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Answer.11:顔を合わせる変人と変人+α

「私は、何をやっているのだろうな……」


 呟く護は、深い溜息をついた。

 彼が見ているのは、携帯電話のディスプレイに映し出された姫香の写真だ。

 カメラに向かってピースをしているその画像は、待ち受け画面に設定されている物である。

 彼はそれを十分に観賞した後、折り畳み式である携帯を閉じ、制服のポケットに納めて視線を窓へと移した。

 今、彼は車の後部座席に乗っていた。

 用事を済ませる為、その車にて目的地へ向かう真っ最中だ。

 その用事というのも、急なものである。

 麻薬の売人増加に関わった事件について、警視庁長官との密会を本日午後四時半に行うとの連絡が、同日の昼時に突然あったのだ。

 故に彼は学校が終わり次第、急ぎで車に乗り込んだ為、まだ制服姿なのである。

 全く、忙しいものだな、と彼は思う。

 それもその筈、当日に予定を入れる事など、異例な事だからだ。

 ましてや両者共、組織のトップに立つ者であるが為に、スケジュールを簡単に変えられる筈は無いというのに。

 だが、入ってしまった予定にとやかく言っても仕方無い。

 それを承知しているからこそ、護は予定を破棄する事無く、今こうして移動中なのだ。

 景色は流れ、しかし差程変わらぬ街並みを、彼はただ見つめる。

 歩道を行く人々は、平和なものだ。

 ある者は娯楽を得、ある者は目的を成し遂げ、またある者は暇を持て余す。

 その平和を、彼は心の片隅で羨ましいと思っていた。

 同時、脳裏に浮かぶのは姫香の姿。

 ……ゴールデンウィークには、彼らのような一時を過ごせるだろうか。

 思い、不安を抱く彼を他所に、人々は動く。

 やがて、赤信号で車が停まった時、彼の視界に見知った姿が映った。

 滑らかな黒い長髪が目立つ制服姿の女子生徒は、彼と同じ高校の生徒会長だった。

 また、その隣には少し背の低い女子生徒が一人、並んで歩いている。

 その姿を見つけた瞬間、彼は後部座席のドアを開けて、半身を外に出した。


「運転手。すまないが、この付近で待っていてくれ。なに、すぐに済む」


 告げながら、車外に出た護は、先程の生徒会長の下へと駆けた。

 赤信号で停車している車の間を抜けながら、歩いている相手に追いつくのは容易であり、すぐに声を掛ける。


「早退したというのに、こんな所を歩いているとは、良いご身分だな」


 皮肉混じりに言うと、彼女は咄嗟に振り向き、驚いた表情を見せる。


「榊か! 奇遇だな、こんな所で会うとは」

「貴様と奇遇を共有し合いたくは無いな、生徒会長。ところで、貴様は誰だ?」


 護の視線は、左隣の女子生徒へと移る。

 すると彼女は、おっとりとした表情を困惑の表情へと変えた。

 赤の他人からのいきなりな問いに、なんと答えれば良いか分からないといったところだ。

 けれども、そんな彼女の反応を他所に、護は小首を傾げる。


「どうしたのかね? 私は、貴様が誰か聞いているのだが」

「あ、えっと……僕は――」

「そこまでだ、榊。彼女が誰かなど、どうでも良いではないか。なんなら、私の名を教えようか? 私は鹿嶋 鞘華だ」

「どう考えたら、その結果に行き着くのだ。まぁ、勉学にしか脳の無い貴様の頭では、普通の考えはまず不可能、か」


 肩を竦め、深い溜息を一つ。

 そして、侮蔑の言葉を全く気にしていない鞘華を一瞥し、再度、左隣の女子生徒を見やった。

 次いで、軽く会釈をする。


「失礼。貴様に不愉快な思いをさせてしまったのなら、謝ろう」

「そ、そんな事無いよ。別に気にしていないから」


 言いながら、慌てて両手を振るう彼女に、護は思わず苦笑した。

 だが、その表情は一瞬で消え失せ、代わりに腕を組んで鞘華を睨みつける。

 どうやら、作られた表情だったようだ。


「とりあえず、私が貴様に声を掛けたのは伝言があったからだ。副会長からだが、ゴールデンウィーク中に例の資料を纏めておいて欲しいそうだ。何故、他の生徒会役員が伝えねばならんのだと思っていたが、どうやら無駄では無かったようだ」

「そう、か。まぁ、何はともあれ、ありがとな」

「礼には及ばん。――では、用があるので失礼するよ」


 そう告げて、護は(きびす)を返した。

 用事が済んだ為、もう彼女と顔を向き合わせる意味は無いとでも言うかのように。

 だが、歩みを始めた彼の脳内では、思考が始まっていた。

 鞘華の隣に居た、女子生徒のプロフィール。

 女である事はまずの条件であるが、彼が気になったのは一人称が〝僕〟だった事だ。

 故に、他の特徴も照らし合わせたが、身長や年齢が共に範囲内だった。

 一連の事件の関係者と思わしき人物に。

 だが、彼は興味のある者(特に姫香)以外の見た目はほとんど覚えない為、彼女の姿は全くと言っていい程、今は覚えていなかった。

 ……それでも。まさか、な。

 そう、内心で否定の言葉を吐き捨てる。

 世の中は、そう簡単に事が運ぶ程、優しいものではない、と。

 ましてや、同じ高校の生徒が、というのもありえない。

 しかし、一応記憶の片隅に残しておこうと決め、彼は思考を終えた。

 そしてそのまま、待たせていた車に乗り込み、この場を後にした。

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