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Answer.12:新入部員と初の部活動(?)

 人は、忙し過ぎると逆に何をすれば良いのか分からなくなるそうだ。

 それ程までに慌てているのか、混乱しているのかは、細かく追求しないが。

 しかし、忙しくも無く、暇を持て余している者も、同じように何をすれば良いのか分からない。

 果たして、この根本が違うが結果が同じ現状は、矛盾と呼んでも良いのだろうか?

 ともあれ、僕は今、後者の状態に陥っている。

 鹿嶋先輩と一緒に僕の親戚の喫茶店に出向いたが、結局のところなんの収穫も無かった。

 というか、親戚兼店長は不在だった。

 店員曰く、保健室の匂いが懐かしくなったので、親友に会いに行くと言い残し、姿を消したのだという。

 とりあえず、せっかく来たのだからと先輩が奢ってくれる事になったので、お言葉に甘えてホットミルクチョコなる物を頂いた。

 ちなみに、鹿嶋先輩はコーヒーだったのだが、何だ傍から見れば親子連れじゃないか、と店員に言われ、悪くないと思ったのは余談としておく。

 その後、鹿嶋先輩から頂くのを忘れていたホットレモネードを帰り際に急いで購入し、喫茶店の前で解散する事になった。

 さて、その僕が今、どこに居るのかと言うと、ふらふらと学校に舞い戻って来ていた。

 時刻は午後四時。既に放課後となったその時間に再登校する自分は、一体何なのだろうか。

 自分でも良く分からないが、特に何もする事の無い日は決まって放送室に向かっている為、今もこうして放送室に行こうとしているのかもしれない。

 それに、明日からは連休がある。

 だからその前に、新入部員に顔を出しておこうとでも、思ったり思わなかったり。

 なんて思考している間に、放送室前に到着した。

 相変わらずの戸を押し、放送室内へと入室する。

 するとそこには、描きかけのペガサスをマジマジと見つめる美咲の姿があった。

 彼女は、僕が来た事に気付くと、笑顔を見せる。


「あ、おかえりなさいです、先輩! 突然ですが、そこにあるレモネード、先輩が用意したんですか?」


 本当に突然だ。

 その為、へ? と間抜けな声を出してしまった。

 とりあえず、その恥ずかしさを紛らわす為に、美咲が指差す方向へと目をやる。

 するとそこには、どこかの教室の机が置かれており、その上にはレモネードと書かれた簡素な箱が五つとティーカップが三つ、角砂糖などの瓶と電動ポットが載っていた。

 ……鹿嶋先輩だろうか?

 もしそうならいつの間に手配したんだろう。

 というか、鹿嶋先輩の仕業なら、喫茶店の時に僕のレモネード購入を止めて欲しかった。それ以前に、伝えて欲しかった。

 そんな事を思いつつ、近寄ってレモネードの箱を一つ開けると、中には小瓶が敷き詰められており、黄色い液体がそれぞれに適量入っていた。

 多分、レモンの果汁だろう。

 僕はそれを二本取り出し、美咲に向ける。


「ホットレモネード、君も飲む?」

「……はい! それじゃ、遠慮無く頂きますっ」


 浅く頷いた美咲は、ペガサスの方に向き直して、観賞を再開した。

 ……さて。飲むかと聞いておいてあれだけど、作り方が分からない。

 致命的である。

 けれども、数時間前の鹿嶋先輩の台詞を思い出してみる。

 確か、レモンの果汁にハチミツやシロップなどを混ぜたって言ってたな。

 つまりは、備え付けの物を全て入れる事によって、完成するという訳だ。

 ちなみに、備え付けの物は角砂糖の他に、ハチミツとシロップの瓶があった。

 本当、準備の良い人だ。

 まずレモンの果汁が入った小瓶のキャップを開け、中身を全部カップに注ぐ。もちろん、二本目の果汁ももう一つのカップに注ぐ。

 次いで、ハチミツとシロップをそれぞれ適量入れ、ポットのお湯を注ぐ。

 コポコポコポッと良い音を立てながらお湯は満たされていき、湯気が立ち上った。

 最後に角砂糖とシロップを投入し、プラスチック製の掻き混ぜ棒(正式名称は知らないので仮)でこれでもかというくらいに掻き混ぜる。

 そして、掻き混ぜ棒(仮)を、机の下にあったゴミ箱に捨て、カップ一つを手に取る。


「はい、完成したよ。熱いから気をつけてね」

「おぉ、すげーです先輩! 先輩すげー! ありがとうございますっ!」

「なんか良く分からないけど、どういたしまして」


 やけにハイテンションな美咲にカップを渡し、僕は立て掛けてあるパイプ椅子を展開し、腰掛ける。

 ギシッという音が出る程に深く座り、ふと喫茶店を出てからずっと立ちっぱなしだった事に気付いた。

 放課後という時間が影響してか、満員の電車内でも立ちっぱなしだったから、足は疲労を訴えている。

 帰宅時にも歩かなきゃいけないのに、勘弁して欲しい。

 とりあえず、疲れを癒す為にカップに口をつけて、少し飲んだ。

 熱いっと思った時には、既に十分な量が口内に入っており、柑橘類(かんきつるい)の酸味と同時に、ハチミツと甘味料のほのかな甘みが舌を刺激する。

 次いで、喉に流せば、喉が潤い温かさが身体中に染み渡った。

 美味い。

 けれども、やっぱり鹿嶋先輩に頂いたレモネードの方が美味しいなと思うのは、贅沢というものだろうか。

 しかし、ふと美咲の方を見やると、幸せそうな表情で飲んでいたので、これはこれで良しとしておこう。

 そう思って満足し、暫しの時間をゆったり過ごした。






「今、女子の間で話題の男子、ですか?」


 放送室内に備え付けられている時計の針が五時を示した頃、僕はなんとなく美咲に質問していた。

 それは、先日バカップルから聞いた、行方不明事件に遭った一年生の女子生徒の話を脳内で纏めていた時に、思い出したものだ。

 確か、その女子生徒は行方不明になる前まで、同じ男子生徒を影ながらに想うクラブに属していた。

 しかし、事件以来、その男子生徒に関する事は全く行わなかったらしい。

 つまりは、その男子生徒が、少なからずこの事件に関係しているという事に繋がる。

 だから、同じ女子で尚且つ一年生である美咲に聞いてみたという訳だ。

 一応、関連する情報は集めとかないとね。

 思いもしないところで、その情報は役に立つかもしれないし。


「えとですね、実はその人は同じクラスなんですよ。榊 護、それがその人の名前です」


 ただ、と付け足し、彼女は苦笑を漏らした。


「面白いけど、変な人なんです。一途って言うかなんていうか。まぁ、そんな人のお陰で、私は放送部に入れたんですけどね」

「え? その榊って人のお陰?」

「はい。あ、その人ですよ。校内放送使って告白したって人」


 あ~、美咲が入部した日の朝にあったっていう出来事か。

 僕の不機嫌の元になった出来事でもあるな。


「その人、榊はそれ以外に何度も同じ子に告白してまして、全てで玉砕してるんですよ」


 馬鹿みたいですけどね、と笑いながら言う美咲は立ち上がって歩き出し、とっくに飲み終えたレモネードのカップを机の上に置く。

 そんな彼女を見て一つ、質問事項が浮かび上がった。


「そういえば、君って彼氏いるの?」


 デリカシーの無い発言は、年中無休です。

 というか、これは既に空気の読めない奴の領域に達しているんじゃないだろうか。

 そんな事を考えている僕の思考と同時進行で、美咲はきょとんとした顔で僕を見ていた。

 だが、その表情もすぐに崩れ、声に出して笑い出す。


「あはははっ、何言ってるんですか~。こんなちゃらちゃらした子に、彼氏なんて出来る訳無いですよぉ~」


 言ってる言葉の意味が成り立っていない気がするけど、まぁいっか。

 だったら、新たな青春の舞台である高校生活を、十分に楽しむが良い。

 なんて、先輩っぽいけど恥ずかしい台詞は、脳内で生まれた瞬間に処分した。

 代わりに、別の言葉を用意する。


「さて、それじゃあそろそろ帰るとするかな。放送部規定の下校時刻は過ぎちゃってるしね」

「話が急に変わりましたね。――ってか、え? 放送部って、下校時間が決まっているんですか?」

「うん。普通は放送部自体、放課後に活動はしないんだけど、顧問は僕が絵を室内で描くのを許可する代わりにって、下校時刻を決めたんだ」


 ちなみに五時ね、と付け加えると、美咲は残念そうな表情をし、ペガサスの絵の下へと小走りで向かった。

 最後に目に焼き付けておくのかなっと思わせる程、瞬きをせずに見つめる彼女の横顔は、どこか名残惜しそうだった。

 その後、数十秒置いて、彼女はこちらへと向く。


「良し、バッチリです! では、帰りましょうかっ」


 言いながら、隅に置いていたサブバッグを手に取り、僕と向き合う。

 何故だろうか。その時咄嗟に、思いついた言葉を声に出していた。


「なんならその絵、完成したらあげようか?」


 何気なく言ったその言葉は、彼女の表情をまたしてもきょとんとさせる。

 次いで、先程と同じように崩れ、笑顔になった。


「はい、是非! ありがとうございます!」


 元気の良いお礼の言葉は、心地良いと感じた。

 だから、言って良かったと喜んでいる僕が居た。

 まぁ、完成しても部屋に飾る訳でもないから、貰ってくれる人が居ると助かる。

 完全に、趣味の範囲で描いているかから。

 さて、終わったら次は、何を描こうかな。

 既に僕は、次の絵の事を考えていた。

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