Answer.20:榊家傘下、緊急集会
四十畳程ある和室には、緊迫した空気が流れていた。
その場には、着物を纏った初老やスーツを着た中年など、様々な外見をした男達が、しかめっ面で座っていた。
彼らはそれぞれが組長クラスであり、今は緊急集会が行われるという事で、一同に集まっていた。
皆、壁を背にして向かい合い、互いに均等な間隔を空けている。
上から見下ろせば、コの字型となる座り方だ。
そして、彼らをもっとも見渡せる位置。
端の中央に座るスーツ姿の少年は、瞑っていた目をそっと開けた。
「……では、先程話した内容を理解して頂いた事を前提に、一つの言葉を放とう」
先程。それは、今から数分前に遡る。
この和室に各組長が集った頃。
少年――護は、自身に襲撃があった事を告げた。
またその後、榊家宛てに小包が届いた事も。
縦横三十センチ程の小包は綺麗な用紙で包装されており、その中身は一枚の手紙と数十人分の小指だった。
断面は荒々しく、しかし瞬間的に冷凍されたのか完全に固まっているそれらは、少しの揺れでもコロコロと音を立てる。
手紙には、君が倒した者達と、同じ人数分の指を詰めたよ、と書かれていた。
もちろん、人数分というのが嘘である事に、呼んだ護は気付いていたが。
しかし、それを知った男達は肝を冷やした。
何せ、数がどうであれ、その小指は本物だったのだから。
それによりざわめきが起こり、静まり返った頃、今に至る。
そして、護はこう言い放った。
この中に裏切者が居る、と。
ギャング映画やドラマなどでは、古くから定番であろうその言葉を、彼らの頂点に立つ頭首は言った。
刹那、その場に居る全員の表情が、無となる。ただ一人を除いて。
「はっはっはっ! 若、何を言い出すかと思えば、面白いジョークを言ってくれるなぁ!」
大声を上げて笑うのは、無精髭を生やした巨漢の禿男だ。
着物の間から脚を出し、胡坐を掻いた膝を片手で思い切り叩き、腹の底から笑う。
静かな室内に、彼の笑い声を膝を叩く音だけが響き渡る。
だが、次の瞬間。
唐突に彼の笑い声が止み、護を睨み付けた。
まるで、最初から笑ってなどいなかったかのように。
実際、笑い声を上げていた時の彼の目は、全く笑っていなかった訳だが。
「もし、その言葉が口から出任せだったら、どうするんだぁ? ここに居る彼らは、若を信頼しているからこそ、ここに集った。その信頼を、下手したらぶち壊す事になるぞぉ?」
「そろそろ黙りませんか、藤堂。部下が麻薬取引先で捕まったような貴方が、偉そうな口を利いて良いと思っているのですか?」
言うのは、ビジネススーツ姿の男。
黒縁の眼鏡越しに藤堂を睨む彼は、正座の体勢を前に倒し、喧嘩腰である事を見せ付ける。
そんな彼に、藤堂は反論する。
「ありゃあ、わしの管轄外だったからなぁ。入ったばかりの新人が仕出かすとは思ってなかったわぃ」
「新人だから。それが言い訳になるとお思いですか? 結局は、貴方の管理が行き届いていなかっただけでしょう」
「こりゃあ、参ったなぁ。だったら、八幡は全員の管理が出来ていると? はっはっはっ、八幡様は凄いなぁ!」
「貴方という人は……!」
現状は、今にも取っ組み合いでも始まりそうな勢いだった。
そんな状況を護は一言で沈静化される。
「……無駄な足掻きなど、する必要は無い。裏切者は誰か、既に分かっているのだから。もちろん、ここに居る皆もな」
言うのと同時、その場に居る全員の無表情で鋭い目が、一斉に一人の人物に向けられる。
視線が集中する先には、八幡が居た。
え? は? などと、間抜けな声を上げる彼は、呆けた顔で護を見る。
そんな彼に、護は小首を傾げる。
「おや? 分からないと思っていたのかね? 犯人に対する麻薬の横流し。管理区周辺の組員を減少、及び組の活動情報提供。これらは、探ればドンドン出てきた情報だ」
そして、
「そして、それらの行為を行ったのは八幡組員であり、指示を出したのは組長、八幡 成義。貴様だと、臆病な部下から聞いたよ?」
同時、八幡の顔が青ざめる。
藤堂は、そんな彼を馬鹿にするかのように、大声を上げて笑った。
「そういうこったぁ、八幡。悪いが、この事件が解決したら、ムショから帰ってくる奴らと一緒に、ケジメを見せてくれや。はっはっはっ!」
笑いながら立ち上がり、八幡に近付いて行く。
そして、ゴツイ手で彼の腕をガッチリと掴み、首だけ動かして護を見やる。
「若。こいつ、地下に入れとくかぃ?」
「是非とも、そうしてもらいたい」
言葉と共に、無気力な八幡は引き摺られ、部屋の外へと持っていかれた。
それと入れ替わりに、着物姿の桜が入ってくる。
彼女は真っ直ぐな足取りで護に近付き、耳打ちをした。
その場に居る全員が、その光景を食い入るように見ている。
それ程までに、内容が気になるのだ。
暫くして、護は一度頷き、立ち上がった。
「貴様ら、よく聞け!」
声を張り上げる。
「今し方、市内で中毒者を狩り出している者達の一人から連絡が入った。内容はこうだ。犯人についての情報を知る一般人が居たと!」
力強い声を全員にぶつける。
「しかもそいつは、私達が知らない情報さえも知っていたと! ……もしそれが、間違った情報であったとしても、私達は必要としなければならない。そうだな!?」
問いに、全員が声を揃えて返事をする。
おう! と。
「情報を知っているのは一般人だ。だが、それがどうした!? 私達は、犯人に多くの犠牲を出された。それらは皆、大事な部下だ。組員という名の家族だ! だから、その者には悪いが、少しくらい怖い目に遭って貰ってでも、情報を絞り取れ!」
おう!
豪快な返事が、幾重にもなって室内に響く。
「特徴を伝える! 性別は男、見た目は高校生、ハリネズミのような髪は黒、女連れだ。渋谷区周辺をくまなく探して、捕まえてくるのだ! どうした!? 早く行け!!」
おう! という返事を最後に、全員が一斉に部屋を出て行く。
たった一人を捕まえる為に。
そして、一連の犯人を捕まえる為に。