91 ダンジョンは人を恋に落とす
結論から言う。
相手から施して貰う『魔力循環』はあまりに良すぎて良からず。
リュアルテくんが全年齢プレイヤーじゃなかったら昨夜はお楽しみでしたね?ってことになりかねなかった。
危ない危ない。
すっぽり抱き込まれての『魔力循環』なんて、リュアルテくんには刺激が強すぎた。
抱き締められたあの時だけは、まるで世界で一番大切なもののようになったかのような心地で。
嬉しいやら、猛烈に恥ずかしいやら。
世間さまに恋の歌や話が溢れている理由が、身に染みた。
なるほどこれが、推しのいる生活。
こればかりは経験してみないとわからなかったな。
アイドルグループやスポーツ選手に熱狂する人たちをみんな元気だなあって、思ってきたが、道理でだ。
これは元気にならざるをえない。
きっとオレは今、幸福ホルモンの分泌がドバドバと出てる。
やたらそわそわ落ち着かないので、今日の朝はトレーニングを増やして貰おう、そうしよう。
本日より政府ちゃんのごり押しで、エンフィとオレは学校を公休扱いになってしまった。
ヨウル?
西邑先輩は堅実なお方よ。卒論も単位も取り終えて、後は卒業するだけだってさ。
土日祝日が関係なくなる生活、はっじまるよー。
無理矢理テンション上げたが、成人式どころか、卒業式にも出られない予感がする。
学校の授業内容はアーカイブに残されて、暇な時、移動時間やMPの回復待ちの間に視聴することで出席と見なしてくれるそうだ。
それと追加の課題も貰う予定。
センセらごめん、追い込みの時期なのに仕事増やして。
オレもバイトの合間に頑張るんで許して欲しい。
仕方がないよな。
崩落が起きたら道端を魔物が闊歩する世界になる。今はどこの政府ちゃんもしゃかりきだ。
いつもの腰の重いうちの政府ちゃんは一体どこに消えたのか。
特別法案がどこどこ発案されては、審議、採決されていく。
この疾走感はちょっと記憶にないような、めまぐるしさだ。
昔、黒船が来航しちゃった時も、時の幕府はこんな感じにあたふたしたんだろうか。
恐ろしいような、面白いことになりそうな不安と躁が入り交じる雑然とした空気は得体の知れないエネルギーを孕んでいる。
爺さまに言わせると高度成長期の日本が元気だった時代を思い出すそうだ。
自然災害が多い国は野良ダンジョンも産まれやすいそうだから、特に準備にてんやわんやになっている。
日本も国土面積に比べればやたら災害が多発するから、覚悟していたほうがいいかもだ。
こうしたお祭り騒ぎな中で、フロンティアがやってきたぞと手を叩いて喜んでいる国もある。
特に寒すぎたり暑すぎたりする国は嬉しそうだ。
それと国土が広い国は人が多い分、やっぱりガッツがある。
あんまり広いと野良ダンジョンを探しに行くの大変そうだな。そう思ってしまうが、余計な世話か。
「えーと。他のダンマスは四国と九州、あとはどこに白玉ダンジョン建てるって?」
新たに入った吉報は、お役人ちゃん系ダンジョンマスター候補だったひとりが雫石の『調律』に漕ぎ着けたことだ。
彼らはもとよりリアルでも位階はしっかり積んでいるので、一度でも成功すると後は早い。
0.1ほどの極小サイズだそうだが、成功は成功。まずは目出度き。白玉用なら充分だ。
「沖縄だそうだ!移動時間が勿体ないから、この先は数ヶ所ずつ造っていくらしいが!」
件のお役人ちゃんはそちらの出身なので地元の親戚周りを優先させたいなー?とのことだ。
あと四国は嫁さんの産土なのだそう。
どうせ全国各地に造らにゃならんならモチベ上がった方がいいよな。
沖縄は親戚がいるからオレも気になる。
彼の成功を受けて、オレらも無理しないで小さい石から攻めようぜと相談した。
そうだよな。白玉ダンジョンなら小さい石でも良かったわ。阿呆か、オレら。
「それならしばらく雫石の造り貯めだな。
白玉と言えば。サリー、稼働中の白玉ダンジョンってどうなってるか知っているか?」
「24時間満員御礼ですね。特例で先行免許取得者のみの解放ですが、いい感じにまわっていますよ。
聞き分けのいい良い子じゃないとこの先のお楽しみに参加できませんから、些細な問題しか起きていません」
その特例は記事を上げることに同意したインフルエンサーだったり、記者だったり、車椅子生活者だったりする。
いずれにせよ実生活もゲームでも品行方正な上澄みで、血気盛んなトッププレイヤーじゃないのがミソだ。
あと一番多いのは新しい治療法の治験者に名乗りを上げてくれた人たちだ。
体が不自由な人は元からVRゲームの優先権があったので、そのいずれもが撹拌世界を楽しんでいたヘビーユーザー。
やる気があり、免許の条件を余裕でクリアしている人たちが召集された。
『治癒』掛けるのにも、経験値の蓄積が必要です。
それには自力幇助も必要ですね。
頑張って経験値を沢山稼ぐとこんないいことがありますよ!
彼らは、そんな広報塔だ。ドキュメンタリーの取材もガンガン入れている。
珍しいのはハゲの治験だろうか。
オレはゲームで『美髪』で星3がついたわけだが、リアルでは星2になった。
そう、『美髪』の星2の時にとれるツリースキルは『発毛』である。
この『発毛』が本当に効くのかどうか実地のテスターが入っている。
まだ結果が出てないのに、下手すりゃ難病治療を押し退けてトップニュースの扱いになっているのは、髪は失われてもなお慕わしい友達なんだな、としか。
長年の親友を取り返すために躍起になっている人たちのなんて多いことか。
「あまり問題が起きてないということは、些少の気掛かりはありますか!」
「カルマ重めの人たちが、騒ぐ事例は出てきてますね。
それは想定内でしたが、ゲーム規約をしっかり読めと言いたいところです。
このままやりすぎると見せしめに逮捕されてしまいますけど、いいんですかね?
逮捕歴があると更に参加しにくくなりますけど」
海外じゃ暴動起きているところもあるけど、リアルで犯罪者にならなくてもいいだろうにな。
強面がウリの指導者層なんてガチ切れしてた。
犯罪犯したヤツには、渡すパイねーからって、ついでに麻薬撲滅もキャンペーンをぶち上げたりで、どこもかしこも賑々しい。
免許取得にいつの間にか血液検査が加えられたのって、健康面のチェックだけじゃなくて薬物検査も兼ねているっぽい。
ラリってハッピー状態な冒険者って害悪だもんな。まあ、順当。
世界的にはマフィアを閉め出したい政府ちゃんと、反発する裏勢力と、利権だヒャッハーな企業とかでごたごたしているところも散見するんで、そーいうところから世界の撹拌が始まるのかもなと諦めに似た感情もある。
普段は内政干渉を嗜んでいたりする国らも今は新天地に掛かりきりだし、この隙にお国の建て直しと計れるといいな。
あ。そうか。
…危っぶない。戦国時代前にダンジョンが出来てたら、日本、滅んでたんじゃない、これ。
民草どころか武士の骨抜きを300年も掛けてせっせと勤しんだ徳川幕府って、なんだかんだで偉大だった。
人類史的ならともかく地球的には数百年なんて誤差だもん。
学校で習う歴史だけでも、日本人が比較的温厚なのって精々がここ数百年ってとこだ。
なにがしの大戦の折りには、化けの皮がべろんと剥がれて、やあやあ我こそはってなってたし。どの民族も基本は物騒。
ただ日本は民族の根切りがあまりなかったから、歴史の蓄積がある分だけ恵まれているっちゃいる。
なにせ自分勝手にやらかすと、ろくな目に合わんのは、自国の偉人が証明してくれているし。
遥か遠く、風習も違うお他所の人がやったことだからって、そんな言い訳なんてきかないもんな。
「政府ちゃんは高カルマ保有者には甘い顔をしないのな」
どんな層にも基本甘めの対応の政府ちゃんにしては、すごく厳しめ。
おかげで浄罪クエスト名目のボランティア活動はすでに活性化が始まっている。
山や浜辺のゴミが減るのはいいことだ。
うーん。早めに水玉工場建てたいな。シナジー的に。
でもその前に基礎建材集めなきゃいけないか。白玉ダンジョンみたいにノー設備ってわけにはいかんし。
「そのうち国際法になるでしょうから。うちの親方も、自分からのルール破りはしたくないでしょうね」
そっか。うちの政府ちゃんそーゆーとこあるからなー。
じゃらじゃらじゃら。
オレらが小会議室で集まり作っているのは生活スキルの精石だ。
別室では爺さまを始めとした『造形』持ちがこれをアクセ類に仕上げている。
ヨウルのポイントカード方式は政府ちゃんに正式に認められてしまった。
ゲームではカードにスタンプだったけど、リアルは冒険者アプリで管理される。
このアプリ、税金を自動天引きしてくれるので冒険者必須の代物だ。
ちなみに冒険者に掛かる税金は、撹拌世界準拠なので拾得物の2割となる。
税金の調整するのに魔物を倒すの控えられると、困るのはお上、そしてそれを支える民衆だ。
これ以上はどれだけ稼いでも徴収したりしないから、冒険者さんは安心してどんどん魔物を倒していってね?
そんな政府ちゃんの心の声が聞こえてくるような優遇措置だ。
現在のところ一般人は、金銭での発動体の購入は不可となっている。
多少なりとも経験値の溜め込みがないと発動体は使えないから、妥当なところだと思って欲しい。
金銭で買えてしまうと、使えないのに買いたくなる層がでると予想されてのこの制限だ。
うん、気持ちはよくわかる。
そんなファンタジーな魔法の指輪なんて、皆欲しいに決まってるよな。
皆さまには発動体の購入目指して、是非白玉を沢山ポコポコして欲しい。
白玉トレーニングは二の腕に効くと、かーさんが言ってたぞ?
今、こうして発動体の増産をしているから暫し待たれよ。
「すいません、ゲーム機用の白玉魔石をお届けです!」
そこに配送業者さんの格好をした自衛隊のひとが入ってくる。
天地無用のシールに配達票の偽装もしているが、これらの魔石は産地直行で送られてきたものだ。
「いつもお疲れ様です。
…ノルマ分は終わってますから、そちらは明日からですね。
ダンジョンマスターを過労死させたとか絶対許されませんから」
早速手を伸ばそうとしたら、言葉でぴしゃり釘を刺される。
「わかった、そうだな。これが終わったら位階上げしてくる。
丁度いいランクの獲物はいるだろうか」
「蜘蛛が平気でしたら、どうでしょう。
レベルとしては40からということになりますけど雷は非常に効きますし、装甲はダンジョンモニュメント、ゲートの材料です」
「風信子蜘蛛、ここにもいるのか」
あのやたらキラキラしい蜘蛛な。
風信子石は、つまりはジルコン。その名がつけられた通り、宝石で出来たような外装の蜘蛛だ。
ただし目の眩むことなかれ。
戦力としてはやや小振りの多足戦車を、相手取る要心をして欲しい。
厄介なのは硬い装甲と、足場の悪さも頓着しない機動力だ。
魔物種の蜘蛛は皆押し並べてテクニカルな技持ちで、柔らかボディが特徴だけど、こいつだけは生体金属の鎧を着ていてやたら頑丈だ。主にひき逃げアタックと、そのコンボの押し潰し、そして噛みつきしてくる凶悪な相手だ。
風信子蜘蛛は家蜘蛛よろしく、糸も毒もつかわず狩りをするタイプである。つまりそれほど優秀なハンターであるわけだ。
しかしやはりそこは蜘蛛。雷ならば特効が入る。
エルブルト系が多いセイランじゃ、有望な輸出品だった。
「使い勝手がいい素材ですしね。美味しいですし」
「それは重要だな」
今日は蟹すきか、いいな。
あいつ雷が効く癖に、生体金属装甲の熱伝導性が低くて身が焼けてしまう心配もないし。
「なー。リューお前、ゲテモノもいけるの?」
「ヨウルはあちらで蟹っぽいものを食べたことがなかったのか?」
「え」
「付け加えよう!残念ながらサリアータでは蟹は流通していない!」
「うっそ。お前ら、知ってたのなら教えろよ!」
「だって、あれならたった10マで食べ放題もあるんだぞ。いつか誘おうと思ってたけど嫌か?」
「ああ、マルフクのご飯帖の。
あれは美味しそうだった!私は気にしないので参加したい!」
「旨いの?…まあ、それなら。シャコとか大概グロいしな、そんなものか」
チョロいなヨウル。
まあ、一回食わせてしまえばこっちのもんだとは思ってた。
これは気が変わらないように、食べるまでは実物を見せないようにしないといけないな。
そういや、蜂の子もなんだかんだで結局食べた。
うちの子がおいしー!って顔で食べているもんで、気になってつい。
料理されてしまえば、もとの姿はわからんし、白子とか肝とか平気な人なら好きそうな味だった。
とろりと濃厚。滑らかで甘く、官能的な口当たりで。
うん、ゲテ食いって言われても仕方がない気がしなくもない。
「蜘蛛は苦手な隊員が多いので、篠宮さんが参加してくださるのは助かります。いえ、見目の話ではなくスキルの相性的に。
雷以外は、足が8本もあるのでむしって動けなくするまでが大変で」
綺麗なおねーさんが怖いこと言う。
全力で突っ込んでくる戦車の脚をむしるのって、超人技じゃん?
ゲーム中ならそーいう人は珍しくないけど、リアルと混同するのはよろしくない。
風信子蜘蛛は足が速いので、突入前に扉の前でミーティングだ。
「あいつ、火器を弾きますものね。ランチャーだったらいけるでしょうけど、毎回だとコストパフォーマンス悪いでしょうし」
「佐里江さん、魔力が強いんですし魔法系スキルを覚えましょうよー。勿体ない」
「こちらで『ターゲット』を覚えられたら考えます。ノーコン魔法使いって怖くないですか?」
サリーが自衛隊のおねーさんたちと仲良くしている。
あちらじゃなんとも思わなかったけど、リアルで黒一点は居心地悪いな。
蜘蛛エリアは雷使いの独壇場なので、専用スタッフが常駐している。
そのせいかミーティングは女の園だ。
サリーの背が一際高いせいか傍目で見れば、なにやらハーレムっぽい光景だ。倒錯している。
自衛隊のおねーさんたちがまた可愛い人が多いんだ。肌が綺麗で、スタイルよくて。
アバターの影響を受けているそのせいか、位階の高い人ほど美人が多い。
女だてらに鍛えているから、ガッツもコミュもマシマシで。
「『アイスピラー』は効かないんですか?」
専門家さんに質問だ。
蜘蛛なら冷気にも弱そうじゃね?
「そちらが使えるなら、糸を回収するのに絹蜘蛛の方に回されますね。
スパイダーシルクは良いものです。
熱で糸腺が固まるといけませんから。
それに装甲がネックです。『アイスピラー』だと、風信子蜘蛛はちょーっと固すぎます。もちろん動きは寒さで鈍くなりますけど」
あーなるほど。道理でエンフィはそちらに引っ張られたわけだ。
ヨウルも『パチンコ』育てたいからって鳥撃ちに行ったし、美女の中に男がひとり。うーん、気まずい。
むさ苦しい男手の2人か3人でも連れてくるんだった。
男ならイケメンでも緊張することないんだが。
「…蜘蛛は苦手でしたか?」
「いや、平気だ。ただリアルでこの蜘蛛ほど大きな獲物は初めてだな、と」
緊張してるのは美女に囲まれているからでーす!とは言いにくい。
サリーの側にすすすと寄る。
「これから、ゲートの需要が高まります。頑張りましょうね」
サリーに気遣わしげに励まされて、はたとなる。
あっ。これ、居心地悪いんじゃなくて嫉妬だわ。
心、なんて狭さだオレ。
サリーが女の子と仲良くしてるのが面白くないとか、ちょっと待て。
流石に我が儘が過ぎるだろ。
しかも独占欲の沸く方面が可笑しい。
なんでサリーと同世代の男じゃなくて、可愛いおねーさんらに反応するわけ?
そりゃ、サリーは男相手にはやや塩だから安心していたところはあったけど!
うわ、厄介だな。恋愛って。
心のコントロールが難しい。
「では、最初にお手本を見せますね!」
「よろしくお願いします」
気を回してくれたおねーさんらに頭を下げる。
ぐぬぬ。これはみっともない。蜘蛛に怯んでましたと思われた方が、まだマシだ。
経験値浴びると恋愛脳になるって本当なんだな。
自分自身が信じられない。
いいね、評価、誤字報告ありがとう御座います。
感想も嬉しいです。ピンク部分は特に出していいものか迷ったので、なにかしらの反応頂けてホッとしました。感謝。