86 『精神耐性』
34日目の朝。
朝食の席を一緒にしたルートに聞いたら、田植えは明日から始めるそうだ。
お楽しみの予定が立ったので、今日はやらなくちゃいけない課題を終わらせておくことにする。
朝一番にやって来たのは冒険者ギルドだ。
他所では大騒ぎかもしれないが、サリアータは平穏だった。残念なことに。ま、プレイヤー人口少ないから仕方ないか。
冒険者試験とストレス負荷訓練の申請をしたら、空きがあるので午前の部を受けられるとのことだ。
「受けてきてもいいですか?」
「まあ、お前さんなら中級資格くらいなら受かるだろ。
しかしストレス負荷訓練は、受けるのか本気で?」
「迷惑になりますかね」
だけど、キレたらやばいダンジョンマスターはもっていてもいいんじゃないかな『精神耐性』。
「講師もプロだ。それに同意書は書いただろ、問題はない。ないが子供を罵らなくちゃいけないのは相手の耐性の方が伸びそうだなと思っちまっただけだ」
教官がまっとうな大人だなって思うのはこんなところだ。
残念ながら自分より立場が弱ければ踏みにじってもいいという性質の者もいる。
両方わからんでもない心の動きなんで、ここは教官の方に人間性を寄せたいところ。
いつかはオレも内実ともにイケてる大人になりたいものだ。
「お仕事とは大変なものですね。それでは行ってきます」
常時開設されている試験時間の午前の部は、10時からの2時間ほどだ。
あと1時間くらい空きがあるので、ギルド売りの赤本を買い求める。
前世で合格してから2月も経ってないので、ざっと目を通すだけでも違うだろう。
……あ。攻撃スキルの付与具製作許可って、中級免許にもついてくるじゃん。
あれ、そうだったっけ?
ヤバいな。興味のあったとこしか覚えてないかも。
初心者試験は30分のテストと実技。
中級者試験は45分のテストと面接だ。
中級までの試験なら纏めて受けられるので、両方を申し込む。
つまりオレは45分のテストと実技、面接をすればいいことになる。車の免許を取れば原付の資格も付いてくる。そんな感じだ。
試験前に一瞬焦りはしたものの、ペーパーテストは倫理観がそこそこしっかりあって、冒険者のマナーをいつも守っていればまず受かるので特にさしたる山はなし。
実技は一応やったけど『ヒール』と『治癒』がある時点で合格だった。
ペーパーテスト合格にぴょんぴょん跳ねて喜んでた人はプレイヤーなのかな。おめでとう。
オレらみたいに常に保護者同伴だと、免許の必要性は薄れるけど、一般冒険者なら持っていた方が便利だもんな。
ちなみに中級免許を取ると野良ダンジョンに入れるようになる。
冒険者として責任が生じるのは、この資格からだ。
いざという時は醜の御盾として、行政から協力を求められるようになる。
日本でいうなら赤十字とかの災害ボランティアに害獣駆除の猟師資格をプラスしたようなものだ。
この手の人材は常に必要とされているので、行政サービスが手厚くなるのもこのランクからだ。
翻って初心者免許は冒険者としてこれから頑張ります!といった表明だ。特にノルマがあったりしないので実質一般人と変わらない。
現世利益的にはギルドの買い物が5パーセントお得になったりするから、持っていても損はない。
こちらは主に成人前の子供に取らせたがる親が多い印象だ。
どうも一定以上の読み書き計算が出来ますよっていう証明資格として使われているっぽい。
ペーパーテストと実技の合否がでたら、次は面接だ。
試験官に冒険者としての活動の他にされていることはありますかと聞かれた際、「ダンジョンマスターを奉職してます」そう告げたら「これからのご活躍をお祈りしてます」と頭を下げられた。
一瞬、お断りされたかと思ったわ。
うん。カルマを貯めていないダンジョンマスターを、面接で落とす試験官はいないわな。吃驚した。
つまりペーパーテストさえ通れば、合格は約束されているようなものだったりしたりする。
「そりゃあ、お前さん称号幾つ持ってると思ってんだ。
受かるに決まってるだろーが。
ブルーブラッド以外の称号は、評価対象だぞ?」
称号はプラス評価。
悪名はマイナス評価のフレーバーがつくんだっけ?
なんか称号が今世では初めて役に立ったかもだ。
「それとだ、精神負荷訓練なんだが、お前さんに罵倒を浴びせるのは教師どもが嫌がってな。
少し難しくなるが、『威圧』や『テラー』を受ける訓練になりそうなんだが、それでいいか?」
なんと。
「わかりました。トイレに行ってきます」
「おう。それは大事だな。……いいのか?
言葉の暴力とは違って、本気でキツいぞ」
いや、言葉の暴力もキツいですが?
少なくともリュアルテくんは、オレよりも図太くはない。
「気持ちはわかります。彼らにとっては子猫かなにかを苛めるような気になるんでしょうね」
リュアルテくんちっさいからなー。
訓練じゃなかったら事案っぽい。
『威圧』に掛かると金縛りに合う。
そして『テラー』は恐慌状態になる。
いずれも魔力による攻撃判定だ。
トイレにはちゃんと行っておいたから、リュアルテくんの尊厳は守られた。
覚悟して受けた研修だけど、こんなん泣くわ。泣かんけど。
『威圧』は腰が抜けてガクガクになるし、『テラー』の恐慌状態だとパニックってスキルを使えなくなるしで、おっかないことこの上なかった。
訓練だからいいが、荒事の最中にコレをやられると、位階の差があっても詰むことになる。野良ダンジョンが個人プレーを推奨されないわけのひとつだ。
「………得難い経験をしてきました」
アスターク教官の腰にしがみつく。
すまない。目の前に頼りがいある熊がいたら抱きつきたくなる心境なんだ。
もう、小鹿のよーにぷるぷるよ。
すごいね。ギルドの先生ら。
一回目の訓練で『精神耐性』のつく、えげつない『威圧』や『テラー』を使うんだぜ?
なにあれ。前世で捕虜になった時より怖かったわ。
オレはMP多いから、この手の攻撃あまり効かないはずなのに、抵抗を容易くぶち抜かれてしまった。
「ほれ。まだお前さんには早かったろ?」
大きな手のひらで頭を撫でられて安心する。背中が冷や汗でびっしょりだ。
「むしろ抱きつける大人がいる子供のうちに受けとくべきでは?
もう暫くしたら、恥ずかしくて出来なくなりそうです」
子供姿の特権だ。ぎゅうぎゅうに抱きつく。今だけは恥も外聞もねーわ。
人の体温がめっちゃ恋しい。
「ロス。ちとやり過ぎじゃねえのか?」
「モンペやめろ。子供は大人より感性が敏だ。普通にこうなるって………大丈夫か、胸が苦しかったりしないか?」
スキルを掛けてくれた先生をおろおろさせてしまって申し訳ない。
でも、今は怖いんで近寄らんで欲しい。
「平気です。ご指導ありがとう御座いました」
思わず、熊教官を盾に後ろに回る。
「うわあ、やっぱり嫌われた!やっぱり負荷訓練は成人限定にしようぜ、心が痛い!」
「嫌いじゃないです。スキルの余波がまだあるだけで。
…その、明日からまた声を掛けて下さると嬉しいです」
『威圧』と『テラー』はそれぞれ『ガード』が成功するまで掛け続けられたから、精神的に消耗している。
今のオレはバブなんで、そっとしていて貰いたい。
「確かに一度の訓練で『ガード』と『精神耐性』がつくのは、英雄症にしても鋭だな。
お前さんの前世のお人は、その両方もっていたか?」
後半部分はこっそり聞かれたので頷いておく。
前世は耐性スキルがやたら伸びる人生だった。
「そうか、そっちの遺産かもな」
死んでないけど、まあ、そうかな。
同族の子供の糧となるなら、あいつも納得するだろう。
「あれ、リュー。どうしたん?」
「引っ付き虫になってるな!」
ヨウルとエンフィだ。ギルドロビーにいたもので、クラス男子は合流となった。
「さきほどまで負荷訓練を、して頂いた。
お前たちも試験の受け付けか?」
「午後一の予約をとってある!
その前にギルドの名物で昼食の予定だ!」
「って、エンフィが言ってたから付いてきた。試験は何度受けてもいいらしいし、試しにやってみようかなーって。
……あのさ、負荷訓練って鬼軍曹にしごかれるようなもんじゃなかったわけ?
なんで、そーなってるの?」
「軍隊式錬成をこいつに施すのは、教師陣が嫌がってな。
代わりに『威圧』や『テラー』を受ける訓練をしてきた」
「あっ、そういう。
えー。神経ごんぶとのお前でもそうなるの?
オレは止めといた方がいい?」
失敬な。
リアルは兎も角、リュアルテくんはそこそこ繊細ぞ?
「『精神耐性』はストレス緩和にも効くらしいぞ?」
ふふ、ヨウルも仲間になるといい。
エンフィは既に『精神耐性』持ってるらしいからな。ゲルガンとか、本当に辛かったんだろうなコイツ。
昼食は男子3人とジャスミンで取ることになった。
教官とヘンリエッタ女史は、ギルドの人に拝み倒されて席を外している。
護衛が減るその代わりにと、食堂の個室ブースに通された。
そもそもギルド内で問題をおこす阿呆はプレイヤーぐらいしかいない。
英雄症成り立て=心神耗弱状態と現地の人には思われているから、そっと見守られているのでプレイヤー諸氏には自重をご留意されたし。あまり酷いと心の病院に押し込まれるぞ、マジで。
「お待たせしました!こちら、かつめし定食になります!」
ウェイトレスがワゴンで運んできたのはトンカツ以外の惣菜は日替わりになるギルドの看板メニューだ。
山盛りキャベツと大きなカツが載せられた皿に、本日の小鉢が2品、香物、味噌汁、どんぶりご飯がつくセットだ。
味噌汁、キャベツ、ご飯がおかわり自由なのは太っ腹。
味噌汁の具は油揚げともやし。
香物はカブの赤柴漬け。
小鉢はゴマと青のりが掛かった粉ふきいもと、ミニトマトとズッキーニのステーキだ。いたって素朴なものだけど、野菜の色が濃くて美味しそう。
それにここの目玉の猪鹿カツだ。
キメの荒いパン粉で揚げているので衣が見るからにザクザクで、肉が厚切りピンク色だ。
特製ソースをトロリとかけて、芥子はお好みで頂きますだ。
うん。肉は間違いない。
カツと生のキャベツってなんでこんなに合うんだろうな。
これだけで無限に食べられそうなのに、白いご飯で追い討ちをかけるなんて幸せでしかないだろう。
腹に物が入ると、ぞわぞわした感覚が落ち着いた。やはり肉は元気の源。
「それでさ、試験には受かったの?」
「受かった。ペーパーさえ通れば、後は問題ない感じだ」
受験者が少ないからの厚待遇だ。テスト結果はすぐに教えて貰えた。
証明書は後日取りに来なきゃいけないが、本日から中級者冒険者だ。
「おめでとう!」
「おめ」
「ありがとう。これでリアルでも免許の申請が心置きなく出来る」
前世で取ったけどさ、リュアルテくんも資格を持っていても損にはならんし。
「そうだな。私は前世を含めれば、規定の3ヵ月は後少しだ!」
「わたしもだ。公営ダンジョン入場は抽選になるそうだから、しばらくは縁がなさそうだが準備だけはしておきたいな。
次は昇殿資格を目指す」
前半分はジャスミン向けの建前だ。
昇殿が目標なのはダンジョンマスターが上級免許も無いなんて、ちょっと面白すぎるからだ。
この世界のダンジョンマスター、基本インテリ層だもん。もっているのが当たり前。
「なー。ジャスミン、昇殿資格ってなにが必要?」
ヨウルの質問にジャスミンはつらつら応える。
「資格とスキルと教養と称号だな。
特に『倫理』は必須だから、それ用のメモリの空きもいるし、後は今世でのカルマ値の塩梅も審査対象だ。
昇殿には品性と技能の両方が問われる。
成人から5年以内に貴族の嫡子はこの資格を取らなくちゃいけない。
出来ないヤツは廃嫡らしいぜ。貴族の世界も厳しいな。
まずは社交ダンスや、美術系のスキルにならない趣味技能も2つは欲しい。
参考としては、ギルドに飾られている絵画、書画。あれらは昇殿試験に提出された品物だ。
趣味でもあれくらいのレベルはいる。師についたり、教室に通わんとあれらは中々描けんだろう?
昇殿には礼儀作法やコミュニケーション能力も問われるからな。中でも社交ダンスはほぼ必須だ。
どうしても無理なヤツは他の技能でも代用できるが、ハードルが上がるからお勧めしない。
追加してバリバリの戦闘職なら、星5つの戦闘スキルが最低7つは欲しいところだ。
生産職なら生産スキルの他にもどれだけの物が作れるか、収入状況も評価対象になる。
ダンジョンマスターのお前さんらはこのグループだな。
趣味技能と礼儀作法を磨けば、審査は余裕で通るだろうよ」
つまり加点方式の審査なわけだ。
しかし、趣味技能ね。乗馬とかしてみるかな、あとは園芸、造園とか?
「よりによって苦手なやつ…!」
ヨウルが両手の拳をテーブルに付ける。
「社交ダンスは女性パートしか踊れないのだが!」
そうか。針仕事は初心者だったけど、ダンスは踊れたのかエンフィの前世は。
快活なお嬢さんだったんだな。
「リュアルテ殿は踊れるのか?」
どうだろう?
「…たぶん?
ワルツ一本槍だが、前世では踊れた。わたしになってからは未経験だが」
昇殿資格のあるサリーやジャスミンも踊れるんだろう。
あ。そう言えば、聞いとかないと。
「ジャスミンはあちらでも冒険者資格を申請するのか?」
「あー……。俺は前世のカルマが響いてしばらくは無理なんだよなあ。
悪さはするもんじゃねえな。
盗みや殺しはしなかったが、悪党の手先だったしよ。ったく高くついちまったわ」
そういや、悪党ロールをしてたんだっけ。途中から改心コースで。
残念だ。勧誘はおあずけか。
ジャスミンはエンフィが頼ればリアルでも力になってくれそうなのに。
いや、家業を継ぐような立場なら無理だろうけどさ。
「ジャスミンは浄罪クエスト中だそうだ!」
「おう。街の花壇に花を植えたり、美化活動に参加したりな。
この俺さまが好青年の真似事をするなんて、世も末よ」
「そういや、粉屋のじーさんとかにジャスミンちゃん呼ばわりされてたな、あんた。
ボランティア繋がりだったのか」
その粉屋のじっちゃん強者だな。この滴るような色事師相手によくもまあ。
でもジャスミン、情報公開される前から浄罪クエスト受けてたんだ。
運がいいのか、目端が効くのか。
「あのご隠居らな。やめろって言っても聞きやしねえ」
唇を尖らせたこの表情。
つまり満更ではないんだな?
これが男のツンデレか。
「ジャスミンにミカンやら駄菓子やらをよく下さる方たちだな!
年配の方に可愛がって貰っているようで良かった!」
おー。それはちょっと羨ましいな。
オレが近寄ると半分の一般人はシャチホコ張ってしまうから。
ダンジョンマスターの看板って、立派すぎて時々しんどいこともある。
毎度、いいね、評価、誤字報告ありがとう御座います。
誤字報告、読んでいるとなんでこう間違えるのかわからなくなってきますね?
いつも助けられます。




