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99 世界の意志



 40日目。

 ロケット祭当日だ。

 昨日は前夜祭。盛り上がった大人たちが、死屍累々としている頃合いではないだろうか。


「…おはよう御座います」

 出先ということで隣のベッドで休んでいたサリーが起きる。

 同じ部屋でも眠れるなんて、最初を思えば、ずいぶん距離も近くなった。

 場所はサリーの薬師小屋だ。


「おはよう」

 しばらくぼーっとしていたサリーは、ややあって顔を押さえた。耳まで赤い。

 佐里江さんほど色白とかじゃないけどさ、サリー。

 そこまで赤いとよくわかる。


「先ほどは大変な失態を。そのうち挽回させてください…」

 サリーは自分には厳しいところがあるからなあ。

 見えない尻尾がしょんぼりと垂れている。

 年上として頼もしくリードしてくれるつもりだったんだろう。

 そーいうのもいいけど、イチャイチャするならオレだって甘やかしたいし。

 やあ、お互い初々しかったな!

 そういうことで。


「わたしはサリーと仲良くなれて嬉しかったな」


「リベンジを、リベンジをさせてください」

 なんか、こーいうふうに駄目になっているサリーは珍しいな。

 可愛い、可愛い。ああ、頭を撫でまわしたい。

 手が疼く。


「楽しみにしている。……お手柔らかにな?」


 リアルの夜は、ちょーっと刺激的だった。

 サリーは全部脱いでくれたわけじゃなかったけど、初めて見た鎖骨とか、足とか、目を奪われた。


 綺麗だったなあ、サリー。

 女性らしくはないけど、骨張った男でもない中性的な体だった。

 外観はほぼ女の夢魔とは違う。

 まだ羽も伸びていない、羽化しかけの生き物ようで、神秘的で。


 サリーは強くて頼もしいが、佐里江さんは繊細なところもある。


 ……うん。大事にしよう。






「おはよう御座います。

 ナノハナにマスターがおいでくださるとは、良い朝ですな」

 寝る時は安全地帯に避難ということでプライベートダンジョンで過ごしたが、世話になっているのはナノハナのグッドマン邸だ。

 食堂に行く道すがら、オルスティンと合流した。

 扉前待機していたメイドさんのひとりが報告に走ったから、わざわざ出迎えてくれたんだろう。


「おはよう、オルスティン。しばらく世話になる」


「お目覚めにロケット祭が重なって、よう御座いました。

 今夜は広場で催しがあるので、覗いていってくださいませ。

 昼は樵レースもありますぞ」


「樵レース?」


「駅の開通により、産廃だったアイアンツリーが資源に化けましたので。

 ロケット祭の催しの目玉として、10時から12時の間に、どれだけアイアンツリーを狩ったかで勝負をします」

 それは馬券ならぬ樵券が買えちゃったりするやつだな?


「いいな。上位者には、わたしからも景品を出そう。

 蛇対策の『アイスピラー』と、アイアンツリー狩り補助の『サンダー』と、MPの運用効率を上げる『魔力の心得』ならどれがいい?」

 うちの子にはスキルのバラマキをしたいが、それはオルレアに禁止されている。こーいう機会にこそ、参加すべき。


「先ずは『魔力の心得』だ!それなしには話にならん!」

 この人、なんでいるんだろうな?

 気付かないふりで、通りすぎたかったな。

 そういうわけには、いかないけれど。


「いいか、雛よ。配下に与えるなら、先ずなによりも基礎スキルか体育スキルだ!

 生死の境に立った時、その有無が明暗をわける。

 部下を死なせたくないのなら、取捨選択を誤るなよ」

 ふむ?

 一理あるな。


「勉強になります。

 貴方とは南海でお会いしましたね。なんとお呼びすればよいでしょう?」

 オレと仲良くする気ある?


「大砲おじさんと呼ぶがいい!貴様ら雛には特にさし許す!」

 おおっと、これは困ったぞ。

 後ろに控える部下の人たちを見つめれば揃って両手を合わせて拝まれた。なんで?


「では、大砲のおじさま。おはよう御座います。

 わたしたちはこれから朝食ですがもう、お済みですか?」


「無論よ。朝こそよく食べるべきだ。

 …ふむ。昼にだったら、誘われてやらんこともない」

 誘ってないけど、誘ってもいいかな。

 なんか、楽しいおっさんの気配がするぞ、この大公。


「もし、屋台がお嫌でなければ、御一緒しませんか?

 うちの者たちも祭の準備を楽しんでましたので」

 嫌ならまあ仕方ないよな。お偉いさんだし無理強いはしない。


「視察か。なるほど、下々の見守りも我が役目よ。

 樵レースは我も参加するが、その後に案内いたせ。

 時に雛よ、赤毛のはどうした?」

 屋台でいいんだ?


「よく寝てます」


「ふん、英雄症はつまらんものだ。この日くらいは起きれば良かろうものを」

 口をへの字に曲げた仏頂面。

 なんか、子供みたいなおっさんだな。


「子供は夢を見るのが仕事ですので?」


「それは違う。

 人に夢を見せるのが、我らが貴族という生き物よ。

 青き血に連なる雛よ、自覚を持て。

 お前は子供である前に、ひとりの貴族だ。

 精々、人を酔わせる夢を見せてやると良いぞ。

 それが幾千の血で紡ぐ夢とて、我らはそれが赦される。

 今一番新しい、人類の守護者よ」

 あー、称号の。

 このおっさん、特定の称号持ちに顕著に反応するタイプの現地の人か。


「貴方も?」


「左様。15の時に拝命した。我が片割れの兄上がな。

 世界はお前のなにに寿いだか、教えよ。

 気に入れば協力してやらんこともないぞ?」

 なる。双子のお兄さんがいるわけだ。

 片割れが皇帝陛下とか、バリバリの宮廷人じゃん。なんでこんな田舎に下ってんの?


「西と東を繋げる大陸行路の樹立を」


「ほう、なぜそれをしようと思った?」

 面倒だな。このおっさん。


「先の質問に答えたのは、世界の危機に駆けつけた勇士に対する敬意からです。

 それ以上を話すには、貴方をわたしは知りません」

 適当に煙にまいておこう。

 成り行きだし、そんな重い理由なんてあるわけないだろ。

 深読みしても出てくるものなんてなんにもないぞ?


「生意気な雛よ。しかし、その背に負う荷に免じて許そう。

 喜べ。そなたが人類の守護者であるかぎり、我と貴様は同位である」

 えー?

 やだなあ。

 貴族系のイベント踏みたくないんですけど。

 パワーゲームに勤しむよりは生産したいし、レベ上げしたい。


「狙って、なったわけではないという顔だな?

 我が兄上もそうだった。

 多種の竜が住まう、我がカザンは、贄の国よ。

 毒杯を飲み干す覚悟で皇帝の椅子に座られた途端に、兄上は世界の意思に選ばれてしまった。

 いかに兄上が素晴らしいお方であろうとも、皇帝と人類の守護者を兼ねるのは、たいした苦労ぞ。

 なので我らは常に人類の脅威を探している。

 問題が起きる前に、潰すためにな」

 なるほど。この厄介そうな弟さんの手綱をしっかり握っているわけなんだな。カザンの皇帝陛下は。


「【赤の女王】を退けた時の、言葉は聴かれましたか?」


「我に世界の声は届かん。だが、代わりの耳は幾らでもいる。

 我らは滅びの危機にあるとな。

 はっ、下らん。それはいつものことであろう?

 どれだけ砦を築いても、竜の群れには平地と同じぞ。

 安全な産土なぞ、はなからダンジョンマスターの腹の中ぐらいしかないわ!」

 ああ。カザンも大概、魔境なんだなあ。


「水麗人が滅びれば、海は全て魔物のものになる。

 それは好ましくないと、兄上は判断なされた。

 なればこそ、きゃつらが纏まった数がいるというサリアータに、我がわざわざ赴いたのだ。

 すればタイミングを計っていたかのように、世界の意思が示される。つまりはそういうことかと思ったが。


 女王退治を仕立てたという子供の顔を見に行けば、兄上と同じ印がある。

 その時の我の驚きがわかるか?


 まあ、疲れもあるだろうと、場を改めて会談を申し込めば、その姿は既に無く、田舎も田舎に飛んだという!

 仕方なしよと追って訪ねれば、英雄症で起きるのはまた後日!


 雛よ。我を振り回すのは楽しいだろう?うん?」

 わあ、言いがかりだ。


「そういうこともあるんですね。

 女王を倒せたのはカザンの皇帝陛下の采配のおかげでしたか。道理で」


「なにか気付いたことがあったか?」


「いえ、妹が、本来は女王が倒されるのは、早くても来年以降だったのではないかと。

 わたしも水麗人と知己を得たのは最近で、家亀を狩るのも女王戦の1日前が初めてでした。

 それでも叶う限りの全力で事に挑みましたが、どうして倒せたのか不思議でしかなく。

 世界の意思も『なんで、君ら倒せたの?』と、戸惑うようなニュアンスもありました」

 『異界撹拌』のNPC、自分で考えて動くから時々スゲーのが顕れるけど、先読みしてドンピシャの支援してくれる人がいたとか神がかってる。

 それが全部運だとしても、それはそれで凄い。

 これは現地のお人でも、運営に【人類の守護者】に選ばれるわ。納得。


「ふむ。世界の声は喜びに満ちていたと聞いたが」


「喜んでましたね。想定外に、良くできたみたいでした。わたしたち。

 ところで、印とはなんでしょう?」


「うん?

 雛の頭上にも触れることができない宝冠があるぞ。我の目にはそう見える。

 兄上のものはそれは華麗で勇壮たるものだが、雛が纏い、地面の上まで裾を棚引かせる光のベールは【人類の守護者】特有のものだ」

 このおっさん、称号を可視化しちゃう人なのか。

 いいなー。サリーの称号の可視化とか、気になる。観てみたい。


「素敵な目をお持ちなんですね。綺麗なものが見えそうです」


「さもありなん。我が人類に絶望せずにいられるのはこの目のお陰よ。

 雛も年の割には、優美である。そのまま励めよ。

 ………そうだな。先ほど聞いた『魔力の心得』を10ほど提供してくりゃれば、我が『魔眼』を『エンチャント』してやってもよかろうぞ?」

 よしきた。


「いいんですか?

 わたしの『魔力の心得』は星6なので、星3換算の品になってしまいますが」


「むう、ちと、吹っ掛けたか」


「どうぞ、お持ちになってください。『エンチャント』はどの石で使われますか?」

 『魔力の心得』を付与しただけの裸石と、『魔眼』がつけられそうな精石を取り出す。

 いや、だってレアだよこの『魔眼』。

 フレーバーっていうか、役に立たないだろうけど面白そうじゃん?


「む。いい石を持っているな」

 男が選んだのは深紅の魔石だ。

 へえ。魔眼ってコスト重いんだ?


「それは家亀の魔石です。『精製』と『圧縮』を掛けてあります。

 それと家亀の生来スキルである『適温』が既についていますが、空きスペースもたっぷりありますので2つ、3つ目の付与も出来ますよ」

 『送風』と『除湿』とか付けたら、それで一台でエアコンだ。


「なんと。付与ではなく、生来の『適温』とな。これは亀を狩るしかあるまい」

 わあい。上客。

 カザンは暑かったり寒かったりするんです?


「『圧縮』してないと、こう、スイカぐらいのサイズでして。

 省エネで出力が大きいので広いスペースで使うとコストパフォーマンスがいいそうです」

 具体的には生前の家亀と倍サイズまでなら余裕。

 石を選べば、お家丸ごと空調管理もやれなくない。

 見本を『体内倉庫』から取り出して見せる。

 『圧縮』かけるとうずらの卵大だけど、本来はこの大きさからになりますよ、っと。

 家亀は年を重ねるごとに無限に大きくなるから、石のサイズもまちまちだ。

 『鑑定』結果の書類には細かいデータと共に、そーいうことが書いてある。


 なにせ高く聳える氷壁を崩す『適温』は、ハイパワーでローコストだ。

 塗料と合わせて、寒い国には良く売れている。


「なんと、神器か?!」


「ああ、南の大陸には家亀はいないんですね。

 輸出したら、売れますか?」


「年間1000台は確約しよう」

 断言した男は、しげしげと魔石を見ていたが、思い出したように『魔眼』を『エンチャント』してくれる。

 複雑なものなのか、付与に掛かる時間が長い。


「家亀はご存知の通り数が多いですから。

 なるべく狩りたいものですが、人手の不如意が」


「よかろう!人は出そうぞ。代わりに狩りの指南は任せてよいな?」

 付与が終わると、大公は額に汗を滲ませていた。

 難しいことを頼んでしまったのだろうか。

 でもやる気のある者なら王族だって使うよな、撹拌世界は。


「王女に話を通しましょう」

 お互いに石を交換してハンドシェイク。

 いや、思いがけずいい取引になった。



「時に、おじさま。わたしはリュアルテと申します」

 知ってるだろうけど一応は。


「雛よ。我に名前を呼ばせたいなら、後宮に入るか?」


「是非、雛と呼んでくださいませ」

 うん。名前を聞かなくて良かったな!


 そーいう文化圏のお人なのか。

 人材確保の一環で、後宮入りとか嫌でござる。

 



 いいね、評価ありがとう御座います。

 誤字報告、たくさんお手数掛けています。


 コメント、出すの迷った話の後に貰えたりすると、励みになります。感謝。


 そんなこんなで、濃いおっさん再登場です。

 語り手が親しくもない男の容貌にはあまり興味がないので、ばっさり省略されていますが、一応苦味走ったいい男のつもりで書いています。

 言動はあんなですが。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろーい!
[一言] 後宮云々の下りで般若と化したサリーさんを幻視したw
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