94 休暇は亀を転がしに
さて先ずは説明しよう。
『異界撹拌』では、亀はポピュラーな食材だ。
どのくらい親しまれているかと言えば、牛丼、天丼、親子丼、そういう並びで亀丼も来る。そう告げれば、わかるだろうか?
ワサビが乗っているのがスタンダードで、その他は店によって個性も十色。
うちの亀丼のノーマルバージョンは塩だれだけど、マルフクん家は照りマヨだった。どっちも美味い。
その亀丼の中身の亀は、どうやらこの家亀が本家本元なのだそう。
魔物は有り余る魔力を活かして、巨大化へ進化の針を進めるものも数多い。
体が大きいのは、分かりやすく強いということだ。
だから家亀って名前を聞いた時から、覚悟はしていた。
ホームセンターに売っている物置くらいの大きさかな、またでかいのが出てきたなぁ、これだから海のものはって呆れ半分感嘆半分。
しかし、その感想はまだ早かった。
次には一戸建てサイズのが現れ、更にはその2倍くらいのも悠々上陸して来た。
その後ろにも大小合わせて続々と。これは、もう笑うしかない。
彼女らは正に今宵、主人公の風格だ。
設置したスポットライトに照らされて、甲羅が赤く濡れている。
ああー…うん。そりゃー肉もたっぷり採れるだろう。
この家亀、海の中では兎にも角にも不沈艦だ。
陸に上ると体が重くて鈍くなるが、砕氷船並の固さとパワーを備えた、氷海の覇者の一角なのだそう。
こいつらの主食は海藻や貝なので、水麗人の家でもある夢見貝らを、【わーいご馳走】と、もっしゃもっしゃしてしまう。
水麗人にして見れば、百年を掛けて後生大事に育てた家を、通り魔的に失う悲劇だ。
おまけに稚亀は親が産卵の疲れを癒し、氷海に帰った後もこの場に残り、暖かい海で幼年期を過ごすことになる。
彼らは甲羅作りに食欲旺盛で、積極的に狩らないと、稚貝の群れをどんどん丸坊主にしていくのだとか。
現状調査に海に潜った水麗人はすごくしょんもりしてしまってたので、食害の深刻さが伺える。
「夢見貝が減ると、赤潮が出てしまうのですよ。そうしたら、海が死んでしまいます」
夢見貝は水麗人にとって、モンゴル人にとっての羊に相当する。切っても切り離せない関係だ。
しかし夢見貝の養殖をしていると、どこで嗅ぎ付けるのか家亀が産卵をしにやってくるようになってしまうとか。
水麗人の近代は、家亀との戦いと共にある。
「つまり稚貝の養殖や、放流をしたらいいのか?」
水麗人たちには夢見貝専用のダンジョンの発注も受けていた。
夢見貝は水麗人に飼い慣らされて、人との共存を選んだ魔物だ。
人の手がなくては生きられないおカイコさまよりは生活力は残っているけど、繁殖と生活圏の拡張は水麗人の介入にほぼ頼っている。
「はい。ですが家亀の草狩り場にされてしまっている現状、あいつらの数を減らさないことにはどうにも」
なまじ水麗人か美声なものばかりだから、あちこちで上がる怨嗟の声が恨み骨髄でオドロオドロしい。夜陰に不安定な焚き火の影がちらつくと、雰囲気も倍増だ。
「わかった。応援にノベルでも亀肉のイベントをやろう。
なんなら、食べ放題とかしてもいいな。
思う存分、狩ってきてくれ」
事前に勉強してきたが、家亀は物理に固く魔法耐性もかなり強い魔物だった。
それこそ産卵というビッグイベントの時でもないと殴り掛かるには厳しい相手だ。
生命力が著しく削れ、力の出ない状態を選んでようやく人類が有利になる。
好戦的なあいつらが疲れてやる気が起きないから、戦いたくないなあっていう逃げ腰なのもこの場限りだ。
大きく育った家亀はそりゃあもう厄介ものなのだそう。
魔法まわりはほぼ鉄壁。デバフもろくに効きやしない。『鋭利』無効、『貫通』無効。HPが高く物理も固い。
よって、伝統的にひたすらバフを盛って殴りつけるという蛮人スタイルの狩りになる。
うん。家亀狩りの水麗人のマスト武具は鈍器だ。
蛮声を上げて、家亀に殴りかかる水麗人ってゆー夢のない代物を見てしまった。優雅さなんて欠片もねーわ。
その癖、タゲまわしや立ち回りがシステム的な巧妙さで、暴力に掛ける暗い情熱を感じさせる。
なるほど、天敵。
家亀討伐の推奨位階は70からだ。人魚、つおい。
本来ならレベル帯外のオレらだったが後衛かつ、水麗人の指揮下に入ることで『声楽』、『弦楽』のバフを盛る役目を拝命した。
熟練の指揮者がいる『合奏』は、中々どうして心地よい。
精緻な歯車のようにぴたりとはまり、重ねたバフを余すとこなく回してくれる。
戦いの歌が響く狩場は、そこだけ人魚らしかった。
ただ、瞳孔をかっぴらいて、朗々と物騒な歌詞を歌い上げるさまは、コメディとホラーのハイブリッドだ。
「対象D、被弾2割!範囲を抜けます!」
「D班は対象を放棄せよ!A班に合流、協力のち撃破後は随時回復に下がれ!」
「合唱団、次!【我が旗は敵の血に染まりぬ】行くぞ!」
そう。
こうして念入りに下準備して望んでいるのに、一定サイズの家亀にはまんまと海に逃げられてしまう絶望感よ。
人手がなくて、一撃すら入れられないで海に帰る亀も多い。
かといって深追いし、海に踏み込むのは犬死にだ。この殺意に満ちた水麗人でさえそれはしない。
天然で釣り野伏せしてくる敵って恐ろしくない?
島津なの?
今、撤退していった奴ら、北の海で栄養つけて一回り大きくなって戻ってくるんだぜ。
あっちに行ったら、帰ってこないで。
…集団で襲ってくるより、いいけどさあ!
戦いは1対多数。罠を絡め、撥ね飛ばされつつ、雨のように『ヒール』の援護を浴びせての泥仕合だ。
HPが多い相手はそれだけで厄介だ。
ふふ、これであいつら、ボスじゃなくてどこにでもいる雑魚扱いなんだぜ?
ああいうのがうよついている海の中で暮らしてきた水麗人って、修羅の民……いいや、普通に強キャラだよな?
それなのに滅びかけているのって、撹拌世界、どれだけの虚無を抱えてるの?
「なー。あいつら全く魔法スキルは効かないのか?」
小休止。スポドリをちゅーっと吸い上げたついでにヨウルが尋ねる。
答えは側の水麗人が教えてくれた。
「全くとは言いませんが、私たちの手持ちのスキルで輩に一番効くのが物理です。しかも『貫通』無効持ちなので、HP全損してからが勝負です」
『鋭利』とかも、駄目だしなあ。
サリーは『部分破壊』でボコってるけどさ、あれは例外。
『ヒール』と『声楽』があるだけオレはマシかな。タゲ回しは水麗人の独壇場なので、後衛は安心して援護できる。
「……なんか、次々、上陸してこねえ?」
ヨウルの顔がひきつっている。オレも似たようなもんだろう。
ああ、南無三。
プテラノドンが潰された。その跡地に卵を産みつけていく親家亀よ、呪いあれ。
「でも今夜は、人手が沢山あって撃墜数が稼げそうです」
そうね。メイドさんらは物理特化だから、相性良さそう。
犬族は夜の狩りも、集団戦も得意だ。それが救い。
水麗人ほどの巧緻はないが、安定して獲物を狩っている。
あと、サリーと教官みたいな人外たちはおいておく。
個人で竜殺しを遂げているような羅刹と、一般人類を一緒にしてはいけない。いいね?
教官とサリーは1匹倒したら交代で、スイッチしつつどちらかは必ずオレらの側に居てくれる。
「お帰り、サリー。調子はどうだ?」
「手応えがありますね。
消耗してこれですから、ホームの北海ではあまりお会いしたくはありません」
顔に跳ねた返り血でサリーは人を食ったようになっている。
「ほら、色男が台無しだ」
また汚れるだろうが、気休めに『洗浄』を掛けておく。
血まみれの美形って心臓に悪い。ゴシックホラーな意味合いで。
サリーのドレッシーな戦装束がまた、その雰囲気を後押ししているんだよ。妖しいったら。
「ありがとう御座います」
よし、イケメン。いつものサリーになった。
「あっ、また逃げられた」
「数が多くなると、取りこぼしが増えますね。
産み立て卵を残してくれたと思うことにします。
家亀の卵は赤くて濃厚ですよ」
赤玉かー。卵かけご飯がはかどりそうだ。いや、野生の卵はサルモネラ菌が怖いから駄目かな?
「それは楽しみだな」
この光景を目の当たりにしたら砂浜で、卵泥棒に精を出す水麗人に文句なんて言えっこない。
卵のうちに回収してしまうのが、文明人らしい冴えたやり方だった。間違いない。
卵は鶏卵よりは大きいけど、精々が握りこぶし大。なのにこれだけ大きく頑丈になるんだもんな。生命の神秘だ。
亀の姿が途切れたのは、空が明るくなる少し前だ。
「これを毎日…?」
「いえ、さすがにそれは体を壊します。その日は使い物になりませんし、今まではサリアータまで獲物を運ばなくてはいけませんでしたから。
猟は2週間に1度を目標にしてましたよ。見ての通り、全然足りませんですけど。
……駅って、ありがたいですね。運送が一瞬で済むのですから。
おかげで夜廻りの数を増やせそうです」
「うん、役に立てて良かった。
この先、長いからゆとりをもって計画を建てて欲しい」
狩りが終わると理性あるバーサーカーだった彼らが優しいおじさんに戻ってくれて一安心だ。
海の生き物って野性味が強いな。人も魔物も。
オレに向けられたわけじゃないが、雄叫びが天然物の『テラー』を発揮するのは、水麗人特有だ。
オレも一晩で『精神耐性』がニョロニョロ伸びた。
疲れ顔のヨウルも多分同じだろう。
やっていて良かった負荷訓練。
水麗人が我慢強いのって、この『テラー』で自然と『精神耐性』が鍛えられちゃうからだろうな。
「はい。子供たちも昼なら卵拾いや、小亀狩りくらいはできますから。
安全な場所で寝られるだけで、違いますね。悔しいですが、この海は家にするにはもう、危険すぎました。
一度離れてみれば、現実を突きつけられてしまいます」
水が綺麗で餌も豊富な海は、親亀の目にかなってしまう揺りかごなのだろう。
そうなるように海を造ってきた水麗人にしては溜まった物じゃないにしても。
「今はそうかもな。仲間を増やせば、潮も変わるだろう。
少し休んでから、動くといい。体を壊すと、取り返すのが大変だぞ。経験上」
「それは」
「陸の仲間も役に立つだろう?
幸い家亀は換金性も高いのだから、水麗人主導で冒険者を夜狩りに引き込んでしまうといい。
サリアータの大掃除が終わったら、他所の冒険者も増える。狙い目だ」
ワールドクエストが流れたし、来てくれるよな?
それと亀の甲羅から取れる塗料は、聞けば聞くほど生活必需品だ。
家亀の魔法が効かないカラクリは、この赤い色素に由来する。
つまり色々使い勝手のいい素材なわけだ。
水麗人の減少により、価格は高騰しているそうだから、そちらのアピール力にも期待したい。
「マスター!ヨウルさま!
水麗人さんたちにお肉を供出して貰ったので、家亀でドネルケバブをしますよぉ!
こーんなに大きくて、ぐるぐる回して炙るやつです!
焼き上がったそばから削るので、見に来ませんか?」
メイドさんがわーっと大きく腕を広げる。ドネルケバブ。それは素敵だ。
「やった!肉だ!」
「直ぐ、行こう!」
ちなみに家亀肉は、甘さを加えた子羊肉に似ている。ぷるりとした食感で、ジンギスカンとかにしても素晴らしい予感しかしない。
肉だ、肉だとはしゃいでしまうのは、仕方ない。3時間も歌いっぱなしなら、そりゃあ腹に隙も出るというもの。
薄紫色に染まる空に、炊煙が立ち上る。
スパイスの薫りが堪らなく、砂を蹴って走り出すと横から直ぐに追い越された。
「家亀は厄介者ですが、肉が旨いは良いことです」
狂乱の夜が開けて。
問題が山積みのこれからに、うつむきがちな水麗人が笑顔になってくれたのは、だから献身的なメイドさんらのお手柄だ。
朝になってからも一度、予定どおりに現場の人員の入れ替えをした。
駅を開けていた15分ほどでざっと情報交換をしたところ、他所の領の貴族当主が代替わりになるそうだ。
騒動の黒幕となる御仁の動機は、他所が上手いことやらかしたダンジョンマスターへのハニトラがどうも原因だったらしい。
他がやったのだから、自分もやらなくては損だろう。
そんな気軽さで、情報を集めるのに高位冒険者を脅しに掛けた。それが彼の破滅に繋がった。
冒険者も人の子だから、家族を人質に取れば、従うだろう?
まあ、従ったふりはするかもしれないよな?
高位冒険者を脅して街中で斥候スキルを使わせるなんて、大騒動にならないわけはない。
冒険者は身に染みてそれを知っている。
つまりスキルを使わずダンジョンマスターをつけ回すくらいなら、余程酷くなければ小言で済んだ。
脅迫された冒険者らは、そちらの手段をわざと選ばなかったのだ。
彼らは家族を人質にとられて強制された経緯をバッチリ『録画』していた。
危険な脅迫者を合法的に仕留められるよう、わざとナアナアに済ませられない大きな問題になるように騒動を起こしたのだ。
冒険者生命という名の肉を切らせて、貴族の頚の骨を断つ、その選択をしたあたり前々から余程腹に据えかねていたことがあったと見える。
素直にサリアータに駆け込めば犯罪は犯さなくて済んだかもしれないが、家族はどうなるかわかったもんじゃない。
そう切々と訴える彼らは、証拠を確りと握っていた。
……ええーっとさ、高位冒険者って強かじゃないと生きていけないのかもしれないな?
スキル封印は掛けられたが、まあ、そのあたりは彼らも折り込み済みだ。
【二度と彼らには関わらない】と、その手の契約を結んだ後じゃないと拘置所から出すのは色々危険なのだそうで、斥候さんたちは凄く協力的なのだとか。
なんでも冒険者への脅迫より、街中で斥候スキル使わせるほうが、罪は重いんですってよ。貴族的には。
……『録画』スキルって、言い逃がれをやれなくなるんだなあ。
ちなみにハニトラは、グレー判定だ。誉められたことではないにせよ、自分の魅力だけで勝負するのはアリだ。
依頼人の元で優遇されて、2人で幸せになるぶんには、こちらの反感を買うくらいで済んでしまう。
サリアータが崩落して酷い目に合っているのに、1から育てようとしたダンジョンマスター候補を横から浚うなんて、あいつら頭おかしくないか?と陰口叩かれるのを、気にしないタマならアリだ。
ただ、困ったときに助けてくれる人は減ると思う。
人類の脅威があちこちに転がっている撹拌世界だ。実は大きなペナルティになるんじゃないか。
そんな疑惑もなくはない。
「捕り物は終わってませんので、今夜はまだ、そちらの方で泊まられるのがよろしいかと。
ナノハナ駅は開通宣言済みですし」
報告がてら差し入れを持って顔を出したオルレアが居たのは少しの間だけだった。
荷物をざかざか運び込み、手早く人員交代をしていく。
先程まで浜に転がっていた亀の姿もすぐに消えた。
代わりにやって来たのはサリアータ冒険者学校に入ったばかりの子どもたちだ。
彼ら水麗人の子は網を片手に海に潜り、陸の子はスコップ担いで浜を掘り返しに行く。
遠隔地への駅の開通をしてから、サリアータの外で知見を広げさせるべく、私塾や学校の課外学習の申請は届いていた。
ナノハナは子供には危険だから、まだ安全な昼の浜辺が選ばれたらしい。
駅の開通前なら却ってトラブルは少ないだろうとオルレアの判断だ。異議はない。
「あっ、城だ?!」
「恐竜だ!滑り台の!俺イッチ番!」
「ねえ、スクショ撮って、交換しよ?」
「海だー!広い!この先ってどーなってるの?」
「水が、多い!」
「びゃー、しょっぱー!」
「わあ、砂浜かわいい色。でも海って生臭いんだ」
「鼻が曲がるー」
「これが潮の匂いなんだろ。聞いたことある」
相手は子供。作業に入る前に気が散っているのはご愛敬。
引率の先生が笑顔のうちに整列しとくのが吉だぞ、お前ら?
あとこの強烈な生物臭は、家亀狩りの余波だ。すまん。
微笑ましく見守っていると、オレの横に資材の山が築かれてしまう。
「おはよう御座います。早速ですが設計士さんから預かりものです」
ジュリアンがさっと設計図を渡してくれる。
ええと。新造するのは駅前広場直通の休憩所か。滞在する人が増えるならトイレは駅前のだけじゃなくて、あちこちに備え付けの物が欲しくなるだから、まあそうか。
後はゴミ捨て用の水玉部屋と。
怪我人が出たら綺麗な水もいるし、シャワーブースあたりも納得だ。
よし、海の家ならこんなもんだろ。
「ヨウル、わたしは海の家を造ってくる」
「いってらー」
ビーチパラソルに寝椅子の備品を提供されて、ヨウルは寛ぎの体勢だ。
その横のテーブルにはサングラス姿のヘンリエッタ女史。
清楚なフレアスカートに、鍔の広い白い帽子がセレブな雰囲気だ。
この佳人が長いスカートの下に鞭を隠し持っているとか、知らない人は夢にも思ったりしないんだろうなあ。
そういや、ヨウルは療養のために外に出たんだっけ。今の今まで忘れてたけど。
ぶっちゃけ、『調律』しなければいいわけだから病人扱いしなくてもいいのだろうけどさ。
オレも作業が終わったらバカンスしよ。
一仕事終えて帰ってきたら、地引き網が始まっていた。
こんな楽しそうなこと放ったらかしにして休むやつなんていないよな?
やたら重い網に掛かったのは、案の定、その殆んどが小亀だった。
水麗人はゲンナリしてたが、なにも知らない子供たちは大漁に大喜びしてくれたのは良いことだ。
とれたての子亀の一部は味噌仕立ての鍋になって、地引き網に、砂掘りにと疲れた生徒たちの腹に収まる。
元気がモリモリになる味に、みんなお代わり!と大きな声だ。
ちなみにその大鍋は海の家の備品なんで、申請してくれれば誰でも無料で使えるサービスだ。
料理片付けが面倒なら、メイドさんが采配してくれる有料サービスもある。今回はこちらのプラン。
「たくさん頑張ったんですから、いっぱい召し上がって下さいね!」
優しくて献身的なメイドさんに恋しちゃう少年少女とか出てくるんだろうな、これは。
これ、定期開催したらよくないか?
経験値を吸いにくい大人も楽しみながら参加できそう。
安全を考慮すれば日帰りプランにせざるをえないのに、交通費が高くなることを除けばレジャーとしてよさげである。
ううん、リピーターがつくにはこれだけじゃ弱いか。悩ましい。
一緒に食事を楽しんだ子供たちが帰っていくのを見送れば、あっという間に昼下がりだ。
夜に備えて、オレらは昼寝を促される。
だから寝ていた時間になにがあったかは、わたしは知らなかった。
海に浮かんだひとつの影。
人をそのまま『体内倉庫』に仕舞うことは出来ないが、物の言わぬ遺体となればその前提は覆される。
「ヤメロー!リューはすぐそーやって怖い話にもっていく!」
寝っ転がったまま、ヨウルは耳を塞ぐ。
「まだ、怪談の出だしにもなっていないじゃないか。
幽霊を出すにしても動機はないと理不尽だろう?」
寝る前に夜伽話をねだられたから無理やり捻り出したというのに、文句を言いよって、我が儘な。
「暇だからなんか話してって無茶ぶりしたオレが悪かったから、ホラーはよせって。
どうせ一人一人消えていって、最後は誰もいなくなったオチだろソレ」
ヨウルさ、オレに対する悪い信頼が厚いのはなんで?
「いや命からがら国に戻ったら、【連れ帰って】しまったらしく、二次災害が起きるパターンだとイヤらしいかな、と」
日本には良いものも悪いものも海の向こうからやってくる恵比寿信仰というものがあってな?
それが怪談とは相性抜群で、よく使われるんだわ。
「海で死んでいるのって、それって私たちじゃないですかー?!」
「死んでから人さまに迷惑をかけるのは嫌なんですけど!」
そこで水麗人らの突っ込みが入る。
よきかな。
彼らとは一緒に地引き網した仲なんで、慣れてくれたようで嬉しい。
新しく建てた海の家で、皆雑魚寝の体勢だ。
プレハブ工法の海の家は、仕立てられたばかりの畳の匂いが、堪らなく贅沢だった。
縁側から上がるとゆったりとした広間になっていて、自由に寛ぐことができるスペースだ。オレらが転がっているのはここである。
天井部分にはファンが緩やかに回っていた。昔の外国の映画で見たことあるやつだ。
ダンジョンの中は静か過ぎるので、その稼働音に心が安らぐ。
「なー。水麗人には、陸の男に騙されて連れ去られた娘さんとかいないの?民話とかで」
アンデルセンは美しくて罪深いよな。
ヨウル、切り込みがエグくない?
「陸の男を誑かして、田舎暮らしをさせていた実の娘ならいますよ。
今はサリアータ在住ですが」
おお、リアル人魚は逞しい。
「サダちゃんとこの娘さんは、気立てが良くて別嬪さんだからなあ!」
「そっか。美人の嫁さんの願いなら、ついホイホイ聞いちゃうもんなー」
「……お前さんら、今、寝ないんだったら夜狩りには参加させんぞ?」
教官にメってされたんで寝ます!
お休み!
いいね、評価、誤字報告。いつもありがとう御座います。
これだけ誤字が多いと、恐くて投稿した後の自分の自分の文章が読み返せません。
誤字って、ホラーですね。気付かずそこにいるあたりが。




