98 事前準備が足りていない
「それでブートキャンプの調子はどうだ?」
画面の向こうの千枝は制服姿だ。
外は寒かったのか、鼻の頭と頬が赤い。
【木登りとか、『投擲』とか、ロープの結び方とか。色々やって楽しいよ。
適正より少し強めの魔物と戦ったりもしたけれど、おにいみたく、駅通しに行った先で、ワールドボスに出会っちゃったわけじゃないし】
ブートキャンプというよりボーイスカウトだな、それは。
ホッとする。そりゃ、軍隊式錬成を子供にさせるやつはいないだろうけどさ。
でもオルレアたちはオルスティン卿の薫陶を受けているし、一抹の不安が。
「普通はさ。ワールドクエスト出たらまず下準備で、オレみたいなタイプの生産者なら駅を用意するべきだなって思うだろ?
そのつもりで行ったら、直ぐにボスがやあ!って出てくるとか酷いよな?」
【ひょっとして、ゲーム内来年とかからがワールドクエスト本番のつもりだったんじゃないの。運営としては。
チラッと顔見せのつもりだったのに、なんで倒されたのかわかんないよ?ってゆーよーなリザルトが出てたもの。
……シナリオを改変されたらされたで、大喜びで新しい要素を開示してくるなんて、撹拌世界のGM強いね。
前から準備してあったんだろうけど】
「ああ、あの滅びの数字」
【ノベルで新人さん用のプログラムやり始めたでしょ?
一緒になったご新規プレイヤーさんがいたんだけどね。もう、滅茶苦茶戸惑っていた】
これは宇宙猫が量産されていたな。
現地の人も、いきなり突然、大勢がぽかーんとしたら何事かと思っただろう。
「治安が良くて、人は親切で、食べ物は美味しくて、でも世界観は滅びに向かっていたりな」
まあ、でも圧倒的劣勢をひっくり返す展開とかは胸アツだな。
この先、プレイヤーが増えてくれるの頼もしい。
【思う存分食べていい、世界の平和は守りたいもの!】
千枝はぐっと拳を握ったファイティングポーズだ。
モチベ高いな、コイツ。
撹拌世界を満喫しているようでなにより。
「よし、スキル上げ頑張れ。生産職には生産職にしかやれないことも多いぞ?」
【あ、そういや。おにい、精石いっぱいありがとー。まーちゃんと2人で『エンチャント』試してみるね】
「折角出たスキルだし、ロケット祭は一緒に過ごせなそうだからな。埋め合わせだ。素材の方が弄れてお前らは楽しいだろ?」
【気にしなくていいのに。でも、嬉しい。出来上がり品はノベルの売店に置いてもいいんだよね?】
「攻撃スキル以外はな。心配だったら秘書室の人に聞けばいい。オレの持ってないスキルで良いのを作れたら回してくれ」
【いいよー。あと、料理はちゃんと渡った?】
「サクマから預かったやつ?」
チェルたちに精石を渡してと頼んだら、預かりものですと交換に色々渡されたアレだな。
【そう、それ!ロケット祭用のご馳走だから、皆で食べてね!
特に家亀のプリン、濃厚で神がかった出来だから!自信作!】
「わかった、いつも助かる。
それとこっちでも救援物資も受け取った。
鳥と大根の炊き合わせと、ジンジャーマンクッキー」
骨付き鳥はホロホロの身離れ。そしてメインの大根には、鳥だしが芯まで染みていた。
おかげで白いご飯が進むこと進むこと。
ちょっと辛子をつけると、これがまた絶品で。
こちらは鍋が届いて正味5分でなくなった。
なに?
なにか届いた?
って丼ご飯片手に周りでワクワクそわそわされたら、配らないわけにはいかないし。
社会人の財力で取り寄せの美味しいものになって帰ってくるものだから、文句のつけようがなかったりする。
ジンジャーブレッドマンは、毎年友達に配るクリスマス用の習作だろうな。
きちんとアイシングしてあって、クッキーの絵面が賑やかになっていた。
こいつは個包装にしてあったんで1人1個ずつの配布だ。しばらく飾ってから食べると伏し拝まれた。
研究施設に常駐している大人たちは、どうも季節のイベントに飢えているらしい。
いつもお仕事お疲れさまです。
【バイトで体動かすから、皆お腹ペコちゃんなんでしょ?
お爺はそー言ってたけど多かった?】
「いや、瞬殺だった」
「妹ちゃん、いつもありがとう!」
「美味しかった!」
「彼氏いる?年上の男って嫌かな?」
「差し入れ感謝する!」
「ご相伴にあずかりましたー!」
一瞬で沸いたガヤに千枝がぴゃっとなる。
【嘘。おにい、他に、人いるのっ?!
やだ、髪ボサボサなのにっ。おにいの馬鹿っ】
千枝は画面を切ってしまう。
カメラに映ってないから大丈夫なのに。
なにを警戒したんだか。
「料理上手で初々しいとか、妹ちゃんいいなあ」
「高校生とか、一番ピカピカしてるもん」
「はー、可愛い声だった。癒される」
「篠宮くん。お兄さまって呼んでいい?」
「ははは。遊びで手を出したら全力で敵に回るのでそのつもりで」
「やめろ、お前のそれは洒落にならねえって」
ヨウルに肩を回されるが、別にふかしとかこいてないし本気だし。
「そうだぞ!真剣だったら良いように聞こえる!」
「…まあ、あいつの眼鏡に叶って、心身ともに一生大事にしてくれるようなやつならやぶさかでも?」
あいつには男女問わず二次元の嫁が山ほどいるけど、それを鷹揚に受け止めてくれる男じゃないと難しそうだ。
「あと、嫁入りはオレが寂しいので婿入りで」
うちの周り、土地が余っているし。
「理不尽な兄君だな!」
「ルートとか、弟だったら楽しそうだなあ。素直で好奇心旺盛で」
妹のどっちか、唾つけといてくれんものか。無理か。
「…あいつが家を出たら寂しいのだが!」
「そこの跡取り息子ども。弟妹はフツー家を出るもんだからな?」
「ダンジョンマスターやるなら、身内や親戚は近くにいる方がいいかなって」
「同感だ!」
「なんで?知らない親戚とか厄介な印象しかねーよ?」
「冒険者免許が取れないくらい、物の道理と縁遠い者は遠慮願うにしてもだ。今はとにかく人手が欲しい。
ゲームをしていると、全力で走らねばならない予感がひしひしとする!」
そうね。滅亡指数は驚きの数字でしたね。胆が冷えた。明日は我が身。
「ってもなあ。明日から、エンフィんとこの道場で白玉ダンジョン設置してくるんだろ?」
どうどうとヨウルはエンフィを慰める。
エンフィの親戚の家はこれから増えるだろう民営ダンジョンのテストケースだ
人員は門下生を引っ張ってくれば、いいわけだし条件は良さそう。
「んで、ヨウルが富士の根元で猪鹿ダンジョン造りに出張で、オレが埼玉の秩父三社あたりと」
ヨウルだけややコスト重めの猪鹿ダンジョンなのは、側に自衛隊の駐屯地があるからだ。
そちらじゃしばらく自衛隊のおにーさんらがメインで働き、猪鹿を日本の食卓に提供してくれるそうだ。
こちらは生ゴミも大量に出るので、水玉ダンジョンも併設される。
……富士山周りに崩落予測地帯があるのって、納得しかないよなあ。流石は霊峰。
「あと3日か。冒険者免許発布までに、どれだけダンジョン造るんだろ」
世間さまは期待感が膨らんでいて、今にもぱあんと弾けそうな状態だ。
利便を考えて、まずは首都圏。
いずれ全国津々浦々に造るとしても、白玉ダンジョンだけではなく、レベルを上げてきた冒険者用のダンジョンも用意しなければならない。いずれは野良ダンジョンに潜るようになる彼らをいつまでも足踏みさせるわけにはいかないのだから。
あー。人手が足りない。同僚のダンジョンマスターが1000人くらい欲しい。そしたら手分けして面白そうなアレコレが進むのに。駅やらレジャー施設やら訓練用の迷宮やら。
白玉の精石なら100個単位で『加工』をこなせるようになっても、雫石はいまだに手強いんだよなあ!
本当にレベル2ダンジョン造れるようになるんだろうか…?
「よっし、今日のノルマ終わったー!位階上げしてくる!」
「私もだ!お先に!」
「いってら。オレはもうちょい掛かる」
千枝と電話してたりで、ペース落ちてた。
早く終わらせて、オレも風信子蜘蛛に構ってもーらお。
【地球の環境を守るためには、今!水玉ダンジョンこそが必要なのです!
ごみ処理施設には水玉工場を併設するよう要請致します!】
「うわあ」
居間に敷いたヨガマット。寝っ転がったまま、ニュースを聞く。
オレらが土地造りするんじゃなければ、もっと応援したかったよ政府ちゃん。
既に届いている要望書を全部やろうとすると、何年かかるかわからんぞ。まずダンジョンマスターを増やしてから法案を通して。やらないとは言わないから。
むしろ積極的に頑張りたいけど。
「ええと。きちんとした施設造るんだったら、先にマッドスライムでコンクリートを確保して、アイアンツリーとかを『伐採』して、ガラスも生体金属ならシナジーが効いて長持ちするからそっちも欲しいし、それからだよな?」
他にも色々。
どうせダンジョン運営するなら魔力の吸出しをしたいから、電化製品も魔道具系統で揃えたい。
「ですよね。まあ、政府ちゃんが方針を決めてくれれば、私たちはそれに沿って働くまでですが。やはり百年から使うとなると、基礎から用意したいですよね」
サリーの掌が肌にぴったり沿うようにゆるやかに移動していく。
リュアルテくんなら過去に何度かしてもらったこともあるリンパマッサージだ。
リンパは体の中の老廃物を排泄したり、体に入ってきたウィルスを無毒化してるところなのだそうだ。
リンパは心臓みたいなポンプはないから、こうやって風呂上がりにマッサージしてあげるといいんだと。
過去のことはいざ知らず、今となっては悩ましいったら。
機械には毎日掛かるものでもないそうなので、今日は簡単なマッサージだけと聞いている。
…いや、うん。普通に気持ちいいよ。
それだけじゃないから困るけど。
こういう時って、円周率とか般若心経を唱えるべき?
…駄目だ。両方自信がない。
「そういや今日の昼間は出張だったのか?」
「はい。『体内倉庫』持ちはまだ限られていますから。生物の配達に市場まで。
それと足を伸ばして、発動体の納品に」
「とうとう魔物肉も食卓デビューか」
「ポテトや大根などは既に出回り始めましたからね。民意に押されて。
畜産業保護のために、最初はお高くなりそうです。
もちろん日本人の摂取カロリー量が増えるのにしたがって、安くなる予定ですよ」
うん。畜産業は守らなきゃ。
魔物肉はガツンと旨いけど、家畜の肉もまた美味い。
なんていうか、上品なんだよな。家畜の方が。
穀物とかで育てられているそのせいかな?
それに撹拌世界よろしく、牛乳やバターといった乳製品が手に入りづらくなったら困る。
「食肉ダンジョンの民間運営は、しばらく先かな」
「正直、そちらまで手が回らない現状があります。
それにジビエも問題が。
ノベルでは食肉の衛生管理が整っているでしょう?
あれくらいの水準ではないと、現代日本人的にはアウトですので。
撹拌世界のように野良ダンジョンで狩ったものは、流通に乗せるのが難しそうです」
「スキルでなんとかならないと、猟師のようにはいかないか」
「『解体』と『体内倉庫』が全員に配れたら良かったんですけど」
「んん、スキル石化は難しくて。『サンダー』と『洗浄』なら、あと少しであちらではなんとかなりそうな予感がある」
その2つは自分で使うのも『エンチャント』するのもヘビロテした。
酷使しているのは『体内倉庫』や『ステータス』らもそうだけど、これらはスキル石で覚えたから習熟率の伸びが悪い。
『解体』も『体内倉庫』内で習熟させているから伸びがイマイチ。
…って!
咄嗟に跳ね起きてガードする。
「サリー、それは、よろしくない」
シャツの下に手を入れるのは、不味いですね?
楽しそうな顔をして。
可愛いな、こんにゃろう。どうしてくれよう。
「よろしくありませんか?」
「…はい」
よろしくありません。
「本当に?」
その質問にオレがどう答えたかは、皆さまの想像にお任せする。
誤字報告、いいね、評価、コメントありがとう御座います。
コメント、嬉しいです。書き手の喜び。
ええと。敏い読み手の皆さま、そういうことで月光さんに閑話が入ります。
前回同様、読まなくても平気な話ですのでご心配なく。
文字ならなんでもイケる大人な方は、良ければ探してみてください。




