Answer.09:不器用な彼女の小さな過去
さて、引き続き鹿嶋先輩の乙女的相談会を続行したい所存ではありますが、アクシデントなるものが発生してしまいました。
ちなみに、ここで言うアクシデントとは、僕個人の感想です。
決して、一般人全てがこのアクシデントをアクシデントと呼ぶ訳では無いので、あしからず。
あぁ、だからと言って僕が異常人の仲間入りしているって訳じゃない事を、念を押して伝えておく。
では、そのアクシデントとやらを、内心の掛け声の後に発声しましょう。
せーのっ、
「相手のアドレスを知らなかったってー!?」
「こ、声が大きいぞ秋葉! 耳に響いたではないか……」
「いやいやいや、そんな悠長な事を言ってる場合じゃないよっ。え、何? アドレスも知らないのに、メールで告白がどうのって相談して来てたの? なんでそんな無計画な事したの? なんで調べようとしなかったの?」
俺の詰問に、うぅあぁっと唸り、珍しく弱り気味の鹿嶋先輩。
こんなレアな姿は滅多に無い為、今後の変人行動に釘を刺すべく、弱みとして写メに残そうかと思う衝動を抑え付ける。
良く考えたら、弱みでもなんでも無いし。
多分、睡眠時間を削られた相談が無駄だった事に、少し苛立っているだけだろう、うん。
その苛立ちを掻き消すべく、怒りを乗せた溜息を深くつく。
……さて、どうしたものか。
実際のところ、彼女が思いを寄せる人を、僕はほとんど知らない。
聞かされていないから、当然と言えば当然なんだが。
ただ、唯一僕が知る情報では、強いらしい。戦闘的な意味で。
二年くらい前、ある出来事を切っ掛けにその人に出会い、惹かれたそうだ。
質の悪い、一目惚れというやつ。
それからというもの、彼女は武を鍛え始め、僅か数週間で何とか色の帯(なんか強い人に与えられる色の帯らしい)を手に入れたとか。
普通じゃあり得ない事だというのは、当たり前。
それをやってのけるから、彼女は変人、異常人なのだ。ある意味、秀才とも言える。
要は素質の問題。彼女は武に向いていたという事だけ。
だからこそ彼女は、想い人と同じ武を習得出来た。流派は違うだろうけど、細かい事はこの際、気にしない。
ここだけの話、彼女を変人と認識している者は、意外と多い。
原因は、想い人と同じ愚行を働いた事。
なんでも、その想い人は一時期だけ、とある地域で喧嘩の日々を過ごしていたのだとか。
狙う相手は、人に迷惑を掛けている不良やあれな関係の人達。
一見、良い行動と捉えられるかもしれないが、喧嘩を行う者は理由がどうあれ悪人にされるのが、今の世の中。まぁ、彼女はそんな人に惚れたのだろうけど。
だが、その愚行もある日を境にめっきり減った。
後に残るのは、有効期限(仮)が七十五日の噂だけ。
けれども、それを快く思わない者が居てしまった。
他でもない、鹿嶋 鞘華その人である。
彼女は鍛えた武を存分に使い、本人非公式で愚行を受け継いだ。
しかしそれは、二年生への進級と共に終わりを見せる。
理由としては、僕に出会ったからとか、そんな青春全開な事では無く、単に警察沙汰になったからだ。
しかし、その件に関しての内容が、ニュースにて三十秒程の放送が数回と、新聞記事の端に小さく載っただけってのは、今思うとお嬢様としての財力が可能にさせた事なんだなぁ。
それでも、マスコミの僅かな報道を見てしまった者達は、その噂をじわじわと広め、彼女を避ける者は少なくない現状だ。
まぁ、そんな現状でも生徒会選挙で生徒会長に二回連続で当選したのを見ると、期待はされているんだなぁ、と関心出来る。
と、ここで的確な突っ込みとして、なんだよ結構知ってるじゃないかって言葉が来そうだが、ところがどっこいである。
想い人についてはほとんど知らないが、鹿嶋先輩については知っている、ただそれだけだ。
全て本人から聞いた話だから、嘘偽りは無いだろう、多分。
まぁ、そんなこんなで問題だらけな人が、恋愛事で悩んでいるとは、随分と不思議で面白い話だ。
ちなみに、去年の彼女はどうしても会えない想い人を忘れようと、他の者に気を移そうとしたけれど、いざ告白って場面でやっぱり止めて逃走、もしくは相手が噂を知っているが故に断られる、という結果に終わった。
変人だけど、一途なのだ。
だから僕は、彼女に進んで協力している。
なんてったって、変人観察が趣味だからね。
だから僕は、
「それじゃ、まずその人に会わないとね」
「な、なななんでそそそうなるのだぁ!?」
「だって、アドレスを知らないといけないんでしょ? だったら、行動あるのみだよ」
今の僕は、午前だけで学校を終えた為、休日の時間が増えた事に少し機嫌を良くしているのだ。
だから、今日一日は彼女に協力してやろうと決めた。
幸い、情報通が親戚に一人だけ居る為、目的の人物を特定するのに差ほど苦労はしないだろう。
後は鹿嶋先輩次第だが……。
問題の彼女は、いそいそと立ち上がり、クローゼットを開けた。
そして、そこから服を取り出し、大急ぎでパジャマを脱ぎ捨てる。
綺麗に丸められたパジャマは、これまた綺麗に放物線を描いてベッドに載った。
……にしても、遠慮無しに着替える人である。
それほどまでの緊張か興奮、もしくはその両方の感情が、彼女の理性を麻痺させているのだろう。
動作がぎこちないのも良い証拠だ。
ともあれ、彼女が着替えを終えたら早速、都会へと繰り出そう。
目的地は、親戚の喫茶店だ。