Answer.28:一応、一件落着だけど。驚きの嵐は止まらない
嵐のように去って行った榊や、その後を追うようにして出て行った警察達を目で見送り、溜息をつく。
右の頬の傷は未だに痛み、同時に殴られた左の頬もヒリヒリと痛む。
例えるなら、両手に花だ。嬉しくないけど。
見ると、残されたお客さん達はぞろぞろと帰って行き、残ったのは僕と鹿嶋先輩、それと店員さんだけだった。
普段、事件に遭った現場には警察が残る筈だけど、残らないって事は、榊の指示なのかな。
撤収というあの言葉は、全員に言ったのかもしれない。
閑話休題。
ともあれ、一件落着ってとこかな。
と、その時、僕の携帯がバイブレーションにて着信を知らせた。
確認してみると、メールだった。
差出人は佐々木さんだ。
文面には、現状を立て直すから店を出て行って欲しい、とだけ書かれていた。
……大変だなぁ。
もしかしたら移転、悪く行けば無期限の閉店となるだろう。
そう思いながら、椅子に座って円テーブルに片腕を載せて寛いでいる鹿嶋先輩の下へと向かう。
なんだろう、鹿嶋先輩ニヤニヤしてる。
あまり見た事の無い光景に、思わず一歩前に出るのを躊躇った。
「……良い事あった?」
第一声が、正解だったようだ。
ニヤニヤが更にニヤニヤになった。その内ニャニャになるのかな、要らないけど。
「ん、良い事か? よく聞いてくれた! 実はな――」
「とりあえず、店を出ようか。もうすぐ閉店になるらしいし」
出鼻を挫かれた鹿嶋先輩は、若干不機嫌そうな顔になるが、僕の言葉に従って席を立つ。
そして、店を出た瞬間に彼女は話を再開した。
「実はな、佐々木に頼んで連絡先を教えてもらったのだ!」
「連絡先? 佐々木さんの?」
「違う、違うぞ秋葉! えと、なんて言えば良いのか……あれだ、この間話した……その……」
「鹿嶋先輩の好きな人?」
それだ! と大声で言って、すぐ赤面。
恥ずかしさが頂点に達したのか、耳の周辺から顔全体が真っ赤である。可愛いのである。
……にしても、やっと連絡先を手に入れたのか。
「本人の携帯番号? それともメールアドレス?」
「いや、その者の親友のメールアドレスだ。確か、圭吾とか言うらしい」
……え?
はい?
「えええぇぇぇぇぇ!?」
思わず、道のど真ん中で大声を上げてしまった。
それ程までに、僕は驚いていたのだ。
だって、好きな人の親友の連絡先を聞いてどうすんのよ?
もしかしたら、佐々木さんが意地悪して親友のなら教えてあげるとでも言ったのかもしれないけどさ!
それでも。
それでも、鹿嶋先輩の行動には、毎度の事ながら理解出来なかった。
いつも通りって事で、良いのかな。
何だかんだで、自宅前。
父さんに殴られた事もあってか、入り辛かった。
だが、時刻は既に七時を回っており、そろそろ帰らないと要らぬ心配をさせてしまう。
故に深呼吸し、ドアノブを引いて中へ。
玄関には電気がついておらず、リビングの光がドアから漏れていた。
靴を見れば、父さんは帰って来ている。
……なんだかなぁ。
いつもなら仏にリビングに入るのだけど、なんだろう。
気付くと、僕はリビングに聞き耳を立てていた。
聞こえてくるのは、母さんの声。
「――にしても、本当に健一さんは不器用だな。ガツンと一発入れたのなら、伝えたい事も吐き出してくれば良かったのに。帰ってくるなり落ち込んじゃって」
どうやら、父さんも居るらしい。
それで……説教?
「ってか許可したのなら、最後まで見届けてやれば良いのに。まぁ、心配になるのも分かるけど」
「……頬に。頬に傷を負っているのを見て、ついな」
「傷を増やさせてどうする。無茶をしたからか? 健一さんまで無茶したら、どうしようも無いだろうに」
「……………すまん」
私に謝ってどうする、という言葉と共に溜息が聞こえ、沈黙が始まる。
……心配させてしまってたんだなぁ。
平手で殴られた時、息を荒くして肩で呼吸していた父さんは、何か言いたそうだったのに、結局は何も言わずに行ってしまった。
もしその時、周りに誰も居なかったとしても。
父さんは、何も言わずに去っていただろうなぁ、と想像する。
母さんが言うように、不器用だからかな。
男って、不器用だ。少なくとも、僕の周りの男は。
もちろん僕もだけど。
ふと、思う。
僕がもっと起用で、慎平を上手く説得出来ていたら、もしかしたら――
「わっ」
「うわああああああぁぁぁああぁぁぁあぁぁ!!」
ビックリした、心臓が飛び出ると思うくらいにビックリした!
誰かと思い、睨むようにして振り向くと、そこには浅黒い色をした肌の少年が居た。
僕の従兄弟であるリックだった。
制服姿という事は、部活帰りかな。
帰って来た事に気付かなかった……。
彼の小さく前倣えした両手は、僕を驚かした体勢のままである事を示している。
だが、とうの本人は目を丸くして驚いていた。
「いや、驚いたのは僕だって」
「そこまで驚くとは思わなかった。面白かったから良いけどっ!」
言って、親指を突き立てる。
「そんな事より、入らないのか? なら退けよ。俺は茶が飲みたいんだ」
切り替えの早いリックは、そう言い終わる前にドアノブに手を掛け、ドアを開ける。
僕の制止の手は、全然間に合わない。
そうして開け放たれたリビングには、カーペットの上で正座している父さんと、椅子に座って説教体勢の母さんの姿があった。
二人とも、こちらを見ている。
片方は戸惑った顔で、もう片方は笑いを堪えた顔で。
誰がどの表情なのかは、言うまでも無いだろう。
ちなみに、リックはその光景を見て一瞬含み笑いを見せたが、すぐに表情を変えて冷蔵庫へと向かっていた。
もっと気にしろよ。
暫くして、父さんが何かを言おうと口を開く。
「あ、秋葉、さっきは――」
「だ、大丈夫! 別に傷ついてなんていないから、気にする事無いよ! 大丈夫、うん大丈夫だからね!」
吐けるだけ吐き捨てて、逃げるようにその場を去った。
大急ぎで階段を駆け上がる。途中、転びそうになりながら。
今、すっごく恥ずかしい。
頬が、耳が熱い。
鏡を見れば、鹿嶋先輩みたく真っ赤っかだろう。
それ程までに、あの状況での突然の鉢合わせは、恥ずかしかったのだ。
けれど、そんな恥ずかしさから逃げ出せたのは、母さんのおかげなのかもしれない。
だって、あの人は説教という状況でも、全裸だったから。
緊張から吹っ切れられた理由は、それだけで十分だ。