Answer.01:一人称の通常人
注意:同一作者の短編作品「異常人×普通人=」を先に見ておくとお得です。
恋は盲目であると、誰かは語った。辞書にもあった。
世界に数多ある物語は、その言葉を証明するかのような内容が多く見られる。
それらは学園物に限らず、ファンタジー物や政治物、コメディー物にも見られる内容だ。
コメディーの場合は、ラブコメって言ったっけか。
ともあれ、それほどまでに、恋とは数多くの物語に絶対的必要項目として取り上げられていて、ついでに最初の内は全く気にしていなかったのにとかいう設定なんだそうだ。
また、それは架空の物語に限らず、現実でも適用されている設定らしい。
――いや、人それぞれだろう。
それが、僕の意見だったのだが……。
どういう訳か、僕の周囲にはストレートに突き進む恋愛馬鹿が数人いる訳で。
理性や常識を失う事ももちろんある訳で。
僕はそんな人らを、変人の部類に入れている訳で。
……あれ? 論点が微妙にズレている気がするが……まぁいっか。
「……馬鹿な思考は一時停止っと」
呟きながら、僕は読んでいた文庫本に栞を挟んで閉じ、両手を上げて背伸びをする。
パキポキっと、音が小さいながらも骨は鳴り、自分が一時間近く同じ体勢だった事に気付く。
集中すると、いつもこうだ。
とりあえず、文庫本を制服のポケットに仕舞って、文字ばかり追っていた目を休める為に周囲を見渡した。
スピーカーやマイクなど、数多くの機材があるここは、放送室。
もちろん、入り口が開いていたからここで休んでいた、などという理由でここに居る訳では無く、僕が放送部部長だからだ。二年生だけど。
部員が少ないからなぁ。
去年の三年生が卒業した事によって、僕一人となってしまったのだ。
ちなみに、その三年生との思い出を回想するなどという、文字数稼ぎみたいな事をするつもりは無い。変人ばっかりだったし。
ともあれ、そんな訳あり(?)な放送室にて、朝七時から現在の八時十五分まで、一時間近く読書していたという事だ。
……待ち人が来るまでもう少し、時間があるな。
暇が極まってきそうなので、何故そんな時間からここに居るのかを思い出す事にしよう。
家に居場所が無いから、なんて事は絶対無い。
ただ単に、同じ高校に通う為に今年から僕の家に住むことになった、一つ下の従兄弟が部活動の朝練に毎朝出ているので、暇な僕は一緒に登校をしているのだ。
あぁ、朝練が毎朝あるって事は、僕も毎朝一時間近く放送室に居る訳で。
暇人ですみません、はい。
おっと、そういえば。
その従兄弟は黒人の血が混ざったハーフである為、肌が黒いから友達出来るかなと心配していたが、どうやら出来たらしい。
なんでも、筋金入りの変人だとか。
さて、その変人と僕の知り合いである変人を比べたら、どっちが変人なのかなぁ。
あ、その知り合いの変人は待ち人その人である。
……おや? 僕の紹介がまだだったな。
僕の名前は伊藤 秋葉。
趣味は読書と変人観察。一応、普通人……のつもりだ。
変人と一緒に居ると、僕まで変人扱いされ始めたのはつい先日。
っとまぁ、自己紹介はこれだけだが、間が持たない。
このままだと家族構成などをはな「またせたな、秋葉」
唐突に、鉄の戸が開く音と同時に一人の女子生徒が入って来た。
色んな意味で、ナイスタイミングだ。
背が高く、生徒会長の証であるバッジを、三年生の証である赤のリボンに重ね、制服の胸元に付けている彼女が、僕の待ち人である。
「待ってたって程じゃないよ、鹿嶋先輩。あ、おはようございます」
鹿嶋 鞘華。それが彼女の名前だ。
もちろん、華と付くだけあって華やかな美人だ。
都会の高校で生徒会長を務める者は皆、美人であるという都市伝説級の言葉を信じさせる程ね。
そんな彼女が何故ここに来たのかというと、校内放送で朝礼の挨拶を行うからだ。
「ちなみに、今は何時だ?」
「ん? えと……二十分だね。まだ後、五分くらい余ってるよ」
告げると、そうかっと一言だけ呟いて、近くのパイプ椅子に腰掛けた。
ぎしっという、少々錆びついた音が響き、僕と鞘華の視線が重なった。
しばしの沈黙。
そして、ノンデリカシー発言。
「鹿嶋先輩、太った?」
「――っ!? し、失礼な! 逆だ逆だ逆だ痩せたんだ! 絶対痩せたんだ!!」
「ちょっと意味の分からない慌て方になってるよ。……おっと、もう四分前だね」
「全く、お前という奴は毎度毎度デリカシーの無い事を……。っというか、話の誤魔化し方がおかしくないか?」
返答が面倒な質問なので、無視。
とりあえず、放送機器のテスト起動をし、マイクを所定の位置にセットする。
そして自分の席を立ち、鹿嶋先輩に譲った。
すると彼女は深呼吸一つして、こちらへと歩いて来た。
ふわりと、風も無いのに何故か僅かに靡いた長髪は、僕の横に来た時にシャンプーの香りを漂わせた。
俗に言う、朝シャンですかい。
俗なのかどうかは知らないが、そんな余裕があるのが羨ましい。
自分から早く家を出る朝にしてるんだけどね。
ともあれ、時間とはすぐに経つものだ。
八時二十五分を報せるチャイムが、校内に鳴り響く。
それが鳴り止んだ時、彼女の朝礼が始まる。
対して、暇である僕はポケットから文庫本を取り出し、栞の挟んであるページを開く。
今度は、朝礼が終わるまで読書だ。
午前中の授業の間は、これといって変わった事も無く無事終了し、現在は昼休みを迎えている。
僕は教室内の喧騒を人生のBGMにしながら、予め買っておいたコンビニのパンを鞄から取り出し、封を開け始めた。
パンの名前はチョコサンドクリーム。
そして飲み物は、紙パックのコーヒー牛乳だ。
まぁ、所謂甘党だ。
かといって、三食全てが甘味類という訳ではないよ?
朝食はスクランブルエッグとご飯だったし。どうでもいいけど。
とりあえず、封を開けてその身を露にしたパンを一口。
うん、甘い。
続いて、コーヒー牛乳の側面に付いているストローを取って差し込み、口に挿入し、口に銜え「ちょっと良いか、伊藤」
優雅な昼食を、突然の呼び声で邪魔された。
ちょっと不機嫌。
とにかく、声のした方へと首だけ向けると、二人の男女が立っていた。
男子生徒の方はツンツンの黒髪で、胸元のワイシャツのボタンが外れて肌蹴ている。
パッと見、中学生クラスのやんちゃ組所属みたいな奴だ。
そして女子生徒の方は、男子生徒の見た目とは対照的で、おっとりとした感じ。
濃い茶色のショートボブの髪型で、クリアフレームの眼鏡を掛けている。
身長差のある二人だ。
……なんだ、バカップルか。
「どうしたの、バカップル。昼食中に」
昼食中にを少し強めに言ってみた。
表情に変化あり。困惑か。
「そ、そろそろバカップルと呼ぶのは止めてくれよ……。ほら、一応俺達にも名前があるんだからさ」
「でも、二人はいつも一緒に居る訳だし意見も一緒だから、個別で呼ぶ必要も無いかなっと思って。だからバカップル。二人一緒の時は、例え片方と会話しててもバカップル」
「あ、あぁ~……。分かった分かった、もうそれで良い」
諦め顔で言ったバカップルは、深い溜息と共に肩を落とした。
っと、別に名前を忘れた訳じゃ無いよ?
面倒なだけなのだ、うん。
ちなみに、二人はクラスメイトである。
「それで、用件は?――こちとら、早く昼食に集中したいんじゃこりゃー」
「おわ、久々に聞いたな、お前の幼女声。そのロリに何度心引かれぐぼふぁ! じょ、冗談だ冗談! 冗談だからその拳を下ろせ!」
仕方無く、拳を下ろす。
「あぶねーあぶね。……っと、実はな? 数日前に、この学校の生徒が三人、行方不明になったって事件があったんだよ」
「行方不明?」
オウム返しで問う。ちなみに、そのような事件は聞いた事が無い。
するとバカップルは、食い付いて来てくれた事が嬉しかったのか、満面の笑みになった。
「そ、行方不明。一年の女子三人が、ある日を堺に姿を消しちまってな。最近になって急に姿を現したらしいんだが、どうも様子が変らしいんだ」
「え、何? 他の子に気が移っちゃったの? 次期浮気候補の身辺調査?」
「え!? そ、そうなの慎平君!」
「ちげーよちげーよ! 何だきょーちゃんまで! 絶対にそれは無い! ってか、俺にはお前以外、好きには絶対にならん!」
「……ほん、と?」
「あぁ、本当だ。お前が大好きだ」
……何か、変な空気が展開し始めている。
バカップル粒子が散布されているようだ。
どおりで息苦しい訳だよ。
「あの、惚気るなら他でやってくれない? 僕、昼食食べたいんだけど」
「元はといえば、お前が始めた事だろうが……」
怒りが少しだけ篭った視線が、僕に向けられていた。
良い気分はしないので、無視してパンを一口。
ふぅ、甘い。
「……まぁ、続けるぞ。――その三人は真面目ながらも、なんとなく目立つ立ち位置だったんだ。何とかっつー男子を、陰ながらに好きな奴らが集まるクラブに入っているくらいのな」
何それ? とは特に聞かないでおく。目立つのに陰ながらの意味も分かんないし。
ってか、変なクラブもあったもんだな。
本人の公認だったとしたら、もっと怖い。非公認でも怖いけど。
「だが、戻って来てからというもの、すっかり隠者だ。運動部から文化部になった、みたいな」
「こらこら、文化部を馬鹿にしたら駄目だよ。放送部直々に天罰を下すからね」
「一応、ごめん」
分かればよろしい。
……言いたい事が大体分かってきた。
「その、行方不明である期間に何があったのか、というのを知りたいんだね?」
「さっすが伊藤、察しが良いな! んでそれを、俺達三人で調べようぜ!」
「やだ」
もちろん、即答。
だって面倒臭いし。
合間に、コーヒー牛乳を数秒飲む。
なんかバカップルが五月蝿いけど、気にしない。
と、その時だ。
コーヒー牛乳の入った紙パックが、ズズズッという音を立て始め、次第に泡だけがストローを上るようになった。
パンは残っているというのに、飲み物が先に終わってしまった……。
仕方が無いので、バカップルの話に耳を傾けてみる。
「――という訳だ。全く知らない女になんて興味は無い! だってさ、俺の心にはいつもおま――」
惚気話になっていた。
臭い台詞は他でやってほしいよ、全く。
とりあえず、やっと昼食続行だ。
パンしか残ってないけど、まぁ良いだろう。