Answer.21:午後の喫茶~レモネードティー~
同日、午後一時過ぎ。
渋谷区周辺を行く人々の数が急激に増加した。
その要因となっている者達は皆、目を鋭くぎらつかせ、血眼になって何かを探していた。
ある者は人混みを掻き分け、ある者は人混みに紛れ、またある者は裏路地へと列を作って入って行く。
全は、一を求めて。
しかし、一は何も気付かない。
果たして、一部の者は、標的である二人組みの男女を発見した。
そして、片方の肩へと、今にも捕獲せんとする手が伸びる。
バカップルと別れて数分歩いた頃。
疲れてないか、と美咲に問い掛けようとした時、それは突然来た。
不意に右肩を掴まれ、同時に後方へと力強く引かれたのだ。
次いで、大声と共に肩越しに突き出た顔は、
「やっほー、あっきはちゃーん!」
二口先生だった。
学校に居る時とは違い、耳ピアスや口紅を塗って派手になっている彼女は、僕と美咲の肩に腕を回して、絡み付いてくる。
なんともまぁ、暑苦しい。
「奇遇だね、二口先生。まさか、さっきから尾行でもしてた?」
「まっさかー。私は可愛い生徒を尾行する程、暇してないわよぉん。ただ、親友の喫茶店に行こうかなと浮かれていたら、」
ぷにっ、という効果音を口で発し、僕の頬を突く。
「ちっちゃなあきはちゃんの後ろ姿が見えたって訳よ~」
「ちっちゃくないよ!」
そこまで。
うん、そこまで小さくない!
そう思いながら、抗議の目を向けていると、二口先生は美咲の方へと対象を移した。
「ほんっとあきはちゃんは反抗的なところが可愛いのよ~。ね? わかるでしょ?」
問われた美咲は、小首を傾げて苦笑い。
何と反応すれば良いのか、困っている感じだ。
ここは、先輩として助けるべきだろうか。
いや、助けるべきだ。
「ところで先生。喫茶店ってもしかして、レモネードが美味しい場所だったりしますか?」
「レモネード? ううん、レモネードが特別美味しいって場所じゃないわね。レモネードはどこの喫茶店でも普通だと思うし……。ええ、多分違うわね」
「そっか。それじゃあ、すぐにお別れだね」
言って小さく手を振り、目的地へと向けて歩き続ける。
けれども、いつまで経っても二口先生はついて来た。
どこまでも、どこまでも……。
そして、目的地である喫茶店に到着すると、二口先生が真っ先に中へと入って行った。
「結局同じかよっ!!」
今日一番のツッコミを叫んだ気がする。
中に入ると、ふわっとコーヒーの香りがし、落ち着くような気分になる。
店内に居るお客も、飲み物を飲みながら本を読んだりパソコン作業をしていたりと、落ち着いた静かな空間でそれぞれの作業をしている。
しかし、カウンターには迷惑なお客と店長が居た。
きゃっきゃっと笑い合っている二人は、まるで女子学生である。
良い歳して、二口先生は何をやっているのやら。
まぁ、店長もなんだが。
ここの店長であり、僕の親戚である佐々木さんは、相変わらずのハイテンションで騒いでいた。
とりあえず、店長の下へと近寄って行く。
すると佐々木さんは、僕に気付いたのか笑顔で片手を大きく振った。
「よく来た親戚とその友達! あ、この人は私の親友ねっ」
「親友で~っす」
横に傾けたピースサインを目に当てて、何かのポーズをしている二口先生を無視し、佐々木さんに問い掛ける。
「先生が親友って事は、前に留守にしていた時は先生の所に行ってたの?」
「留守に? んあぁ、そういえばバイトちゃんから君が来たって聞いてたね。その通り。ごめんね、せっかく来たのに」
「いやいや、別に謝らなくても良いよ。今日はただ、お客として来た訳だから」
前の用事はまた後日にでも、と付け加えておき、カウンター席へと腰掛けた。
美咲も、僕と同じように席に座る。
「はっは、ごめんね。ところで、そっちの子は? 初めてお目にかかりますよ?」
言いながら、佐々木さんは美咲を指差す。
「あぁ、この子は僕の後輩で那珂川 美咲って言うんだ。今日はちょっと、一緒に遊んでてここに立ち寄ったって訳」
「えと、よろしくです」
「ん~、可愛い子だねぇ。でも、ちっとだけ人見知りがあるのかな? んまぁとにかく、よろしくね親戚の後輩!」
ビシッと親指を突き立てる佐々木さんは、満面の笑みを美咲に向けた。
対し、美咲は苦笑を返す。
その時、佐々木さんはふと何かを思い出したのか拍手を打ち、カウンターのしたへとしゃがみ込んだ。
何かと思い覗き込もうと、顔を突き出して乗り出そうとした瞬間、彼女が飛び出して来て何かが鼻をかすめた。メニューだ。
あ、危なかった……。
「君ら、何か注文する? いや、注文しなさい」
「それじゃ、僕はレモネードで。君は?」
「えっと、私は……カフェモカで!」
「アイス? ホット?」
追加で問われた美咲がアイスです、と答えると、佐々木さんは笑みで頷いて、後ろを向いた。
そこにはポットやコーヒーメーカー、コーヒー豆などが置かれており、彼女はそれを使って作業を始めた。
やがて、コーヒー豆の良い香りが周囲に漂い、心が落ち着くような感覚が起きる。
同時に、ついさっきまでの騒がしさが嘘のように、場を静けさが支配していた。
その支配の中心である佐々木さんが、動いても良いよと言うかのように、僕らの前にレモネードやカフェオレの入ったカップを置き、一息ついた。
「お待たせー。ご注文の品が完成しました~。代金は親友持ちだから、出さなくても良いよっ」
「え、ちょ、何勝手な事言っちゃってんの!?」
抗議の声を上げる二口先生を無視し、佐々木さんはさてと、と前置きする。
「飲みながらで良いんだけどね。今日一日、君らは何か変わった事を見たり聞いたりしなかった?」
予想だにしなかった言葉に疑問を持ちつつ、首を左右に振る。
だが、そうした後でバカップルが僕に伝えた情報を思い出したが、タイミングは外してしまったようだ。
続けざまに、彼女は僕に、いや僕らに問い掛ける。
「それじゃ、最近変な事が起きているってのは?」
「……女子生徒行方不明事件なら」
敢えて、これだけは言ってみた。
麻薬とかの件に関しては、伏せておく。
どうせ、この人は知っている事だろうし。
「そっか、それだけかぁ。それはもう終わってるよ~。……いやなに、今日は物騒な人達がつい数十分前から、街中を動き回ってるって聞いてね? 君らが来る少し前にも、三人組が来てね。私を情報屋だと勘違いして、色々聞いて来たんだよぉ」
人違いにも程があるってー、っと言っているけどあなた、その通りだろうに。
そう思う僕の心を知ってか知らずか、彼女の視線は少し鋭くなった。
「だから、折角のゴールデンウィークだけど、余り外を出歩かない方が良いよ? 巻き込まれて大怪我しちゃ、連休がパーになっちゃう」
「外出ないで室内にこもっていても、連休の無駄使いだと思うけど?」
苦笑を含めて言うと、それもそっだねーっと言いながら、彼女は無邪気に笑った。
その笑い声を火種に、二口先生を中心に他愛の無い話が始まり、暫くの間楽しんだ。
佐々木さんの言いたい事が少なからず分かって、故に少し気にしながら。