魔族の義母がかわいすぎて少し距離を置こうと思います。
「義母さん、話があるんだ」
「改まってどうしたのですか? ヒース」
上機嫌に食器を洗う義母さんに僕は意を決して声をかけた。
僕は義母さんが大好きだ。
口にするのは少し照れくさいけど、この気持ちは決して恥ずかしいものではない……と僕は思う。
だけど最近はその気持ちに少し変化が現れてきて……
「黙っていては分かりませんよ?」
義母さんは目を細め優しく微笑んだ。
ぐぅっ!
か、かわいい……!!
そう、義母さんは可愛すぎる。
魔族である義母さんの実年齢は1000歳を超える。本人が無頓着なので詳しい年齢はわからないが、これは僕たち普通の人間の年齢に換算するとせいぜい20代前半程度らしい。
思春期真っ盛りの僕からするとハッキリ言って全然余裕で守備範囲である。年頃の男女がひとつ屋根の下で二人きり……何も起こらないはずがない。
そこで僕はこの悶々とした日々に終止符を打つために僕はある決断をした。つらい決断だが僕たち親子には必要なことのはずだ。
「僕、家を出」
「駄目です」
さ、最後まで言わせてくれない……
「一体どうしたのですか? この母になにか至らないところでもありましたか?」
そんなことを言いながらも義母さんの声は怒気を孕んでい
る。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「ハッキリ言いなさい」
うう……義母さん、怒ると怖いんだよなあ。だけど僕にも引けない理由がある。
「僕も今年で16歳。人間の社会だともう成人してる年齢だ
ろ」
「……」
「だから僕、街に出て自立したいんだ」
別にでまかせというわけじゃない。目的は別にあるとしても自分で生計を立てたいというのは本当のことだ。しかし……
「そのような必要はありません。ヒースは一生私が面倒を見るのですから」
「何言ってるの!?」
義母さん、甘い甘いとは思っていたけれど、それじゃ僕駄目人間になっちゃうよ……
「それに」
まだあるのか?
「ヒースがもう少し大きくなればあなたのこの母への邪な気持ちを受け入れてもよいのですよ?」
ヒイッ
まさか見透かされていたのか……!?
義母さんは頬を紅潮させ艶めかしい目で僕を見つめている。
なんというか……湿っぽい。
というかさっきまで怒ってたのに温度差激しすぎだろ。
「も、もう知らないよ! 明日には発つからね!!」
僕は耐えかねて部屋を飛び出した。
しかし義母さんもあんな風に考えてたなんて思いもしなかったな……やっぱり間違いが起こらないように距離をとる必要がある。
自室に戻り旅の準備を済ませるとベッドに寝転んだ。ほどなくして睡魔が襲ってくる。このまま寝てしまうか……
僕は物心がつく前に義母さんに拾われた。元の親がどういった経緯で僕を手放したのかは知らないし今更興味もない。そのことに寂しさを覚えたこともない。それは義母さんがありったけの愛情を注いでくれたからに他ならないだろう。
義母さん、昔は料理下手だったな。でもいっぱい勉強して今では見違えたよな。
僕が誤って一人で森に入って迷子になった時は血相を変えて探しに来たっけ。あのときは滅茶苦茶怒られたな。
……あれもこれも全部僕のために。
顔に当たる柔らかな感触に気が付き目が覚めた。
何かと思うと義母さんが僕の頭を抱きかかえる形で添い寝していた。
顔に当たる双丘はひんやりとして心地が良い。魔族の透き通るような青い肌は人間のそれより少し体温が低い。
不思議と、いやらしい気持ちにはならなかった。
出発の朝、僕は義母さんの作った朝食を食べながら思いにふけっていた。食べ慣れた食事もこれで最後だと思うと少し寂しくなる。
いけないいけない……こんなところで感傷にひたってどうする。
僕は残りの料理をかっ込んだ。
「さて、行くかな」
「待ちなさいヒース」
うう……やっぱり引き止めるつもりか。
「ヒース、少し話をしましょう」
そう言って義母さんは向かいの席についた。
「思えば……母は少しあなたに依存しすぎていたかもしれません」
「……」
そうだね、とか言いそうになったが寸前で僕は言葉を飲み込んだ。
「聡いあなたはとっく気づいていたでしょう。ずっと今の関係を維持していくのは難しいことに」
「うん……」
そうだ。数千年生きる魔族からすれば人間の一生など一瞬の閃光のようなもの。僕はすぐに義母さんよりずっと大人になってしまうのだ。
「潮時なのかもしれませんね……」
「そんなこと言わないでよ!」
僕は即座に否定した。
「確かにずっと親子でいるのは難しいのかもしれないけどさ。それってそんなに大事なことかな?」
「ヒース……」
「どんな形であれ僕が義母さんのことを大好きな気持ちはかわらないよ」
我ながら死ぬほどクサい台詞だけどこれが僕の素直な気持ちだ。
しばらく間を置いて義母さんは口を開いた。
「あなたの気持ちはわかりました」
分かってくれたか。僕は胸をなでおろした。
「では私も同行しましょう」
ん?
「ヒースも私と同じ気持ちで嬉しいですよ」
んん??
「というと?」
「関係が変わっても問題がないのなら離れる道理はないでしょう」
あれ、そうなるのか? 僕にはわからない……
「二人で色々な場所に赴き、色々な人々と出会い、色々な料理を食べ、色々な景色を見るのです。きっと素敵な旅になりますよ」
義母さんは目を細め優しく微笑んだ。
うう……かわいい。どうも僕はこの顔に弱い。
自立するのは当分先になりそうだけど、まあ義母さんが喜んでくれるならいいか。
僕は観念した。
終




