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97 ユースラント大公



「女王、そんなに苦戦しなかったよな?

 いや、ワールドクエストの割にはって意味だけど」

 ヨウルが呟く。


 女王戦。負けイベントというか、逃げられイベントだったんだろーな。

 固くて攻撃が通らなくて。


 なるほど。絶対に勝てないイベントは、このゲームは存在しないと言われるわけだ。

 どんなに厄介な敵ですら、巧くハメれば倒せると。

 死亡=キャラロストなのだから当然か。


 そして一度倒したボスと同じ個体は、二度と出てこない一期一会ぶり。

 どれだけレイドボスのストックを抱えているんだろうか管理AIは。

 …他所の世界では、こーいうやつが散々暴れまわっていたと思うと目眩がしそう。


「ダンジョンマスターに星が沢山ついたスキルがあると、えげつない悪巧みが可能ということを証明してしまったな。我ながら」

 称号の【英雄の仕立て人】とか、まんまそれ。


 MVPって、まともに戦わなくても取れるものなんだな。知らんかったわ。

 確かに札束アタックはかましたけどさ。


 ヨウルと2人でぼそぼそ喋る。

 医療テント跡地でヨウルは朝寝を決め込んでいたが、ワールドクエストが出た衝撃で目を覚まして起き出してきた。


「……あのさ、世界滅亡のシナリオとか、黙って進行してるの良くないと思わん?」

 そ れ な。

 今んとこほぼ確定で滅びるのって理不尽にも程が……あ。


「だから、なりふり構わずわたしたちは狙われた?」

 ダンジョンのみが生存圏ってあれそれ。


「あー。頭のいいやつは、運営から告げられる前になんか察してそう。

 なんかこの世界のお偉いさんにしては底の浅い動機だなあって思ってたけど、追い詰められ過ぎてプッツンしちゃったのかも?

 迷惑ぅ」

 貴族なんて命より名誉が重いところがあるのに、ハニトラ仕掛けてきた時点でなんか可笑しいと思わなきゃいけなかったのか。

 自分の名誉と領民の命なら、後者だよな。そりゃ。


「たまたま、水麗人はうちのオルレアのフォロー圏内だったけど、他の少数部族は滅んでいっている最中なのかもな」

 『異界撹拌』はイベント進行中はクエストが流れないことも多いので、リザルトされてイベントを知るのもしばしばだ。

 後で知った時にはもう手遅れ、そんなリアルなところがある。


「この時勢よ。弱いものは死ぬといい!」

 その時だ。


 医療テントに踏み込んできたのは壮年の男だ。

 豊かに蓄えた顎髭に、垂れ衣のついた大きな帽子。

 威風堂々。男の全身から、火薬の匂いが漂っている。


「お前らが、サリアータの雛鳥か。カザンに来る気があるなら、連れ去ってやろう。どうだ?」

 誰だ。と思う前に反射で答えた。


「わたしは故郷の滅びを見てみぬふりをする腰抜けに産まれたつもりはない」


「あ。オレはサリアータにダチが多いんで」

 

「そうか!それもよし!…聞いたか、者共!

 我らカザンは、小さき雛に手出しは無用!撤収ぞ!」

 カカと笑ったその男は、ヨウルとオレの頭をひと撫ですると仲間を引き連れあっという間に消える。

 えっ。なに?


「教官?」


「たぶん、カザン皇帝の弟君だな。冒険者として活躍されていると音に聞いたことがある。女王戦に力添えくださっていたのか。

 ……道理で景気のいい大砲使いがいたわけだ」

 カザンって南の大陸のだよな。

 火薬臭いのは、大砲をドッカンドッカンしてくれたからか。


「待って!オレらめっちゃタメ口でしたけどぉ?!」


「むこうは名乗らなかったし、お前らもそうだ。

 まして戦地のこと、冒険者ならセーフだ。

 ……しかし、ざっと他所から見ても手助けしたくなる程、お前さんらを酷使してるように見えるのか俺らは」

 いかん。教官が煤けている。


「教官、仕方ないってー。バカンス先でまさか災禍の女王と出くわすなんて思わないっしょ」

 ヨウルが教官を慰める。

 気まずい。

 その女王を助走をつけて殴りに行ったのはオレだ。


「教官、火薬って高かったりします?

 ひょっとして、あちらの持ち出しになってしまうのでは?」


「貴人の狩りは真性の冒険者とは違うからな。

 どれだけ栄誉ある戦いに参列したかで、国の威信や宮中の序列が変わる。

 そんな意味ではいい稼ぎだったと思うぜ?

 なにしろ相手は女王を冠する伝説級だ」


「教官も攻撃に参加したかったですか?」

 教官がいてくれたおかげで、オレらは安心できたけど。


 ヘンリエッタ女史?

 彼女は合唱団の監視…じゃなくて護衛に回って貰った。

 後衛の水麗人が正気を失って突撃かましたらコトだしと、心配してたら快く協力してくれた。

 ヘンリエッタ女史、少しだけ水麗人の血が入っているらしいよ?

 なんか周囲の男どもを顎で使っていた。


「俺はお前さんらが無事ならいいさ」


「いやー!教官ったら男前っ!胸がいっぱいになるから、そうゆーのやめてっ!」


「教官はそうやって、仲間冒険者の心を盗んできたんですね…」

 名誉よりお前たちが大事だと、教官のような強い男に言われるとぐっとくる。

 男はやはり優しくなけりゃいかん。


「は?嫁以外にモテた試しなんぞねえよ」

 鈍感系主人公か?!

 教官はこれだけ立派な熊だ。同族にモテないわけがないだろうに。


「いや、アスタークのおっさんは怖いよ、普通に。

 獣相が濃いほどモテるってあるけど、見るからに怖い熊と、人よりだけど優しい熊なら同族の女の子だってそっちを選ぶよ」

 そうなのか。意外だ。

 でも嫁さんにモテてるなら、人生勝ち組だよな。


「あれ、テルテル教官。いつ来てたんっすか?」


「女王戦の途中からいたよー。一番苦心していたっぽい、動線の誘導組に参加してた。

 寝ていた所を起こされたんでちょっと遅れた。ゴメンね。

 今、人手が足りなくてさ、連絡が上手く回らなかったっぽい。

 しかし、よく倒せたねえ。

 発見から、準備できて精々が2、3時間ってとこでしょ。

 おまけに産卵を狙う家亀狩りなら逃げられやすいし。

 王を冠した魔物を倒した最速レコードじゃないのこれ。

 ちょっとした奇跡だ」

 そっか。視界の裏の方に居たのか。女王の巨体に遮られて見えなかっただけで。


 テルテル教官は言いながら熊教官に書類を渡す。下から覗き込めば駅の出入りの記録らしい。

 アスターク教官がほお、と唸る姿を見るに有名人も来ていたようだ。

 確かに皆、強かったもんな。


「そうだな。体力を消耗しないで、ボスに挑める機会なんぞないからな」


「……ダンジョンマスターってさあ、知れば知るほど大事にしないといけないんじゃ?って青くなるね」

 まんま戦略物資だもんダンジョンマスター。人同士が争う世界観じゃなくて良かった。


「んで、どーする。アスタークのおっさ…んん、いや、教官。こっちの駅はもう閉めれないっしょ?」


「女王が出現するくらい個体の数が増えてるんなら、亀狩りも増やさなくちゃならんだろう。

 曲者も紛れやすくなっちまうな。あっちはどうだ?」


「んー。もうちょい時間は欲しそう。

 楽しみにしていてくれた君たちには、本当に申し訳ないけど今回、ロケット祭の参加はなしだ」

 あ、そうか。次の起床サイクルにはとうとうロケット祭があるんだな。日程が決まったのか。


 打ち上げ主宰になった領都で流行り病が出たもんだから、開催時期がちょいちょい延び延びになってたけど、開催にこぎ着けられるのは目出度いな。


 どうせならあとちょっと延びてくれたら良かったのにと、そう恨めしい気持ちもあるけど、誘拐のターゲットになってるのに人混みに混じって騒ぐとか迷惑にしかならんし、しゃーない。


「あ。じゃあオレ、ナノハナ砦に行ってみたいっす。

 便利そうなスキルあるのに、森歩きしたことないんで」


「いいな。わたしもナノハナには行っただけで観光してない。

 そういやヨウルは猫なのに、角あるのは、ミックスなのか?」


「知らん。『猫目』はあるけど、オレの猫っぽい要素ってそれくらいじゃねえ?」


「髪は柔らかい猫っ毛じゃないか。…尻尾や耳があったら可愛かったのに」


「なくて良かった。お前あったらモフるだろ?」


「うん」

 女の子は駄目だけど、ヨウルならいいだろ?


「迷いのない目をして言うことか。

 …成人して角がもうちょい大きくなるまでは、どの種族かわからん感じだな、オレは。

 お袋さんはフツーの人だったんぽいんで、父方か、先祖がえりかなんだろーけど」


「ヨウルが『転変』する時が楽しみだな!」


「よし、お前の前では、やらんことにする。

 って、できるようになるかどうかもわかんねーよ?」

 ヨウルは期待を裏切らない男だって、オレは知っているぞ?


「ヨウルの赤毛は見事だから、きっと綺麗なんだろうな」


「リューはさあ。通りすがりのにゃんこを【やあ、今日も美しいね】とか【君に会えた今日はなんて幸せな日なんだろうか】とか口説くぶんくらいは勘弁してやるから、オレまでモフ成分を求めるのはやめろ」


 え。猫がにゃあんと愛想を振り撒いてくれたら、可愛いって誉めるのが礼儀でない?






 夕方遅く。

 ノベルの運動公園では、祝勝会が開かれた。

 武具を仕舞い、さっぱり身繕いしたところでアルコールの出番となる。


 会場の挨拶は緊張して涙目の王女さまにお任せしたから、問題ない。

 狩りの参加者には彼女の武力は実地で知らしめてあるし、いざとなったらオルレアがなんとかするだろう。

 むしろ酒の席に未成年者が居るのは良くないので、事前にちょろりと顔を出し、料理だけかっぱらって撤収だ。


「お疲れ、サリー。大変だったな」

 惚れ惚れするような重機っぷりだった。


「そちらも。カザンのユースラント公に絡まれたと聞きました。よくご無事で」


「…サリーさん。あの人、怖いの?」

 おずおずと聞く。

 ヨウルにしてみれば、初めて間近に接したお偉いさんか。


「いいえ。物言いこそ貴族的ではありませんが、行動は高貴なる者の義務を地でこなすような志ある方です。

 ただ、英雄色を好むを地で行くような噂も山ほどありまして、妖艶な未亡人とかならまだしも、あどけない美少年も好みの範囲内だったな、と」

 へー。

 あちらさんにも、好みというものがありそうだからそれはないかな。


「サリーはカザンの出なのか?」


「そのお隣ですね。目立つ方ですから俗悪な話もよく聞きました」


「そうなのか。

 サリー、わたしたちはナノハナでロケット祭を迎えることになりそうだが、一緒に来て貰えるのか?」


「はい、もちろん」


「あっ、そうか。ヘンリエッタはどーする?

 お祭りで、なんか予定あったりした?」


「ヨウルさまより優先させる用事はありません。

 大丈夫ですよ」

 その付け加えられた語尾が柔らかいこと。ヨウル、大事にされてんだな。


「んじゃさ、材料を買い込んで、一緒に旨いもんでも作って食べよう」


「いいですね。この際、奮発してしまいましょう」

 んー。あっちはあっちで楽しそうだな。


 ちらりと、サリーを見れば微笑んでくれる。

 祝事はどこに参加するよりも、誰と過ごせるか、だよなあ、やっぱり。






 コメント、誤字報告、いいね、評価、ありがとう御座います。


 読んでくださる上、構ってくださって、嬉しいです。感謝!


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― 新着の感想 ―
[一言] ユースラント公、格好良い大人だー!って思った後に射程範囲広めって聞いてしまうとそういうコト……!?って穿ちそうになるので、サリーの高度な情報戦が光る(尚リュアルテ自身の警戒には繋がらない模様…
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