85 行ってきて帰るだけ
「おっし、いつもの白玉ダンジョン」
食堂の大型テレビに見慣れたダンジョンゲートが映る。
ヨウルの姿はそこにない。既にダンジョン製作班は撤収して、帰り道の途中だからだ。
オレらは一旦雫石さえ『加工』してしまえば、後はさほど負担じゃないし、ゲームではさんざんっぱらこなしてきた仕事だ。
むしろ一朝一夕に済まないのは、土地や建物、設備ら周りのほうである。
何ヵ月か前のニュースで政府が放置家屋を買い取って新しい施設を建てる再生プロジェクト試験に踏みきったと報道していた。
その時には郵便局かコンビニみたいな外観だなと思った記憶がある。
オレらの手元にある白玉ダンジョン予定地リストには、そのニュースで流れていた箱ものと同じ写真が添付されている。つまり政府ちゃんは、建物やゲートの根回しは水面下でどんどこ進めていたわけだ。
それを知っていたから提案したわけだが、いや、本当に間に合うものなんだな。言い出しっぺの癖に、感動しないわけでもない。
うちの政府ちゃん頑張ってる。
時間は朝の7時半。
政府ちゃんの公式会見で、お堅いのは最初の10分程度だった。
では、実際に見てみましょうと白玉ダンジョン内部が公開されてしまう。
建物の外観が映ったので、近所に同じ箱がある人は、きっとそわそわしてしまうんじゃないのかな。
テレビにはヘルメット姿の女子アナが電気虫取りラケットで白玉を叩いては歓声を上げるリアルタイム映像が流される。
あ、この子、知ってる。よく食べる子だ。そしてダイエット企画にもよく参加している。あー……そういう人選?
「床の傾斜がなくて、魔石は自分で拾うのだな!」
エンフィが指摘する。そう言えばそうだな。
研究施設の白玉ダンジョンは自分で拾わなくていいやつだけど、一般用は冒険者に拾わせた方が手間要らずか。
つまり一番慣れた形の白玉ダンジョンだ。
【あ、石が浮きました!『念動』です、本物の!】
「あー…凄くわかる」
『異界撹拌』のヘビーユーザーで通している女子アナが、発動体の指輪を嵌めて大興奮している。
白玉をポコる姿からこちら、テンションの張りが凄い。
白玉は倒したことがなくても、『念動』は基礎スキルだから、コレやったことあるやつだ!ってなるわな。
「楽しそうにしてくれて、ありがたいですね。救われます」
休憩中のサリーはネットの動きを追っている。
暴動が起きている国もあったりするが、多くの国ではお祭り騒ぎだ。
心踊るファンタジーが現実にやってきたのだから、無理もない。
未知の事象に怯え震えるには、『異界撹拌』は世間さまに浸透しすぎた。
民衆の多くはそういうことだったのかと、むしろ腑に落ちたんじゃなかろうか。
ありとあらゆる媒体を使って、テコ入れ激しかったもんな。どこの政府ちゃんも。
魔石使った発電しまーす!
水玉で肥料やプラを作りまーす!
新しい治療法認可決議しまーす!
ひとつニュースが流れる度に、詳しくはこちらのホームページでと注釈が入る。
特に冒険者証の交付手続きの情報が、発表されるとドッカンドッカン、ネットが揺れた。
オレの端末にもテロンテロンと引っ切り無しに着信が入る。
【こっちでも、大騒ぎしてる】
【免許はなるはやで取りたい】
無難なコメントを幾つかを流して端末を閉じる。
「冒険者免許の交付条件としては14歳以上の重篤な犯罪歴のない日本国民。
リアルで最速3ヵ月間の『異界撹拌』内研修がいる、か。
んん、他にはギルド主催の冒険者試験に合格しなくちゃいけないのと、ゲーム内カルマ保有量による精神審査も必要になってくると」
指折り数える。
あとは健康診断とかそこらへんか。
カルマ保有量が、多いプレイヤーは阿鼻叫喚だな、これ。
成人未満は限定免許制なのは、まあ、そうだよな。白玉やマメや大根あたりならグロくないし。未成年の精神にもやさしめだ。
ゲームしてたら普通に自己責任を叩き込まれるし、それが無理そうな人ならそもリアルのダンジョンには向いてない。残念ながら。
ゲーム機代がほぼ免許の代金なので、緊急で一週間後からの機体の値下げも発表される。
ついでだからって、随分ぶちこむんだな政府ちゃん。
お役人ちゃんの酷使が止まらない。
肉体は健康でも、忙しさに心が病んだりしないのかな?
サリーなんかは【よし、楽しいことになってきた】とばかりにイキイキしてるからいいけどさ。
ここが踏ん張りどころと耐えてるお役人ちゃんも多そうだ。
「カルマシステムを無視していたゲーマーは、ショックだろうな」
悪役ロープレを好んでする層はどこの国にもいる。
だからこその地獄エリアだ。
満員御礼とばかりに賑わってるらしいから業が深い。
「自業自得です。ゲームでも、世間さまに顔向けできない行動は非推奨と最初に大きくとりあげています。
それでも、やってしまったのなら行いは自分に返りますよね?
他人の目がないところで好き勝手やりたい人に、スキルを与える許可を出すとか。そんな信頼できないお上は、嫌ですよ私」
ちなみにストーカーで訴えられると、PKほどではなくてもかなりカルマが増えたりする。
反対に冤罪をかけても痴漢と同じくらいカルマが増えるのでご注意されたしだ。
【どうして最初に教えてくれなかったんだ!それならあんなことしなかったのに!】
そう怒鳴り足を踏み鳴らすプレイヤーらしきタレントは、なにかの仕込みか天然か。
視聴者であるサリーに両断される。
【カルマを昇華するシステムもあるみたいですよ?】
【ゲームなら、普通、好き勝手するだろ!いい子ぶってんじゃねえよ!】
キレ芸するタレントは珍しくもないが、司会の提言も耳に入ってないのはよろしくない。
そりゃー、こういう奴らは締め出されるよなという空気がスタジオに流れる。
お巡りさんなら品行方正であって欲しいし、看護士さんは優しく親切でいて欲しい。
冒険者なら、こうあって欲しいというパブリックなイメージがつくのはこれからだろうが、少なくとも自分勝手で乱暴なのは政府ちゃん的に排除したいんだろーなとの予測はつく。
最初の出だしは肝心だ。
「そう言えばビッグマウスのコメンテーター出てこないな」
ヘビーユーザーと、なんか流行ってるよねやったことはないけどという層は両方揃えているのに、不思議と自称専門家の人がいない。
騒動時には付き物じゃないか?
自分には関係ないからと好き勝手言う人。
いや、本物の専門家が解りやすく説明してくれることもあるけど、やらかした人の方が印象が残りやすいんで、つい。
「『異界撹拌』の情報はドンドン流していますでしょう?
なのに建設的な意見をひとつも出さず、世間を混乱させて楽しみたいんだろなというコメントしかおっしゃらない方は、公共の放送からは除かせて頂いているそうです。
だから自分の動画では好き勝手やってるんじゃないですかね。そんな人は」
わーお。情報統制っていうのかな、これも。いやでも質の悪い仕事しかしなければ、首を切られても可笑しくないか。
性質悪いコメントを真に受けて暴動でも起こしたら、悪いのは暴動を起こした奴で発言者は責任とらんもんな。
かといってそこら辺を締め付けると、面白みに欠ける世の中になるのは歴史が証明しているし。舵取りするのも難しそうだ。
「暴力に慣れない人が拳銃を持つと気が大きくなるそうだけど、研修が最短3ヵ月というのはだからかな?」
こちらで3ヵ月なら、起きている日だけざっと計算しても最低180日はあちらで過ごすことになる。
武道習うとまず我慢することを覚えさせられるものだ。
だけど、気持ちはわかるんだよなトリガーハッピーって。少しばっかり強くなると、その力を無性に使ってみたいってなるからさ。
剣道部時代に、センセのコネで警察の訓練に混ぜて貰ったことがある。そこでベコベコにされてからは大分落ち着いたけど、それがなかったらヤバかったかもだ。
丁度リアル中二の時期だったしさ。
世の中強いやつはいっぱい居るから謙虚に生きようってなったもんあの頃のオレら。素直だったわ。
だから180日からの長い時間を『異界撹拌』で過ごすことで、その手のプロセスを踏ませることが狙いなのかな、と。
なにせゲーム内じゃ思い上がった初心者は、面倒見のいい先輩らが丁寧にボコってくれる。教導は大事。
やりすぎじゃないかって?
むしろ冒険者の能力で、リアルで仕出かしたら人生破滅。親切だよな?
「それもあるかもしれませんね。ゲームで一定期間の教導が取られるには、強い理由がありまして。
『異界撹拌』のプレイデータでは、ゲーム内時間の初め30日で7割、90日で9割はロストするとあります。
なにも知らない素人なんて、とてもじゃないですけどダンジョンに入れることは出来ませんよ。
白玉ぐらいならいいにしても」
「そんなにか?」
「潮ノ目さんや流士さんは前世、今世ともに生存力が高いようで素晴らしいです。
私も前前世、前世はロストしました。
既にダンジョンで訓練を始めていたのですが、それはもうあっさりと。
やはり野良ダンジョンは危険ですね」
「知識は力だな!」
「全くです。ゲームで生き残れない人が、野良ダンジョンで活動するのは難しいでしょう」
そこで、事務員さんが顔を出す。
「潮ノ目さん、篠宮さん。ダンジョンの設営場所が決まりました!移動の準備お願いします!」
「はい」
「伺いましょう!」
エンフィは大阪。オレは札幌に日帰り弾丸ツアーらしい。
よし、北国の冬ならラーメンは鉄板だな。
北海道は初めてだ。
わくわくしていたけど、空港から車移動で北海道大学近くのギルド予定地に白玉ダンジョンを作ったら研究所までとんぼ返りだった。
いや、昼御飯は札幌ラーメン食べさせて貰ったけどさ。
次はプライベートで是非とも来たい。
空港でご当地限定販売の土産を買い込んだら飛行機の時間だった。非常にしょっぱい。
……これが社会人の悲しみか。
そーいやとーさんも出張多い割りに観光情報しらないもんな。
研究所に戻ったのは夕方遅くだ。
ヨウルは先に帰ってきていたらしく、休憩室のソファーでトドになっている。
「ただいま。冬の北海道が寒いことしかわからんかった。雪も降ってなかったし」
マフラーを外して一息つく。
車やダンジョンの中は快適だ。
コートと同じく『体内倉庫』に仕舞う。
「おか。飛行機止まらなくて良かったじゃん」
ああ、だから急かされたのかも。確か明日の予報は悪かったはず。
飛行機なんて使わない人生送ってきたから、全く頭になかったことだ。
「飛行機さー。楽しみにしてたのに、行きも帰りも爆睡してしまった」
すこんと眠りこけてしまった。飛行機ではシートベルトした記憶しかない。
サリーが横に居たのに惜しいことをした。とんだ時間泥棒だ。
「朝方『調律』したからじゃん。オレも車中の記憶ねーわ」
ヨウルがけたけた笑う。動作に力がないのはさもありなん。
「サリーは護衛でもあるって、道中寝てないんだよ。申し訳なくて」
そんなわけで研究所に帰ってからのサリーは部屋直帰で、寝に行った。
お疲れさまだ。
「サリーさんは気にしてないんじゃねえの。むしろお前に隈ができたら心配しそう。『調律』すると、やっぱり怠いわ」
「ヨウルも桃を食べてくれ。体が少し楽になるから」
うちの薬師さまの弁によれば、MP回復にとても適した食材だとのことだ。
ヨウルの前に籠を置く。
「皮むくの今はめんどい」
ええい、この肉食が。
どうせ自分も食べるしと、ナイフと皿を取り出した。
皮つきのまま、ナイフでぐるりと切り込みを入れて、桃を捻って2つに割った。
片方に残った種をくり貫き、もう半分に切ってから皿に盛る。するとにょろりと手が伸びる。
「おお、言ってみるもんだな」
ヨウルも桃の皮はあってもいい派か。オレも気分によっては剥いたり剥かなかったりする。丸のまま噛りつくのは外ではやるけど、やっぱり種は取った方が食べやすい。
「ニュース、なにか目新しいのやってた?」
「んー。免許証の交付は来週からだってさ。ペーパーテストはゲームの中でもやるってよ。
それと試験の赤本がベストセラーになりそうだ」
「冒険者ギルドで売ってるやつ?」
「そ。リューは前世あるんだろ?前の時、試験受けた?」
「昇殿試験は受けてない。中級までだな」
前世のあいつはお偉いさんの出で、合法的に実家を出奔して冒険者になるためにわざと昇殿試験受けなかったクチだ。
家督相続からドロップしますアピールで。
「んじゃ、試験免除だ。初心者試験までは限定免除、中級からは普通免許、教官免許が欲しいなら、昇殿資格取れってさ」
「…昇殿資格って教養技能や生産スキルが必要数ないと通るの難しくなかったか?」
自衛隊の兄さんらどーするの?って、リアルじゃないからゲームではスキルあるのか。いかん、ボケてる。
「ボッチには人を導けないってことだろ。
趣味仲間や生産グループのコネがないとスキルって磨くの難しいし」
「リュアルテで、昇殿資格を取るつもりだから、もう一回中級試験を受けとくか」
「テスト難しい?」
「赤本読んで、あとは現代日本人の倫理観をもって挑めば受かると思う。
ダンジョンは無法地帯だぜ、自己責任ヒャッハー!って脳ミソだとまず落とされるな。
それと武具を持っている以上は、警官や猟師、自衛官並みの遵法意識を持って当然だよね?って圧が凄い」
「猟師…そっか、冒険者って猟師か」
「あと試験対策じゃないけど、任意でストレス掛けられるギルド訓練が、免許取る時には無料で受けられるな。
売り言葉に買い言葉。一触即発で得物を抜いたり、スキルをぶっ放してしまいたくなるような堪忍袋の緒がヨワヨワな人は受けといた方がいいと思う。
オレも若い男で我慢強くはないから、それもやっておくつもり。運が良ければ『精神耐性』付くから」
運が悪いと付かないけどな。
『精神耐性』、前世は結構な高練度だったのに今世とリアルじゃ縁がない。
ひとつ、ふたつはあるといいけど、星がいっぱい付いてしまった、あいつのような人生は送りたくないものだ。
アバターになりたての時は、まっさらな体だったのにさ。
「ただいま!」
ヨウルとくっちゃべっていると、エンフィも一足遅れて帰ってきた。
元気溌剌とした様子だが、桃を勧めると無心で食べ始めるあたり消耗はしているらしい。
こいつの不調って見た目じゃ中々わからんな。この見栄っ張りが。
今日ばかりはもうMPを使う作業は止められたので、だらだらと3人で『魔力循環』をかけて過ごした。
いやね。『魔力循環』使うと、未発達でも『魔力回路』の傷が分かるんだわ。
特にヨウル。魔力系のスキルが足りないのか、痛んでた。
じっくり丁寧に『治癒』しときましたよ。
あって良かった『魔力循環』と『診断』のシナジー。
おかげで前にエンフィに『治癒』をがっつりやった時と同じくらいヨウルがぐずぐすに溶けてやんの。
顔を赤らめ、目尻に涙を浮かべ、荒い息を繰り返し。
……やあ、エロいなヨウル。
思わず顔にタオル掛けちゃったぜ。オレらはなにも見なかった!
でもさ、魔力の相性悪くなくて良かったのは幸いだ。反発する魔力だったら『治癒』を、形成もまだの『魔力回路』に掛けるのって相当苦しかったかもだ。
『魔力循環』がいくら他人との魔力の交流を滑らかにするスキルとはいえ限界はある。
と、いうことで。
「やばい」
「やばくね?」
「あちらの私たち大丈夫なのか?!」
位階上げをきちんとこなしたオレらでさえこれだ。
最初から無理ばかりしてた向こうのオレら、問題おきてそうな予感しかない。
誤字報告、いいね、評価、ありがとう御座います。
なんか読んでくださる方が増えてるようでして?
ニッチなラインをふよふよしている話で申し訳ない。
でもこのままの路線で行くので、自己防衛ヨロでしてよお嬢さま方。
ここまで読んでしまった殿方も、心にお嬢さまを装備してどうか寛大にお許し下さいまし。




