表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/29

Answer.03:日常壊しの異常人

『私は姫が大好きだあぁぁぁ!!』


 突如、朝の校内の喧騒を一瞬にして停止させたのは、スピーカーから響いた声だった。

 その声は校内に居る者全ての思考を停止させ、教室や廊下に設置された各スピーカーに視線が集中する。

 ただ一人の女子生徒を除いて、だ。

 彼女は放送を聞くなり、勢い良く机に突っ伏した。

 顔色は、みるみる内に赤では無く青に染まっていく。


「……あんのばか……!」


 呟きながら、苦虫を噛み潰したかのような表情になり、冷や汗が滲み出す。

 早く終われ早く終われ、と願う彼女の祈りとは裏腹に、放送は尚も続く。


『名前を呼ぶようになったのには感謝しよう。だがしかし、何かが足りないのだ! そう、愛が!』『さかきぃ! 放送を止めろぉ!! でないと――』


 刹那、放送は途切れた。

 暫しの沈黙。

 それから一分経ち、何事も無かったかのように再び喧騒が始まった。

 また榊か、などと呟く者も居るが、大して気にはしていないようだ。

 その事に安堵した彼女、春原 姫香(すのはら ひめか)は深い溜息をつき、顔を上げた。

 同時に、茶色い長髪が垂れて顔を少し隠すが、この状況では気にしていないようだ。


「ほんと、お疲れ様だね榊君は。どれだけ言っても、姫ちゃんは知らん顔だし」

「うっさいわね、千尋。また目潰しするわよ?」

「そんな事ばかり言ってると、鬼になっちゃうぞ~?」


 笑みを浮かべながら、不意に声を掛けた松本 千尋(まつもと ちひろ)は、自身の黒い短髪に両手を載せ、人差し指を角に見立てて鬼の真似。

 目を弓のようにし、より一層の笑顔を追加して、角で姫香の二の腕を突き始めた。

 連続して、世紀末の男の如く。


「うりゃうりゃうりゃうり――ぃぁああぁぁああぁああぁぁ!!」


 無言で繰り出された目潰しは、当然、千尋の両目に直撃し、痛みで奇声を上げ床を転がり出した。

 そんな彼女を無視し、姫香は再度溜息をつく。

 ……あの馬鹿……。

 先程の放送をしていた声の主、榊 護(さかき まもる)の告白行動は、今週に入って三度目だ。

 その上、今までは直接言って来ていた為に、スピーカーを使用されたのは初めてである。

 最も、初めの頃よりかは回数は減っているのだが。

 高校に入学した途端に護が告白するようになって、もうすぐ一ヶ月近く経つ。

 五月の連休、ゴールデンウィークを明後日に控えたこの時期、生徒は休みの間の予定についての会話で浮かれていた。

 無論、護も例外では無い。

 故に姫香は、今週に入ってからは余り構わないようにしていたのだが、その行動が裏目に出たのではないかと、不意に彼女は思った。

 だとしたら、本当に馬鹿馬鹿しい事だ、とも。

 ……昼休みにでも構ってあげよう。

 そう決意し、彼女は再度机に突っ伏した。






 眠っていれば、昼休みなどすぐに来るものだ。

 既に教室内は、喧騒はそこら中から聞こえるようになっており、各グループがそれぞれ昼食を取っている。

 スピーカーからは、今流行りの曲が控えめに流れ、それに関する会話も少なからず聞こえる。

 そんな中、姫香は立ち上がって、護の居る席へと向かった。

 幸い彼は窓際の自席に座っており、窓に向かって何やら独り言を言っている様子。

 如何にも近寄りがたい雰囲気を醸し出している彼に、思わず足が止まるが、勇気を振り絞る。

 勇気の使いどころ、間違って無いかなぁと思いながらも第一声。


「あ、あのさ、まも――」

「――ふぅむ、豚骨ラーメンは……あぁ、駄目だ。姫は豚骨が苦手だったな。だとしたらやはり、納豆キムチだろうか。いつぞやか、納豆キムチがどうとかという会話があった気がする、いやあった。ならば決まりだ、納豆キムチに誘おう」

「は?」


 思わず、言葉が漏れる。

 同時、即座に彼女の内心にて、何を言ってるんだこの馬鹿は! という感想が生まれた。

 一方、彼女の声に反応した護は、振り向くなり満面の笑みとなった。

 そして、焦げ茶色のオールバックという特徴的な髪を掻き上げ、口を開く。


「おぉ、姫! 丁度良いところに来てくれたな! 話したい事があるのだが……良かったら、ゴールデンウィーク中に納豆キムチを食べに行かないか?」

「嫌よ」


 即答だった。

 故に護は、目を見開いて驚き、姫香の肩に手を載せた。

 すぐに払われたが、気にしない。


「何故だ、姫。前に姫は納豆キムチの話をしていたではないか!」

「話をしていたイコール好きってのに結び付けられるあんたの脳は、ある意味凄いわね……」

「む、姫に褒められるとは! はは、そうか。私は知らず知らずの内に、姫を感動させていたのだな!?」

「あ~はいはい、そうなんじゃないの?」


 感動では無く、呆れさせていた。

 もう既に疲れ始めていた姫は、しかし会話を続ける。


「ところで、ゴールデンウィークは私と遊んでいられるくらい、予定が無いの?」

「もちろん、いつ姫と予定を作っても良いように、予定は空けている。……はっ! もしやデートの誘いか!?」

「で、デートって訳じゃ無いけど。ほら、最近冷たく接し過ぎたんじゃないかなぁっと思って……」


 姫香は少し俯き加減になり、両手の指を弄り出した。

 すると護は突然、ガッツポーズ。

 ついでに彼女の肩に手を載せた。

 当然、払われる。再度、載せる。また払われる。

 それが後二回続き、やっと護は口を開いた。


「やっと私を受け入れてくれるのか! いやこれ程までに嬉しい事は無いな! では早速、式の予約を――」

「待ちなさい待ちなさい待ちなさい、とりあえず携帯を仕舞いなさい。気が早すぎる上に、別にそういう関係になるって訳じゃないわよ!?」

 どうせ暇だったから、と咄嗟に浮かんだ言葉を付け加える。

 その言葉に護は、眉尻を下げて苦笑を漏らした。

 瞬間、彼女の胸にチクリとした痛みがあった。

 裁縫針よりも注射針よりも細い、何かが。

 ……この表情には弱いな、私。

 いつもの護は五月蝿いだけであるからこそ、希少ともいえる確率で見せるこの表情に、罪悪感を感じてしまっていた。

 異性として見ている訳じゃない、それは分かっている。

 ただ、彼女の内心で護は、邪魔な奴から友達に近い奴へと、変わりつつあった。


「よし、では早速昼食として納豆キムチを共に食べるか」


 邪魔な奴に戻った。


「って、なんで鞄の中に入ってるのよ!? ――くさっ! 納豆くさっ!」

「誤解を招く言い方は止すのだ。ちゃんとタッパーに入っているではないか」

「なんでか知らないけど、見ただけで臭いって感じるのよ! あぁ、もう、開けなくて良いっての!」


 はははっと笑いながら半透明のタッパーを開けようとする護の手を阻止しながら、姫香は制止の言葉をぶつける。

 しかし、彼はそれくらいで怯む筈も無い為、彼女はタッパーを強引に奪い取った。

 一瞬でも開いた事によって漂う納豆臭が掻き乱されて、周囲に充満する結果となってしまい、つい表情が歪む。

 その臭いに耐えながら、奪い取った事に対して一応彼女はどや顔をする。

 けれども、護は笑うのを止めない。

 それどころか、また新たに鞄からタッパーを取り出した。


「なんでもう一個あるのよ!? 絶対に開けさせないからね!」

「あぁ、勢い良く取るのは良いが、それはラーメンだぞ? 熱いから気を――」

「あっちゃい!! な、なななんでラーメンをタッパーに入れて持ってくるのよ!? しかも耐熱加工されていないし!」


 熱さに驚く姫香は、急いでラーメン入りのタッパーを机に置いた。

 そして、両手を息吹で冷まそうと試みている。

 護の笑い声は、止まらない。

「ははは、すまない。ところで、手の平が火傷しては困るな。どれ、私が舐めて冷やしてやろう」

「ひぃぃいいぃやぁぁあぁぁああぁ!? ――何するのよっ!」


 刹那、風を切る音と共に彼女の右膝が、斜め下から護の顎に直撃し、彼は後ろへと吹き飛んだ。

 次いで、ラーメンをぶっかけた。


「うぐおわぁぁああぁぁ!! 姫からの愛の熱湯だぁぁぁ!!」


 叫びながら、麺と汁塗れになりながら、彼は床を何度も転がる。

 そんな彼を睨むようにして見る姫香は、顔を真っ赤に染めて息を荒くしていた。

 未だに手に残る、舌が這う気味の悪い感触に恐怖しつつも、奇声を上げてしまった事に後悔していた。

 しかし、彼女の目前で転がり続けている彼を見ると、怒りは……やはりあった。

 けれど、

「……ふっ、あはは……はは……」


 中途半端な笑い声が、込み上がって来ていた。

 だから彼女は、もう暫く見続けている事にした。

 教室内に居る全生徒の視線を集める程、五月蝿い馬鹿を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ