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81 黒船来航



 テレビから流れるニュースでは、全国的に晴れらしい。

 絶好の洗濯日和だ。ダンジョンの中は関係ないけれど。


 リアルでもいざという時の護衛用に、サリーには合鍵を渡してある。

 しかし佐里江さんは同居しているゲームとリアルを混同しないし、恋人になったからといって、平常時にいきなり鍵を使って入ってくるような不躾さとは無縁だ。

 そういう奥ゆかしいの、すごく助かる。


 ベットシーツや寝巻きやタオルは、『洗浄』後纏めて洗濯機に入れてスイッチオン。

 証拠隠滅が間に合ってよかった。


 夜寝る前になにをしたって?

 リュアルテくんのボディだもん、額にチュッだけ。可愛いもんよ。

 それでこれか言うなかれ。

 恥ずかしながら、初カノなんで!

 色々刺激が強いですよね!


 ついでの掃除に寝室廊下居間客室を『洗浄』していく。キッチンと風呂とトイレは使った後には毎回やるから、今はいいや。


 洗面所で髭のチェック。

 よし、髭はまだ剃らなくていいかって、……これアバターの影響出始めてるな。

 鏡の中の顔をまじまじと見詰める。


 そういやリュアルテくんは『発毛』と『育毛』が出てたな。サリーの手入れの甲斐があって『美髪』が星3ついたから。

 ハゲの味方っていう例のスキルだ。


 エルブルト系ってさ、毛の栄養みんな髪にいってるのか、鼻先や、うなじから下はハゲてるけど『美髪』スキル、なんか関係あったりする?

 このスキルツリー、まるっと全部提供したら、皆ツルピカになってしまうんだろうか、頭以外は。

 ……。

 うん。オレは別に構わないな。

 むしろ隔日とはいえ、髭剃りしなくてすむのは楽だ。

 売り出す時は使用上の注意を入れときゃいいんじゃね?







 今朝の運動プログラムは全員揃った。


 骨格や筋肉を育てると魔力が上がる傾向にあるのは、体を動かすと微量の魔力を長い時間使い続けることになるので、それが優れた訓練になるからではなかろうか。

 安静にしている時より、動いているときの方が魔力の回復が遅い。これは筋肉が魔力を消費するからだ。

 魔力による通常強化がなされてなければ走ってもこんなスピードが出るわけないし、関節や筋を痛めてしまうことになる。


 新時代のスタンダードな魔法使いは皆マッチョ。


 ううん。なんかそれは残念だな。

 枯れ木のような昼行灯の老魔法使いが、いざ危急の存亡の時に大魔法を駆使したりして、はわわとなる少年少女とか物語のお約束なのに。


 クールダウンで歩くのに、グラウンドの外側の線に移る。

 内側のラインを走るほど、スピードを出すので住み分けだ。

 早い人はバイク並みの速度だから、新時代の人類って今よりも厳密なマナーが必要になってきそう。


「自分の体に変化があると、挙動不審になるものですが。流士さんは鷹揚ですね」

 体に変調があったら直ぐに報告を義務付けられているので、髭の件を話しておく。そのコメントがこれだ。


 新時代の申し子たるサリーは、オレの3倍は走って息も切らしていなかった。

 オレらのクールダウンに随伴してくれるが、やる必要ってあるのだろーか?


「今のところ一生髭剃りから解放されただけだから」


「いいなー。日本人の髭なんて汚いだけだろ。朝5分多く寝られるとか最高じゃん」

 小まめに手入れすれば別だろうけど、お洒落髭はサボるとすぐにだらしなくなるのがなあ。

 オレの顔に髭は似合わんし。


「気がつかなかったが、納得した!

 そう言えば髭を剃っていない!

 体毛がツルツルになると、怪我のさいに処置が楽になりそうだからありがたいな!」

 ああ、スポーツ選手も無駄毛は剃る場合があるっけ。


「『治癒』掛ける時に巻き込むといけないから、冒険者や軍人なんかも予め全身を剃る場合もあるぞ、あっちの方でも。

 毛皮自慢の獣人とか、怪我治す時にそこだけ剃ると、涙目で礼を言われて心が痛む」


「リューはホント、モフに弱いのな。

 そーいや、サリーさん。こっちで雫石の『精製』っていつからやります?」

 ヨウルが尋ねる。

 オレもたぶん今なら雫石の『調律』も出来るはず。その感覚はある。

 こちらも報告はしたが、止められていた。


 ……ヨウル、あっちだとチンピラ敬語なのにこっちだと普通だなぁ。

 時々影響されて乱れてるけど。

 元々あっちのヨウルは下町系だったのかもな。一般人の友達多いし、羨ましい。


「もう少し位階を上げてからになります。

 他の地方に散っている私たちが情報を集めたところ、レベル30くらいまではやらせないみたいですよ。ゲームでは。

 位階が低いうちの雫石の『加工』は、負荷がやはり大きいそうです」

 各所で隠密しているお役人ちゃんらもダンジョンマスターは数が少ないから、情報集めるの大変そうだ。


 ゲームの管理AIの原盤は、お他所の世界産だ。

 なので重要な基幹部分は、弄れないようロックされている仕様だそうだ。

 日本では異界のことに一番詳しいの間違いなくこの魔道AIだけど、彼もしくは彼女は、ゲーム用に調整され過ぎていて他の業務や質問は付き合ってくれないそうだ。


 ちなみにこのAIはコピーは出来る。というか魔石を山と突っ込めば、自動で複製してくれるユーザーフレンドリーっぷりだ。

 ゲーム塔にそれぞれ配置されているのがこの複製AIだ。でもやっぱりゲームの運営の手伝いしかしてくれないらしい。


 これこれこーいうイベントやりたいんですけど大丈夫ですか?っていう質問には丁寧に応えてくれるし、検閲も運営も恙無くこなしてくれる。

 つまり管理AIから情報を引き出す為にゲームのイベントは多種多様になるわけだ。

 新しい情報が欲しかったら、基本はゲームをやるしかなかったりする。

 書籍も勿論同封されていたらしいけど、そちらも全部ゲームで読める。しかもゲームでは管理AIが翻訳済みの親切ぶりだ。


 余談だが、政府ちゃん直営攻略サイトにわざと嘘を書き込むと、ペナルティがすんごく重い。

 情報が不確かな場合は【検証要請板】に書き込んでおくと吉だ。


 そんなスーパーAI。

 あまりに賢すぎるAIを野放しにすると、送り出した先で大混乱を巻き起こすことになるかもしれない。そう考えて、厳重にロックしちゃったんだろうな、お他所の人は。


 ゲームを通して【私たちを知ってください】そのスタンスだ。

 住人に不自然さのない日本語を話させちゃう魔道AIの学習力とか考えると、この処置は英断だったかもだ。


 時々、吃驚するほどポンコツで情けないことをしでかすのが、我ら人類であるわけだ。

 恐らくAIを開発した誰かさんたちも、そういう宿痾を抱えていた人たちだったんだろうな。

 より善いものが届くようにロケットを打ち上げた人たちの祈りは、ゲームの随所に散りばめられている。


 追加サプリの大幅導入は、この愛すべき頑固者な管理AIを懐柔する取っ掛かりを探す苦肉の策だったんだろう。

 喰らえ文化侵略砲。

 ゲームでも醤油や味噌が味わえるのは、追加サプリのお陰です。


「そう言えばゲームは野良ダンジョンが至るところに露出していましたが、こちらではどうなっているのでしょうか!」


「ゲーム用の塔があるでしょう?

 立地からしてダンジョンがもともと涌きやすい場所ではあるんですが、あえてそこの地下茎に野良ダンジョンが集中して出現しやすくなるカラクリを仕立ててあるそうです。

 ゲーム自体も塔がダンジョンから吸出した魔力を使って動かしているので、プレイ人口が増えれば増えるだけダンジョンの拡大を防げるそうですよ。

 ごく僅かなことですが」

 つまりゲーム動力の安定供給という名目で、管理AIを塔の守保に働かせているということだな。


「うわ、怖。マジで身近なんだなダンジョン」


「塔の管理人さん、愛想のいい人だったけど…そういや、ムキムキだったな」

 新技術だから点検がマメなのかと思っていたが、あの人たちが間引きしていてくれたのか。


「そんな話を聞くと、早めにダンジョンを運営したくなるな!」

 エンフィは前向きだ。そういうとこ、救われる。


「エンフィさんのご両親や親族の方は敷地内に白玉ダンジョンを造ることに同意をしてくれましたから助かります」

 白玉ダンジョン付き道場か。流行りそう。


「エンフィお前んち、ダンジョン運営するの?」


「親族が乗り気だからな!

 まず最初に白玉なら、併設する設備の投資も少なくていいだろうと。

 リューのところは、何かしら予定があるのか?」


「オレがダンジョンを造れるようになりしだい、水玉ダンジョンを建造予定。それと調理加工場。

 この研究所とうちはそう遠くないから食材の業務提供をするってさ」

 今日はとーさんやかーさんが来て、色々契約をするらしい。

 とーさんには会社があるし、メインで采配するのはかーさんだろうから作業場は小規模なものになると思う。

 かーさんと特に仲良しな、真柴さんとかあたりは誘うかもしれんけど。

 それと爺さまと婆さまの位階が上がったら畑を造る予定だ。塔周りの畑は、そのうち潰されそうだしその補填に。


「ええ、周辺の道路工事や箱物の建設がピッチを上げて進められていますね」


「お前ら行動早すぎねえ?」


「実家回りは崩落予測が立っているからな!

 本音はもっと頑丈な杭になるダンジョンを打ち込みたい!」


「同意しかない」

 でもまずは低レベルのダンジョンをたくさん造るミッションだよな。

 ピラミッドの最下層は、層が厚ければ厚いほどいい。

 普通の主婦や仕事帰りのサラリーマンでも気軽にお小遣いを稼げるダンジョン。

 企画を投げたら、誰か拾ってくれないかなぁ。管理人求む。






 昼下がり、爺さまに引率されてやって来た両親は、白玉とセクシー大根狩りに参加して頭を抱えた。


「殆んどゲームと同じじゃないか」

 ゲームで予習してきたらしいとーさんが震える声を絞り出す。


「崩落とか嘘でしょ、勘弁して」

 両親からしてみれば、ローンして建てた夢の家だもんな。それが失われるかもしれんときたらショックだろうさ。

 かーさんなんてバリバリ地元だし。


「させないように努力するから協力よろ」

 おや。大きなため息だな、親父どの。


「流士、流士」

 とーさんが名前を2回呼ぶのは、大事な話がありますよの合図。


「なに、とーさん?」


「父さん、仕事やめるわ。ダンジョン管理を覚えるから、まず俺を雇え。

 お前がダンジョンを造り始めたら、伝手を使って雇われオーナーを募集する。

 これ、人海戦術が必要だろう」

 思い切りいいな、とーさん?!

 どうしたの。


「とーさんがダンジョン運営見てくれるのはありがたいけど、人員の募集は待って。

 まだ情報公開されてないよ」


「わかってる。いずれ仕事を頼みたいと、内々に打診するだけだ。

 仕事を辞めるにしても、時間が掛かるからな。

 そうでもしないと初動に間に合わん」


「社会人的に見てもヤバい?」


「情報公開してから募集したら、出遅れる。人は直ぐには育たんもんだぞ。

 だからそれでゲームなんだろうが。いまさらMMOに戻るなんて思わなかった」


「零士くんが、居てくれてよかったわ。私なんてその手の経験全くないもの。

 もう少し慣れたら、私も友達やバイトさんたちを誘ってみる」

 なんか意外だ。うちの両親もっとおっとりしてるかと。

 なにか事を起こすにしても、事前準備はたっぷりしたい性格だから。


「ごめんね」

 たぶんオレのせいだよな。

 自分の子供がなにかに巻き込まれた非常時の、親の行動力舐めてたわ。


「謝るな。お前は立派だ」


「そうねえ。黒船来航は流のせいじゃないわよ。いけないわ、大人なのにアタフタしちゃう」


 とーさんも、かーさんも笑い飛ばしてくれたけど『診断』したら、胃腸がずいぶん荒れてた。


 健康に悪い息子で申し訳ない。






 今日はギリギリのラインを越えてのレベリングを試してみた。

 …うん。確かに一度に位階を積むと、ちょっと恥ずかしいことになるかもだ。


 経験値を吸収すると、身体中のやる気スイッチが入る。

 学問しかり、運動しかり、恋愛しかり。

 このリビドーの後押しがあったからサリーに告れたようなもので、悪いことだけじゃないけれど、体が元気過ぎるのは困りものだ。

 うん、今日も健康だな!

 よーし、後は白玉相手に刀の稽古で発散するか!


 オレは『鋭利』持ちなんで、力任せに叩き切る西洋剣よか刀向けだ。

 刃立ての練習はぼちぼちしている。

 最も白玉相手以外は刃物での実戦の使用は止められているから、腕前ときたらお察しだ。

 ここにいると、オレってとんだ貧弱ボーイなのではと疑念を抱きそうになる。


 そんなこんなで只今のレベルは29。予定どおり事が進めば明日からダンジョンを造り始められるだろう。

 そんな折りだ。


 日本時間は深夜になる。

 オレらはゲームしているその時間に、世界を変える1本の嚆矢が拡散された。

 




 毎度誤字報告、コメント、ありがとう御座います。

 心の栄養になります。



 

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