Answer.22:異常な異常事態(脳内混乱中)
「今日は本当に、ありがとうございましたぁ!」
元気な声で礼を言う美咲は、勢い良く頭を下げた。
しかし、さすがに場所が駅前である為、なんとなく気恥ずかしい。
時刻は午後四時を過ぎた頃。
美咲が、家族との予定があるからそろそろ帰らないといけない、という事らしいので、少し早めに解散する事になったのだ。
「また、暇があったら会う? どうせ僕は暇だし」
「え、良いんですか!? じゃあ、また連絡しますねっ」
そう言い残して、美咲は大きく手を振りがなら、改札口へと走って行った。
不意に一人になると、名残惜しさが残ってしまう。
……さて、どうしようかな。
そう思った、その時だ。
ポケットに入れていた携帯がバイブによって震え、着信を僕に知らせた。
誰だろうか。
ディスプレイを見ると、そこにはバカップル、と表示されていた。
また、惚気話かなぁ。
バカップルが調査すると言っていた女子生徒行方不明事件についての報告であるという線は考えない。
とりあえず、通話ボタンを押して耳に当てる。
その時、聞こえたのは、
『あ、やっと出た! 伊藤君、で合ってるよね……?』
女の子の声だった。
バカップルの、女の子の方だ。
どこか、焦っているように感じる。
「そう、伊藤だよ。でも、どうして急に? しかも慎平の携帯から」
『そ、そう! 慎平君がね、慎平くんが……、しんぺいくんが!』
慎平の名が出た瞬間、焦りが増した。
何かあったのだろうか。
「落ち着いて、慎平に何が――」
『しんぺいくんが、死んじゃったああぁぁぁぁ!!』
わあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………。
彼女の悲鳴が、携帯を通して僕の耳に響く。
泣き崩れた子供のように、同じ言葉を木霊させて。
……今、彼女は何を言ったのだろうか?
慎平が死んだ?
「い、今、どこに居るの!? すぐにそっち向かうから、場所を教えて!」
『うっ……ひぐっ……そう、こ…港の倉庫だよ……。表には、奥井興業第二十一倉庫って……書いてある……』
それを聞いた瞬間、僕は走った。
彼女にはすぐ向かうから、と告げて、携帯を仕舞う。
同時に片方の手でタクシーを停め、転がり込むようにして乗った。
目的地の地名を言い、すぐに発進してもらう。
到着するまでの間、馬鹿野郎と何度も呟き続けた。
それはもう、無意識に。
無我夢中に走り、第二十一倉庫を探す。
タクシーは港の手前で降りた。
さすがに、倉庫まで走ってもらうのは、気が引けたからだ。
もしかしたら慎平の冗談かもしれない、もしかしたら殺人者が隠れているかもしれない、もしかしたら運転手に通報されるかもしれない、もしかしたら……。
そんなもしかしたらを、ずっと呟いていた。
今の僕は、自分でもおかしいと思う程、取り乱していた。
暫く走ると、やっと第二十一倉庫を見つけた。
入口に立っている、少女――瑞稀も一緒に。
瑞稀は、僕が来た事に気付くと、暗い表情に僅かながら光が射した……気がした。
でも、その目は真っ赤に充血しており、目元も赤く腫れていた。
それを見た瞬間、急に言葉が出なくなった。
なんて声を掛ければ良いんだろう。
「……君は、大丈夫だった?」
大丈夫な訳無いと言うのに。
僕は、冷静になれないと心底馬鹿だった。
当然、彼女は首を左右に振る。
「急に、ね。二人で歩いてたら。男の人に呼び止められたの。そして、話があるから来て欲しいって言われた瞬間。近くに黒いワゴンが停まってね。たくさんの人に無理矢理担ぎ込まれたの」
彼女は、一言一言をゆっくりと語る。
真っ赤になった双方の目に、涙を浮かべながら。
「倉庫に連れて来られた時。周りには怖い人しか居なかった。その人達のボスみたいな人が慎平君に色んな事を聞いていた」
「色んな、事?」
オウム返しに問うと、うんっと言って彼女は頷く。
「麻薬とか。犯人とか。そんなような事を言ってた。慎平君はそれに全部答えて。その後。口封じって事なのかナイフで切り刻み始めて……」
そこで、言葉は終わった。
彼女は涙を流し、顔を覆ってその場にしゃがみ込む。
叫びにも似た癇癪混じりの泣き声が、響き渡った。
僕は、そんな彼女に掛ける言葉が見つからず、無言で彼女の後ろにある倉庫の扉へと向かった。
大きな鉄扉の横にある、人一人が丁度通れる扉を開き、中へと入る。
その中は照明に光が灯っており、倉庫内の全てを照らしていた。
そして、入口から左手の壁際には、倒れている人の姿があって。
それは、友達だった少年の肉体であって。
血だらけで、とても生きていると言えない姿であって。
馬鹿野郎と、らしくも無い言葉を無意識の内に呟いていた。
「だから、首を突っ込むなって言ったのに……。やっぱり馬鹿だよ、君は」
呟きながら、慎平だったそれに近寄る。
表情は、驚いているようだった。間抜け顔だった。
それを見た途端、吐き気が込み上げて来る。
死体には、見慣れているつもりだった。
父さんの仕事に興味本心でついて行った時は、死体に出会う事もあったからだ。
でも、それは結局のところ、他人だ。
身近な者の死体とは、訳が違う。
故に、思わず吐いてしまった。
同時に、噎せて咳き込んでしまう。
さてどうしようかな。
「そういえば、こんな物を渡されました」
突然、背後から声がした。
その事に心臓が口から飛び出しそうになる程驚いたが、振り向けば瑞稀が居た。
こちらに差し出される手には、一枚のメモ用紙がある。
それを受け取り見ると、電話番号が書いてあった。
080から始まる、十一桁の携帯番号だ。
「これを、誰に?」
「怖い人達のボスに。何か新しい情報が分かったら、ここに電話をしろって」
それを聞いた瞬間、一つの案が思いついた。
しかし、それは危険すぎる内容である。
……けど、知りたい事があるから。
思い、瑞稀を見れば、縋るような上目遣いを僕に向けていた。
「仇を、取ってくれる? 慎平君の、仇を……」
仇。言葉を変えれば復讐。
それは、恋人を殺された者の心からの願い。
これに僕は、どう答えれば良いのだろうか。
……どうもこうもないよね。
僕は聞いてみたい。慎平を殺した理由を。
聞いたところでは何か変わる訳じゃないけど、それでも。
どこか、ここで起きた事におかしな点がある気がして、胸にシコリを残しながらも、僕はこの事に首を突っ込む事にした。
あの後、僕は佐々木さんの喫茶店に出向き、全ての事情を話して瑞稀を匿ってもらうようお願いした。
すると佐々木さんは快く了解してくれた。
本当、優しい人である。
そして今、僕は自宅に戻って来ている。
左手には携帯電話、右手にはメモ用紙を持って。
正直なところ、策はあってもどう切り出そうか迷う。
とりあえず、番号だけでも打ち込もうと思ったその時だ。
不意に携帯が着信音を鳴らし出した。
相手の名前は、鹿嶋先輩と映し出されている。
……どうしたんだろうか。
「もしもし」
『暢気だな、のんびりともしもしだなんて。私との約束はどうした、約束はっ』
「約束?」
その言葉を口の中で咀嚼していると、すぐに思い出した。
「ごめん、喫茶店の事だね。えと……多分、明日も居るだろうから、一人で行ってきてもらっても良いかな?」
『なっ……! 私一人で行けと!? 約束ではなかったのか?』
「ほんっとうにごめん! ちょっと用事が出来ちゃって」
そう、大事な用事が。
まだアポは取って無いけど。
「明日にでも行って僕の紹介だって言えば、すぐに了承してくれるから、ね?」
『…………………』
暫くの沈黙。
その後、数回溜息が聞こえた後、呆れた声が返って来た。
『分かった。だが、その用事とやらが終わったら、すぐに来るのだぞ!?』
どんだけ待つ気だよ。
その突っ込みが聞こえたのかいないのか分からないが、僕の返事を待たずに通話は切れた。
ツー、ツー、という音だけが聞こえる。
……さて。
今度こそ、掛けよう。
幸い、今の通話で少しは気が楽になった。
だから、僕はメモ用紙を見ながら番号を押し、通話ボタンを押す。
コール音が数回鳴り、相手が電話に出る音が聞こえ――。