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87 お医者さまの言うことにゃ



 午後一番は弟妹と4人、ミズイロのアトリエで授業を受けた。

 中庭には四季咲きの蔓薔薇が溢れるアトリエ2階。反対側の窓を開ければ、大通り。交番が見える好立地だ。

 そのことにほっとした。

 目の前に夢魔がいたらぶん殴ってやりたい者はいくらでもいる。誰が物件を紹介したか知らないがグッジョブだ。


 ショップ兼用の1階は流石の華やかさだったが、通された部屋は仕事人の、というか、意外なほど男らしいアトリエだ。

 物はごちゃごちゃ置いてあるのに、部屋の飾りになるような物はひとつもない。

 ただ部屋の中央に置かれたトルソーだけが淑やかに着飾っている。

 

 今日新しく習った刺繍はチェーンステッチ。

 前に習ったステッチとの複合で、花一輪を飾り込んだイニシャルの縫い取りをする。


 んんー?

 チェーンステッチ、難しいな。

 気を抜かずとも、鎖輪の部分が不揃いになる。カーブをつけると尚更だ。

 一回ほどいて、やり直し。

 本番を刺す前に、これはしっかり練習しとこう。


「先生、もう一度お手本を見せていただけますか?」


「では、ゆっくりやってみましょう」

 ついついと刺されていく模様をじっくり観察する。

 んー。特別なことはしていない。でも手順は同じなのに出来上がりが違う。

 裏面なんて、オレが刺した方はぐちゃぐちゃだ。なんで?

 人がやっていると簡単に見えるのに、やってみると難しいぞ刺繍。

 でも最初よりはずっとマシなはず。がんばろ。


 前半分の授業は刺繍を習って、後半は『糸紡ぎ』の続きをやった。

 チェルとは違って針仕事は小一時間もやれば飽きてくるから、色々やらせて貰えるのは助かる。

 これには専用の発動体を貸し与えられた。

 繊維と生体金属を寄り合わせて混合糸を紡ぐのは、夢魔族のレシピだ。

 金属光沢のあるこの糸は、『陣形』を刺す時にも使われる。

 混合糸はスキルツリーとしては『錬金』の範疇にある。しかし専用スキルを使った方が品質が良い。餅は餅屋だ。


「『糸紡ぎ』は魔道工学によって厳密に編纂されたスキルですので、創造の自由はありません。しかし決められたロットのみとはいえ、高品質な糸を安定して作れるのが強味です。

 規格外の糸を創りたい方は、このスキルを十全に習得してからのちに相談に乗りましょう」

 この前は刺繍糸の太さで紡いだが、今日は3ミリの太さで巻く。

 使うのは業務用のでかい糸巻きだ。

 『糸紡ぎ』は発動するのに魔力を細く長く使うので、コントロールの訓練によさそうだ。

 魔力が多いとどうも、大雑把になっていけない。


「次回はこの太めの糸でバッグを鍵編みします。編み図の読み方は、レースと同じものですので太い糸で編むことでそちらの入門編となります。

 『糸紡ぎ』が付いた人は例によって作った糸を買い取りますから、どんどん練習してくださいね。

 故郷から持ち込んだ数が足りず、発動体はこの部屋での使用に限らせて頂いていますが、その代わりにアトリエに拙がいる時間は好きに出入りしても構いません。

 それと素材を『錬金』して繊維を取り出すバイトをしたい方がいらっしゃいましたら、材料をお預けします」

 『糸紡ぎ』はまだ覚えきれていないが、『錬金』はいつか取るつもりだから練習しとくか。


「はい、先生。参加したいです」


「リュアルテさんは『錬金』の発動体はお持ちでしたね?

 それでは今日の教室でやった3ミリ糸の素材をよろしくお願いいたします」


「はい。次回授業に参加できない場合、取り出した繊維は妹らに渡してもいいですか」


「構いませんよ。もし、なにかしらの問題があった場合は、連絡を頼みます。

 糸や布はどれだけ作っても足りないので助かります」


「糸のレシピは公開されないのですか?」

 チェルの質問にミズイロは悩ましいため息をつく。


「しておりますが、拙らのレシピは製造コスト…魔力が多く掛かりますので専門家になればなる程に難しく。

 現在の布の需要を賄うには、頼める雰囲気ではなかったので」

 そういやセコイアの樹皮から繊維取り出しにうちに来ているな製糸ギルドの人ら。

 あの人海戦術は、こんなところにも余波があるのか。


「おにいのダンジョンで糸って作ってなかったっけ?」

 『糸紡ぎ』中、魔力切れを起こしたマリーはスキルを使わず手縫いで刺繍を進めている。

 リアルスキルのあるチェルは置いておくにしても、マリーが意外と複雑なことをしていたりするのであなどれない。


「あれは防火服用の繊維だから、用途が違うだろう」


「ああ、セコイアの。あの繊維は量もありますし楽しみですね。研究が捗ります。

 願わくば、定期的に確保出来たら尚良いのですが。防火繊維は用途が広いものですから」

 なるほど。製糸だけじゃなくて製紙ギルドの人もハッスルしてたからそうかもな。

 燃えにくい紙は、確かに需要がありそうだ。


 でもなー。セコイアのエルダートレントはオレのダンジョンで管理下におくのは大きすぎるんだよな。

 魔石は確保してあるとはいえ、あいつらは最低でもレベル2ダンジョンが造れないと手が出せない。

 それに建材まで手を伸ばすなら、部署をひとつ立ち上げなくちゃいけないからオルレアに許可を取らないと。


 ……忙しいから、保留だな。いくらなんでも仕事を投げすぎだ。自重しよう。


 あ、そうか。欲しがったら組合にダンジョンを買って貰えばいいのか。全部うちでやる必要はないもんな。

 頭固いわ、オレ。


 麻素材をたっぷり預かったところで本日の授業は終了。教導ありがとう御座いました。


 同じ姿勢をとっていたので固まった背をぐっと伸ばす。

 これから夕方まで、また低レベルダンジョン潰しだ。

 潰しても潰してもダンジョンとは沸いてくるもの。自然っていうのは逞しく出来ている。







 茜差す夕暮れに、お医者さまが訪ねて来た。

 野良ダンジョン帰りにホテルのロビーで捕まって、一時期お世話になっていた保健室に通される。


「魔力周りの健康診断ですか?」

 医師の用件はそれだった。


「ちょっと診させてもらいますね。楽にしていていいですよー」

 魔力系の専門医だという年配の女性は、おっとりとした風貌で仕事は手早い。

 オレを『鑑定』しながら、手元のカルテに猛烈な勢いで書き込みを入れていく。


 自分のならいざしらず、リュアルテくんの健康診断はなんとはなしにそわそわするな。

 居心地が悪くて、つい隣の教官を見上げてしまう。


「わたしはもう、デバフついてないのですけど」

 少し歩いただけで、しゃがみこんでしまうってことはもうないのに。


「お前さんらは体に魔力の負荷を掛けすぎてるんじゃないかって心配する声があってな。

 ダナー先生の診察はリュアルテが最後だとよ」

 ああー…。

 リアルでそんな話をしたばかりだ。

 誰だサリーにチクった職員。

 まさか寝ている所を叩き起こしたんじゃないだろうな?


「他の人はどうでした?」


「女子2人とヨウルは養生した方がいいそうだ。

 ロケット祭が終わるあたりまでは雫石の『加工』は、あいつら全面禁止だな」

 なんてこったい。

 いや、それくらいで済んだのだから御の字だ。


「はい、手を貸して頂戴ね。次魔力通しますよー。ぞわぞわとしますが、大丈夫ですからねー」

 じっくりと『鑑定』し、カルテに書き物をしていたほんわかお母さん先生に手を取られる。

 ダナー先生は健康的に丸い女の人だ。


「っ。確かに、これは驚きますね」

 強引に魔力を挿入されて体が跳ねる。

 うわ、鳥肌すっごい。

 おおお。なんか、ぐるぐるするぞ。他人に魔力かき回されると気持ち悪い。

 みぞおちを押されたようにぐえってなるような感覚だ。


 施術者に苦痛を与えない『魔力循環』は、やっぱりスキルになるだけのことがあったわ。

 普通に魔力を通すだけだと、反発起こして結構辛い。


「リュアルテくんは魔力強いから、いっぱい入れないと調べられないからごめんね。

 苦しくはない?

 そう、ちょっとえずく程度ね。凄いなあ。

 エルブルトのお人は本当に、魔力に関しては並外れて頑丈よねえ。

 …うん。リュアルテくんは問題はなし。ただ、少しお休みしてもいいかもね。

 魔力関係は平気でも、体力はもっとつけなくちゃ。

 いっぱい食べて軽く体を動かすこと、いいわね?」

 魔力流したのは、造影剤みたいなものかな?

 手を離されるとほっとする。


 お医者さんが苦手な子供はこうして増えるんだな。

 子供が好きで小児科医になったのに、注射するから嫌われるそれ。


「はい」


「お前さんはやっぱり細いのがネックだな。経験値により強化されるはずの筋肉や骨格がねえ。でもよ、太れば問題ねえとも言える」

 そうか、力がないのは無い袖は振れないからか。


「エンフィはどうでした?」

 あいつだけ話を省略されてたが。


「エンフィくん?あの子は健康だったわ。

 毎日大量に魔力を使うと聞いたから、もう少し消耗してるかと思っていたけど、とっても元気!

 リュアルテくんと一緒よ。

 ただ、体重は落ちているからこれを機会に養生を薦めたいわね。

 まったく、これからどんどん成長する時期に入るのにダンジョンマスター全員が痩せているのは問題よアスターク。

 1人の医者として見過ごせません」


「だな。俺もこいつらの休みを上申するわ」


「お休みですか?」

 オレはこっちじゃ割りと好き勝手してるけど、いるのかなあ?







「それでは、私とプラントハントにでもいきますか?」

 サリーがままごとみたいな小さな茶器に湯を注ぐ。


 夜の東屋でお茶会だ。

 茉莉花香る烏龍茶に合わせて今晩のおやつは、胡桃が香ばしい月餅にサクサクの大麻花、クコの実が飾られたフルーツのシロップ煮だ。

 そしてなによりのご馳走は、白い睡蓮がライトアップされる幻想的な光景だった。


 夜の中庭は昼とは違う装いを見せる。


「は、それって仕事の延長じゃねえか?

 もっと気楽に遊ばせてやれよ。

 エンフィ、俺らは足を伸ばして観光とかどうよ。西の砂漠でサボテン食おうぜ」

 うん。今度はサリー1人を誘おう。

 どんなにいい雰囲気でもいつもの面子が集まれば既に猥雑な座談会のノリだ。

 ジャスミンが悪いわけじゃないけど。


「どちらも面白そうだな!

 私は冒険者らしいことをしてみたい!」


「そういや免許取った癖に、オレら冒険者っぽいことしてないもんな」

 とは、ヨウル。


 これはテストの例題を解いているうちに、アレこんなことしてないぞ、楽しそうだな?って気付いたと見た。わかる。


「わたしは一先ず、明日は田植えだ。ヨウルも来るか?」

 いつもより仕事はセーブしているけど、夜のお茶は魔石タイムだ。

 ランタンの光にとりどりの魔石が色影を放つ。

 オレのメインはビリビリ棒のだが、功績ポイント稼ぎと勉強がてら様々な魔石の『精製』も請け負っている。

 稀に珍しい石での注文もあるので、そーいうのは要チェックだ。

 残念ながら今日受けた依頼分は気を引くようなものはなかったけど、いつもは大抵そんなものだ。


 自分で『精製』した石は、スキルの半分ほどの『エンチャント』が乗る。

 オレは『念動』とかの容量が軽いスキルは白玉のを使うが、他者が『精製』した石はふた回りほど格が高い石じゃないと付与は難しいそうだ。

 それは石にオレの魔力の痕跡が残るからだ。チェルやマリーみたいな近親者だったら魔力痕がよく似ているので、もしオレの石をあいつらが『エンチャント』するならほぼ同じくらいの精度で作れるかもしれない。

 うん。あいつらのスキルが習熟したら、バイトを持ちかけてみよう。

 石のサイズが【軽い】ほどに、スキルの習得率が上がるデータがあるそうだ。


 ちなみに飛竜クラスの石なら『精製』しなくてもそのまま発動体として使える。ただ、石のサイズがでかいので便利につかいたいのなら今度は『圧縮』が必要になってくるし、もちろん『精製』したほうが精度は高まる。


 つまり『加工』技術が未発見だったどこぞの世界の古代人は、竜殺しなどをしてスキルの類いを得たわけで。

 ……スキルなしで竜退治とか、そりゃ伝説にされてしまうわな。


 注文品が終われば『保護』を精石に『エンチャント』していく。こちらは私設図書室用なんで仕事に非ずだ。

 石を作れば作るだけ新刊が入ると思うと作業に熱が入ってしまう。


「えー。田植えー?やったことねえんだけど。役に立たなくていいなら参加してもいいかなあ」

 ヨウルは休みならばと、趣味の『造形』をしている。

 生体金属製のオカリナに魔石を組み込んだ楽器なんぞを作っていた。

 『呪い歌』を内包したオカリナなんて呪われそうだが、その実、虫撲滅用の便利道具だ。

 魔石の出所はクロあたりかな。相変わらず仲がいい。


「大丈夫。農作業は大抵作業の割り振りしてくれる船頭がいる。

 適当なアレンジしないで言われた通りにすればいいから」

 なんでこいつら地味なことを楽しそうにキャッキャしてるんだとジャスミンの目線は斜めだけど気にしない。


 機械化農業してないなら、田植えと稲刈りは祭だろ?

 普通に滅茶苦茶楽しみだ。





 いいね、評価、コメントありがとう御座います。

 コメント貰えるとつい、ニヨニヨしてしまいます。


 誤字報告してくださる皆さまには、五体投地で感謝です。

 濁点の抜けやら、ボキャブラリーの覚え間違いやら。特に後者は、ヒエッてなります。調べ直して、頭抱えました。

 あたたかく付き合って下さって、本当に嬉しいです。



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