♤第三話:インスタモデルとのあまりにもテトリス過ぎた出会いを信じることができるだろうか?♤
人間の感覚とは本当に不出来なもので、一コマ五十分の授業は二時間者の映画より長く感じるのに比べ、たった二日しかない休日は飛ぶように過ぎていく。
そんなこんなで、あっという間に週が明け、月曜日。秋畑高等学校二年三組にはちょっとした変化が起こっていた。
(―――なんだ?)
朝、俺が教室に入ろうとすると、自分の席の周りに人だかりができているのに気が付いた。
普段は煩わしい会話からは逃れられるが、こんなとき、クラスラインに入っていないのはデメリットになる。
(・・・まあ、それに関しては、忘れられているだけなんだけどな)
あいにく咲菜も、バドミントン部の朝練でいないようで、事情を聞きようがない。
(あの~そこ俺の席なんだけどな~)
・・・言えないよな~。俺は窓際後方二番目の席で立ち止まることなく、そのまま歩き続けた。
我が物顔で席を占有している女子は、体を後方に向け、笑顔でおしゃべりタイムだ。
どうやら人だかりの中心は俺の席のさらに後ろの席らしい。確かあそこはしばらく空席が続いていたはずだったが。
「―――なにやってんの?」
「うお!なんだ咲菜か」
手持無沙汰に黒板掃除を続けていると、朝練を終えたのかチャイムぎりぎりで咲菜たちバドミントン部集団が教室に入室する。
「なんなんだ?あれ」
「あれ?知らなかったの?天海みやちゃん」
「いや、知らんけど」
輪の中心になっている、あの女の子のことだろうか。
十人以上いる集団の中でもひときわ目立ち、自然と彼女に目を引かれる。優しいカスタード色で、きれいに整えられたたショートヘアが特徴的で、白く美しい肌と整った顔立ち。
なんというか高校生っていうより、モデルとかアイドルとかっていう方がしっくりくる。
「まあ、彼女ほんとにモデルだしね」
「え、なんで?」
「右代の浅はかな考えなんて、簡単にわかるし」
咲菜は少し怒ったような表情でそう言った。
「何怒ってんだよ」
「べっつにい?ちなみに私だってモデルの勧誘されたことあるもんね~」
「張り合うなよ・・・」
幼馴染だと気づきづらいが、咲菜も相当かわいいとクラス内だけでなく校内全体で人気だ。そのことは、俺がいつもあらぬ疑いをかけられるので、身をもって体感している。
「ほらみんな、もうすぐチャイムなるから席着こ?」
「お、咲菜おっはよ~朝練終わり?」
「うん、今日も時間ギリギリ。ゴリ先試合近いからって張り切っちゃっててさ~」
咲菜が声をかけると、俺の席周りの人だかりは徐々に減っていき、チャイムと同時に全員が自分の席へと帰っていった。
(ほかのクラスの奴も来てたのかよ)
数人が廊下に出ていったのを見て、後ろの住人の知名度に改めて感服する。出席確認で彼女の名前が呼ばれると、この辺りにクラス中の視線が集まる。
もちろん大半は俺が目当てなわけではないだろうが・・・やはり、数人は明らかに俺を見ている。おそらく男子のものであろう、刺さるような視線が俺に注がれている。
・・・・心配しなくても俺はなにもしないって。
「はあ・・・」
これからしばらくこんな感じなのだろうか?先のことを考えると気が重くなる。
(はやくせきがえこないかな・・・)
♤
チャイムが長かった古典の授業の終焉と、同時に昼休みの始まりを告げる。授業中うつらうつら夢見心地だった俺は、その鈍い振動が机を揺らしたことで我に返る。
既に机の周りには見物人の有象無象が集まっていた。一度たりとも開くことのなかった不憫な教科書を俺が机にしまっていると、クラスメイトAが俺に鋭いアイコンタクトを送る。
(へいへい、いまどきますよ・・・)
俺は財布とスマホ、それから携帯ゲーム機という昼休みを有意義に過ごすための三点セットをリュックから取り出すと、購買に向かうことにした。
(付き合ってられるか)
もともと俺はたまに咲菜に誘われるときを除いて、教室で昼食をとることはない。にぎやかな場所で食べることも別に嫌いではないが、一人でのんびりと食べる方が好きだからだ。
俺は西階段を上ると、その先にある屋上でサンドイッチを包んでいる包装をはがした。特製ツナサンドと焼きおにぎり、それから一応健康に気を使って野菜ジュース。これが今日の昼食メニューだ。
「いただきます」
俺はまずツナサンドの片割れを手に取って、口に運ぶ。学校の購買だけあって、相変わらずのボリュームだ。
・・・やはり一口で頬張ることはかなわず、咀嚼を優先する。
「っと・・」
校庭に人が出てきたため、一メートルほど下がり、視覚に入る。
(体育の準備だろうか?先生も早くから大変だな。)
生徒の安全の観点から、最近では多くの学校が行事などを除き屋上への侵入を禁止している。県立高校である秋畑も、もちろんこの例に漏れることはない。
しかし、西階段からしか上がることのできない、通称西屋(俺が呼んでるだけだが)は死角が多く、気を付けていれば外からばれることはない。まあ、仮に誰かが上がってきたら、そのときはばれてしまうわけだが。
(見つかったら反省文かな)
しかし、そういうことは考え出すと現実に起こるのはいったいなぜなのだろうか?俺は背後から聞こえた扉の開閉音に、思わず体を翻らせた。
「あれ?きみは・・・」
(天海みや・・・?)
なんでここに?いやそんなことはどうでもいいか。彼女は俺のことを認識しているかどうかわからないが、とりあえずごまかしておこう。
「ここは立ち入り禁止ですよ?」
「そうなんだ」
彼女はそう言いつつも、俺からそう遠くない場所に腰を下ろし、手にしていた紙パックにストローを刺した。あれは確か、三階の自販機で売っているオレンジジュース。この学校で果汁100%と言えばそれしかないので、俺はすぐにたどり着いた。
「飲みたいのかな?」
俺の視線が気になったようで、彼女はストローの先を俺の方に差し出した。ジュースよりも、薄ピンク色の艶やかな唇の方に目を奪われてしまう。
「いや、さっきも言ったが、ここは立ち入り禁止で・・・」
「じゃあきみは?確か、教室で前の席に座ってたよね?」
(覚えてたのか)
「俺は・・・そう、委員会だ。美化委員だから、たまに屋上の掃除をしてるんだよ」
「ふうん・・・お昼食べながら掃除ね・・・」
我ながら厳しい言い逃れだったと思う。じゃあ先生に謝らないと、と入口の方へ向かった彼女を俺は引き留め、事情を説明する。事情と言っても、100%言い訳なんだが。
「・・・じゃあ、私がここにいても問題ないってことだね」
「問題はあるが、俺が断る理由はないな」
それを聞くと、彼女は俺の隣に座り直す。
「みんな、仲良くしてくれるのはうれしいんだけど、教室にいると質問ばっかりでなにもできなそうでね」
「そうか・・・」
「あ、そうそう、私のせいできみには迷惑かけちゃったから、これお詫び」
彼女はスティック状のパンが数本入って袋を俺に差し出した。
「いいのか?」
「ほうほ、ほうぞ」
口にくわえたパンのせいか、天海がしゃべりづらそうに答える。別に彼女が悪いわけでもないが、せっかくなのでもらっておくことにする。
彼女がここに来たのは、もともと俺に挨拶するためだったようで、お互い軽く自己紹介的なことをしてからしばらく、特に会話らしい会話は生まれなかった。
「あ、スイッチ」
それから初めてしゃべったのは天海で、俺が持ってきたゲーム機を手に取ってつぶやいた。
「ちょっといじってもいいかな?」
「お好きにどーぞ」
天海は手慣れた様子でゲームの操作を始める。
「モデルもこういうのやるんだな」
「榮倉くんはモデルを何だと思ってるのかな。私だって君と同じ高校二年生、完全に偏見だよ」
確かにそうかもしれない。天海とも、こうして話してみると結構しゃべりやすいというか、有名だからと言ってギャップのようなものは感じない。
「ていうかきみこそ、昼休みに一人でモンクエとは・・・友達いないの?」
「う、まあ少ないのは認める」
「―――いないとは言わないんだ」
「まあ、一応な」
「へえ・・・・」
よほど集中しているらしく、会話中彼女の視線がディスプレイから離れることはない。かすかに聞こえるBGMから、彼女がプレイしているゲームがテトリスだとわかると、つい画面に目が行ってしまう。
ブロックは既に十層以上積み重なっており、なかなかピンチな状況だ。
(あ、それはあそこに置いた方がいいだろ・・・)
ちょくちょく雑なプレイングが見受けられるとはいえ、彼女もなかなかの腕前だ。ゲームオーバー寸前で良く持ちこたえてると言っていい。
それにしても・・・・テトリスなんてしばらくやってなかったが、人がプレイしているのを見るとなぜだか無性にやりたくなるよな。茶々を淹れたくなる気持ちを必死にこらえ、ただ画面を見つめ続けると、そのときはやってきた。
「「あ」」
天海が落ちてきた棒状ブロックの扱いを誤り、築き上げてきたカラフルなブロック壁は崩れ落ちてゆき、ゲームオーバーが画面に表示される。
「・・・・む」
「はは、どんまいどんまい」
「―――なんかうれしそうじゃない?」
文字通りのむっとした彼女の表情は、教室でのどこか窮屈そうな面様とは違い、感情をありのままに表しているように思えた。
「・・・?」
「いや・・・なんでもない、次は俺の番な」
「え、交代制なの」
俺は天海からスイッチを取り上げると、手慣れた手つきでブロックを消し始める。
「まあ、私の12万点は超えられないと思うけど」
そう言いつつも、どこか心配そうな表情で画面をのぞき込む。春の暖かい風が吹くたび、彼女の髪の毛から心地よいシャンプーのパフュームが香る。
俺は惑わされることなく、コンボを決め続け、ついに彼女と得点を超える。
「・・・上手だね、ミスター・スラント」
「おいなんだそのへんてこな名前」
「斜めのブロック積むのが上手だから」
・・・<slant>:坂とか斜めって意味だったか。確かに俺はこういうブロックをかゆいところに埋めこむのが得意・・・だっ‼
「―――約17万点か」
最終スコアを見て俺が口ごもると、天海は「正確には16万8274点だよ」と付け加えた。
「まあ、次で超えるけどさ」
「おいまだやるのかよ、次科学の実験だぞ」
「あれ、そうだっけ・・・じゃあまた明日だね」
天海は、俺に明日もここに来るようにと取り付ける。どうやら知らぬ間に彼女の中の反骨精神的なものを刺激してしまっていたらしい。
しかし結論から言うと、俺たちが翌日《《屋上》》で顔を合わせることはなかった。
それがなぜなのかという答えは、放課後先生の一言から始まった。
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