Answer.05:とばっちり受けて不機嫌真っ最中
一日中、かなり不機嫌である。
原因は二つ。
理由と言っては何だが、始まりは昨夜。
結局、鹿嶋先輩の相談は八時近くまで続いた。
その後はすぐに帰宅したのだが、十二時に近くに突然、携帯に着信があった。
相手はもちろん、鹿嶋先輩。
いやな予感ってのは、不運な事に確実に現実となってしまうもんだ。いや、今回はなってしまった、か。
さて、その内容というものだが。
何でも、気になる事がまた浮かんでしまい、眠れなくなってしまったとか。
結果、深夜三時近くまで相談に付き合わされ、朝は寝坊する羽目になった。
学校に到着したのは、遅刻ギリギリの八時二十三分。
そこで、二つ目の原因が発生した。
教室に入るなり、放送部顧問から呼び出しを受け、とりあえず職員室へ。
叱られた。
どうやら、僕が学校に来る少し前に、一年生の男子生徒が放送室を私的に使用し、あろうことか校内放送で愛の告白とやらをしたそうな。大胆な変人だなぁ。
で、放送部部長である僕に、管理不足だと指摘され、数分間の説教。
正直、やってらんねーの一言である。
故に現在、僕は久々に放課後の放送室に来ていた。
美術部から借りた絵を描く為のパネルと三脚(共に正式名称は知らない)と数枚の紙、そして筆一式を持って、だ。
放送部の活動では無いが、時折こうして放送室内で絵を描いている。
まぁ、これは単なる趣味だ。今はストレス発散の為でもあるけど。
ただ、モデルが無いから、描く絵は想像に任せる事になり、筆の進みは遅い。
モデルが欲しいなぁっと思いながら、窓の無い放送室を恨みつつ、静かな室内で坦々と描き続ける。
え? 何を描いてるかって? ヤマタノオロチです。
さすがに嘘だけどね。
……あぁ、最近読んでる小説の影響が出てるなぁ。
母さんに勧められて読んでいる、三十年近く前の作品だ。
詳しくは言わない。内容は面白怖いから。
ちなみに本当は、ペガサスだ。
幻想的だね。ファンタジーだね。
追加で魔王か勇者を乗せれば最強だ。面倒だからやらないけど。
と、その時だ。
放送室の扉が、音を立てて開いた。
内側に開くその扉は、壁についているゴムに衝撃を吸収され、轟音を立てる事は無かった。
そして、入口には見無い姿。
右手の平を高々と上げて満面の笑みの、さも親しい友人であるかのような素振りをする女子生徒一名。誰だよ。
一応、胸元の緑リボンを見る限り、一年生のようだ。
少し赤みのかかった黒い長髪を見ると、ん? 不良少女? などと思ったりするが、髪の色で人を判断してはいけないと、少し反省。
ともあれ、暫しの沈黙の後、少し高めの声が室内に響いた。
「放送部に入部しに来ましたー!」
「……は?」
おったまげー、である。
……我ながら古い驚き方だなぁ。
前回のあらすじ。
新入部員(仮)が現れた。
〝新入部員〟の手前に〝変な〟を付けるかは、個人にお任せする。
とにかく、突然の事だったので驚きつつ、立て掛けてあったパイプ椅子を展開して、座って頂く。
そして僕は、放送機材の前に設置されている固定式の椅子(今僕が座っているやつ)で向かい合う。
まるで面接みたいだ。
「新入部員って事だろうけど、入部届はあるかな?」
「もちろんあります! ちょろっと待って下さいね~……」
言いながら、彼女は持って来ていたサブバックの中に手を突っ込んで弄り、一切れの紙を取り出した。
僕はそれを受け取り、紙を見る。
間違い無く入部届だ。
ここで破り捨てれば入部は無効になるのかな、などと卑劣な事を考えつつ、名前を拝見。
……那珂川 美咲。那珂川って字、難しいなぁ。
ふむふむ、一年D組十三番か。どーでもいいけどねー。
「……一応聞くけど、入部の理由は?」
まさか入学した時から入りたかった、なんて理由は無いだろう。
既に一ヶ月近く経っている訳だし。
あ、もうすぐゴールデンウィークだ。
「入部の理由は……朝の放送を聞いたからです。部員の人が大胆で面白いなっと思いまして。どどっと、放送部に興味が沸いたんです」
「え? あ……朝の放送をやった人だけど、放送部員じゃないよ? それに、最初で最後だろうし」
「え!? そ、そうなんですか!?」
かなり驚いた表情をしている。
なんかこう、ひょっとこみたいに。う~ん、例えが下手だなぁ。
……あれ? もしかしてこれは、入部の理由が無くなった?
「そんなぁ……。って、そういえば、何で美術部のセットがここにあるんですか?」
「ん? あぁ、それは僕の趣味だよ。他に部員居ないから、好きな事出来るしね」
「ほへぇー! 何を描いてるか、見せてもらっても良いですか? ――おぉ、ペガサスだ! きれい~!」
彼女、美咲は絵を見るなりテンションを上げ、褒め出した。
率直に言われると恥ずかしいものだ。
こういう恥ずかしさは、小学生時代の図工で作った作品を先生にベタ褒めされた時以来だろうか。
でも、あれがお世辞だと気付いたのは、意外とすぐだった。
母さんに見せたら、腹を抱えて爆笑して、数多の罵倒を浴びせられたからなぁ。
おっと、脱線。
ともあれ、何故か目の前の彼女は目を輝かせながらペガサスをジッと見ていた。
そして唐突に、僕の方を向く。
「よし、入部します! 先輩、面白そうな人なので」
「失礼な理由だね」
けれど、悪い気はしない。
ユーモアのある先輩とは、どのような物語でも良い立ち位置に居る気がするから。
ついでに主人公に関わって、損するってアビリティーもついていたな。
反対に主人公は、晴れてヒロインと結ばれて幸せになる、と。
……あれ? 先輩としては良い立ち位置だけど、男としては悪い立ち位置じゃね?
「分かったよ。それじゃ、入部届を顧問に出してくるから、今日のところは解散ね」
「え~、マジすか。ではでは、また明日会いましょーね、先輩!」
言いながら手を大きく振って、放送室を出て行った。
テンション高い娘だな~。
第一印象はそんなところだ。
……にしても、放送部に入るなんてなぁ。
去年の三年が近寄り難い変人だったという事は校内に知れ渡っている訳で、入部するような輩は居ないと思っていたが。
世の中、まだまだ分からない事だらけである。
ともあれ、先輩と呼ばれるのも悪くない気分だ。
さて、ペガサスの続き続き~っと。