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Answer.10:騒々しい友人

 午後の授業が全て終わり、帰宅の徒につく生徒や部活に励む生徒が多々見られる放課後。

 廊下には、開いた窓から入る部活動の掛け声が響き、またその廊下を走る生徒も居た。

 校内の廊下を全て使い、一つの階に一学年、という振り分けでトレーニングを行っているのは、陸上部だ。

 通常、陸上部はグラウンドの外側に備え付けられた舗道を利用して部活動を行っているのだが、ゴールデンウィーク中に三年生の大会がある為に彼らだけで使い、一、二年生は校内に追いやられているのである。

 そして、三階を利用している一年生の中には、姫香の姿があった。

 赤いジャージ姿の彼女は、同じ陸上部であるジャージ姿の千尋と隣り合わせに走っている。途中、額を伝う汗を袖で拭いながら。

 と、その時不意に、千尋が声を掛けた。


「ねぇね、姫様。ゴールデンウィーク中には予定とかあるの? ――ってあ、これ聞いても答えは一つかー」

「何よ、その終始棒読みの質問は」


 目を細め、睨みを効かした視線を向ける姫香に千尋は、にははっと笑って見せた。


「だってだって、姫には愛しの榊君が居る訳じゃん? だから当然、休みの間はラブラブにゃんにゃぎゃあぁぁああぁぁ!!」


 刹那、千尋の両目に二本の指が穿たれた。

 それにより、バランスを崩した彼女は、壁に激突し、豪快にこけた。

 四肢がバラバラな方向を向いた状態で倒れる彼女は、後ろから走って来た陸上部員の女子生徒に踏まれるという追撃を受ける。

 ごっめんねちひろ~、と言いながら走って行く彼女を尻目に、肩を僅かに揺らして呼吸する姫香は、深い溜息をついた。


「何やってんのよ、あんたは」

「ひ、姫がやったんでしょーがぁ~!」

「自業自得よ。でも、休憩のついでに保健室でも行く?」

「え……あ、ついでですかいな。まぁでも、お言葉に甘えて~」


 ゆっくりと立ち上がる千尋は、素早く姫香の首に腕を回し、背にもたれ掛かった。

 その事に姫香は鬱陶しそうな表情を見せながらも、すぐに諦めて歩き出した。

 ずるずると千尋を引き摺っている彼女の後ろ姿は、他者から見れば異様な光景だっただろう。

 だが、そんな事など全く気にしていない彼女は、階段を下りて二階の保健室へと向かう。

 掲示板や地域行事のポスターが貼られた職員室前の廊下を通り、横を駆け抜けて行く二年生の陸上部員を見ながら、角を曲がる。

 その先にある通路の途中にあるのが、保健室だ。

 姫香は、保健室に寄るのはいつ以来だろうかと思いながら、そういえば護に助けられた時だ、と答えを早々に見つけ、目の前にある保健室の戸を見る。

 押し戸式のそれを、彼女はノブを捻って押し、二度目の来訪を果たした。

 室内には独特の薬品臭が漂っており、その源である薬品が並べられた棚が、壁際にいくつもあった。

 そして、奥の左側にはカーテンで区切られた空間があり、右側には長い机が置かれ、上には色々な資料が山積みになっていた。

 だが、保健室にあるべき姿は無い。


「先生、居ないね」

「別に居なくても良いじゃない。ベッド借りるだけだし」


 言いながら、首に巻き付いている千尋の腕を外し、カーテンへと近寄る。

 次いで、そのカーテンを掴んで思い切り横に引くと、シングルベッドが一つ、そこに置かれていた。

 また、その向こうもカーテンで区切られており、もう一つ同じベッドがある事を示している。

 彼女は目の前のベッドに腰掛け、千尋を見やった。


「それで、踏まれたところはなんとも無い?」

「え? あ、うん。……他に心配するところがある気がするんだけど」

「それはもう一度言うけど、自業自得よ。第一、あんたが変な事言うからじゃない」


 苦笑を漏らす姫香とは反対に、笑みを浮かべる千尋は、机の前にあったオフィスチェアに座った。

 次いで、背もたれの部分に前からもたれ掛かり、床に着いた足を小刻みに動かす。

 するとキャスターが少しずつ動き、ゆっくりと姫香に近寄って行った。

 うあーっと呻きながら進む彼女は、まるで生きる屍のよう。


「変な事じゃないですよー、立派な恋話ですよー。それで、デートの予定とかあるの?」

「べ、別にデートじゃないわよ! ただ、最近は少し冷たくし過ぎちゃったし、その……そう! この前助けてくれたお礼として、会うのを約束しただけよ!」


 顔を赤くしている姫香は、かなり必死だった。

 しかしながら、声を張り上げ、手をあたふたさせるその騒がしい行為は、保健室では厳禁だ。

 故に千尋は、まぁまぁっと言いながら、彼女を宥めようとする。

 しかし彼女は、それでも落ち着きはしない。

 と、その時だ。

 なんの前触れも無く、入口の戸が開いた。

 それと同時に入って来たのは、保健室の先生では無く、一人の男子生徒だった。

 体操服から出た肌が全体的に浅黒い彼は、呆れた表情で姫香を見る。


「全く、五月蝿い奴だな春原は。廊下まで聞こえていたぜ?」

「だ、だだだって千尋が~――って、あ。誰かと思えば執事君じゃない」

「執事じゃない、リックだ。岸田 リック。何回言ったら分かるんだよ、ったく」


 リックと名乗った男子生徒は、何やらブツブツと呟きながら薬品の棚に近付き、引き出しを開けて中を漁り出した。

 そして、すぐにお目当ての物を見つけると、じゃあな、と言って早々に立ち去ろうとした。

 だが、そんな彼を千尋が呼び止める。


「そういえば岸田君。榊君がどこ行ったか知らない? 今日の放課後は、珍しく姫の所に来なかったから」

「さぁな。まぁ、昼休みには忙しそうに電話してたから、用事でもあるんじゃないか?」

「そっか。情報ありがと~。んじゃ、バスケ頑張ってね~」


 瞬間、えっという表情をリックは見せたが、おう、と返事をして保健室を出て行った。

 そうして、後に残った二人の内、姫香は意外なものを見る目で千尋を見た。


「良く知ってたわね、あいつの部活」


 問いに、ふふんっと鼻で笑った千尋は、誇らしげな表情をしながら、床を蹴ってオフィスチェアごと回転する。

 そして、五回転程してから床に足を着けて無理矢理止まり、頭をふらつかせながら人差し指を立てた。


「バスケ部に期待の一年現る! って情報は有名だよ?」


 誇らしげに言った千尋は、姫香の返事を待つ事無く、また回転を始めた。

 対して、ふ~んっと相槌を打った姫香は、おもむろに立ち上がり、回転する千尋の頭にチョップを叩き込んだ。

 次いで、突然の痛みに悶える彼女を無視して、入口と正反対の位置にある、この部屋唯一の窓がある場所まで移動した。

 そして、窓の向こうに広がる街並みを見ながら、ふと呟く。


「……忙しいったって。何やってんのかな、あいつ」


 無意識の内に出た内心の言葉は、他の誰にも聞こえる事は無く、室内の空気に混じって消えた。

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