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Answer.06:裏で動く何か

「ふむ。寝ていた」

「おいおいおいおい、冗談言うたらあかんって」

「無論、冗談だ」


 言いながら、大きく伸びをした護は、向かい側に座っている売人の男を見た。

 浅く俯き、上目遣いで護を見る彼、御船 誠(みふね まこと)は十五歳の少年だった。

 しかし、年齢を聞いたところで護は表情一つ変える事が無い。

 実際、未成年が麻薬の売人をやっている事など、大して珍しい事では無いのだ。

 だが、その後に誠が発した言葉に、護は眉をピクリと微動させた。


「……復唱させてもらうが、俺以外にも数人の子供が集められて、金をやるから薬を売ってくれと頼まれた、と?」

「あ、あぁ……はい。そうです。それに、集められた人は年齢も性別も関係無くバラバラでした」


 恐る恐るの返答を聞いた護は、右手を顎に添えた。

 ……何故、売人を増やしているのだ?

 売人を増やす事は利益と客を得る数が増えるが、一方で逮捕されやすい。

 それが即席の掻き集めで、ましてや未成年だったら尚更だ。

 信頼も保障も無いかれらは、保身の為にすぐ自白し、販売元の摘発に繋がってしまう。

 故に護は組み関係の者達に対して、麻薬の取引は最小限にし、細心の注意を払うよう指示している。


「……しかし、偶然が重なって私の部下が捕まっているのも確か、か。最も、それは偶然なのだろうかね」


 言う彼は、溜息をついた。

 最近になって、榊家関係やその分家が営んでいる事務所の組員が、偶然付近で売人が捕まり、それに巻き込まれるようにして牢屋行きになるという事態が増加しているのだ。

 幸い、榊家は警察にコネがある為、賄賂によって釈放される者も居るが、逃れられない証拠を掴まれた者は、今も牢屋の中に居るのが現状だ。

 そればかりは、いくらコネがあろうと許される行為ではない。


「ちなみにだ。話を持ち掛けて来た人物の顔や特徴は、覚えているかね?」


 問いながらも、それは無駄な事だというのは、もちろん彼は分かっている。

 契約を持ち掛ける者は大抵、雇われた者か共犯者だろうからだ。

 前者だった場合は、雇った者に指示を出した者も雇われているかもしれない。

 そのように、踏み台方式で足がつかないようにするのが道理だからだ。

 後者の場合は、余程捕まらない自信があるのか、或いは捨て駒か。

 ともあれ、これから聞く人物の特徴を持った者は、犯人では無いだろう。


「えと、帽子を深く被っていて良く見えなかったんですけど、声からして女性でした。身長は五五から六〇、くらいで……そう、自分の事を僕って呼んでました」

「一人称が僕の女性か。ふむ……年齢は?」

「若かったです。十代か二十代くらい、かな」

「聞いたかね、凪。十代から二十代で身長は一五五から一六〇センチの一人称が僕である女性だ。貴様の配下には当然の事、榊家関係の組員全員に通達しろ。見かけた場合、手を出さずにまず連絡するようにとな」


 早口で、その上ハッキリと聞こえる声で指令を出す護に、ほいさっと答えた凪は、入口に立っていた男を引き連れて事務所を出て行った。

 そのタイミングを見計らって、着物の女は護の隣へと歩み寄る。


「ところで、彼はどうしましょうか?」

「今回のところは見逃してやろう。情報を吐いてくれた訳だしな。……少年、次私達に捕まった場合は、死んだと思え」


 まるで死の宣告のような言葉を言い放ち、席を立つ。

 そして踵を返し、事務所を後にした。

 続いて着物の女も出て行き、残ったのは安堵する誠だけとなった。

 彼の深い溜息が、ただ室内に虚しく響く。






 夕日を浴びながら一般道を走る車両の後部座席から、護はスモーク張りの窓越しに空を見ていた。

 右の肘を窓の淵につけ、手で顎を支えながら、黄昏るように。

 そんな彼を、隣に座っている着物の女は、無表情で見据えていた。

 考えの読めない表情は不意に、何かを思いついた表情になる。


「そういえば、明々後日は霧島夫妻の命日ですが、お墓参りには行かれるのですか?」


 問いに、ゆっくりと振り向いた護は、細めていた目を少し開けた。

 そういえば、そうだったなっという言葉が内心で生まれるが、声には出なかった。

 僅かに疲労の色が見える彼は、無駄な発言を控えているように見える。

 ……姫と霧島夫妻、どちらを取るべきか。

 無論、姫だ! と内心だけテンションを上げ、やっと口が開く。


「すまないが、今年は君が行ってもらえないか?」

「もちろん、良いですよ。……ところで若様、どこかお疲れのご様子ですね。一旦、お休み下さい。着きましたら、起こして差し上げますので」


 優しい口調の言葉は、護の瞼をゆっくりと瞑らせた。

 視界が暗くなり、眠りを待つだけの少しの間、思う。

 己の不手際の所為で、獄中に居る部下達の事を。

 ……気疲れ、というやつか。

 たまにはゆっくりと休むというのも、存外悪くないなと苦笑混じりに呟き、眠りへと落ちていった。

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