Answer.08:恋するへんj――乙女。(強制修正)
鹿嶋先輩の部屋は、普段の立ち振る舞いからは用意に分かる性格とは全く違う、なんかこう女の子してる部屋だった。
意味が分からない? はは、当たり前だ。
僕は今、驚いているからね。
人は見掛けによらないとは、まさにこの事だ。
いやまぁ、鹿嶋先輩は女の子だけど。
部屋そのものがかなり広く、中央には白一色のダブルベッド、カーテン付き。
床はフローリングの上に黄色の絨毯を敷いている形で、部屋の三分の二を占めている。
また、その上には円形のテーブルが置かれていた。
後は壁際に衣装棚や本棚があり、空いたスペースにはテディベアが何匹も置かれている。
液晶テレビもあった。大体、三十二インチくらいだろうか。
ついでにテレビの周囲にも、テディベアが置かれていた。
なんかもう、鹿嶋先輩の部屋と言うよりテディベアの部屋である。
彼女が居ない間、テディベア達は好き勝手に動き回り、人間っぽい生活をしているんじゃないか。
そう思えるのは、幼い頃によく母さんに見せられた映画が影響しているのだろう。
カウボーイのおもちゃとか宇宙服着たヒーローが出てくるやつ。
あの映画、他の友達は知らなくって、少し悲しかったなぁ。面白いのに。
ともあれ、僕はその部屋にあるベッドに背を預け、絨毯の上で体育座りをして待っていた。
この部屋の主、鹿嶋先輩は僕をこの部屋に招き入れると、少し待っていろ、と言ってどこかへ行ってしまった。
故に暇なのだ。
……勝手にテレビを見ても良い、よね?
思い立ったが吉日だ。
おもむろに立ち上がり、テレビに近付いてスイッチを入れる。
すると、少しの間を置いて液晶画面に光が灯り、映像を映し出した。
どうやら、ニュースの時間らしい。
一応、チャンネルを変えてみるが、どこも同じだった。
特に目立った話題は無い。
死亡事故やらゴールデンウィーク中のイベント紹介やら麻薬所持者の逮捕数が急増やら某動物園で先月に生まれた赤ちゃんの話題やら。僕にとっては必要の無い情報ばかり。
欲しい情報が無いなぁ。
もっとも、行方不明事件の話がニュースで出る訳無いだろうけど。
まぁ、お昼の人気番組が始まるまでは、ニュースで我慢するかな。
そう思い、またベッドに背を預けて体育座りしながら、ボーっとテレビ観賞に勤しむ、筈だったのだが。
開始から三分と経たない内に、鹿嶋先輩が戻って来た。
服装は先程と変わらずパジャマ姿のままで、白いお盆を両手で持って入って来た。
お盆の上には、ティーポット一つとティーカップが二つ、置かれている。
ちなみに、両手が塞がっているのにどうやって戸を開けたのかといえば、足で開けたのだ。
踵落としみたいに足を上げて、ドアノブを捻る感じ。
随分前に僕の部屋の戸で実践済みなので、驚きはしない。
ただ、もう少しお嬢様らしくして欲しい限りである。
実際にお嬢様な訳だしね。
「すまない、待たせたな」
「ううん、そんなに待ってはいなかったよ。テレビあったから」
見る為に百円取られてたら、文句を言ってただろうけど。
あぁ、懐かしいな。
昔、家族で行った旅館に置いてあった、百円入れなきゃ映らないテレビに硬貨を入れたら、いやらしい番組が始まって、無口の父さんがかなり慌てていたのは、良い思い出だてか話逸れ過ぎだろ。
「思えば、私は秋葉をよく待たせてしまっているな」
「いやいや、別に気にしていないよ。それに、パジャマ姿の可愛い先輩を見れたから、その件はチャラで」
「――っ!? ば、ばかもの! そういう台詞を軽々しく口にするな!」
可愛いという言葉に弱い鹿嶋先輩は、簡単に慌てふためかせる事が可能なのだ。
けど、お盆が揺れてカタカタ鳴っているので、弄るのはここまでにしておこう。
少しムスッとしてしまった彼女は、テーブルを挟んで僕の向かいに座り、お盆をテーブルの上に載せた。
次いで、カップをテーブルの上に移し、ポットの中身をカップに注ぎだした。
湯気が立ち、良い香りが漂う。
「ホットレモネードだ。冷えたのも美味しいが、まだ肌寒いからな。温かい方が良いだろう?」
問いながら、注ぎ終えたポットをお盆に戻し、絨毯の上に置く。
「ん~、正直言って、レモネードは飲んだ事無いんだよね。だから、どっちでも良かったよ」
言って苦笑しつつ、渡されたカップの淵に口を付けて一口。
……なんだろう。酸味と僅かな甘みがあるから、レモンと何かが入ってるのかな。
とりあえず、美味いの一言だ。
思わず笑みが毀れたのを見てか鹿嶋先輩は、気に入ってくれて良かった、と安心した表情で言った。
「ちなみに材料はレモンの果汁、蜂蜜やシロップなどだ。甘党のお前にとっては、良い材料だろ?」
「あ、蜂蜜だったのかぁ。レモンは分かったんだけど、甘みの部分が分からなかったよ」
帰りに親戚の喫茶店に置いてないか見てこよっと。
さすがに、鹿嶋先輩から頂くなどという、図々しい事はしないでおこう。
……でも一応、聞いてみよっかな。
「ねぇ、先輩。このレモネード、余ってたりする?」
「余ってはいないだろうが……どうした、気に入ったのか?」
「うん、凄く。それで、お土産にと思ってね」
「お土産、か……」
そう呟くなり、鹿嶋先輩は顎に手を当てて思考を始めた。
繭を潜め、ただ一点の虚空を見つめて。
一分、五分、十分と経ち。
あれ? 僕、もしかして何か間違えた? と気付いた時はもう、遅かった。
思考はまだ続く。
途中、彼女の後方にあるテレビから、バラエティー番組が始まった事を報せるBGMが流れ出した。
今はそれどころじゃないというのに、空気が読めないテレビは、陽気なBGMを流し続けている。
本音を言えば、見たい。
けれども、現状を作り出してしまった張本人としては、誘惑に負ける訳にはいかない。
だから見る、鹿嶋先輩を。
……今まで全く気付かなかったが、どうやらこの人は、思考を開始すると超が付くほど集中出来るようだ。
その思考力を恋愛部分にも使って欲しい、と思ったりしているのは秘密だ。
多分、彼女が集中して思考出来るのは、今まで学んで来た事だけだろう。
学校で学べる事だけ。
だからこそ、恋愛事に関しては無知であり、故に思考をする事が出来ず、僕に頼っている、と。
本当、勿体無い人だ。
でも、そんなバランスの悪い人だからこそ、僕はついていけるんだろうなぁ。
変人は嫌いじゃない、興味深いのだ。
「……良し、分かった。ならば帰宅時、水筒に入れて渡そう」
やっと長い思考を終えて結果が出たのは、思考開始から二十分後だった。
その答えに、果たして二十分も掛ける必要があったのだろうかと思いつつ、とりあえず例を言っておく。
相変わらず鹿嶋先輩は、礼などいらんっという言葉を返して来たけど。
さて、脳内に閑話休題という言葉をぶつけるかな。
「んじゃそろそろ、本題に入ろう。――どうして僕を、早退させてまでしてここに呼んだの?」
問うと、鹿嶋先輩はハッとした表情になった。
そして、僅かに俯き、眉尻を下げる。
下唇を噛み、少しの間を空けて、思い切ったように顔を上げた。
「この前の……メールでの、そそその………こ…こくの……件についてなのだががっ!」
振り絞るように、途中、声をどもらせながら、彼女は言った。
顔を真っ赤にしているところがまた、恋する少女って感じを引き立てる。
……ってか、さすが鹿嶋先輩。
その事の為だけに、僕を学校から拉致って来るとは。
お詫びとして、後で昼食を奢ってもらわないとね。