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十一、

 蓮二は、だらりだらりと足を引きずるようにして永代橋を渡っていた。


 今日も多くの人が行き交い、賑やかなものである。それを尻目に、時にはあくびをしながらだらしなく歩く。


 橋を渡り、少し歩いて八丁堀の界隈で茶屋の床几に腰かける。茶屋娘をひと言ふた言からかうと、娘は盆を抱え、嫌な顔をして寄りつかなくなった。

 にやにやと笑みを浮かべ、手を後ろに突いて空を眺める。


 秋の空は雲ひとつなく青い。

 そうしていると、蓮二の隣に股引に尻っ端折りの若い職人風の男が、蓮二とは反対の向きに座り込んだ。顔を合わせることなく、男は互い違いに座ったままでつぶやく。


滝代たきしろ殿、これにて一件落着というところでしょうか」


 蓮二は空を見上げたまま、ん、とつぶやいた。


「そうだな。まさか十五年前の事件まで関わってくるとは思わなかったが」


 答えた蓮二の声は、千世たちが聞いたら誰のものだかわからないほどに引き締まっていた。本来はそうした喋り方をする男なのだが、普段はわざと崩している。


「あの文芝堂の番頭、色々と吐いたそうですよ。これで賭場のことも取り締まれそうだという話です。滝代殿が入手したあの蜻蛉玉が隠れ賭場への通行証だとは。よく手に入りましたね」


 その蜻蛉玉を最初に見かけたのは、与力の笹本(ささもと)の邸宅を張っていた時だ。柄の悪い男たちがそろって蜻蛉玉の根付けを戸口で見せていたのだ。

 何か意味があるのだろうと引っかかっていたところ、ある日、千世が同じような蜻蛉玉を帯にぶら下げていた。拾ったのだと言う。

 千世はなんでも拾って溜め込む女なのだが、蓮二とっては渡りに船だった。


「さしずめ賭場は中間部屋か」

「ええ。あの番頭は店の金を持ち出していたので、よい客であったようです」

「そうか。最初は文芝堂の手代が番頭の栄助が店を食いつぶしてしまうと嘆いていたのを小耳に挟んだのが始まりだったが、まああちこちに根を張った事件だったな」

「滝代殿はその番頭を泳がせつつ調べていたとはいえ、月見堂の連中も絡んでややこしかったでしょう? 何事もなく終えてようございました」

「ああ、色々と危なかったがな」


 何せ千世が動き回るものだから、蓮二としてはやりにくいことこの上なかった。あれでは迅之介が気が気ではないのも当然だろう。


「――滝代殿はどうしてあの損料屋に関わるので?」


 急にそんなことを問われた。

 この男も蓮二と同じ立場の者である。蓮二の方が少々目上であるので敬ってくれるだけだ。

 蓮二はくつくつと笑った。


「どうにもややこしいことに巻き込まれやすい店だからな。あそこにいると事件が勝手に集まってくる。捜す手間が省けるぞ」


 千世ががらくたを拾うように集めているとも言えるかもしれない。本人はそれに気づいていないけれど。


「それは難儀でございますなぁ」

「まあ、保科殿の御子息がいるので、あまり睨まれたくはないのだが」


 蓮二は普段から手に剣胼胝など作らないように、剣よりも合気道の鍛錬を主にしてきた。一見しただけでは町人としか見えないように努めている。

 迅之介が何かに気づくことはないはずだ。


 それでも、執拗に見られ、気にされては困る。蓮二はなるべく小石や木の葉のように目立たぬ者でありたいのだから。


「さて、俺はまたしばらく潜るが、原木はらきさまによろしくお伝えしてくれ」

「はい、お気をつけて」


 蓮二は立ち上がり、再び深川に向けて歩み出した。同胞も何事もなかったかのようにして去っていく。


 滝代明峰あきほ

 それが蓮二の本来の名だ。

 大小を差して羽織袴で歩くことはなくとも、この男は士分である。


 町人のなりをし、町に溶け込み、与力や同心が悪事を働いていないかを探る、隠密同心と呼ばれる役職の者。三廻同心のうちで最も特殊で、罪人の捕縛などにも当たらない。調べだけを主に行う。


 公にことを起こすことはほぼなく、彼らの行動は、秘密裏に行われた。

 故に、その正体を知る者もごくわずかである。


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