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Answer.25:普通人VS異常人(でも実際はVSっていうほど戦わないよね、映画って)

 目の前に居る榊が驚きの表情を隠せずにいた。

 それもその筈だ、女の声だったのに、フードを取れば男だったのだから。

 ……慎平に便利だって言われた、この声が役立ったなぁ。

 しみじみと思いながら、しかし僕も驚いていた。

 理由は簡単、喧嘩を吹っ掛けた相手が、まさかの榊 護だったからだ。

 相手はヤクザ関係だというところまでは予想してたが、予想の斜め上をいって組織のトップである。

 ともあれ。


「電話で言ったように、聞きたい事があったから呼んだんだ。だから、慎平に聞いた話を餌に来てもらった。まさか相手が、榊 護だとは思わなかったけど」

「私だと思わなかった、だと? ……つまり、情報を餌にしたというのは本当なんだな。だが何故、指の事を知っていた?」

「え、あれは鎌かけしただけだよ? 状況が状況だったから、引っ掛かっちゃったのかな?」


 舌打ちが聞こえた。


「ともあれ、私の推理は外れだったか」

「どんな推理をしていたか興味は無いし、それより聞かなきゃいけない事がある。良い?」


 問いに、榊は無言で平手を差し出して来た。

 どうぞ、とでも言うかのような動作に、僕は頷いて言葉を続ける。


「どうして、慎平を殺したのかな?」

「……慎平?」

「そうだよ、慎平だ。君達が尋問した、バカップルの片割れだよ」


 間が空く。

 だが、それからすぐに、榊が肩を竦めて微笑した。

 その表情は、完全に上から目線だ。


「あの少年か。残念ながら、私は殺してなどいないよ。もちろん、誰にも指示も出していない」


 返って来た答えに、僕は耳を疑う。

 榊どころか、誰も殺していない?

 ふと、瑞稀の言葉を思い出す。

 ――口封じって事なのかナイフで切り刻み始めて――

 そう、確かに彼女は言った。

 言ったのだが……誰がやったんだ?

 話の流れで言えば、やったのは榊だろう。

 けれど、本人は違うと言っている。もちろん、誰にもやらせていないと。

 目の前に居る人間は、組織のトップだ。

 そんな人が、自分の地位を恐れて嘘をついているとは……悔しいけど思えない。

 表情が勝ち誇っているから。

 けど、だとしたら、瑞稀の証言には穴が生まれる。

 故に聞く。


「もし、君が言った言葉が本当なのなら、慎平を尋問した後、彼をどうしたの?」

「尋問を終えた後、皆は撤収したよ。もう、少年には用が無いからな。しかし、有益な情報源が誰なのかは絶対に言わなかったから、メモを少年のポケットに入れた。考えが変わったり、何か情報が入ったらそこに電話しろ、と言ってな」


 あぁ、そうだ、と付け足して、言葉を続ける。


「私達の車を見られては困るからな。少年のロープはそのままに、隅で震えていた少女にナイフを渡したよ。私達が行ったら、彼のロープを切ってここから去れと告げてな。そして、私達は鉄扉を閉じた」


 ナイフを、瑞稀に渡した?

 その証言は思いもしなかった。

 でも、それじゃあ、

「それじゃあ、慎平を斬り殺したのは、いったい誰な――」


 言葉が途切れる。

 自分の中で、最悪の事実に辻褄が合ってしまったからだ。

 瑞稀の証言には穴がある。

 それは昨日、胸に残ったシコリが教えてくれた。

 榊は慎平にメモを渡したと言っていたが、瑞稀は自分が受け取ったと言っていた。

 でも、そうなると何で渡されたのが彼女なんだ?

 もし彼女の証言が本当なら、情報源と繋がっているであろう慎平を殺した後、情報源と繋がりがあるのか不明な人物に連絡先を教えた事になる。

 その上、繋がっていたとしても、彼氏を殺されたというのに手を貸すだろうか?

 殺された原因となった情報源を恨むよりも、殺した者達を恨むのが普通だろう。いた、実際敵討ちを頼まれたのだけども。

 だが、榊は慎平を殺しておらず、メモは慎平に、ナイフは瑞稀に渡したと言っている。

 ナイフは凶器。

 慎平は惨殺。

 そうなると、自然に出て来る犯人は……瑞稀?


「そうか、斬殺か。なら犯人は連れの少女だな。全く、死因をもっと早く言ってくれれば良かったものを」

「ま、待って待って、動機が無いでしょ? 恋人なんだしさ!」

「人の愛というものは、深まりすぎると憎しみや殺意に変わりやすくなってしまうものなのだよ。……決まりだな」


 言って、榊はスーツの胸ポケットに手を滑り込ませた。

 その動作に一瞬、身構える。どうも出来ないけど。

 けれど、取り出したのは携帯だった。


「身構える必要は無い。貴様を殺したところで、私に得は無いからな。……私だ。――あぁ、会った。だが、どうやら別人だったようだ。だが、探す相手は間違っていなかったようだ。――そうだ、女だ」


 頼んだぞ、と最後に告げて、携帯を仕舞った。

 そして、僕を見据える。

 さて、と前置きし、口を開いた。


「貴様はどうする? 事実を聞いた訳だから、もう用は無いだろう。このまま帰るか?」


 正直、なんて返せば良いか迷う。

 確かに僕の用件は終わった。

 でも、それによって知りたい事がまた生まれてしまった。

 本当に瑞稀が殺したのか。もしそうなら、何故殺したのか。

 と、そう思った時だ。

 不意に、ガラスの破砕音が聞こえた。

 それは一つだけでは無く、多数。

 同時に聞こえるのは、雪崩のような足音と、響き渡る怒声だ。

 振り向けば、何十人もの少年少女達が武器を持ち、走ってこちらに向かって来ていた。

 凄い、迫力だった。

 半分開いた口が塞がらない。

 瞬間、襟元を思い切り引っ張られ、鉄扉へと突き飛ばされる。

 突然の事だった為に、尻餅をついてしまった。痛い。

 誰かと思って見てみれば、上着を脱いでワイシャツ姿になろうとしている榊った。

 次いで、気付いた時には手元にネクタイと上着を投げ渡されていた。


「持っていろ。代わりに、こいつらを片付けてやろう。貸し借りは無しだ」


 言いながら、榊は前へと出る。

 武器を持たず、丸腰で。

 そして、榊と集団は激突した。






 まるで映画を見ている気分だった。

 それも、スタント無しのハリウッドアクション物。

 武器を持った集団相手を、主人公は傷一つ無く薙ぎ倒して行く。

 そんな光景が、目前で繰り広げられていた。

 来る者を返り討ちにし、狙った者を吹き飛ばし、武器を弾き飛ばし、迫る凶器を紙一重で避ける。

 天井の水銀灯がスポットライトとなり、榊を照らし、光景の美しさを引き立てる。

 そんな姿が、あの人と被る。鹿嶋先輩が惚れた人に。

 その人もこんな感じだったのだろうか。

 見る人を見惚れさせる程の。

 などと思っている内に、事はあっという間に終わっていた。

 呆気無いものである。

 それだけ、榊が強いという訳だろうか。

 一仕事終えた榊は、僕の下へと歩み寄って上着を取り、それを羽織った。

 そして、再度携帯を取り出し、耳に当てた。


「私だ。今し方、襲撃が――そうか、そちらにもあったか。どうだった? ――ふむ、良くやった。それで、何か情報はあったか? ――……ほう。心当たりは無いが、考えておく。では、また」


 言って、通話を切った。

 何か情報があったんだろうか。


「……何か手に入れたの?」


 問い掛けに、榊は一瞬驚いた表情を見せ、微笑した。


「なんだ、まだ居たのか。もう帰ったのかと思っていたよ」

「馬鹿にするな」


 今のはムカッとしたぞ。


「ふむ、外に待たせている部下にも襲撃があったらしくてな。一人をひっ捕まえて尋問したところ、犯人は情報屋の下へと向かったそうだ。だが、どこの情報屋なのか分からなくてね。残念な事に、把握している情報屋に片っ端から連絡したらしいが、どれもハズレだったのだよ」

「情報屋、かぁ……」


 どこの、という事は、ほとんどの情報屋の場所は把握しているみたいだ。って、情報屋って、総計は多いのかな、少ないのかな。

 ともあれ、そんな榊でも割り出せない情報屋は……。

 あ、

「佐々木さんかな」

「佐々木?」


 僕の言葉を聞いて疑問の声を発した榊を無視し、携帯を取り出す。

 掛ける相手は、もちろん佐々木さん。

 以前、彼女は確かに言っていた。

 三人組が佐々木さんを情報屋だと勘違いした、と。

 勘違いで済んだのなら、まだ特定されていないという事だ。

 そう推理した僕は、コール音が耳に響く間、願った。

 出るな、出るな、と。

 そんな願いも虚しく、誰かが出た。

 もしもし~、と軽い口調で言うのは、佐々木さん本人。


「もしもし、佐々木さん? この電話に出たって事は、何かあったんだね?」


 問うと、その通りだよっという答えが返って来た。

 溜息が漏れる。

 とりあえず、事情を色々聞き、任せておいてと告げて、通話を終える。

 そして、榊に向き直す。


「多分、犯人の居場所が分かったよ。とある喫茶店が襲撃されて、立て篭もりが起きているらしい」

「……そうか。今の電話は情報屋か。良いだろう、その情報を信じてやる。で、貴様はどうするのだ?」

「もちろん、ついて行くよ。途中までね。それでもし……もし犯人が僕の知り合いなら、僕の指示通りにしてもらって良いかな?」


 言った瞬間、鋭い目つきで睨まれた。

 背中に悪寒が走り、身体が縮み上がる。

 そりゃ、一裏社会の頭に、見ず知らずの一般人が命令に従えって言ってるんだから、睨まれて当然だ。

 けれど、それは最善の選択なんじゃないかと思う。

 僕にとっての、だけどね。


「その状況に似合った事を最優先にする、それが最善ってやつでしょ? だから君は、警察の指揮権を借りた。それと同じなんだよ、僕が指示を出すってのは」

「ほう、私を貴様と同じ下級に例えるか。良いご身分だな貴様」


 笑う。

 高笑いというやつだろうか、盛大に笑い声を上げた。

 ただ、目が笑っていない。

 心底笑ってもらった方が、どれ程気楽だろうか。


「もし貴様の知り合いだったとして、情が生まれて逃がすという可能性を考えない程、私は甘くないぞ」

「それは無いよ。一応、ここぞという時に冷酷になれる刑事の血は引いてるからね」


 榊の表情が変わった。

 目が、笑ったのだ。


「貴様の名前は?」

「伊藤 秋葉」


 その一言で、十分だったようだ。

 突然、歩き出して僕とすれ違い、鉄扉へと向かった榊は、振り向かずに呟く。

 来い、と。

 その言葉に安堵の吐息を漏らし、後について行った。

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