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Answer.02:ごく普通を心がけて

 やっとこさ放課後。

 生徒達が部活に勤しむ時間だ。

 しかし、放送部は放課後、特に活動する事が無いので、現在は帰路についている。

 自転車と電車を乗り継ぐ事数十分掛けて繰り広げられる僕の帰宅劇は、目だった展開も無いまま、自宅に到着した。

 荒川区の住宅街の一軒屋へと。

 うん、完全に一般人のそれだ。やっぱり僕は、普通人なんだなぁ。

 などと、他人にしてみたら良く分からない事で安心しつつ、鍵の掛かっていない玄関口を開け、帰宅。

 入ってすぐ、視界に入ったのは玄関と廊下のみ。

 許婚やメイドが出迎えてくれたらなぁっと考えたのは、中学一年生の頃の忌まわしき黒歴史時代のみだ。

 何でそんな事を想像し、要求したんだろうなぁ……。

 ともあれ、廊下の中程には階段が見え、手前の左右にはそれぞれ引き戸とガラス戸があり、僕は靴を脱いでからリビングへと繋がっている右のガラス戸に向かった。

 ちなみに、左の引き戸は元客間、現在従兄弟の部屋である。

 さて開いた戸の先、リビングには全裸のちっちゃい女が居た。

 胡坐を掻き、僕から見て右の壁際に置かれた液晶テレビを観賞している体勢で。

 傍には、缶ビールと灰皿。


「……母さん、服は着てくれとあれだけ言ってるじゃないか。なのに何で毎日全裸なの」

「んあ? おぉ、秋葉! おっかえり~」

「おぉ、秋葉か! じゃないよ。本当、全裸が好きだね母さんは」


 受け継がれなくて良かったよ、本当。

 DNAに感謝感謝。

 一方、喜んでいる僕とは対照的に、全裸を指摘された祐美子(ゆみこ)こと母さんは、ムッとした顔で人差し指をビシッと指して来た。


「言っておくけど、全裸じゃないんだよ!? ちゃんとパンツは穿いてるんだから!」

「他を脱いでちゃ意味ないよっ!」

「まぁまぁ、良いじゃん。お母ちゃんのナイスバデーな裸体を見れて嬉しいんでしょ? 欲情するでしょ?」

「何で実の母親に欲情せにゃならんのだ。欲情したくも無いし、してたまるかっ!」


 少し声が荒いのは気にせずに言い放ち、左手の奥にあるキッチンへと向かって冷蔵庫を開ける。

 全く、何で僕の周りには変人しか居ないんだ。

 途中、母さんはあちゃーとか言って、苦笑していた……と思う。

 だって、冷蔵庫見てるから顔見えないし。


「さすが私の血を引いてるだけあるねぇ~。荒げた声が怖い怖いっ。秋葉ちゃんにはやっぱり、ロリ声出して貰わないと困るよ~」


 母さんの言葉を聞きながら、お茶の入った二リットルペットボトルを取り出し、ガラスのコップに注ぐ。

 ちなみに母さんの血ってのは、元ヤンの血の事なんだそうだ。

 前に一度だけヤンキー、というか暴走族の総長をやってた時の話を聞いた事がある。

 昔は荒っぽい性格だったとか。

 本当、一五○センチの少女が総長だったなんて、信じられない話である。今でも信じていないが。

 内心でそんな事を思いながら、ペットボトルを冷蔵庫に戻し、お茶を飲みながらリビングへと向かう。

 そこに居る、自慢の赤い短髪を掻きながらテレビを見ている母さんはふと、テレビ後ろの壁の上部に掛けられている時計を見やった。

 現在の時刻は四時をちょい過ぎた頃。


「そっか、秋葉は部活してこなかったのかぁ。あ、健一(けんいち)さんはもうすぐ帰って来るそうだよ~」


 言いながら缶ビールを、真っ逆さまになる程傾けて、残っていた分を一気に喉へと流し込んだ。

 ちなみに、健一さんというのは僕の父さんだ。

 そんな簡単な説明を内心で行った瞬間、玄関の方で戸の開く音がし、続いて閉まる音が響いた。

 噂をすればなんとやら。

 とりあえず、今日は用がある為、珍しく出迎えでもしよう。

 そう思いながら、玄関へと向かった。


「お帰り、父さん」

「あぁ。……珍しいな、出迎え」

「ちょっとね、警部殿に質問がしたくって」


 警部殿、という言葉に眉をピクリと微動させた父さんは、現役警察官だ。

 頑固そうなごつい顔に無精髭を生やした、たまに居そうな頑固親父風である。性格は無口だけど。

 でも、警察関係の話題に関しては、普通の会話が望めるから好都合。


「僕が通ってる高校で、女子生徒が一時期行方不明になった話を知ってる……よね?」

「……三人の女子生徒が行方不明になった奴か。あれは駄目だ。担当を決める直前に、上から捜査禁止を言い渡された。多分、圧力だ」


 一瞬、鳥肌が立った。

 一般の女子高生三人如きに、警察が圧力を掛けられるとは。

 どうやらこの問題、何か裏がありそうだ。冗談だけど。

 危ないと分かっている事にわざわざ首を突っ込む馬鹿は、現実ではそうそう居ないのである。

 ……鹿嶋先輩なら、進んで首を突っ込みそうだけどね。

 架空の存在だと思われている、厄介事を引き寄せる性格の持ち主、それが鹿嶋先輩なのだから。

 それに、バカップルも首を突っ込もうとしてるし。

 明日あたり、止めるよう言っておこう。

 ともあれ、父さんに一言礼を言ってから、二階の自室へと向かった。

 着替え着替えっと。






「って、何やってんだよ僕は」


 気付けば、読書をしていた。

 着替えるつもりで自室に来た筈だったのだが、ポケットから文庫本を取り出した時、ふと展開が気になり読み始め、今に至る。

 時計を見れば既に六時。

 約二時間かよぉ……。

 とにかく、当初の目的であった着替えを開始する為、文庫本を机の上に置く。

 本棚に入るには、後三十ページ読まなくてはいけないので、また明日という意味を込める。

 ……いや、後三十ページなら、今読み終えた方が良い、のかな。

 誘惑に負けそうになる。

 だが、その誘惑を吹き飛ばす知らせが、突然、一階から聞こえて来た。


「あきはー! お客さんだよ~」


 お客とな?

 はて、客が来る予定は無かった筈だが。

 ふ、甘いよホームズ君。来客とはいつ如何なる時でも、突然に現れる者だ。

 ……誰だ僕。

 ホームズに意見してる立場の奴って何者だよ。いや何様だよ。

 っと、そんな事より来客だ。

 僕の部屋には疚しい物など一つも無い為、隠す動作をする事無く階段を下りて行く。

 一階、視界に入ったのは全裸の母さんと、

「鹿嶋先輩? どうしたの、急に」

「連絡入れなくて悪いな。ちょっと相談があってだな」


 言う鹿嶋先輩は、僅かに頬を朱色に染めていた。

 視線も横を見たり僕を見たり下を見たりと世話しない。

 ついでに、羽織っているカーキ色をした薄手のコートの裾をモジモジゴシゴシ。

 どうやら、全裸の母さんが横に居る為、目のやり場に困っているらしい。

 鹿嶋先輩は、たとえ変人だとしてもピュアな心の持ち主です。


「とりあえず母さん、服着て服」

「へ? べっつに良いじゃ~ん。鞘華ちゃんもそろそろ慣れただろうしぃ~」

「それは彼女の何処をどう見て確信してるんだよ。困ってるじゃないか、多分」


 とにかく、早めに鹿嶋先輩の視界から露出魔を退散させよう。

 その為僕は、下りて来た階段を一歩戻り、口を開いた。


「相談なんだったら、いつも通り僕の部屋で良い? 一階だと、五月蝿いのが居るから」

「ほほ~う、私を五月蝿いの扱いですかいな~? 良い度胸にゃ! 晩飯はラーメンにしてやる! 覚悟しておけよ~」


 そう告げた母さんは、すぐにリビングへと入って行った。……別にラーメンでも良いんだけどね。

 鹿嶋先輩を手招きして二階へと向かい、自室の戸を開けて先に入るよう促す。

 すると彼女は一礼して、中へと入った。

 刹那、コートを脱ぎ捨てた彼女は跳んだ。僕のベッドへと。

 そして大の字になり、着地の衝撃を軽減。スプリングマットだから意味無いけどね。

 次いで、両手足を真っ直ぐに伸ばして、着ている制服を皺だらけにしながら、ゴロゴロと転がり出した。

 既に見慣れた光景である。


「良いなぁ、やはりベッドは良い! あ、髪の毛。短いな……誰のだ?」

「先輩は彼女かっ。僕のだよ、僕の。そんな事より、相談って?」

「あ、あぁ、そうだな。そうだそうだ、うん」


 曖昧に、ついでに苦笑を混じえつつ、鹿嶋先輩じゃ一度周囲を見渡してから深呼吸一つ。

 ちなみに、僕の部屋には机と本棚とベッドしか無い、四畳くらいの場所だ。

 シンプルイズベスト!


「あ、あのだな……。携帯の、メールでだな、こ、こここ告白するってのは、あり……だろうか?」

「メールで告白するのはありなのか、かぁ……」

「復唱するな! 恥ずかしくなるだろうが!」


 一瞬だけムキになった彼女は、しかしすぐにしゅんとして縮こまった。

 おまけに体育座りをし、おまけに膝と身体の間に出来た隙間へと頭を埋めた。

 こらこら、そんな体勢になると下着が見えちゃうでしょうが、なんて反応は面倒なのでしない。

 そういうのには慣れてしまった。どっかの誰かさんの所為で。

 刹那、戸がいきなりノックされ、母さんが顔を覗かせた。

 噂をすればなんとやら、PART2。


「失礼しますだ~よ、ドラ息子。ラーメン持って来たから。んじゃ、ごゆっくり~」


 言うだけ言って、母さんは床に二人分のラーメンの載ったお盆を置いて、すぐに出て行った。

 作るの早いな――ってか、また全裸だったな、あの人。

 まぁ、そんな事よりも先にっと。

 ……変人でも、人並みに恋はするのだ。

 だって、僕が変人と定義している人間には、恋に盲目な人を含めているのだから。

 鹿嶋先輩の場合は、失敗が多過ぎただけの事。

 だから、信頼されている僕に、時々相談に来ている。

 その所為で僕から、変人呼ばわりされている事も知らずに。

 にしても、メールでねぇ……。


「まぁ、毎回言っているように、人それぞれだよ。ただ、メールでってのは気持ちが伝わりにくいから、それでも良いって人と嫌って人は半々だろうね。文で伝えるよりも言葉でって意見があるだろうね」


 けれど、

「けれどそれだと、ラブレターの存在も危うくなる。メールは嫌だけどラブレターは憧れるなぁ、なんて矛盾した事言う人もいるしね。うん、結論を言えば、当たって砕けろ。メールは、普通の告白と余り変わらない行為だから、試してみるのも良いね」


 言っている途中、何度も埋めている頭が動いてるって事は、ちゃんと聞いてるんだね。

 同時に、別の意見を考えている途中でもある気がするけど。


「あ、でも、もし了承されても、後日改めて、面と向かって伝えるのを忘れずに。――聞いてる?」

「も、もちろん聞いているぞっ。……そうか、ありか……」

「とりあえず、ラーメン食べよっか。伸びちゃうからね」


 立ちっぱなしで喋るのはキツいキツい。

 足首を軽く捻らせて解しながら、ラーメンの載ったお盆を持ち上げる。

 そして、ベッドの端に座り直した鹿嶋先輩の膝元にお盆を置き、僕の分のラーメンを持って机の前にあるオフィスチェアに座る。

 ついでにお盆の上にあった割り箸を一本頂き、いただきますっと声を揃えて、食べ始めた。

 ……伸びる一歩手前だった、危ない危ない。

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