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Answer.14:不真面目な男の真面目な姿

 都内のとある料亭。

 その場所には他と比べれば珍しい、出入口付近に駐車場がある作りになっていた。

 また、数台の車両が綺麗に並んで止まっており、全てが黒塗りの高級車だった。

 一台だけ、同じ黒ではあるが車種が全く違うディアボロスが置かれているところを見ると、特別な者が乗っていた車なのだろう。

 そんな場所に、一台の白いセダンが入り込み、空いた場所に入る。

 エンジンが切れ、中から出て来た二人の男は、大柄で体格の良い警視庁長官と、彼より僅かに背の低い、無精髭を生やした警部という、異形の組み合わせだった。

 これは、今から会う相手からの指示であり、もちろん護衛の姿は無い。

 呼ばれたのはたった二人。

 その二人は出入口である門の前まで行き、引き戸を開ける。

 するとその先には、石畳で出来た道があった。

 距離で言うと五メートル程あろうそれは料亭の玄関先まで伸びており、その周囲を草木や池などで和風に飾られていた。

 また、その周囲には、黒いスーツ姿の男が二人一組で、何組かが見回りをしている姿が見える。

 その厳重な警備は、中に居る者がどれ程の者なのかを連想させる程だ。

 料亭内に入った二人は、玄関で待っていた女中の案内で、奥にある客間へと招待される。

 襖が開かれると、中には既に先客がおり、テーブルを挟んだ向こう側に居る二人の男女が、こちらを向いて正座をし、待っていた。

 向かって右に居る少年は黒いスーツを着ており、黒髪をオールバックでぴっちりと固めている。

 細められた目は鋭く、まるで二人を睨みつけているかのよう。

 その隣、向かって左に居る少女は藍色の着物で艶やかに身を包んでおり、綺麗な長髪をポニーテールに束ねられていた。

 ぱっちりと開かれた目は、しかし無機質な物のようにも見え、ジッと虚空を見つめている。

 不思議な光景だと、二人の内の一人、警部の伊藤 健一は思った。

 彼は、自分の子より一つ下の年齢と聞いていたが、そんな者がこのようなところに居るという事に対して、内心、首を傾げていた。

 だが、室内に足を踏み入れるのと同時、空気が変わった。

 異質で重苦しい空気。

 呼吸する事がやっとのような現象を想像してしまう程の空間で、彼の正面に居る二人は支配者のように君臨していた。

 いや、正確に言えば少年の方が、だ。

 状況からすれば、健一が少年を見下ろしている形になっているのだが、少年の視線はまるで見下ろし、見下しているかのよう。

 この時健一は、人の立場に年齢なぞ関係無い、と改めて思い知ったのだった。

 ともあれ、二人の前に用意されていた座布団に座り、男女と向かい合う。

 それと同時に、少年が口を開いた。


「失礼だが、警視庁長官の剛田 孝則(ごうだ たかのり)と警部の伊藤 健一だな?」


 問いに、孝則は頷く。

 すると少年は目を伏せ、小さく会釈をした。


「剛田は久方に、伊藤はお初にお目に掛かる。私は三貴家の内の一家と謳われ、今もなお現役で裏社会を担い牛耳っている者。榊家・現頭首、榊 護だ」

「そして私は、榊 護様の側近、藤林 桜(ふじばやし さくら)です。以後、お見知りおきを」


 護に続いて自己紹介をした桜は、深深と頭を下げて、その後二人を一瞥する。

 次いで、襖が開くのと同時に女中が入室し、料理を運んで来た。

 手に持つお盆には焼き魚や煮物などの和食が載せられており、彼女はそれらをテーブルの上に一つずつ移す。

 全員分の料理を移し終えると、もう一人の女中とすれ違うようにして、退室して行った。

 もう一人の女中は酒瓶とグラスをお盆に載せており、それもまた全員分配られる。

 そして、彼女も退室したのを確認した護は、すまない、と前置きして言葉を続ける。


「料理を頼まなくては、この客間を借りれないのでね。私は基本、手をつけないが、貴様らは食べても構わんよ」


 彼はそう言っているが、二人は箸に手を伸ばそうともしない。

 この場では、料理とは飾りでしかないのだ。

 だからこそ、護は手をつけないと告げ、また二人も無言で遠慮する。

 最も、彼らがここに来たのは、食事をする為では無いのだ。


「さて、では本題といこうか。――最近、巷で麻薬が大量に出回っている事件がある。その事について、君達に協力して欲しいのだ。……いや、性格に言えば、私の指揮下に入って貰いたい」


 その言葉は、健一に驚きを与えた。

 当然だ。極道者が国家権力を自由に扱える権利を求めているからだ。

 それが一時的なものだったとしても、到底許される事では無い。

 だが、彼の隣に居る孝則は、表情一つ変えていなかった。


「待て。その条件を了承する前に、そちらからは一つ、提供して貰わなくては困るぞ。何せこちらは、女子高校生行方不明事件の調査を停止させられているのだからな」

「あぁ、そうだな。その事には感謝している。あれは、私の配下が関わっている為、今の時期に探られると困るからな」


 しかし、と付け足し、小首を傾げた。


「別に、私は永久に調査を停止しろとは言っておらんよ? この麻薬問題が解決すれば、後は自由に調査しても構わんからな」


 言葉に、隣の桜は僅かに視線を護に向けるが、すぐに目を伏せた。

 その動作に気付く事無く、あるいは気付かぬふりをしているであろう護は、人差し指を立てた。


「つまり、私からの要求は一。そして、対等であるにはこちらから提供を一で間に合うな。ならば、最近貴様らが焦がしている暴力団、相沢組の風俗関係に関する情報を、好きなだけ提供しよう。これで差し引きゼロだ」

「む。確かに風俗の件に関して調査はしている。その上、今は手を焼いている状態だ。だが何故、相沢組なんだ? 韓国サイドの者が統括しているんじゃないのか?」


 問いに、護は失笑した。

 次いで目を細め、口の端を吊り上げる。


「何だ、全然駄目ではないか。いいか? 韓国サイドの者は利弓手(りゆん)という者だが、そいつに指示を出しているのが相沢組だ。相沢組は他にも、爾志(にし)素雲(そうん)を配下ししているが……まぁ、それは今で無くていいな。ともあれ、貴様らが追うべきは相沢組だ。親を叩けば、子も自然と消える」


 韓国などの他国から流れて来た素人は、雇い主を失えば、何をすれば良いのか分からなくなるのだ。

 どれだけ手下を従えていようが、所詮日本では素人なのである。

 それを知っているからこそ、護は頭の情報を与えた。

 当然、二人はその方法を知っているが。結局のところ、情報不足だったのだ。


「とにかくだ。これで、取引は成立かな?」

「いや、待った。実はこちらからも、要求があるんだ。……すまないが、麻薬事件の首謀者の身柄を、こちらが確保しても良いか?」


 孝則の提案は、護を驚かせた。

 彼は一瞬、目を見開き、険しい表情を見せる。

 すると孝則は、咄嗟に言葉を続けた。


「もちろん、そいつの所為で榊が被害を受けているのは分かっている。しかし、ここ最近、犯人の所為で未成年の麻薬使用者や売人が急増しているんだ。明らかに、調子に乗り始めている」


 それに、

「現象の大元である犯人が捕まっていないという事実が、奴らに要らぬ自身を与え始めている。逮捕者は増え続けているのにも関わらず、だ。だからこそ、犯人逮捕を報道し、捕まらない事は無いと思い知らせなくてはならないんだ」


 革命や反乱は、指導者無しでは起きない。

 孝則はそれを実践しようとしているのだ。

 幸い、こうして裏の頂点が味方に回っている時点で、犯人逮捕時のデメリットはほとんど無い。

 一方、彼の提案を途中から笑みの表情で聞いてい護は、ふむ、と呟きながら人差し指を突き立てた。


「分かった。だったら、私からも要求だ。犯人の逮捕確認後で良い、貴様らが今期中に逮捕した榊家関係の者を釈放しろ」

「なっ!? 待て、それはさすがに――」

「私は犯人を警察に盗られる代わりに、捕まった部下を回収してケジメをつけさせる。貴様らは麻薬に関係した逮捕者を多く釈放する代わりに、混乱を呼んだ犯人を逮捕出来る。両者共、名に僅かながらに傷がつき、汚名挽回をすぐに出来るという訳だ。悪くはあるまい?」

「ぐ……あぁ、確かにそうだが。しかし、ケジメとはどういう事だ?」

「はは、当然の事だよ」


 乾いた笑い声は、一瞬にして室内に静寂を生む。

 そしてその静寂に、低音の声が響いた。


「私の指示外で、麻薬を扱った愚者達が、今貴様らに捕まっているのだ。だが、命令違反と主への辱めは、決して刑務所で償えるものでは無いだろう? きちんと、大勢の前で償わなければ、示しがつかない。……最も、それ以上に、私の部下を巻き込むような麻薬の売り方をしている犯人には、怒りで一杯だがね……」


 同時、健一の背に悪寒が走った。

 ゾッとする、という言葉が似合う感覚。

 孝則もそれと同じ感覚を受け、目の前に居る少年から視線を外せなくなる。

 表情こそ、怒ってはいないものの、底知れぬ怒りは、空気を通してひしひしと二人に伝わってきていた。

 それこそ、二人が今まで見て来た暴力団の組長よりも恐ろしいと感じる程。

 ようは、見た目では無いのだ。

 だからこそ、彼は頭首という立場にあるのだろう。


「……分かった。それで了承しよう。では、我々警察は、今日より一時的に榊家の指揮下に入るとするよ」

「そうして貰えると助かる。すまないな、昔から無理ばかり言って」


 いいさ、と言いながら立ち上がる孝則の表情には、苦笑が漏れていた。


「君の両親にも、扱き使われたものだしな。既に慣れっこだ」


 はははっ、と笑いながら背を向ける孝則に続いて、健一も立ち上がった。

 その際、二人の男女を一瞥するが、彼らは孝則だけを見ているようだった。

 だが不意に、孝則が首だけを護に向けて、問い掛ける。


「君の両親、というので思い出したが。君らは何故、〝当主〟では無く〝頭首〟と名乗っているんだ? 君の両親に聞いたが、どうも教えてくれなくてな」

「何故だろうね、教えなかったのは。ちなみに、理由は簡単だ。私達は結局のところ、集団の首領でしかないのだ。先々代が調子に乗り過ぎていてね、どうも穢れが付きまとって離れないのだよ。だから、名誉ある家のような〝当主〟は、似つかないのだ。ようは、自覚の問題だね」


 淡々と説明した護に、ありがとな、と礼を言った孝則は、笑みを浮かべていた。

 その後、彼は前へと向き直し、二人は客間を後にした。

 だが、後に残る男女は、まるで人形のように、暫くその場に居続けていた。

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