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Answer.26:到着したら事後だったが、大丈夫だ。問題ない

 人通りが少しずつ増え始めた午前十時半頃。

 平日とは違って、年齢性別関係無く人々が歩き回っている歩道を掻き分けて進む集団が居た。

 凪を先頭に、護や桜、そして数人の部下の列が、迷惑なぞお構い無しに進行していた。

 彼らが向かうのは、秋葉に教えられたとある喫茶店だ。

 狙うは立て篭もりをしている犯人。

 そして、その喫茶店前に全員が到着した。

 入口の扉には、〝閉店中〟と書かれたプレート。

 だが、凪はそれを無視して中へと突入する。

 そうして全員の視界に映った光景は、異様なものだった。

 五人程度の少年少女は床に倒れ伏せ、客は全員隅の席に固まっており、椅子や武器などが散乱している。

 それらが周囲に四散している中央に長身の少女とカウンターの向こうに少女がナイフを持って店員を人質に取っており、事態が硬直状態だった。

 また、二人の少女と店員の女性は、唖然とした表情で入口を見つめていた。


「……えと、なんだ? 助けか?」


 疑問の声を掛ける聴診の少女は、しかし護が居る事に気付いた瞬間、声を上げる。


「榊! また、奇遇という形で会ったな!」

「それはこちらのセリフだ生徒会長。奇遇すぎるぞ、何故ここに居る」

「いや、私は所用があってだな」

「貴様の所用なんぞ知らん。だが、何故このような状況になってるのかは知りたいな」


 相変わらず酷いやっちゃなぁ、と突っ込みを入れる凪を無視し、護は同じ言葉で問う。


「何故、このような状況になっている?」

「あぁ、私が所用でここに来ていた時だ。突然、そこらで倒れている者達が入って来てな。客に暴行を加えようとしたから、返り討ちにしたのだ」


 そうしたら、

「そう、たまたま瑞稀、ナイフを持っている子な。彼女とここで会ったんだが、襲撃の後、気付いたら店員を人質に取っていたのだ」


 不覚だった、と鞘華は嘆く。


「まさか、彼女が主犯だったとは、思わなかった」

「それが貴様の甘さという訳だ。……まあいい。では――」


 言いながら、護がカウンターへと歩み寄る。

 刹那、怒声が響いた。


「それ以上近付くな! こっちには人質がいるんだからね!」


 声を上げたのは、ナイフを持った少女、瑞稀。

 彼女は今にも首を掻っ切りそうな程に、ナイフを近付けている。

 だが、対する護は、小首を傾げて肩を竦めた。

 見下した表情で、口を開く。


「人質? 別に、そいつは私の知り合いでもなんでもないのだ。殺してもらっても構わんよ?」

「榊! おま――」

「静かにしたまえ生徒会長。私はこいつに用があるのだ。一連の犯人である〝羊飼い〟が誰なのか、慎平の殺害動機は何なのか。その全てを聞かせてもらおう」


 腕を組み、早くも聞く体勢に入る護。

 対し、驚いた表情を見せた瑞稀は、唐突に口の端を吊り上げ、笑みを作った。


「〝羊飼い〟が誰かって? もう、見つけてるじゃん。ここに居るよ。この、僕が、〝羊飼い〟なんだ」

「ふざけている場合ではないのだぞ? ……だが、もしそれが本当だと言うのなら、証言をしてもらおう」


 さあ、どうぞ? と言って、片手を差し出す。

 それに答えるように、瑞稀は口を開いた。


「証言なんて程の言葉は必要無いよ。ここで倒れている者や、病院に行った者、捕まった者に僕の事を聞けば分かるしね。でも一応、分かりやすい事といえば、僕が襲撃させた場所は杈田組、遠坂組、公義興業、藍本興業、辻興業だったかな?」

「把握した。では、目的はなんだ」


 予想外の即答に、瑞稀は一瞬呆気を取られた表情になったが、すぐに話を始める。


「数ヶ月前、女子生徒行方不明事件があった頃の事だよ。ある時、僕の下に電話があったんだ。相手は〝フレースヴェルグ〟って名乗った後、僕にこう持ち掛けて来た。指示通りに動いてくれれば、君の願いを叶えてあげようって」

「そんな言葉に惑わされて、お前は罪を犯したのか!?」

「そうだよ鹿嶋先輩? そんな言葉に、僕は乗ったんだ。……それで、出された指示が――」

「麻薬をばら撒け、か」


 護に先に言われた瑞稀は、ご名答だよ、と言って話を続ける。


「すると事態は思った以上に簡単に進んで、狙い通り榊家を巻き込む事が出来た。同時に、慎平君も」

「慎平を巻き込んだ? ……あぁ、そういう事か」

「榊家を巻き込んだ事によって、君達は微かな事にも敏感になった。だから、事件の情報を知ってて、尚且つ君の部下がしょっちゅう寄るファーストフード店で喋らせる事が出来る人物として、慎平君は適任だったんだ。コレ全部、提案者はフレースヴェルグだよ」

「それにより、私達の中で慎平の存在が露になり、拉致される結果を生める。で、拷問が終わって二人っきりになった時に、慎平を殺す。それで、私達に罪を被せたか」


 過程はどうあれ、結果は完璧だった。

 しかし、と言って護は目を細める。

 視線の先の瑞稀は、小首を傾げた。


「そこにはイレギュラーが居ただろう? 裏でこそこそ嗅ぎ回っていた奴が」

「イレギュラー? もしかして、伊藤君? 確かに、イレギュラーだったかもしれないね。でも、フレースヴェルグは簡単に彼を駒に変えたよ。そして、貴方と相対するところまで持ち込んだの。それは、貴方の注意を逸らす為。今はバレちゃったけど、結果的には成功だよ」


 言って、人質に取っている店員をカウンターに押し倒す。

 ナイフを動脈に押し付け、笑みを護に向けて。


「フレースヴェルグの目的は、情報屋の居場所を、この人の存在を露にする事! 私の目的は、慎平君を殺す事! これで、私達の目的は達成された。思い残しは無いんだよ!」

「……残念ながら、貴様に思い残しは無くても、私にはあるのだよ」


 無表情でそう告げる護は、前へと出た。

 瑞稀や鞘華の制止も聞かず、瑞稀を捕まえんとし、ただただ前へ。


「馬鹿にしないでよ、榊 護! 僕は、殺れるんだから!」


 叫び、瑞稀がナイフを振り上げたその時だ。

 彼女の背後、壁に設置された棚が、壁ごと横にスライドした。

 そして、中から飛び出して来たのは、秋葉だった。






 飛び出すタイミングは、多分完璧だ。

 後は、僕次第。

 目の前にはナイフを振り上げている瑞稀が居て、まだこちらを振り向いていない。

 だって、それは突然の出来事だから。

 だから、僕はそれを無駄にしない。

 振り上げられた右の手首を掴み、後ろへと回そうとする。

 だが、扉が開いた事には気付いてたのか、腕を振り回して抵抗される。

 その際、頬に熱を感じた。痛い。

 けれど、それで怯んではいけない。

 こんな事なら、父さんに護身術でも習っておけば良かったなぁ、と後悔しつつ、瑞稀の右手を後ろの棚へと叩きつける。

 その衝撃でかナイフが落ちた音が聞こえる、が抵抗はまだ続く。

 もう、もみくちゃだ。

 なんて思った瞬間、瑞稀の身体が浮いた。

 僕は咄嗟に瑞稀を放すと、彼女はカウンターを越えて、床に叩きつけられた。

 どうやら、榊がやったようだ。

 とりあえず、一段落といったところかな。

 安堵の吐息をつきつつ、頬に手を添えていたいっ!

 不覚はないようだが、それでも痛い。

 手を見れば、血がついていた。

 ……でも、これくらいで済んでよかったと、思うべきなのかなぁ。

 しみじみとそう思いながら、カウンターを回って瑞稀の前へ。

 床にうつ伏せにされ、腕を後ろに回して押さえつけられている瑞稀は、苦しそうな表情を僕に向けた。

 その目は、僕を睨み付けられている。


「どうして……そこから!?」

「う~ん、なんて言えば良いのかなぁ」


 あのね、と前置きして、カウンターの後ろの隠し扉を指差す。


「あれは、隠し通路に繋がっているんだよ。ここに住まう情報屋が隠れる為のね。僕はそこから侵入し、出る機会をうかがってたって訳」


 もう一つ、この隠し通路の途中には部屋がある。

 その場所に佐々木さんは避難していて、僕はその部屋の電話番号を知ってた。

 だからこそ、電話に出て欲しくないと思った訳だけど、どうやら非難した為に出る事が出来たようだ。

 その先は、外から入れる場所を使って佐々木さんと合流し、今に至る。

 さすがにこれは、瑞稀に説明出来ないけど。


「貴様如きが私にどのような指示を出すのかと思えば、時間稼ぎと隙作りだと言われて驚いた。簡単過ぎるな」

「そんな文句を言いながらも、協力してくれて助かったよ。――あぁ、そうそう。そこの店員さんは情報屋じゃないよ。本物はあの通路の先に居るんだ。人違いだったね」


 言った瞬間、瑞稀は鳩が豆鉄砲を食らったような表情になった。

 でも、知ったこっちゃないよ。

 僕が聞きたい事は、ちゃんとあるんだから。

 しっかりと、答えてもらわないとね。


「さて。もう君の負けも同然だから、聞くよ? 何故、慎平を殺したいって思ったの?」


 問い掛けた瞬間、瑞稀の目の色が変わった。

 憎しみの、もしくは怒りの色へと。


「慎平君……慎平君はね、女子生徒行方不明事件が起きてから、変わっちゃったんだ。僕よりも事件の調査ばかり構って、被害者の女の子にばかり接触して。僕は、僕はもう止めてって言ったのに、もう少しなんだって言って、女の子や周囲の人に聞き込みを続けたの」


 このままじゃね、このままじゃね、と言って必死に訴える。


「慎平君、他の女の子のところに行っちゃうかもしれない! 出会いなんて、どこであるかわかんないんだから! だから、だから今の内に殺しちゃえば、慎平君は慎平君のままで僕の中に残るんだよ! 素敵でしょ!?」


 それは、歪んだ愛情だった。

 榊が、行き過ぎた愛は憎しみや殺意に変わる、と言ってたのがなんとなく分かる気がする。

 それは、相手を好きであればある程、他の人に取られる可能性が出た瞬間、殺そうとするのだ。

 他に行く彼を見たくないから、今の彼を目に焼き付けて永遠のものにする。


「そしたら、フレースヴェルグが声を掛けて来た。そして、指示通りにやったら殺せたの! これで、慎平君は僕だけのモノなの。生きていた慎平君は、僕なんてどうでもいいって思ってるからもう嫌い。私の中に居る慎平君は、他の女の子に目移りしない、大好きな慎平君!」


 フレースヴェルグって人は、弱った人間の心に漬け込むのが上手いようだ。

 僕は、そんな人を許せないなぁ、さすがに。


「君の言いたい事は分かったよ。でもね、一つだけ言っておくよ。確かに慎平は構う相手を間違っていただろうけど、君をどうでもいいなんて思っていないと、僕は思うよ」


 だって、

「拷問された時、情報源が君だって事、言わなかったんだろ?」

「だって、それは――」

「不器用な男が、精一杯な状態であっても守ったんだ。それだけで、十分じゃない?」


 僕も十分、不器用だけど。

 と、その時だ。

 瑞稀が、ぐえっという声を上げた。

 護が、彼女の腕を更に締め上げたのだ。


「何を驚いた顔をしている。話は終わったのだろう? なら、次は私の番だ」


 言っている間にも、瑞稀の腕は少しずつ背から首へと曲がって行き、上にあがっていく。

 間近に居る僕が止めに入ればいいのだけども、身体が動かなかった。

 武術とか、そういう類を習った部類に入らない僕でも全身で感じ取れる程、殺意が榊から出ていた。

 無表情ながらも、怒りのこもった目が瑞稀に向けられ、腕に力がこもる。

 今にも肩が外しそうな程、力強く。

 そして、限界に達しそうになったその瞬間。

 カランッという、スプレー缶が床を跳ねるような音が三回程鳴って、

「――っ!?」


 眩い閃光が、店内を襲った。

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