ふくろう)()きものだ、気が狂ったのだと扱います。姉さんも、手放すのは可哀相やと言ってくださいましたけれど……周囲(まわり)の人が承知しなくて……私が今いる桑名の島屋とは、交流はありませんが姉さんの縁つづきでございましたから、預けるということでここに来たのです」

「おお、そこでまた、辛い思いをすることになったのか。何はともあれ、その話は後でゆっくり聞こう。……そこの娘さんよ、私も同じ芸の道に励む者じゃ。若い女が、天魔でもないのに、熟練の技を見せるわとびっくりして、舞を止めてしまって申し訳ない。さあ、立ち直して舞うてくだされ。ご苦労じゃが一差(ひとさ)しお願いしよう。私も久しぶりでなつかしい。あなたが舞う姿を見て、若師匠にお目にかかったつもりになろう」

 と言いながら膝の上で、捻平が解いた風呂敷包みのなかを見よ。土佐絵(とさえ)の名人が(えが)いたような、朱色の()竜田川(たつたがわ)のもみじのよう、月のごとき裏皮、表皮、宝玉の(きぬた)を打つように、打てば天人も現世(うつつ)に降りて聞けとばかりに、雲井(くもい)(めい)を刻んだ塗り胴の、秘蔵の小鼓(こつづみ)がそこにあった。(にしき)(はた)を織るように、老練(ろうれん)の美しい手さばきでさらさらと緒を締めると、火鉢の火から高く離して持ち上げた。

 それまで呼吸(いき)をのんで、驚いたように見ていたお千は、思わずはっと両手を()いた。

 芸の威厳(いげん)はおのずと(あらわ)れる。この捻平(ねじべえ)と呼ばれていた老人は誰あろう、辺見(へんみ)秀之進(ひでのしん)、七十八歳の(おきな)である。最近、孫に代を(ゆず)ってからは、隠居して雪叟(せっそう)と号した。小鼓をとれば、我が国に並ぶ者のない名人である。

 さて、もう一方の弥次郎兵衛は能役者、宝生(ほうしょう)流第一の老名手、恩地(おんち)源三郎(げんざぶろう)その人であった。

 この二人は、侯爵松平摂津(せっつ)(かみ)が、伊勢参宮のための仮の館で催しなされた、能のさわりをご覧に入れる番組を務め終えて、膝栗毛(ひざくりげ)よろしく東京に帰る途中であった。


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