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Answer.18:それは主役のように、舞う

 風が吹いた。

 唐突に起こったそれは、しかし自然なものでは無く人為的なもの。

 護が、素早く前に出たからだ。

 向かう先は、バッドを持った一人の少年。

 素早く懐に潜り込んだ護は、少年のバッドを左手で奪い、腹部に、左足を軸にした右足の蹴りをぶち込む。

 すると、少年はくの字に曲がって吹き飛び、地面を転がった。

 全員の視線が吹き飛んだ彼に集まり、一瞬の沈黙を生む。

 この時、護は彼らを完全に敵と見なしていた。

 理由は他でも無い、武器を持って彼の前に立ち塞がったからだ。

 故に、彼は問答無用で蹴りをぶち込んだのだ。

 ともあれ、その場に生まれていた沈黙が、少年少女達の掛け声で動きが再開される。

 我先にと皆が武器を構え、一斉に護へと群がる。

 だが、彼はそれを、迫り来るバールをバッドで防いで持ち主の顔を横から打撃し、振った勢いを利用して投擲。

 またしても顔に直撃したバッドを気にする事無く、もう一回転して勢いをつけ、前へ。

 次いで、右の膝を少女の腹部に打ち込み、すぐに足を振り上げてその隣に居た少女を蹴り飛ばす。


「わらわらと群がって……貴様らはまるで、ゾンビだな」


 足を掛け、背負い投げで飛ばし、連続して蹴りつけ、頭に踵を落とし、地に捻じ伏せる。

 まるで一人無双でもしているかのように、迫り来る少年少女達を蹴散らす。

 彼に、傷一つ負わせる事も出来ずに。


「所詮は主役に潰されるだけのエキストラ。そんな奴らがどれだけ群がろうて――無駄だ」


 言いながら、彼は蹴りの勢いを更に強める。

 それはまるで台風のように。

 中心で無傷のまま、舞い続けていた。






 「なんで、あんなに動けるの?」


 舞い続ける護を、遠方から見ていた姫香は、誰にでも無く疑問の言葉を呟いた。

 それに答えるかのように、不意に凪が腕を組み、口を開く。


「護は昔な、ライバルと見なしてる男と一緒に、とある武術の達人に弟子入りしとったんや」

「武術の達人?」


 オウム返しに聞く姫香に、凪は深く頷く。


「その時に習得したのが、如月流の対武装戦を想定した足技や。足を拳の代わりとし、あらゆる武器を回避しつつ重い一撃を与え、時には武器を奪って優位に使用する。……まぁ、いわゆる主役戦法ってやつやな」


 全部、護から聞いた事やけどな、と言葉を付け足し、微笑した。

 それを見た姫香は逆に苦笑し、そっかっと呟いて俯く。

 ……なんだかんだ言っても、私は護の事、何も知らないのね。

 思い、頭を思い切り振る。

 まるで護の事を知りたいみたいじゃないの、と嘆き、深い溜息をついた。

 と、丁度その時だ。

 一人の悲鳴を最後に、正面からは音が消え、静寂が生まれる。

 戦いが終わったのだ。

 いや、それは戦いと呼ぶには余りにも圧倒的で、主役に花を持たせる演劇のようなものだった。

 まるでそれを表現するかのように、汗一つ掻いていない護中心に、少年少女達は役目を果たした役者のように、周囲に倒れていた。

 そんな彼らを、護は地面と同様の扱いで踏みながら、姫香の下へと向かい、手を差し出す。

 対して、ネクタイ片手に唖然とする姫香は、思う。

 ……こういう時、どんな言葉をかければ良いのかしら。

 強いわね? いや違う。

 貴方は化物? 絶対違う。

 何故、そこまで動ける? これはもう知っている。

 だったら、

「……お疲れ様、護」


 笑みを作り、ネクタイを差し出す。

 すると護は、ただ微笑するだけで、ネクタイを受け取った。

 次いで、ネクタイを首に巻いて締めながら、凪に指示を出す。


「凪、こいつらの中から二人ほど連れて行け。犯人の特徴を吐かせる」

「それは名案やけど、中毒になった奴らに、記憶力を期待するんかいな?」

「ふふ。人は、圧倒的な恐怖の前には、正直になるものだ。それはジャンキーとて、同じ事だろう?」


 不適な笑みで答えた護に、相変わらず変な理屈や、と苦笑混じりで呟き、少年と少女を一人ずつ脇にもち抱える。

 それを見て頷く護は、携帯を取り出して通話を始めた。


「私だ。先程指定した場所に、警察を向かわせて欲しい。――なに? もう向かっているだと? 気の早い事だ、迷惑な。だから貴様はいつまで経っても、長官止まりなのだ。――……冗談だ。では切るぞ」


 さて、と言いながら携帯を仕舞う護は、姫香に手を差し出す。

 暫し間が空き、そして言葉が生まれた。


「厄介事に巻き込んですまなかったな、姫。お詫びに、少し早いが自宅に送り届けよう」

「……何? これから起きる何かに、付いていっちゃ駄目なの?」


 問いに、護は返答に迷った。

 しかし、口は自然と動く。


「すまないが、ここから先はまだ知るべきでは無いと、私はそう判断しているのでね。だが、いつかは知る時が来るのだから、今は我慢してほしい」


 その言葉に、姫香は一瞬、顔を顰めた。

 だが、その表情はすぐに崩れ、呆れ顔で溜息一つ。

 次いで、差し出されたままの彼の手を、軽く数回叩いた。


「分かったわよ。その代わり、ちゃんと送り届けてよね?」

「当然だ。無事に送り届けなければ、ご両親に申し訳無いからな」

「よく言うわ。早朝に私を連れ出した時点で、アウトよ」


 言って笑う姫香を見て、護も笑う。

 そうして二人同時に笑いながら、駐車場へと向かった。

 日は既に昇り、時刻は七時を回っていた。

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