Answer.24:予想内だけど予想外
とある路地裏に、少年少女達が集っていた。
彼らはそれぞれが武器となる物を持っており、その姿はまるでこれから争いを起こそうとしているかのようだ。
かなり、殺気立っている。
そんな彼らの前に、一人の少女が姿を現す。
瞬間、疎らだった皆の視線が彼女に向けられた。
フードを深くまで被った彼女は、その反応を喜ぶかのように、両手を広げて笑みを見せる。
「よく来てくれた、〝コーギー〟達。僕は嬉しいよ! これから君達に協力してもらう事は、今後の活動にとても重要な事なんだ」
言う。手を大げさに広げ、演説を気取って。
まるで、独裁者のように。
「榊 護を潰す事。彼についてきた奴らを潰す事。これこそが、君達のやるべき事。出来るよね? 特別な薬で、特別な存在となった君達に、もう怖いものなんて何も無いんだから!」
彼女が言う特別な薬とは、もちろん麻薬である。
しかもそれは、大麻などを調合して作った、痛覚を狂わす物だ。
それを彼女は、嘘で皆を騙し、飲ませた。
副作用や中毒作用は、全く告げずに。
そんな事なぞ知らぬ彼らは、それぞれが無言で頷き、士気を高める。
また、彼女がポケットから取り出してばら撒かれた袋によって、もっと士気は高まった。
中身はもちろん、麻薬である。
次いで、彼女の合図と共に、彼らは野に解き放たれた。
家畜を管理する筈の〝コーギー〟は、血肉を求めて。
「なんでわしも行かなならんのかなぁ。そりゃ、執事飼いには借りがあるけどなぁ」
「藤堂様、執事飼いでは無く〝羊飼い〟です」
運転中である為に、振り向く事無く桜はツッコミを入れる。
対し、藤堂は一本取られたわい、と訳の分からない事を言って笑いながら、自分の前となる助手席の背を数回蹴った。
部下は無表情で揺れる。
「貴様は武術をやっていたのだろう? ならばもしもの事があっても、問題無いと思ってな」
「馬鹿言うなよぉ、わしは柔道しかやっとらんわい。リンチ食らったらおしまいじゃ。がっはっはっ!」
何が可笑しいのか、藤堂は大口を開けて笑う。
暫くして笑いが治まった頃、前を向いたまま護に問い掛ける。
「その、もしもの事ってのは、待ち伏せも有り得るって訳だろぉ? なのに何故、こっちは約束通りの数で向かうんだ?」
彼の意見は、最もなものだった。
だが、組長と頭首では、考え方が全く違う。
そう言っているかのような現状を、護は説明し出した。
「簡単だ。私は交わした約束を破るつもりは無いのだよ。それに、相手は待ち伏せしないなどという約束はしてきていない」
だからこそ、
「貴様や凪達を同行させたのだ。できるだけ武術を使える者が必要だったのだからな」
腕を組み、一息。
言葉は続く。
「それにだ。私も、約束していない事もあるからな。偵察は出さない、とは約束していない。だから、事前に調べは入った。結果は、誰も待ち伏せて居ない、だそうだ」
今度こそ言葉を終え、満足気な表情をした。
その言葉に、返す気を無くした藤堂は、苦笑を漏らす。
それから暫く、彼らは無言のまま目的地へと向かう車に揺られ続けた。
数十分後、二台の車は奥井興業第二十一倉庫前にて停止した。
周囲に人影は無く、しかし警戒は解かない。
全員がほぼ同時に車を降り、藤堂は部下に指示を出し、倉庫の周りを囲むようにして散開した。
「貴様に選ばせておいてなんだが奴らを単独で行かせて大丈夫なのか?」
問いに微笑を浮かべる藤堂は、柄にも無く親指を突き立てた。
「あいつらには、柔道と空手を覚えさせてあるからなぁ。大丈夫、チンピラには負けんわい」
自信満々に大笑いをした藤堂は、護の背を思い切り叩いた。
さあ行け、と言い残し、彼も別の場所へと去って行く。
その入れ替わりに、桜が護の傍らに立った。
「時刻は九時三十分。約束の時間まで二時間半ありますが、よろしかったのですか?」
「待つのは慣れている。それより、中には私からの合図があるまで入るな。そして、お前は凪と共に居るのだ」
そう告げ、護はまっすぐに倉庫の入口へと向かって行く。
大きな鉄扉の横、錆の無い真新しい扉を開けて中へ。
暗いと思っていた中は、水銀灯が作動しており、明るくなっていた。
見る限り、誰も居ない。
護はその事を確認した後、倉庫内の中央へと歩み寄った。
彼の立つ位置。そこは、尋問を行った場所。
いや、
「尋問、とまではいかなかったな。あの少年は、良い情報をすぐに喋ってくれた」
敢えて口に出して記憶を再確認し、言葉を続けようとしたその時だ。
不意に、奥の柱の陰から、黒いコートを羽織った者が現れたのだ。
フードを深く被っている上に、上部を光で照らされている為に、顔が見えず性別が分からないその者は、ゆっくりと護の下へと歩み寄る。
「やあ、良く来てくれた。少し早いようだけど、気にしないから安心してね」
聞こえる声は、女の声。
それも、幼さが少しある若い声。
電話の声と、一致していた。
少なくとも、護はそう感じた。
「……まさか、私よりも先に居たとはな。何時からだ?」
「五月と言っても、やっぱり深夜は底冷えするね。それで毛布に包まってたら、誰が来てたようだけど、もしかして君の手下?」
……見落としか。
隅々まで探せ、さもなくば減給だとでも言っておけば良かったと、護は内心で後悔する。
まさか、毛布に包まっているとは、誰も思わないだろう。
だから、軽く見回っておけと言ったのだが、失敗だった。
だが、まあいい、と彼は呟き、向かって来る彼女と相対する。
「約束通り、この榊 護が会いに来た。出来れば、要件は手身近に頼む」
刹那、彼女の歩みが止まった。
それは、彼が名乗った瞬間の出来事である。
彼女は、ふ~んやらへ~などと呟き、そしてフードを取った。
そうして露になった顔を見て、護は我が目を疑う。
少女では無く、少年だったからだ。