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82 掌の桃源郷



 31日目。

 朝からナノハナ砦支部でダンジョンの拡張をした以外は、とりわけ新しい何かをしたわけではない。

 休眠期明けで溜まった野良ダンジョンで雫石を回収してから、女子2人と仲良くレイス狩りをやったくらいだ。

 うちの子たちの『遠吠え』をBGMに『調律』をこなすお仕事ですよ?

 そんなつもりだったんだが。


 男子3日会わずはと言うが、女子だって負けていない。

 彼女ら、いつの間にか『パチンコ』の上位互換の『ガトリング』覚えてやがんの。

 いや、お強いね。

 特効?そんなの関係ねえ!っていうようなゴリ押し脳筋戦法だったが、高魔力を生かすという点では非常に優れていた。

 いずれにせよ、煮詰まっていたダンジョンが通常の涌きになったところで、解散お疲れまた明日だ。


 レイスダンジョンは個室が6部屋あるダンジョンで1部屋ずつクリアしていく手間がかかったが、どうやらこの間仕切りは、生物濃縮したボスを産みづらくするための基本設計だったっぽい。

 レイスは、分裂するし、レベルドレインするし、ほったらかしにすると煮詰まってしまってよろしくない。

 ダンジョンって自分が死んだ後のことも考えて造らなきゃいけないんだな。

 耳学問だけではなく、実例で知ると身に染みる。

 ダンジョンは官営、私営どちらもあるが人が入らなければ覿面荒れるのが困りものだ。

 不人気ダンジョンのオーナーさんは、常に頭を抱えてそう。

 オレもきちんと考えないと。人のいいなりにしていると、後世にとんだ不良債権を残しそうだ。


 別れしな、アリアンたちとは他の管理ダンジョンも煮詰まったところを発見しだい、順次巡っていこうと話し合いしておく。


 過密解消協力にナノハナからきたボーイスカウト組が、低レベルダンジョンを回ってくれるそうなのが心強い。

 犬族が子供多いのすごく助かる。

 数は力だ。


 そんな平穏で、いつも通りの1日だった。





 32日目。

 事が起こったのはこの日だった。


【某国で野良ダンジョンが、民間人に発見されました。

 今、凄まじい勢いで拡散されています】


 サリーの『コール』で目が覚めた。

 時間を確認すれば、朝の5時半。

 ついに来たか。覚悟はしていた。


【わかった。起きる】


 早着替えで衣服を纏い、ざっと『洗浄』を掛ける。

 居間ではサリーが世界観にはそぐわない端末を開いていた。


「おはよう」


「おはよう御座います」

 ソファーの横に遠慮なく座る。

 画面を覗き込めば、サリーがニュースをザッピングしていく。


「日本の公式発表は朝の7時からか」


「はい。それまではこちらは気にせず普通に過ごすようにと職員コードに通達がありました。幸い日本は夜中ですから、準備する時間があります」


「……こちらの今日は1日寝て、リアルで位階を急いで上げたら、朝までに白玉ダンジョンをひとつくらい造れないだろうか。

 公式発表の際の、不安払いの材料にならないか?」


「っ。わかりました。連絡を取ります」

 サリーの指がキーボードの上を踊る。


「それとヨウルとエンフィにも声を掛けておきたい」

 【リアルのニュースを見に行く】【今日明日は起きないかもしれない】

 備え付けのメモ帖に、妹らへのメッセージを残した。

 わざわざ二枚に分けたのは、教官への説明用だ。

 それと朝食用のサンドイッチを2人分、テーブルの上に出しておく。


「はい。行きましょう」

 端末をしまって立ち上がるサリーの後を追う。

 熟睡していたヨウルを起こして軽く説明し、その足でエンフィを訪ねる。


「んだよ。こんな朝早く」

 ぼやきの割にジャスミンは、すぐさま起き出してきた。今まで寝ていたとは思えない通常通りの艶男ぶりだ。


「早朝失礼。理由は掲示板でも見なさい。

 エンフィさまは、リアルでニュースを確認された方がよろしいかと。

 他所のお国でダンジョンが見つかったそうです。たぶん冗談や吹かしではなく。

 私たちもこの後、情報収集に寝てきます」


「はぁ?」


「わかった、教えてくれてありがとう!

 気になるので、私も寝る!」


「お腹が空くので、寝る前に少し食べてからがいいですよ」

 サリーがまたデブ活してる。

 うちのクラス全般的に初対面時より痩せたから無理ないけど。

 『調律』が悪いよ『調律』が。






 ログアウトしたら深夜1時を回っていた。

 眠気覚ましにシャワーを浴びて、テレビは国営放送に回す。

 ニュースを流し見しつつ身支度をしていると、サリーが迎えに来てくれた。

 ヨウルとエンフィを回収したタイミングで、佐藤さんが現れる。寝巻き姿と思われるジャージ姿だ。

 眼鏡をしてないせいか目付きが悪い。


「ご協力感謝します」

 その間にも起き抜け姿の兄さんらが、わらわらと集まってくる。

 佐藤さん以外のメンバーが若いのばかりなのは、責任が重いおっさんらは外の対応に掛かりきりになっているからだろう。管理職は大変だ。


「ダンマス候補が朝までに緊急で位階上げするぞー!ボラ希望は集まれ!」

「おーう」


 装備が整った者からダンジョンに突入する。

 経験値を浴びに行くのは、ゲームと同じくレイスのダンジョンだ。


 あそこみたいにぎっちり詰まってはいなかったが、それでも経験値の効率はいい。

 自衛隊のにーさんらがバチバチ破裂音を立てながら軽快にレイスを倒していくその勇姿を背に、オレらは『声楽』らでバフを飛ばしたら食事となる。

 正気かとは聞かんで欲しい。佐藤さんに最初にまず燃料補給しとけと厳命された。

 そして寝不足起き抜けでも肉が食えるのが、男子校生という生き物だ。

 フライドチキンとコーラでむっしゃむっしゃとエネルギーを補給したら、次は『魔力循環』だ。少しでも魔力効率を上げておく。


「『MP回復』は星1つだが、『魔力の心得』は星4になった。いるか?」

 それと『チャクラ』はこいつらもってたっけ?

 ゲームじゃなくてリアルでの話。


「貰おう!変わりに『魔力回路』を持っていって欲しい、星2だ!」

 よし、『チャクラ』と『魔力回路』なら後者だな。


「エンフィ、お前そんなスキル持ってたの?

 貰うけど」

 オレとエンフィが付与した石にヨウルが『造形』で指輪にする。


「前世の持ち物なので、出たのはリアルでレベル10になってからだ!

 その頃には星のつかないスキルは発動体としては今一という結論になったろう。

 だからヨウルは星の数が多いリューのスキルをメインで着けた方がいいと思う!」

 ゲームではレベル20からアクセサリを2つ付けられる仕様だが、リアルでは複数使用をするのは慣れがいる。

 オレも2つ目はまだ慣れてないので、サブ扱いだ。


「ん、オケ。そうするわ」


 ざっと準備をした後は遠慮なく寄生させて貰い、MP満タンの状態で野良ダンジョンに潜る。


 オレたちが間借りするようになってから、この研究施設には日本各地から野良ダンジョンが集められ始めているそうだ。

 そのいずれもがレベル0。

 0.8にも満たないような小さなものばかりだ。

 それは事故防止の為に砕かれるからで、本来の大きさとはまた違うものもあるらしい。

 準備は抜かりなくといったところ。


「体重計に乗ってからダンジョンに潜ってくださいね。

 今より2キロ減った時点でドクターストップです」

 え、今食べた後だけど?


「サリアータほど現代日本は切羽詰まっておりませんよ。

 国民を納得させる鬼札は1枚もあれば充分です。

 民間人のダンジョン許可証の発布はどれだけ早くても1週間は掛かりますので」

 早いな?!

 でも1週間もあれば、白玉ダンジョン数ヶ所ならなんとかなるか。

 体重計に乗ってから、2人がかりで警備するゲートを潜った。

 こちらの方面は初めて通る。

 レトロなレンガ造りの道は、わかりやすく【駅】っぽかった。

 見張りのにーさんがビシッと敬礼してくれるのに黙礼で返す。


 ふと、教官と初めて会った時を思い出した。

 笑顔が怖かったよな熊教官。

 振り返れば教官らもダンジョンマスターには詳しくなくて、何もかもが手探りだった。


 あの時のリュアルテくんに申し訳ないほど、オレはしっかり育てて貰った。

 1度は通った道だからこそ、そのありがたみがわかる。


「じゃ、後で」

 気負いなくヨウルが空間の膜に滑り込む。その後を護衛の兄さんらが追った。


「潮ノ目さんの付き添いは私にさせてください。後学の為に」


「はい、宜しくお願いします!」

 エンフィは佐藤さんらに添われて潜る。


「オレたちも行くか」


「ええ」


 ゲームでは教官1人だったけど、リアルの護衛は3人らしい。


 ぬるりとした感覚に身を震わせる。と、そこは一足早く春だった。


 花弁散る空に白玉が舞う。

 湖水の水は清らかで、大きなカワエビやマスが泳ぐ姿が見受けられた。

 湖の畔に自生するのは、強い既視感を覚える樹木だ。


「あれは桃の木だよな」

 まさかと目を疑うような偶然だ。

 桃子を引いたのも、初めての雫石だった。


「おっと、これは綺麗ですが」

 護衛の兄さんがサリーを見る。

 それを受けて『鑑定』するサリーはひとつ頷いた。


「………桃子さんとは品種が違いますけど、人待ち種ですね。魔物化はしておりません」

 そうね。白玉が飛んでいるし。

 桃子ならオヤツでぱくりだもん。

 そうかー。人待ち種か。


「人待ち種なら、持って帰るべきだと思うか?」

 そうすると白玉ダンジョンには出来ないよな?


「そうですね。流士さんはきっと桃の木にご縁があるんでしょう」

 よっし、木の植え替えには『地面操作』が唸るぜ。


 でもその前に雫石だ。

 やることは済ませておかないと。

 


 肝心の雫石は清水湧き出る湖底に、チカリチカリと煌めいていた。

 魔力の乱脈の強さは特有。野生の雫石ほど探しやすいものはない。

 水に入って取ってきてくれようとする護衛さんらを手で制し『念動』で、湖の底から拾い上げる。


「『念動』は便利なものですね」

 護衛さんの感嘆の溜め息。うん、水の中は潜らないほうがいいよ。レベル0でもダンジョンだから。


「売店に置くようにしたらいいです?」


「無理のない範囲でなら、嬉しいです」


「じゃあ、努力目標ということで」


 さてと、雫石に向き直る。


 偶然だけど、こいつには待ち構えられていたように感じる。幸先がいい。


「『精製』」

 レベルは30、魔力は3500を越えた。『精製』は滞りなく終わる。


 雫石のサイズは0.81。

 よし、いける。

 桃源郷を掌の中に落とし込む。


「…『調律』」

 重力が2倍になったかのようだ。

 掛かる負荷は肉体としては初めてだが、精神としては慣れたこと。

 辛くないと言えば嘘になるが、けして耐えきれないものではない。

 既知は強いアドバンテージだ。



 …なんだリュアルテくん、星が付いてなくてもさ。それなりに慣れていたんじゃん?


 レベル0の雫石としては、いつもよりもずっと手間が掛かった。

 そのことが逆に成長を感じる。

 だけど『魔力回路』から潤沢にMPを注ぎ込むことが出来たので、経験値の吸出しが少なくて済んだ。想定よりも体は楽だ。


「流士さん。お辛いところは?」


「大丈夫。レベルダウンもしていない。サリー、この桃は食べられるか?」


「え、はい。桃子さんほどの効能はないにしろ食用としては適してます」

 桃の実を『採集』して、皆に配る。


「所感として聞いて欲しい。『調律』時、魔力を多く注ぎ込むと、経験値の徴収は穏やかになった。

 その魔力を流し込むには『魔力回路』の補助が大きい」

 そこで腹がギュウと動く。


 これは恥ずかしい。

 リアルでは『内臓強化』があるんで魔力使うと、てきめん胃腸が活発になる。

 それを良いことにMP補給だ。『洗浄』した桃を、皮も剥かずにかぶりつく。

 噛み応えが爽やかで甘い。ダンジョン育ちの魔力が染みる。


「これは美味い」

「役得ですね」

 オレがてらいなくモグモグしているもので、護衛さんらも付き合ってくれた。

 えーと。他に、伝えておかなきゃいけないことは。


「多分、1つの『調律』に本来は2000MPからが必要になるんだと思う」

 もちろん0レベル相当でだ。

 

「そうなんですか?」


「『魔力回路』を使って、じゃぶじゃぶ魔力を注ぎ込む。そうして石を懐柔するのが正規ルートに近いんじゃないか?

 今までは強引に力で捩じ伏せていた感があった」

 ゲームじゃ経験値でぶん殴って石を調教していたっぽい。

 例えが悪いから口にしないが。


 桃を食べる片手間でダンジョンを構築する。

 上限下限を削って広さを確保したいつもの作業だ。

 そのまま『念動』で雫石を湖に浸けた。生態系を1通り掬いとることで造園をする。


「ほう、これは」

「わ、水位が!」


 ズズズと吸い込まれる水に、護衛さんらは興味津々だ。

 そっか、ダンジョンマスターってゲームでも珍しかったっけ。


「後は桃の木を回収してから撤収します。…手伝ってもらっていいですか?」


 高位階者は戦車ではあるが、クレーン車やトラックも兼用している。

 ちょっとした木の運搬くらいならお手のものだ。





 いいね、誤字報告ありがとうです。


 プロットをねりねりしてたら、90話を越えたあたりでエロが入りそうで、悩み中です。

 いや、これはいらんだろ。と思うんですがねー。

 男でも女でもあるサリーさんのお陰でそうとう読み手を選ぶニッチなものになりそうですし。


 ううん。勿体なくなって月光さんあたりでお目見えしたら、笑ってやってください。



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