84 水麗人の住む海は
午後からは鯨の余波がようやく落ち着いてきた海でチーム【海鳥】に構って貰った。帰りはその足でノベルに向かう。
この先タイムスケジュールが乱れる時、妹らの事があるんでその相談だ。
教官も来てくれたが、メイドさんらも実はこっそりホテルで待機していてくれたらしい。
これには至らない保護者として、礼を言っておかにゃならん。
色々とこちらも問題はあるけれど、子供を見守ろうとしてくれる大人が多い世界観は情があって好ましい。
「それではよしなに頼む」
ノベルでは毎日食材をホテルに卸しているそうだから、それほど手間ではないのが救いだ。
そう思っていたが、オルレアに詳しく聞きだしたらホテルのロビーやらには軍人さんやグッドマンの手の者が私服で24時間警備しているそう。
だからひとつ声を掛ければ誰かしら来れるとか。
……ああ、うん。最初に、これを聞いていたら怯んでいたかもな?
ジャスミンはだから籠の鳥って言ってたのか、なるほどなあ。
でもさ、鈍いオレとは違って、エンフィは知ってそうではある。
あいつの親戚の道場、お堅い職業の人たちで列を成してるから、見慣れてるだろうし………そう考えると太いなエンフィ。
肝とか神経とかそこら辺。
「はい。部屋からフロントに連絡をして貰えれば、部屋の前まで迎えに行きます」
迎えはフロントから連絡ということで合意した。
オレも休眠期中に起きることがあったら、遠慮なく連絡を寄越すようにとのこと。
サリアータの治安はそう悪くはないのだが、なにかあった時、責任をとるのは周りの人間と思うと受け入れざるを得ない。
「そう言えば、ナノハナの子たちの話を聞いた。
元気に頑張ってくれているようだが、わたしに出来ることはあるか?」
あわよくばもっと仲良くなりたい。サモエドの子犬、もといオルレアの甥っ子とか天使だった。元気で手足が太くてむくむくで。
「あの子たちは兄らが引率しているので大丈夫です。
しかし、海エリアで雇っている水麗人のことで申し送りが」
おっと、邪気が漏れたか。一瞬で、振られてしまった。
気を取り直して、さてと…水麗人というと人魚だな。
陸にいる時は足を『変化』させているから、紹介されるまでそんな種族だったって気づけない人たちだ。
水麗人の麗の文字は鱗によるものだから……うん、若くて綺麗な人魚もいることはいるかな。普通のおじさんも沢山いるけど。
【海鳥】のオーキッドさんらも確か水麗人だったはず。
麗しいかは置いといて、彼らがイケオジ集団であることは確かだ。海の男は格好いい。
「彼らがどうしたのだろうか」
海エリアを急に増やしたから問題出たかな。
「出産と子育てに、魔物を発生させていない養殖エリアを使わせて貰えないかと相談がありました」
「子育て。水麗人のそれはほぼ無知なのだが、どのような?」
ラッコみたいに寝るときには、海藻が必要だったりする?
「出産と産まれてから物心つくまで、子供は『変化』を覚えるまでは海の中で育つそうです。だから、その。大人になれる子供が少ないとか」
「水麗人は胎生だったな。それなのに?」
なんてサバイバル。
やべーなんてもんじゃねーぞ。
水麗人がレア種族ってそーいう。
「サリアータの南海は比較的穏やかで、危険な魔物は少ないそうですが、はぐれもやはり出るらしく」
「わかった、許可する。今稼働中の養殖エリアを一先ず利用してくれ。
設計士と彼らの橋渡しをして、必要な施設の聞き取りを頼む」
うちの大事な従業員の子たちだ。住居は福利厚生の一環だよな?
「海エリアを拡大するのでしたら、水麗人の雇用を増やしても良いでしょうか。
個人的に引き抜きたい人材がいまして」
おや、隅におけなかったりしたりする?
「子供の安全の為には、外での仕事はもっての他だったのですが、彼女の魚料理は絶品なので、家庭に閉じ込めるには惜しいと常々思ってました」
違ったかー。そちらも楽しみだな。
しかしオルレア、そーいう相談は早めにしよう?
大事なことじゃん。時期を見計らっていたのかも知れんけど、反対なんてしないから。
そうか。
海エリアが拡充するまでは水麗人の雇用って少しで充分だったからか。
利益がお互いに出せるようになるまで、やりたいことを待てるのは、機を見る力があるってことだよな。ううん、せっかちなオレにはない胆力だ。
オルレアの頼もしさにはなんか時々、吃驚する。
先ず足元を固め利益を確保した上で、人の助けになる事業を展開出来るとか、情と利のバランスが秀逸じゃねえ?
オルレアはどんな教育を受けたんだろう。
……ああ、そうかこれが貴種か。正に育ちが違う。
伝統とか格式とか、そんな文化の遺伝子の中に代々受け継がれる支配者の作法は、現代日本に生きるオレには縁が遠い代物だ。
だから時折カルチャーショックだ。
支配者圏の人間やべえ。
「水麗人の雇用はサリアータでも多いのだろうか?」
「海で生活しなくてはいけない水麗人は位階を積むので、優秀な冒険者です。
南海の村トロットが壮健でしたら、彼女たちもこれほど苦労はしなかったでしょうね」
トロットは聞いたことあるな。悪い意味で。
「海魔によって滅びた村か。あれは水麗人の村だったのか」
天を仰ぐ。
『異界撹拌』すぐそーいうことする。気軽に村を滅ぼすのやめて。
「あれからまだ3年ですから、頼った先のサリアータもこれでしょう?
珍しい話じゃありませんが、踏んだり蹴ったりですね」
なんか、サリアータの水麗人って絶滅の危機にあったりするんだろうか。
北海は水麗人が住める場所じゃないから……ジリジリ生存圏を削られてない?
「…従業員用の保育所を、他所にも解放して、保育園を創ったら需要があるだろうか?」
「素晴らしいことですね。…ええ、水麗人のいない海は荒れますから。
それでなくても南海に彼らの姿がないのは寂しいものです」
クエスト!
滅びゆく水麗人を救え!
海の魔物の氾濫により、水麗人の多くが泡となりました。
彼らが再び海に戻る時までは、安全な揺りかごが必要です!
報酬 水麗人の信愛。
海に関して彼らほど、信頼できる友はいません。
種族クエストか。うん、保育園くらいなら協力するよ。
運営、正解のないクエストとか、悩むからやめてくれないかな。
クエストを受けて急遽、海エリアのプライベートダンジョンを造る。
個人鍵やアンカーなしで持ち運びが出来る簡易のやつだ。
南海のトロットとサリアータは駅が通っていないから、赤ちゃんの運搬用に使って欲しい。
オルレアに渡しといたので、巧く活用してくれるだろう。
夕食はエンフィのところと合同になった。
コース料理の訓練に、今日はレストランテで本格ディナーだ。
1 アミューズ
2 前菜
3 スープ
4 ポワソン
5 ソルベ
6 アントレ
7 デセール
8 カフェ・プティフール
この順番で運ばれてくる。
さらに格式が高くなると追加2品だそうな。今回は省略。
勉強の一環なので、妹らはワンピース。
男子もスーツにヒールブーツだ。
ルートは頑張れ。オレらよりまだ踵は低いぞ。
教育指導者はエステル教官。
クラス女子は何度かこなしているプログラムだとか。
エステル教官の真似っこをしながら、出される料理と格闘する。
アミューズ、つまり付きだしに巻き貝がでてきたり、前菜にピックが付いてたり、スープがポットパイだったりで、迷わず綺麗に食べるには知識がいるものばかり出された。なるほど勉強。
魚は箸なら一匹まるの姿でも怯みはしないが、ナイフとフォークで食べるには訓練がいる。
くし切りレモンは手で絞ってもいいけど、正式な席ではやらないほうが無難。
そーいうマメ知識を細々仕込まれながらの実地訓練だ。
「美しい料理に礼儀を尽くすと思って、少しずつ覚えていきましょうね」
珈琲と小さなお菓子、今回はチョコレートケーキだったが、それを優雅に啄みながらエステル教官が締めくくる。
『礼法』さんのお陰でそこそこまともにこなせたが、教官みたく典雅な作法には程遠い。これはリアルに慣れがいるスキルだ。
「学生のうちはディナーにたっぷり時間を掛けるというのも、中々難しいことでしょう。
ましてお仕事もこなしている貴方たちです。
しかし社会人の嗜みとして、あって困らないのが教養というもの。
時々わたくしと夕餉を共にさせてくださいね?」
「「「「「はい、教官」」」」」
チェルのエスコートはエンフィに頼んであるので、オレはマリーの側に立つ。
マリーに行動はチェルの真似をしろと告げてあるので、腕を折ると絡めて来た。
「靴は平気か?」
「おにいみたいなピンヒールじゃないもん。
でも、ヒールのある靴って大人な感じ。まだ慣れるには早いかなあ」
可愛らしいリボンのついた5センチのヒール。
マリーに似合うと思ったが、本人としては背伸びをしている感覚なのか。
お出掛け用の靴よりも、ランニングシューズ選びに時間をかける万里だから。そうか、ひょっとしたら初ヒールか。
「緊張したけど、お料理が絵画みたいでステキだった。贅沢もたまにはいいよね」
「そうですわね。1月に1回くらい、お誘いしてもよろしいかしら?」
「はい、先生!」
一番チェックを受けた割に、マリーは教官にゴロニャンしている。
女子寮でお泊まり会をしてからマリーはすっかりエステル教官のファンだ。
強くて格好いい淑女とか、そういうの大好きだなお前。
【睡蓮荘】に戻るともう夜だ。
寝て、朝になれば世界が変わる。
落ち着かない気持ちは、不安と期待の両方だ。
どうせ変わるなら、面白い世界になるといい。
オレが造るダンジョンならば、プロの冒険者だけじゃなくてさ。
美容目当てに通うママさんや、スキルアップを目指すサラリーマン。お小遣い稼ぎの学生が、気軽に足繁く通ってくれるような門の広いダンジョンが造れたりするといいな。
エンジョイ勢というか、とにかくダンジョンにも興味がない勢を取り込みたい。
ガチ勢?
ガチ勢はなあ。なにもしなくてもガンガン積極的に来てくれるだろうし、後回しでいいんじゃね?
むしろスキルが上がるまでは、低層で周回をしていて欲しい。
オレもダンジョンマスターじゃなかったら、この分類になるからよく分かる。
血気盛んな男子なら、ダンジョンウェーイ!ってなるもん普通。
勢い余って大怪我しそうなんで、こっち用は基礎を固めなきゃ進めない感じに造りたい。うーん。訓練用ダンジョンは、システム組むのが難しそうだ。
こっちはゲームで試作を組んでから、リアルに持ち込むか。
………。
そんなことしたら身バレ…は、するか、するよなあ。
安全のためには隠密しているのが一番だけど、でもまあ、それに怯んで尻込みするのは男に産まれた甲斐がない。
そろそろ覚悟を決めておくか。
家族の安全を積極的に守って貰うためには、政府ちゃんに使えるダンジョンマスターアピールをしとかんとならんしな。
しかし訓練ダンジョンか。ノベルの上層は安全を求めてスタッフオンリーにしてしまっているし、その辺の機微の蓄積がないんだよな。
「リュー、少し相談いいか?」
図書室で魔石をじゃらつかせていると、エンフィが隣の席に座った。
「ん、なんだろう?」
つい、傍らのジャスミンを見てしまうが、俺の用事じゃないと手を振られる。
「個人用ダンジョンの発売が正式に決まったから報告だ。最初は冒険者用のコテージ付き倉庫タイプを出す予定だ!」
ああ、前から企画していた例のアレか。
「エンフィ、忙しいだろ。大丈夫か?」
こいつ、水回りが終わったら順次倉庫建て変えていくって言ってなかった?
ダンジョン製の米倉は虫やネズミの被害がなくていいとかなんとかかんとか。
年3回収穫可能な米所のサリアータだ。どんだけ倉庫があるか知らんけど、相当数なの間違いないよな?
「独りでやるのは、キツいから協力頼む!」
「任された。設計図はそれか」
見せて、と手を伸ばすと図案が渡される。
雫石の嵌め込みは、持ち運びの出来る扉タイプで、当然ながら出口アンカー固定なし、ロック機能なしのワンフロアか。
入り口が地下倉庫で、階段から上に登った地上部分にコテージをつける、と。
コテージの収用人数は20名。
んん、トイレが倉庫やコテージだけじゃなくて屋外にもあるのは、テントの持ち込みを考えてだな。
詰めればレイドにも対応出来ますよ。って、そんなとこ?
「『体内倉庫』ありきの運用だな?」
この手の門つきのタイプは大きな荷物の搬入には向かない。
ただし、大勢で出入りするなら有用だ。
「野良ダンジョンに潜る、高位冒険者用だからな!」
なるほど、それは応援したい。
「よし、試しに造ってみるか」
『調律』済みの雫石を取り出す。
本日の海の産の割に、草原エリアだった雫石だ。
エンフィみたく、ポコポコ手頃な海の雫石が出るほうが可笑しいんだ、オレは普通。
設定は常昼。
倉庫造って、階段造って、水源と排水、ごみ捨て場を造ってお仕舞いだ。
えっ。簡単だな。これでいいの?
「ダンジョンリセットや、階段の溝彫りとかいらないか?」
滑り止め、あるほうが良くない?
「ダンジョンリセットか。階段くらいはあってもいいな!
この設計士さんは、ダンジョンマスターにかかる手間をなるべく省きたい人なんだ!」
そういう設計士もいるんだな。
うちのはやれるギリギリを攻めて来る時もあるけど。
「慣れるとそう手間でもないから、見本に付けるか。
どちらがいいか、確認を取って貰えるか?
掃除してない階段から転げ落ちるとか、いや、使用するのが冒険者なら平気だろうが」
倉庫の床もダンジョンだから設定すれば穴も空かんしな。
ちゃっちゃと造って、エンフィに渡す。
「おし、確認してくるからそこ動くなよ?」
ジャスミンが検品してくれるみたいなので、ちょっと休憩だ。
エンフィがミルクティーにヘーゼルナッツクリームサンドを出してくれた。
クリームがほんのり甘くて、こっくりしている。
ヘーゼルナッツクリーム、積極的に縁を結んでこなかったが好きな味だ。
「贅を尽くした料理も素晴らしいが、行儀の悪いフィンガーフードも私は好きだ!」
「わかる」
そんなことを言われると、揚げ物なんかを出しちゃうぜ?
毎日食べても飽きないよな、唐揚げ。
醤油味は鉄板だが、シンプルな胡椒と塩の唐揚げも良いものだ。
胸肉のやつなんて、さっぱりしているせいか、幾つでもいけてしまう。
だけど柔らかい腿肉のは酢醤油に絡めてから、お結びに入れたのが凄く好き。
申し訳程度に野菜ジュースも出しておくのは、サリーの教育だ。
生搾りだから、健康に良さそうではある。
こういうのジュースじゃなくて、スムージーっていうのかな?
違いがわからん。
「コース料理を頂いた後に夜食とか、現実では考えられませんね」
今日のディナー、重めのコースだったからなあ。
それでも唐揚げお結びにいくあたり、ルートも魔力消費激しいのか。
「ルートはチェルとマリーとレベルを揃えているんだよな?」
「はい。僕の歳だと、レベリングよりスキルの充実を目指す方を勧められています。
目的のない寄り道って、楽しいですよね。
次の休眠期明けは田植えに参加するんですよ。
もち米用のお米だから、受粉が混じらないように時期をずらすんですって」
へえ、温暖な気候だから、出来ることだな。
「いいな。楽しそうだ」
田植えとかやれるのか。
「えっと、時間があれば参加されますか?」
「行く」
時間なんて作るもんだろ。
こーいうほのぼのとしたイベントっていいよな。
オレはオーナーな筈なのに、うちの畑関わらせて貰えないし。間違ってる。
「ルート、兄は誘ってくれないのか?」
「ええ?でも、兄さんは忙しいって」
「仕事量は、ヨウルもリューも大差はないぞ。ただ、リューは仕事の割り振りが巧いから余裕があるように見えるな!」
「エンフィはもっと周りに、作業を任せたらいいと思う」
難しいことは人に丸投げしていくスタイルですよ?
「施設を造ってそれが動くのは楽しくてな、つい!」
「楽しいのか。それなら仕方ないな。で、参加するのか?」
技術者の立場で、リアル都市リノベゲームって真面目にやればやるほど拘りが出てきそうではある。
マンホールや街灯のデザインとかが自分の好みで決められたら、ちょっといいもんな。
「もちろん、やってみたい!」
「わかりました。人が増える分には、平気だと思います。
なんか、皆に楽しみって言われると急にわくわくしてきますね!」
ルートの予定を取り付けて、今日はもう寝てしまおう。
さあ朝がくる。
毎度、いいねや評価、誤字報告、ありがとう御座います。嬉しいです。




