♡第二話:幼馴染との花金がどうなるか俺にはだいたい予想がついている♡
「遅れてきたにしては適当な内容だな」
目の前の不機嫌そうな顔が、ぶっきらぼうにそう言い放った。二年三組担任の、岩切佐夜子教諭である。最近の先生にしては珍しく、黒を基調としたスーツをきちっと着こなし、大人な落ち着いた雰囲気を醸し出しつつも、前髪につけられたカラフルな三つのヘアピンは高校生にも一定の親しみやすさを感じさせる。
「これでも結構真剣に考えたんですがね・・・」
「ほう?志望理由にAIに決めてもらったとあるが?」
「それは・・・最終的な判断としてそうなっただけであって」
一周回って大丈夫とか言ってたが・・・咲菜め、やっぱり駄目だったじゃないか。
先生はあきれたようにため息を一つつくと続けた。
「榮倉の成績なら都心の良い大学も狙えると思うが」
「いやー、ははは。ありがとうございます」
「別にほめてるわけじゃない。私は担任として事実を伝え、アドバイスをしてやっているだけだ」
先生は咲菜にも同じことを言った、ともう一度深いため息をついた。
・・・咲菜のやつ、自分はしっかりし考えてるみたいなこと言っといて、結局あいつも同じとこ選んだのかよ。
「・・・まあでも、今のところやりたいことがあるわけじゃありませんし。頭のいい大学行って毎日頑張るっていうのもガラじゃないというか。」
先生は俺の言い分を小耳に聞きながら、飲みかけの缶コーヒーに手を付けた。
「きみがそれでいいというのなら、私はこれ以上何も言えないな。だが正直、昔のきみを知っている私からすると少し残念ではある。」
しばらく黙って聞いていた先生の口から飛び出したのは、俺にとって思いがけない言葉だった。
「あれは八年くらい前だったか、大学の関係で小学生のバスケットボール大会を見に行ったことがある。そこでの君はまるで物語の主人公のように輝いていたのを覚えているよ」
「それに比べ、今の君にはまるでセミの抜け殻のように実態がない」
・・・・・・先生の指摘は多分正しい。俺は中学校入学と同時にまるで生まれ変わったように変わった。自分自身もそう思う。料理人になりたいなんて、父さんに打ち明けたのは間違いだった。
「・・・すまない。教師が少し出過ぎたようだ、忘れてくれ。」
俺が黙っていると、先生の方から沈黙が破られた。俺は軽く会釈をすると職員室を小走りに後にした。
♤
その日の夜、結局夜九時くらいまで咲菜と遊んで帰った俺は、十一時くらいに風呂に入ってから自分の部屋に向かった。
(電気・・つけっぱだったか?)
不自然な明りが二階の廊下を照らしていたが、特に気に留めることもなく扉を開ける。
「やっほ右代!さっきぶり~」
部屋の隅に置かれた俺のベッドの上で、咲菜はスマホをいじりながら言った。
「なんだ来てたのかよ・・・てかどうやって入ったし」
「愚問ですな~」
咲菜はそう言って、うちの合鍵が付いた鍵束をくるくるとまわした。そういえばこの間来たとき、スマブラで負けて渡したんだっけ。
「別にインターホン押してくれれば、入れるんだけどな。」
「それはまあ、合いかぎで好きな時にっていうのがまた、いいわけでありまして・・・」
咲菜は立ち上がり、「う~ん」と気持ちよさそうに両手をぴんと天井に伸ばした。
「で?何しに来たんだ?お前の好きなホラー番組ならもう終わってる時間だろ」
「それこそ愚問だよ、ほらっ、この前の続き!」
咲菜はご丁寧に二台並べて置かれたディスプレイを指さした。それぞれにピンクと黒のps4繋げられており、いつでも隣でマルチプレイが可能な状態になっている。
「なあ、これやっぱ邪魔なんだけど。別にお前も家からやればよくね?先週苦労して運んどいてなんだけどさ。」
「何言ってんの?駄目に決まってんじゃん!同じ空間でやらないと右代の驚いた顔とか見れないし」
(こいつ・・・)
咲菜は座布団をそれぞれのモニターの前に用意すると、「バシバシ」と叩いて俺に座るように指示を出した。
「せっかくの花金なんだから!めいっぱい楽しもうぜい」
「へいへい・・・」
いろいろ文句をつけつつも、俺は指示通りにゲーム機の電源をつける。
「飲み物、何がいい?」
「お、気が利きますな~。じゃあ、私コーヒーで!」
「コーヒーね」
「あと、この間のポテチ!残ってたら持ってきて~」
(ラーメンの後にポテチかよ・・・)
その細い体のどこにそんなに入るんだ?一度開封したスナック菓子は早めに食べてしまった方がいいのは事実だが、俺の家に来てあまり不摂生をされるとおばさんに申し訳が立たない。
「・・・ポテチは駄目だ」
「けちい!」
プイッとそっぽを向いた咲菜をしり目に、俺は一階のキッチンへと向かう。
一日活動していたとはいえ、日中中途半端に寝たせいか、あまり眠気はない。それに正直、俺もあのゲームのことは気になっていた。
“モンスタークエスト”の最新作。俺はこういうゲームをあまりプレイしないが、拠点となる村人たちとの絡みなど、ストーリー構成もしっかりしている。先週末に二人で始めたが、ラスボス的な存在がどうしても倒せず、その後の展開が気になって仕方なかった。
ドラゴンに連れ去られたエミリーがどうなったのか。ゲームの中の出来事とは言え、俺は早く彼女を助けるべく、急いで二階へと戻った。
♡四時間後♢
「神ゲーだったな・・」
エンドクレジットが流れる中、俺はそう呟く。ドラゴンには合計10回以上やられたが、ゲームでは最終的にそんなことは関係ない。
間一髪のところでエミリーを救出した主人公ダンテは、ゲームの最後で彼女と結ばれるという劇的な幕切れをした。しかし、別画面で同じストーリーを体験した咲菜は違う感想を持ったようだ。
「そうかな、これじゃダンテの幼馴染フォルトゥナがかわいそうだよ・・・」
フォルトゥナとは、作中で回復系の魔法を操る魔法士である。主人公のパーティーの一人で、くしくも咲菜が好んで使っていたキャラクターでもある。
「ねえ、右代はどう思う?」
「え?あーうんと・・・」
無事クリアできたことで、どっと眠気が襲ってくる。
「確かに、ダンテは少し冷たかったかもな」
「だよねだよね、お姫様でお金持ちだからってエミリーの方を選ぶなんて、浅はかすぎるよな~」
咲菜は満足そうに頷き、ベッドにダイブした。
「あ~流石につっかれた~」
「おい、ちゃんと自分の部屋で寝ろよ?」
ゲームの電源を落とし、周辺機器をやや無造作に引き出しに突っ込む。
「え~いいじゃん。こんな時間に女の子をひとりで返すつもり?」
「こっからおまえの部屋まで、一分もかからんだろうが」
俺の的確な返しに、さすがに反論の余地がないのか、咲菜は子供のように駄々をこね始めた。
「ていうか、私のにおいつけたから、このベッドはもう私のなの」
咲菜はそう言うと、両足をすりすりと布団にこすりつけた。掛け布団が波立ち、うちで使っているのとは違う柔軟剤のさわやかな香りが鼻に届く。
「おばさんに言うぞ?」
「しいらな~い」
枕に顔をうずめてそう言ってから、咲菜は微動だにしない。どうやら本当に泊まっていく気らしい。しかし幸いにも、両親のベッドはそのまま。自分がベッドを奪っても、寝る場所には困らないことは、咲菜もよく分かっている。
「はあ・・・じゃあ俺は隣の部屋で寝るから。コーヒー飲んだんだから、歯磨きと、トイレは行っとけよ?」
咲菜は磨いてくれと言わんばかりに、イーッときれいに生えそろった白い歯をのぞかせる。
「調子に乗るな」
俺は彼女がくるまっていた掛ふとんを無理やりはがすと、洗面所まで手を引いた。
「ほら」
「ん、あふぃはと・・・」
小さい頃から、よく遊びに来る咲菜の歯ブラシは用意してある。歯磨き粉をつけ、咥えさせてやると咲菜はしゃこしゃこと磨き始める。
見慣れた後ろ姿に、自然と心地よさを覚える。といっても、昔はそこまでたくさん遊んでいるというわけではなかった。俺は習い事で忙しかったし、咲菜も女友達と遊んでいることの方が全然多かった。
しかし中学に入って、俺が一人になってからは、暇さえあれば咲菜は俺にかまうようになった。周りが俺から離れていく中で、彼女だけは変わらずそばにいてくれた。あの日からずっと、俺はずっと咲菜に甘えているんだ。
しかし、咲菜には咲菜の人生がある。
(もし、咲菜がただ俺を憐れみ、一緒にいてくれているのなら・・・)
この関係にも、終止符を打たなければならないだろう。