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Answer.17:異様な墓参り

 朝の陽気が辺りを照らし始め、動物達が動き出す頃。

 小鳥の鳴き声が、姫香の耳へと響いた。

 それを聴く彼女は、ふとある話を思い出す。

 鳥が朝に鳴くのは、何も見えない夜の間に外敵に遭遇せず、無事に朝を迎えられた事を喜んでいるからなのだと。

 そんな幻想的なことを考えながら辺りを見渡せば、墓石だらけで現実的だった。

 彼女達が居るのは、埼玉県所沢市にある、とある霊園。

 そこに、姫香は連れて来られた理由を全く知らない状態で、前を行く護に連なって歩いていた。

 同時に、まだ五月だというのに向日葵を持っている彼に、疑問を感じていた。

 そうして、暫く歩くと、周囲の墓石から隔離された三つの墓石に辿り着いた。

 左から順に高柳、霧島、榊と名の彫られたそれを見て、彼女ははっとする。

 右の墓石は、護の家のお墓なのだと。

 だが、その三つの内、花が供えられているのは真ん中の霧島家だけだ。

 つまり、霧島家の誰かが命日なのだろう。

 その墓石には、数多くの種類の花が供えられており、その中でも向日葵が一番多かった。


「霧島家は、毎年花が多いね。他の両家もあるべき時は多いが、うむ、霧島家には敵わない」


 笑いながら言う護は、手に持った向日葵の花束を他の花に混ぜて供え、静かに両手を合わせた。

 姫香も咄嗟に彼と同じ動作をし、ぎこちない動きで頭を下げる。

 数刻経ち、頭を上げ、向日葵を見る。

 そこでようやく、護に問い掛けた。


「ねぇ、どうして向日葵なの?」

「簡単だよ。最も人望があり、愛された霧島家の前頭首夫妻が好きだった花が、向日葵だったという事だ」


 だから、この時期に日本ではなかなか手に入らない向日葵を手間かけて入手し、供える者が居るのだよ、とそう、彼は言う。

 それを聞きながら、姫香は再度、向日葵を見た。

 真っ直ぐ背を伸ばした向日葵は、まるで彼女を見ているかのようだった。

 と、その時だ。

 不意に後ろから、護の名を呼ぶ男の声が聞こえた。

 誰かと思い振り向けば、長身の男が二人の居る方へと歩いて来ていた。


「ここにおったんやな、護。朝早くからご苦労さん」


 ヘラヘラと笑いながら、親しげに話し掛ける彼は、次の瞬間、護の肩を力強く掴んだ。

 もう表情に、笑みは無い。


「昨夜から今朝にかけて、ジャンキーが一気に増えよった。原因は、高濃度の薬物使用。既に病院送りになっとる奴も、少のうない」


 それだけやないぞ、と言って彼は話を続ける。


「数時間前、ジャンキーの集団が、遠坂(とおさか)組の事務所に奇襲かけて、潰していきよった。運の悪い事に、ゴールデンウィーク中に犯人を狩り出そうと計画立てて、組員が集合しとる時にや。その所為で、遠坂組はぼろぼろ。他にも――」

「そこまでだ。状況はもっと聞きたいが、今は姫の前だ。物騒な話は控えたい」


 その言葉に、姫香は表情を変える。

 どうしようもない怒りが、ふつふつと湧き上がり、護の言葉に食ってかかった。


「ちょっと待ちなさいよ! 大事な話をしているんじゃないの? それを、私が居るからなんて……それじゃあ私は、ただの足手纏いじゃない!」

「しかしだ、姫。この話は、聞かない方が良い話であって――」

「つまりは邪魔者って事? だったら、私はここに居ても意味が無いわね。さようなら!」


 怒りのこもった声を吐き捨てた姫香は、踵を返し、早足でその場を去ろうとした。

 そんな彼女の後ろ姿を見据える護は眉を寄せ、考える。

 だが、答えはすぐに出た。


「待て。分かった、姫がそこまで言うのならば、君が居る中でも話を続けよう」


 しかし、と付け足し、彼は人差し指を立てた。


「一つ。この会話に、質問は一切不要だ。良いかな?」


 たった一つだけの約束を提案する彼の目は、いつもと違って真剣で、鋭かった。

 姫香はそれを見て、生唾を飲んで喉を鳴らしつつ、ゆっくりと頷く。

 すると、彼女の返事を見た護は視線を長身の男に向け、微笑した。

 対し、長身の男は苦笑する。


「しゃーないな。わいとしては、話を進められる訳やから、なんも気にせんけど。ほな、話し戻そか」

「あぁ、頼む。他の被害も聞いておきたい」

「ほいほい。さっき言い掛けた事からやけど、わいの下についとる若いもんも、車ごと襲撃食らったんや。――あ、若いもん言うても、別にわいの年下って訳やあらへんからな?」

「え? そ、そうなの、分かったわ」


 突然、説明された姫香は、言葉を詰まらせつつも返事をする。


「そいつらは、重軽傷で病院送り。こんな感じのが、他に八件や。幸い、早朝やったから、わいらの事はマスコミに流れるのを阻止出来たんやけど……。病院送りになったジャンキーは、多すぎて情報は阻止できなんだ」


 今頃、マスコミは大騒ぎやろうな、と苦笑混じりに言う。

 一方で、話を聞いていた護は腕を組み、顎に手を当てたまま思考していた。

 しばしの沈黙の後、ふと何か思いついたかのように手を顎から離した。


「襲撃を受けた者達の所属は?」

「確か……杈田(やすだ)組、公義(きみよし)興業、藍本(あいもと)興業、(つじ)興業や」


 聞いたなり、護は舌打ちをし、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「まさかとは思ったが、一つ残らず私の直下、もしくはその下の者だな。どちらにせよ、私と、榊家と関わりのある者達だ」


 つまり、

「犯人は、もしかしたら私に朝鮮しているのかもしれない。自分を捕まえてみろ、と。憶測だがな」

「なんでや? そんな事して、相手はなんの利益があるんや。第一、――っと、どうやら、詳しい内容はどうであれ、憶測は当たりかもしれへんな」


 言った凪の視界には、多くの人影が映った。

 彼より頭一つ分小さい体格の少年少女達は、中学生にも高校生にも見える。

 皆、手には金属バッドやナイフなどの凶器を持っており、それを護達にチラつかせる。

 そんな彼らを見据える護は、ネクタイを解いて姫香に渡した。


「すまないが、持っていてくれたまえ我が妻よ。――ん? 何故、半目で私を見ているのだ? そんなに私が眩しすぎるか? ――まてまて、ネクタイを引き千切ろうとするな、ネクタイを。……ともあれ、すぐに終わらせるさ」


 片手でオールバックの髪を掻き上げ、スーツの張りを整える。

 そして、動いた。

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