Answer.23:誘いの通話
沈みつつある夕日が斜めに射す和室に、護は居た。
彼は目を瞑って正座の体勢をとっており、精神を落ち着かせている。
脳内で整理しているのは、先刻、慎平という名の少年から得た情報。
羊飼い。コーギー。子羊。被害を受けた組の名。麻薬の名。ばら撒き方。
護達だけが知り得る情報だけで無く、彼らが知らない情報さえも持っていた事に、少年が犯人ではないかと一瞬思ってしまう程、伝えられた情報は完璧だった。
情報源は吐かなかったが。
しかし、犯人は女性だ、という中毒者達からの証言から、彼は慎平が犯人ではないと確信していた。
……中毒者に自白剤を使ってでも入手した証言だからな。
そう内心で呟きつつ、ふとある事を思い出す。
女子生徒行方不明事件。
その単語が、慎平の口から出た事。
彼は情報を教える代わりに、その事件の真相を教えてくれと言って来たのだ。
当然、等価交換として真相を教える事にした。
行方不明になった原因を。本当は誘拐だという事を。
……思えば、桜の独断で起きた事だったな。一応、大まかな許可は与えたが。
報酬として、粗品を与えたのを覚えている。
当日、約束通りに粗品としてバスタオルを与えたら、三日間口を利いてくれなかった。女心は解せぬ。
「…………さて」
呟いたその時だ。
不意に、携帯の着信音がけたたましく鳴り響いた。
彼はそれを聞いて、姫香かと思いディスプレイを見るが、表示されているのは登録されていない数字だけだ。
少年か、と彼は思う。
話を終えた後、慎平には自分の携帯番号が書かれたメモ用紙を渡していたからだ。
基本的に、番号を教えた相手全員の名は登録してある為、現状で登録していないのは彼だけとなっている。
だから、護は通話ボタンを押し、耳に添えた。
『やっと出てくれたね。こんにちは、初めましてでいいかな? 〝羊飼い〟だよ』
声は、女の声だった。
幼さが少しある、若い声。
だが、護が注目したのはそこでは無い。
彼女は言ったのだ。
「……〝羊飼い〟だと?」
『そう、僕は〝羊飼い〟。君が知っている通りの存在だよ』
「ほう、自ら私に声を掛けて来るとは、思っても見ない事だ。称賛に値するよ、方法は問わずな」
突然の事態でも、彼は冷静だった。
それどころか、相手を褒めさえしている。
それが、彼らしさというものだ。
対し電話の向こうの〝羊飼い〟は、笑っていた。
『ふふっ、余裕そうだね。どうやら、僕からの贈り物は君になんの影響も与えていないようだ』
「指の事か。あれくらいで、私が憤怒するとでも思っていたか? 心外だな」
『指……そう、指だ。典型的な手段だったからね、やっぱり無理だったかなぁ』
「貴様の要件はなんだ」
相手の話など興味無い。
そう言わんばかりに話をぶった切り、単刀直入に問う。
すると相手は更に笑う。
何故、今更それを問うのかと言っているかのように、呆れ混じりに。
『要件はって言われても、一つしかないよ。復讐だ。そう、復讐なんだよ、僕のね』
復讐。
護はその言葉を口の中で咀嚼しながら、心当たりを探す。
とは言っても、彼の立場上、恨まれるのは日常茶飯事だ。
そんな中で、まだ解決していないのは、彼の中で候補が上がる。
また、その中で、最近耳にしたのは、慎平が言った女子高生行方不明事件。
事件の詳細が探られているという事は、慎平が誰かに頼まれたという事なのだろうか。
彼の中で、失敗したという言葉が生まれる。誰かに頼まれたのかと、聞いておくべきだったと。
その時、だからっと相手が話を続ける言葉を聞く。
『だから、僕は全てを知りたいんだよ。君が仕出かした事の理由を全部。直接会って、ね』
最後の言葉に、護は驚いた。
相手が、直接会いたいと言っている。
それは逃げられる自信があるのか、それとも捕まらない余裕があるのか。
どちらにせよ、彼には思っても見ない好機だった。
だから、問う。
「場所と時間はどこだ?」
『話が早いね。じゃあ、言うよ? 場所は奥井興業第二十一倉庫。時間は……正午って事で良いかな?』
「やけに中途半端な場所だな。理由は?」
『僕にとっては意味のある場所だから、かな? それと、奥の方だから、騒ぎがあっても気付かれないと思うし』
第二十一倉庫が意味のある場所、と聞いて彼は一瞬、相手が慎平と共に居た少女ではないかと思う。
女であり、その場所を知っている者であり、尚且つ。
……犯人と特徴が似ていたからな。
もしかしたら、の線が強まった。
「良いだろう。では、明日だ」
『あっと、もちろん条件として、少人数で来る事。そうだなぁ……乗用車二台分までって事で。後、倉庫に入れるのは君一人までだよ』
「分かった。では、会える事を楽しみにしているよ」
その言葉を最後とし、通話は切れた。
ふと、彼が壁掛けの時計を見ると、約束の時間まで後十八時間程だった。
群れが動く。
奥井興業第二十一倉庫での出来事に立ち会った者達を中心に、一斉捜索を開始した。
彼らが選ばれた理由は、慎平と共に居た少女を見た者達だからである。
そして、彼らは少女を〝羊飼い〟と名付けた。
翌日、護は〝羊飼い〟との対面時に同行する者を招集した。
結果、彼の前には桜と凪、藤堂とその部下四人、合計七人が集まっていた。
彼らは黒塗りのベンツ二台に乗り込み、行動を開始する。
先頭車両に乗るのは、凪と部下三人。
後部車両は運転手である桜と助手席に部下一人、後部座席に護と藤堂だ。
時刻は九時。
約束の時刻より三時間も早く向かっているのは、犯人の予定通りに動くつもりは無いからだ。
少しでも相手の予定を狂わす。
その目的の下で、彼らを乗せた車は都内を走って行く。