♢第九話:この生意気なテニス少女を仕方ないから助けてやろうと思う(一)♢
「―――いらない」
「・・・・あれ?」
翌日の放課後、さっそくテニスコートを見に行ったが、オフの金曜日にもかかわらずやはり白川が練習をしていた。
そこで俺は借りたラケットを持って、コートに入ったのだが・・・・。
「―――いらないって、なにが?」
「あなたよ。・・・誰に言われてきたのか知らないけど、あなたのサンドバッグは、授業のときだけで十分だから」
(やっぱサンドバックだったのか・・・)
「じゃなくて・・・そうはいっても、誰か相手がいたほうがいいってこの前も言ってたじゃねえか」
「だから、大丈夫だって言ってるでしょ?これは私の問題だから。たとえ誰であっても迷惑なんてかけたくないの」
(こいつ・・・どこまでも強情な)
「あーそうかい・・・じゃあせっかく来たんだし、俺もこっちのコートで練習でもしようかなー!」
「・・・・勝手にどうぞ」
こうして俺たちは、意固地にも別々にテニスボールを打ちだしたわけだ。
(―――あれ?ていうか練習っていっても、テニスって一人じゃ素振りくらいしかできなくないか?)
助けを求めて隣をちらりと見ると、彼女はサーブの練習をしているようだった。
(あ、なるほど・・・その手があったか)
しばらくこっそりとみていると、彼女のサーブはネットに引っかかるケースが多いようだった。
本当にスランプなのか、それともサーブ練習のし過ぎでフォームが崩れているだけなのか。
ずっと一人で練習なんて、後者に思えるのは俺だけか?
(まったく・・・)
そうはいっても、本人がこうも聞かん坊だとどうしようもない。
「―――おわっと・・・」
「ちょっと、そこに居るのはいいけど、邪魔はしないでくれる?」
俺がサーブのつもりで打ったボールが白川のコート上ではねると、彼女は不満げにそう抗議した。
「いやーすまんすまん・・・サーブって難しいよなぁ・・・フィフティーン・ラブ(ボソッ」
「・・・ちょっと待って、今ボソッとなんて言ったの⁇」
「別に?練習してるんだから邪魔しないでくれよ・・・」
「――ッ⁉あ、ああそう。そういう感じね・・・」
彼女は何か悟ったようにそう言うと、再びサーブ練習を始めた。
「「・・・・・」」
コート上には再び沈黙が訪れ、ボールが空気と摩擦する音や、地面にはねる音が響く。
(・・・!)
俺は先ほどと同じような要領で、ボールを白川のコートに落下させた。しかしながら、白川もそれを予想していたのか、勢いよくラケットを振りぬいた。
「きゃっ!」
しかし、そのラケットは豪快に空を切り、白川はコート上に尻もちをつく。
(まずい、やりすぎたか⁉)
「おい、大、丈夫・・・か?」
俺が駆け寄る前に彼女はゆっくりと立ち上がり、落ち着いた様子でジャージについた砂を払い落とす。
「―――いまのは?」
「あ、ああ。ちょっと回転をかけてみたんだが・・・この前白川がやってたみたいに・・・さ」
「・・・・・・ふうん、へえ・・・」
白川は真顔で俺のことを見続ける。
(冷静なのが逆に怖い・・・!)
無言のまま、彼女は俺とネットを挟んで反対側に移動し、ボールをこちらによこした。
「・・・・・・」
「なあ、本当に悪かったって」
「別に?私は怒ってないし」
「・・・・」
「初心者相手にいいようにあしらわれて、転んでるところも見られて超恥ずかしいとか、全然思ってないから」
(めっちゃ根に持ってんじゃねえか・・・)
数回のラリーで慣らしたところで、白川は強めのダウンザラインを俺のコートに沈め、フィニッシュした。
「・・・ねえ、私はどうしても一週間後の練習試合で勝ちたいの・・・中学校時代の先生が見に来るから。だからあなたの気持ちはうれしいけど、もう帰って」
白川はそう言って、水筒のスポーツドリンクを口にした。
「―――わかった、そうだよな・・・白川にもこだわりがあるのは、よくわかったよ。回りくどいことしてすまなかった」
「そう、じゃあ・・・」
「だがな、俺もここで引くわけにはいかないんだ。だから、いっそテニスで勝負しないか?俺が勝ったら、一週間後まで俺の方針に従ってもらいたい」
「なんでそうなるの・・・それに、私に勝てるとでも?」
そう、負ける可能性がある以上この手はなるべく使いたくなかったが、ここまで頑ななのだから仕方がない。
「ああ、だから、俺のサーブでスタートして、一発勝負っていうのはどうだ?ちなみに、怖いなら別にいいぞ?またサーブ練に逃げても・・・」
最後まで言い切る前に白川はポケットからボールを取り出し、右手でこちらに放った。
「・・・そんな安い挑発に乗ったとは思われたくないけど、まあいいわ。私に喧嘩を売ったこと、必ず後悔させてあげるから」
「決まり、だな・・・じゃ、遠慮なくいかせてもらう、ぞ‼」
俺は向こう側コートのネット際ぎりぎりに、嫌らしい回転をかけ、サーブを落とすようにして打ち込んだ。
リスクをとって難しいボールにしただけに、白川の返球はさほど厳しくはなかった。
「―――どらあ!」
気合を入れて強めの球をオープンコートに入れるが、白川は難なく打ち返す。
「ぐ・・・」
数回ボールが行き来したのち、俺のショットは、苦し紛れのチャンスボールになってしまう。
これで、万事休す・・・か。
♡
「はあ・・はあ・・・・」
俺はコートにあおむけになって、天を仰いだ。
「意外・・・あなたのことだから、もっと反則すれすれの汚い手を使ってくるかと思ってた」
(ひどい言われようだな・・・たしかにいくつか方法はあったが、そんな方法で勝っても、白川は結局納得しなかっただろう)
「―――あなたの方針って、どんな感じなの?」
「え?」
思いがけない展開に、思わず言葉を詰まらせた。
「なんていうか・・・ゲームには勝ったけど、結構ぎりぎりだったし・・・聞いてみるくらい損はないかなって」
「やっと聞く気になったか、この頑固者め・・・」
「茶化すなら聞かない」
「あ、いや待て待て」
「・・・簡潔に言えば、白川の問題点は“食事”だ」
「食事⁇フォームとかではなくて?」
「ああ、今日一日俺はお前のことを観察してたんだが・・・」
「・・・・変態」
(素の反応が出たな・・・)
「あーまてまて。これはあくまで仕事としてやったんだからな?勘違いしないでくれ」
「・・・話を戻すが、昼食が移動しながらの栄養ゼリーとサプリメントじゃさすがにまずい」
俺は彼女に青色のノートを手渡した。中身を見た白川は驚いたようにしながら、ページを一枚一枚めくっていった。
「・・・・これ、あなたが書いたの⁇」
内容は、健康に配慮した食事のレシピ。まあ、昔母親が作ってくれたやつを、JK用に俺が改造しただけだけどな。
「テニス部のやつらから、白川の家が共働きだって聞いてな。どうせ朝晩もろくな飯を食ってないんじゃないかと思って」
「・・・そんな、こと」
どうやら図星のようだ。
「・・・とりあえず、試合までの一週間、部活外練習は禁止。そのぶんの時間を体のケアに充てるべきだ」
「・・・それで、本当にうまくいくの?」
「ああ、約束する・・・本当は俺が家に行って作ってやった方がいいんだけどな」
「それは無理」
(ですよね・・・)
少し口角を緩めながら、しかしながら、変わらずクールにふるまう白川。
(あと一押しってところか?)
「もし、これでお前が負けたら・・・そうだな、鼻からスパゲッティーでも食べて見せようか?」
「そんなこと、できるわけないじゃない」
「ああ、だが、俺の方針に従えば、お前は負けない・・・絶対にな」
「・・・私とあなたはこの前会ったばかりよね?なんでそんなに言い切れるの?」
「さあな・・・・」
「あっそ・・・」
「あ、いや待て待て!
・・・似てたんだ。昔の俺に、いまのお前がな」
「昔の、あなたに?」
「ああ、他人の話を聞かない強情なところとか、そっくりだ」
「そういえば、体を動かすことは苦手じゃないって・・・なにかスポーツをやってたの?」
「・・・・・・」
「・・・?」
「―――いや、ま・・・俺の話はこの辺でいいだろ?」
「・・・ちょっと、ここまでじらしておいて?」
「気になるなら、試合に勝ったら教えてやるよ」
俺がそう言うと、彼女は少し恥ずかしそうに表情を変えながら、目線をそらした。
「わかった・・・あなたの考えに従ってみることにする。よろしくお願いします、榮倉右代君」
♡




