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90 離れていても友達だと



「オルレア、心臓に悪いんだが」

 これは文句をつけねばならぬ。


 母親でもある王女さまが海から子供たちに呼ばれたのを機に、内心ほうほうの体で退出した。

 支配人室で出迎えたオルレアに言い募る。


 扉前待機をしてくれた教官も、王女さまが中にいたと伝えたら、しょっぱい顔をしてくれた。

 やっぱり現地の人からしても、【これはない】の判断だよな?


「レイは王女といっても継承権は30番目かそこらで、ほぼ一般人ですよ。

 お仕事もやる気になってくれていますし」

 それなんて王女メシ。

 料理人として雇っていいの、本当に。


「マグロやイカの『解体』なんて惚れ惚れしますよ。職人芸です。

 うちの子たちに技術の伝授をしてくれるそうで嬉しいです。

 …想像していたより、ずっと元気そうで良かった」

 ああ、教師としての仕事なら、まあ?


「レイの旦那さまは?」

 子供はいるって聞いたけど。


「あんな浮気男なんてしりません。子供たちは彼女が産んで育てた子です。今さら会わせる必要ありませんね」

 あ、なんだ。死に別れたわけじゃないのか。良かったというのも変だけど。


「会うとしても100年は先の話です。生きた妻より、死の乙女の抱擁を選ぶとは情けない。

 彼にならレイを任せられると思った私の目が節穴でした」

 やっぱりお亡くなりになってんじゃん!


 死の乙女の伝承って、故郷を守って戦死した勇士のみ迎えてくれるってやつだろ。

 前世でその話は散々聞いたわ。

 北欧神話のワルキューレ系じゃなくて、どちらかというと乙姫さまが歓迎してもてなしてくれるタイプの民話。

 乙女は後から奥さんや子供たちがやってきたら、土産持たせて次の世界に一緒に送り出してくれたりするし、勇士が独身だと妻として添い遂げてくれたりする。

 女性はって?

 位階を上げればそのへん、どうにでもなる世界観だから察して欲しい。

 女でもバリバリ仕事して疲れて帰ったら、美味しい出来立て手料理と、笑顔で待つ可愛い嫁さんがいたら嬉しくないか?


 …現実逃避はここまでにしよう。


「やはりトロットの崩壊で?」


「…はい。すみません、立派に戦って死んだ人の悪口を言って。

 ついレイの苦労ばかり耳に聞こえて。

 彼とて本意ではなかったでしょうに」

 まあ、未亡人には言えないよなあ、その手のことは。


「仲良しなんだな。レイのほうが年上か?」


「ええ、サリアータで同じ私塾に通いました。

 知り合った時にはもう、背は私の方がずいぶん高かったんですけどね。

 彼女は10も年上で、ずいぶん面倒を見て貰いました。

 ……申し訳ありません。

 少しだけマスターと2人で話をしてみたいと乞われたのを断れなくて」

 人柄をよく知った仲良しの先輩のお願いごとなら、そうなるか。

 そうしても問題ないと判断した、オルレアを信用しよう。

 …問題ないよね?


「少し世間話をしたくらいだぞ?」

 オルレアの話題を肴にして。


「はい、充分です。私が仕えるべき主を見つけたら、一度は会わせて欲しいと少女の頃からの約束でしたから」

 そっか。

 オルレアは陸の生き物だから、レイは海に誘えなかったのか。

 海と陸に離れていても、ずっと友達だったのは目映いな。


「緊張した。オルレアがしたのではなかったのなら、許さなかったぞ」


「レイの方が緊張してたと思いますよ。彼女、人見知りで繊細なので。

 レイに優しくしてくださって、ありがとう御座います」

 礼を言われて困惑する。


「普通にしていただけで、なにもしていないが」


「いいえ。彼女の名前を受け取られたのでしょう?

 私はレイって呼ぶのに半年は時間を掛けましたよ」

 それはオルレアの上司バフがあるからだ。

 オルレアが築いてきた信用で相撲を取ったのだから、オレの手腕にならないんだよなあ。

 それに気が付かないで少し拗ねているオルレアは可愛い。

 それに免じて素の態度で、王女に対面させたあれそれは許すことにする。

 

 礼儀として初対面の王女と直答するとか、ありえないからな?

 ダンジョンマスターなら縛り首にはならんだろうが、常識知らずと後ろ指差されるところではある。

 それとも海の常識は違うんだろうか。 



「ところで、ストーカーの件ですが私をはぶいたのは何故でしょう」

 人差し指の第一関節を、顎にあてた優雅な仕草。尋ねられて肩を竦めた。


「最初はただの変質者かと思いたかったんだ。尾行のプロが出てくるとは夢にも思わず。

 気持ち悪いだけの相手だったら、オルレアみたいな年頃の女性の耳に入れることじゃないだろう?」


「思いたかった?」


「サリーは数種のキメラだから、悪い魔術師の興味を引きそうだな、と。その心配はあった」

 野生では近接種族の掛け合わせをしても、次の世代を残せなくなることが多い。

 だが、巧くいってしまうと元より強力な種族になるのもしばしばだ。


 強い毒。強い体。美しい容貌。逞しい生命力。

 言うなればサリーはその強力な【始めの個体】に値する。


 なにしろ警戒心の少し強めな佐里江さんだ。

 彼女とランダム生成でマッチした、サリーもその気性を備えている。

 サリーみたいな健康で頑丈な男がそうなるには、相応の理由があるわけで。

 散々嫌な目にあってきたんだろうなと、想像すると胃の辺りがきゅっとなる。


「ああ、しかも祖の姿に『転変』できますし、目立ちますか」


「知らない若い男女が裸で部屋にまっていたこともあるって聞いた。

 サリーは単純に気持ち悪がっていたけど、本当に好きな相手にはそんなことをしないだろう?」


「明らかに遺伝子情報狙いですね。

 でも、サリーは良い男です。思い詰めて行動したという人も中にはいたでしょう。

 だからそんな顔をしないで下さい」


「どんな顔だ」

 自分で頬をもんでみる。

 妹らにも指摘されたばかりだが、そんな悪どい顔だろうか。


「切ない、悲しそうな顔です。

 顔を舐めたくなるので止めて下さい」

 犬か。そうか、犬だわ。

 思わず笑う。


「なんだ、それ」


「外聞的には死活問題です。

 淑女教育を放り投げたくなりましたよ、危険な男ですねマスターは」


「また、そんな冗談ばかり」


「いいえ、油断はいけませんマスター。お嬢さまの仰る通りです。

 子持ちの私にも、クリティカルヒットでした。やばいです。

 愛らしい子供姿の、私たちのマスターがですよ?

 しょんぼりしていたら、それはもうペロペロですよ犬族の本能的に。

 私たちがサリーにぶっとばされてもいいんですか?」

 サクマは気鬱ですというように腹を押さえる。


「サリーはそんなことしないぞ?」

 オルレアといい、サクマも大袈裟な。


「しますよ」


「やつなら、します。あいつも犬族の血が入ったアルファの男。

 マスターはあいつにとってただひとりの主です。

 その執着を舐めてはいけません」


「……サリーは可愛いなと思うのだが、そういう扱いじゃ駄目なのか?」


「いいですね。

 可愛がりつつ、悪いことしたら叱って、良い行いをしたら誉めて下さい。

 それだけ出来れば充分です」

 オルレアはポフンと手を叩いたが、サクマは一歩大きく後ずさった。


「えっ。マスターは、あいつが可愛いのですか?

 まだ頼りになるとかなら、わかりますが」

 いや、最近のサリーは可愛くないか?

 オレの頭がバグったせいだけじゃなくてさ。下らないことで、よく笑うようになったし。


「地獄の門番も、自分の主には腹を見せて転がるということでしょう。結構なことです」


「お嬢さま。それはそうですが、サリーですよ?」


 サリー。オレの知らんとこでなにやってきたの。


「マスター、単騎で空駆けして竜殺しを遂げたり、【地獄門】を開けるような男ですよ、サリーは」

 あ、うん。知ってた。そうか、頼もしいよな?

 言われてみれば、そんなことあったな。


 ゲルガン、あいつ楽しい鬼ヶ島ライフを満喫してるんだろうか。

 リアル冒険者資格取得条件の有無だけじゃなく、地獄はきっと阿鼻叫喚だな。


「確かにうちの子たちはそれぞれ強くて賢い立派な大人ばかりだけど、それはそれとして皆とても可愛いぞ」

 悪い犬族も広い世の中いるんだろうけど、会ったことあるのは優しくて健気で人懐こい子たちばかりだ。

 つい可愛く思っても仕方なくない?


「…お嬢さま」

 サクマが呻く。


「ええ、マスターの脇が甘いのはこちらで受け持ちましょう。

 大丈夫です。私たちがマスターの信頼を裏切らなければいいだけです。

 一先ず教導プログラムのハードルを上げましょう。私も時間を作って参加します」


 なんか自分ちのわんこを溺愛する駄目な飼い主と、その犬の躾を受け持ってくれるしっかり者なトレーナーさんのような空気感だ。


「いや、して欲しい要望があれば、最大限きちんと聞くが」

 迷惑なオーナーとハブにされたら悲しい。


「マスター。その申し出はなりません、今すぐ撤回して下さい。

 犬族が自分の主にやって欲しいことを貴方に申し出たら、青少年保護条令に引っ掛かります。

 私は私の一族から性犯罪者を出したくありません。

 ……例えばですが。成人した身形の良いエルブルト人が、十代前半の少年少女に腹をなでろとハフハフと転がったら、貴方はどう思われますか?」

 悪夢かな?


 そっちに取られるとは思わなかったなー。


「なるほど。わたしの考えが及ばなかったようだ。オルレアの言う通りにしよう」


 常に良くしてくれる彼らにとって、良い大家でありたいものだ。

 そう思ってはいる癖に、相互理解が難しい。






 今日はお休みってなことで、ダンジョンでちょろりと位階上げをしたあとは、乗馬をしてきた。

 今日は栗毛の快活なレディに遊んで貰った。

 編み込まれた鬣がお洒落で、黒目がちな可愛こちゃんだ。


 前世の杵柄かリュアルテくんの経験か、軽めの障害物ならオレにも飛び越せることが判明した。

 『礼法』スキルを『解析』すれば、どんなマスクデータが出てくるだろうか。少し気になる。


 しかし冒険者は馬より健脚になりがちなので、乗馬はほぼ趣味技能だということだ。

 馬車は需要が多いので、馬と仕事するなら馭者技能をとった方がいいらしい。

 馬の手入れを教えてくれた牧場の人がそう言ってた。


 そうしてのんびりした休日を満喫して、部屋に戻ったらサリーが出迎えてくれた。


「サリー。起きていたのか?」


「お帰りなさいませ、リュアルテさま」


「ああ、ただいま。

 サリーがいるからここまででいい。お疲れさま、また休眠期明けに」


「はい、マスターお休みなさいませ。良い眠りを」

 メイドさんらに扉の前までガードされて、部屋に入る。


「まだ、妹君はお帰りになられていませんが」


「うん。あいつらはノベルで強化合宿のプログラムを受けることになった」

 弟妹らは今日からオルレアのところでお泊まりだ。

 ストーカー問題が片付くまで避難させるつもりである。

 本人たちはスキル取得のブートキャンプに参加していると思っているので、先生をつけてビシバシやるらしい。

 リアルにダンジョンが現れたので、弟妹のやる気も充分だ。

 ノベル本館は玄関ホール以外は受付してパスを貰わないと入れない造りなので、これで少しは安心である。

 これはエンフィと相談して決めた。

 エンフィは質の悪い殺人鬼に狙われたことは一度じゃないので反応が早い。

 ジャスミンを引っ張って速攻、旅行に出掛けた。

 人気のないところまで引っ張って囮猟を試すらしい。引っ掛からなければ素直に旅行を楽しんでくるそうだ。

 現役軍人の人たちも、何故かごっそりバカンスをとっているらしいので、まあ、つまりそーいうことだ。


「サリー、わたしたちのクラス周辺は現在厳戒態勢に入っている。

 わたしたちの動向を斥候スキルを使って探るものがいた。

 だから問題が片付くまであの子たちは避難させる。

 どうか秘密で頼む」

 世界観的に子供を狙った企みは最下層の外道の扱いだ。

 バレたら破滅なのに、それでもと手を伸ばすなら相手も相当追い詰められている。

 弟妹の安全確保は最重要課題だ。

 話すかどうかは迷ったが、もう少し情報が集まってからにしようと決めた。


 …いや、万が一とんでもねえ変態とか出てくる可能性もあることだし。

 エロ系ダンジョンを造らせるため、ダンジョンマスターって誘拐された事件もあったらしいよ?

 撹拌世界は末法だ。


「私になにか出来ることは?」


「外歩きの時の『録画』データの供出をして欲しい。

 人の耳目を誤魔化せるような腕のいい斥候も、画像には映ってしまうようだ」


「そのようなことが。…はい、わかりました。この後すぐにでも渡してきます」


「それと怪しいのがいても捕まえないように。襲ってくるなら話は別だが、上は根ごと抜きたいらしい」


「…駄目ですか?」

 不満そうだな?

 こちらのサリーはアグレッシブだ。


「ステイ」


「わん」


「…ノリがいいな、サリー」

 めってしたら鳴かれてしまった。


「リュアルテさまに待てをされると、なにやら胸が高まりますね?」

 サリーがそっと胸を押さえる。

 冗談のような、あながち嘘でもないような。

 本気だったら、犬族っぽいアバターは難儀だな。


「そうか。待てが出来るいい子はご褒美が必要だな。なにか考えていてくれ」


「私は貴方の足元に侍るだけで割りと幸せなのですが。どうしていきなり?」

 足元って。ええ?


 ……。

 からかうの、良くない。吃驚する。


「オルレアに犬族を犬のように可愛がるのはやめろと諭されてしまった。

 詳しい例題を出されると、確かにそれは不適切だったと納得した。

 納得したが、サリーなら、その、恋人だから甘やかしてもいいのだろう?」

 健全でもいいので、イチャイチャしたいですよ?

 いきなり佐里江さんにやらかすのはオレのハードルが高いので、リュアルテくんをクッションに挟みたい。


「…すみません。今は頭がピンクなので、質問の答えは差し控えたく。

 どちらかといえば大歓迎ですが、理性はヤメロと怒鳴るので」


「うん。サリーの心が決まるまで待つ。

 わたしも初心者だから、簡単なものから試したいな。

 トロット跡地に視察に行く予定があるんだが、そこでデートに誘ってもいいか?

 2人きりにはなれないかもしれないが」


「トロット。ああワールドクエストが流れましたね。

 デートの誘いは喜んで。

 ……そうですよね、全年齢ですものね」

 サリー。露骨にガッカリするそういう態度はオレが期待するから良くないぞ。

 中の人は夢見がちな青少年だと知ってるだろうに。


「それと『魔力循環』の発動体を仕入れてきている。

 【わたし】は、サリーと最初に試したいのだが、寝る前にでも時間を貰えるだろうか」

 



 感想、誤字報告、いいね、評価、ありがとうございます。

 いつもお世話になっています。感謝。



 今日はご報告がひとつ。

 90.5話は懸念の通りエロ回なので、そこだけ月光さんにお世話になることにしました。

 あ、読まなくてもこちらには全く影響ありません。


 それとですね。どの層にも配慮のないつくりなので、お勧めすることもちょっと…という代物で。

 ええと。大人でどんなご飯が出ても平気な方は、もし、よろしければ探してみてください。

 同タイトルにピンクドロップをつけているのがそれです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 成人向けでも12才の少年と成人男性の絡みはアウトだと思いますよサリーさん……(白目)
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