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Answer.04:己の意思について

 時刻は既に、午後四時を回っている。

 春である故に、早くも空が夕暮れ時の色に染まっていく現在、帰宅する学生や大人によって、街を歩く人が増える時間帯だ。

 それはここ、新宿区でも同じ事であり、また観光客もちらほら見られる。

 制服姿の護も、そこに居た。

 学校からずっと徒歩である彼は、周囲の者達から若干避けられていた。

 すれ違う者の中には、振り向いて眉を顰め、一瞥する者もいる。

 だが、彼はその事を知ってか知らずか全く気にせずに、おもむろにポケットから携帯を取り出して、通話を開始した。

 二、三回のコール音の後、相手に繋がる。


「私だ。――あぁ、すまない。もう少しで着くぞ。――馬鹿を言うな。車内をラーメンの匂いで充満させるつもりはない。まぁ、おかげで周囲から冷たい目で見られてるのだがね」


 はははっと笑い、後ろへと振り向いた。

 すると、護を一瞥していた者達は、慌てて前へと向き直す。


「うむ、姫からの愛の熱湯は効果抜群だな。――侮蔑は良くないぞ? しかしまぁ、スーツを一着、用意しておいてくれ。――あぁ、それではまた」


 その言葉を最後に短い通話を終え、吐息を一つ。

 ……緊急招集、か。

 内心でそう呟く彼が緊急招集を受けたのは、約三十分前だった。

 携帯に突然来た着信により、彼は詳しい内容を教えられないまま、ただ緊急だと言われ、新宿区の一角にある事務所へと呼ばれた。

 そしてその事務所へと、彼はたった今、到着した。

 二階の窓に〝谷本興業事務所〟と書かれたその場所は、過去に一度だけ訪れた事があった。

 挨拶回りの一環として、だ。

 それ以来、一度も訪れていない入口へと、護は足を踏み出そうとした、その時だ。

 不意に、彼を呼ぶ女の声がして、足を止めた。


「若様、お待ちしておりました。ご要望されたスーツの用意が出来ておりますので、一度車にお乗り下さい」


 言う彼女は、黒い長髪をポニーテールにし、藍色の着物で身を包んだ姿をしていた。

 両手を腹部の前に合わせ、会釈をする彼女は、美人の類に入るくらいの顔立ちだ。

 そんな彼女が案内する先、事務所横の路地には、黒いバンが後ろ向きに停められている。


「本当、仕事が早くて助かるよ。流石だね」

「いえいえ、若様の為なら、例え総理大臣でさえも拉致してきますよ」


 ニヤリと、企みのありそうな笑み。

 悪寒がしそうなその笑みにしかし、護は無反応。

 ただ、目が合っているだけだ。

 ……姫は部活を頑張っているだろうか。嗚呼、走る姫の姿が目に浮かぶ。

 妄想に(うつつ)を抜かしていた。






 事務所内の雰囲気は、非常に最悪だった。

 窓には中途半端に開いたブラインドが下りていて、隙間から夕日が射している。

 その夕日だけが、室内の明かりだった。


「うぐ……がっ……」


 天井に設置されている蛍光灯は、壊れている訳でもないのに使用されていない。

 中央には長方形のテーブルを挟むようにして置かれた、向かい合うソファが二つ。

 他に目立った物は無く、滅多に利用されていないという事を物語っていた。

 その事務所を、今現在利用しているのは、八人の男。

 部屋の隅にある出入口には、体格の良い男が二人。

 正反対側の壁際には、蹴られている青年と蹴って尋問をしている細身の男、そして二人を囲むようにして立ち、見ている四人の体格が良い男。

 誰も彼もが特徴的で、内六人の男はヤクザ者である事がすぐに分かるくらいだ。

 出入口に立つ二人の内、右側の男以外は。


「ごっ……ぅあ……」


 そして、室内には先程からずっと、尋問として蹴った際の打撃音と呻き声が響いていた。

 最も、問いの言葉も無いそれは、尋問というよりも一方的なただの暴力ではあるが。

 と、その時不意に、尋問をしていた男が口を開く。


「……そろそろ、吐いた方が身の為じゃないか? あぁ!?」


 放たれる言葉は巻き舌。

 だが、巻き舌を使っている者は部下にしか過ぎない。

 彼らの(かしら)は不在であり、たった今、その頭が入室して来た。

 スーツ姿の男、護は着物の女を引き連れて、出入口に居る右側の男を一瞥する。


「ご苦労だ、凪。それにしても、やけに懐かしい事務所を使ったのだな」

「いやいや、えらい偶然に空いた事務所が見つかったもんでな。多分、ここの持ち主は今頃、海にてダイビングでも楽しんどるわい」


 凪と呼ばれた男は、一礼してから笑み混じりにそう伝え、奥の集まりを見やった。

 未だに尋問を続けている男以外の四人は、窓際で背筋を伸ばし、整列していた。

 その光景を見て、護はふむっと言いながら、中央のソファに歩み寄って座る。

 左脚に右脚を載せて組み、両手の指を合わせて太股の上に置いた。


「……さて。貴様は頭が来たというのに、無礼を働き続けてなんとも思わないのかね?」


 問いの声には張りがあり、ビクリと肩を震わせた男の足が止まった。

 次いで、ゆっくりと振り向き、護と目が合う。

 ニヤリと、口元が吊り上った。


「やっと来ましたか、榊さん。あ、無礼、申し訳ありませんっ!」

「いや、謝罪の言葉を述べる口があるのなら、別に良いのだよ。ところで、そろそろ終いにさせようと思っているのだが」

「俺もそう思ってました! 大丈夫、すぐに吐かせますんで」


 一礼し、蹴りの体勢に戻ろうとしたその時だ。

 違うのだよっという低い声が、室内に響き渡った。

 冷酷さのあるその声には、聞きようによっては殺意さえも感じ取れる。

 その声に、場を静寂が支配した。

 無論、尋問を再開しようとした男も止まる。

 ただ唯一、護だけが言葉を続けた。


「終いにしようと思っていたのは貴様の尋問だよ。……どういうつもりかね? 初っ端から暴力で吐かせようなどと。それは私の意思に反するよ? まずは一日掛けて話し合いだろうに」


 問い掛けられている男は、ただ唖然と突っ立っていた。

 表情には、失敗したという緊張と、しかしという反論の意思が見て取れる。

 だからこそ、護は言う。


「君達のような者に捕まった時点で、知識のある者はまず殺されるという気持ちと、吐いた際の裏切り行為に対する恐怖心が生まれる。話し合いとは、その時に生まれる恐怖心を和らげ、生きられるという希望を与える事が出来るのだ」


 だが、

「だが、貴様は暴力で吐かせようとしている。駄目ではないか、恐怖心を増幅させては。初めから暴力があった場合、相手はこう思うだろう。私達は過激派だと。するとどうなる? どうせ吐いても殺される、と結論に辿り着くのだ。そうなった場合、自殺を考える者もいるくらいなのだよ。……私が言いたい事は、分かったかね?」


 組んでいた脚を崩し、護は前屈みになって小首を傾げる。

 同時に目を細め、呆れた表情になる。


「貴様は三つの失敗をしたのだよ。一つは尋問について。一つは私が来ても無視した事について。一つは私の意思に反した事についてだ。――よくも、私の名に泥を塗ったな」


 最後の言葉は、その男に恐怖を与えた。

 無表情の護の声色は、殺意に満ちていたからだ。

 故に男は、口を開くが声が出ない。

 喉が急速に渇き、冷や汗が大量に噴出す。

 足が震え出し、一歩も動かせないようだ。

 そんな彼を見た護は、凪を呼んだ。


「凪、こいつの詳細はなんだ?」

「……城々崎 憲一(じょうがざきけんいち)、二十一歳。最近まで地方の榊家の分家、高島家で中間辺りの地位に居た者や。せやけど昨日の夜に東京来た時、偶然、売人を見つけてな。そんで、今に至る、と」

「田舎者か……。それより、高島家の躾の悪さに驚かされるな。ふむ、説明ご苦労。――貴様ら。城々崎をバンに乗せておけ」


 その命令に、四人の男はなんの躊躇いも無く、城々崎の腕を掴んで事務所を出て行った。

 途中、彼は抵抗していたが、四人相手では成す術も無く、引き摺られて行く。

 同時、背凭れに身体を預けた護は、吐息を一つ。


「さて、話とやらを聞かせてもらおうか貴様」

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