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 30日目。


 冒険者が最もロストしやすい、魔の初期30日をようやく越えた。

 なにせ幹線道路を馬車で走らせているだけで、飛竜に襲われるこの世界だ。

 例え冒険者でなくても危険は至るところに潜んでいる。


 日本のどこかが崩落したら、こんな世の中になるんだろうか。

 それは困るな。野道を闊歩するのは、精々が雉や猫くらいにして貰いたい。


 あの後、やっぱり予定外の増設は設計士に話しを通してから造ろうって結論になり、駅からサリアータに直帰した。

 ナノハナ支店の設備投資は、次の休眠期明けとなる。


 小旅行のリザルトとして、メインになるのは竜素材だ。飛竜は経験値の宝庫ということで、サリーは薬師スキルのスキップアップに掛かりきりとなった。


 でもさ、飛竜をノベルの地下解体場に持ち込んだ途端、生産、商業ギルド連が駆け込んできたんだけど、あいつらどんな早耳なんだろ。

 確かに竜に詳しい解体士の派遣を頼みはしたけれど、それよりも到着が早かったんだが。


 心臓が、角が、皮膜がと喧々囂々の有り様を漏れ聞いた話、南方からの飛竜襲来は稀によくあることらしい。

 大抵は荘のひとつか、ふたつ、被害を受けてようやく討伐されるルーティンだったので今回は相当運が良かったとか。


 開花すれば災禍を撒き散らすはずの闇の種子が、偶然通りかかった冒険者により蕾のうちに摘み取られ、危うきを回避するのは王道の流れ。

 ハッピーエンドのシナリオは、何度踏んでもいいものだ。和マンチ上等。ただしGMが許してくれた場合に限る。


 口惜しいことに、オレは冴えた横紙破りをやれるこの手のプレイヤーじゃない。それを踏まえた前提としてだ。

 やけに唐突だった飛竜襲来。

 こいつさ、サリー用の個人イベントだったんじゃないか?

 ウィングブーツを装備できる、高位階の長槍使い。それで薬師を嗜んでますとか、どうぞ獲物にしてくださいと言わんばかりだ。

 飛竜を狩るのに慣れていたから、サリーは南の大陸の出だったりするのかもな。

 後で答え合わせしとこう。







 今日の午前中はミズイロの教室に顔を出して『糸紡ぎ』を習い、午後はいつもの低レベルダンジョンをプチプチ潰した。


 その後は経験値稼ぎに官営ダンジョン詣でをする。

 件の鯨が暴れた余波で海の狩場が荒れたままなので、今日は幽魔を狩りに行くつもりだ。

 テルテル教官の手持ちの伝手が、幾つかのダンジョンは早めに処理しなきゃ溢れるぞと警告を流してくれた、そのせいだ。

 クラスメイトはだから今日は各々別々の行動である。


「確かにこれは、溢れていますね」

 幽魔、もしくはレイス。これらの魔物は魔石を集めるには都合のいい獲物だ。


 幽体の触手を伸ばしてレベルドレインしてくる嫌な敵だが、レベル30を過ぎれば『解体』の手間なく経験値稼ぎのできる良い敵に変わる。


 どこの都市にもレイスのダンジョンが造られるくらいには、人気スポットだ。

 なのにこれほど敵影が密になるのは、明らかに異常だ。


 ……ほんと他所のプレイヤー、サリアータに来てくれないかなあ。

 街おこしって、なにをすればいいんだろ?

 崩落してるんだぞ、サリアータ。

 プレイヤー諸氏、アンテナ立てよう?

 皆、世界の謎とか気にならんの?


 他所で面白おかしいイベントが乱発しているせいで、プレイヤー回ってこないんですけど、政府ちゃん。

 どないしよ。

 なんかナノハナに動線引くだけじゃ足りない気がしてきた。


「サリアータは崩落からこちらおかしくなっちまったな。

 正常値に近くなるまで、暫く狩るぞ。

 ボスが産まれる前になんとかせにゃならん。

 リュアルテ、安全地帯の外には出るなよ。

 魔石拾いの人員も、影が少なくなるまでは出るな。拾うなら『念動』を使え」


「はい」

「「「「「「はい!」」」」」」


「レベルはトレントより高いですけど、彼らも雷の特攻乗りましたよね?」

 レイスは雷や光、火系列のスキルが特攻で次点が風系。あとのスキルはどっこいどっこいで、魔力を纏う物理も効く。


「乗るな。雷で鎖を編むように、落とせるか?」


「やりましょう」

 レイスは実態のないクラゲみたいな外見をしている。

 ほのかに明滅し、空に浮く姿は海月のようで優雅だった……かもしれない。これほど大量に居なければ。

 集合体恐怖症の人はゾゾゾとなりそうだ。


「『サンダー!』」

 上から下に。雷の檻を下ろすと、レイスはバチっと爆発した。

 バババババっ!

 断続的に爆竹音が鳴り響く。


「リュアルテ、お前さんは経験値が溜まったら『調律』に入れ」


「え、ここでやってもいいんですか?」

 いくら結界があるとはいえ、敵対ギャラリー多すぎやしません?


「レイスは『遠吠え』がよく効く。近寄らせはせんさ。なあ?」


「お任せください!」

 シェパード、コーギー、ドーベルマン。

 教官の言葉に、メイドさんらの耳が凛々しく立つ。

 オレの体がちんまいせいか、護衛任務だとすげー張り切るよね君ら。

 この世界、王子さまやお姫さまでもバリバリの戦闘要員。まず守られるのは子供、女の民間人だからなあ。


 それではお言葉に甘えてと、2回『サンダー』を落としてから、『調律』をする。


「「アオーォン!」」

 破魔のうねり。

 犬族の雄々しい魔力の『遠吠え』に、レイスの群れがはぜていく。

 おう。

 今日は全員メイド服を着ているけど、男の子も混じっていたかー。

 この声で女の子ならワイルドすぎる。


「どうだ?」


「………やっぱり、経験値を浴びながら『調律』を掛けるほうが楽です」

 手にした雫石は1.62。やや大きめだ。

 動悸、異様な発汗、ともになし。

 ただ大きな魔力を扱ったので、少し体が火照るそのぐらいだ。


「お貴族さんが、がっちりダンジョンマスターを守って行動するのは、……こういうノウハウがあったからなんだなあ」

 教官の目が遠くなる。

 護衛を大勢引き連れて狩りをする姫プが、ダンジョンマスター育成最適解とか思わんよな?


 魔力強くて逆ハー築くガッツのある女の子、どこかに落ちていないかな。

 『加工』のスキル石は功績ポイント高いけど、プレイヤーなら頑張れば買える値段だし。

 残念ながら守られるのが嬉しいって喜ぶ男は少数派だ。

 特にアバターの姿では。


 間違いなくリアルの体より、こちらのアバターのほうが、やる気スイッチが入りやすいつくりになっている。

 特に若い男は、だ。

 突き上げるような暴力性を宥めるのに、適度なガス抜きが必要になってくる。

 15を境に攻撃系のスキルが出やすいのはそういうことだろう。


 リュアルテくんだって小なりとも男だ。おんば日傘されっぱなしは忸怩たるものがある。が、『調律』に使う魔力を考えるとそうバカスカ呪文なんか撃てやしない。

 仕方ないのでMP補給にジュースを啜るフラストレーション。


 MPポーションって発売されたりしないんだろうか。

 現実世界の集合知なら、開発の可能性がありそうだよな。栄養ドリンクとかそこらへん。

 こちらでもある種の媚薬を飲むとMP回復する裏技があるけど、特定成分抜いて発売してくれないかな、製薬会社さん。


 リアル企業の参入が待たれる。






 リビングで日記を付けていると、サリーがようやく帰ってきた。

 妹たちは眠い目をこすって、部屋に引き上げた後だ。


「お帰り」


「はい、ただいま戻りました。…新しい髪飾りですね」


「これか?

 ジャスミンに貰った。魔石の『精製』はエンフィで、『エンチャント』掛けたのはジャスミンだそうだ。

 体育系の『呼吸器強化』がついている」

 横髪に飾った緑の魔石を、すくって揺らす。


 レベル20を越えたんで、付与つきアクセサリの装備枠が2つに増えた。

 頂き物の『呼吸器強化』は、覚えるまで付けっぱなしにしとくことにする。体育系スキルは幾つあっても腐らない。


「迷惑料の詫び品ですか?」


「だろうな。誕生日プレゼントと言ってはいたが、こちらでは祝う習慣はないからな」

 5歳の祝賀と15の成人だけはちょい特別だ。でもそれ以外はあまり祝わない。たぶん位階を積むと長生きになるからかなと推測する。誕生日を忘れたい人が多いんだろう。


 そう、リュアルテくん休眠期間中に13歳になってましたよ。リアルでの1日がこちらの8日だから、日が経つの早いわー。


「悔しいですね。出遅れてしまいました」

 するりと首もとにペンダントが掛けられる。

 胸の辺りに揺れるトップスは、青い石に金の木が絡みつくようなデザインだ。


「『HP回復』を付与してあります。お出掛けや、訓練のお供にどうぞ。

 そのうち足首を飾るものを作らせてくださいね?」


「…ありがとう」

 甘く囁かれて、顔が赤くなりそうだ。

 足首のアクセサリってあれだ。予約済みの証拠っていうか、こちらではリアルでの婚約指輪的なソレ。


「わたしもサリーに用意してもいいのか?」


「2か月後を楽しみにしてます」

 履歴書は貰ってあるから、生年月日は知っている。

 サリーの瞳に合わせるなら青い石か。そう、このペンダントトップのような………って、ああ、そういう。

 今まで縁がなくて、すぐピンと来なかったけどさ。オレなら金色の石を贈るとこだよな、きっと。

 頬が緩む。

 いつ注文したかわからないけど、こんな色の石を用意していてくれたぐらいには、気に掛けてくれていたということだろう?

 浮き立つ気持ちのまま、石にひとつキスをした。そのまま服の下に隠す。

 これはオレだけのものなので、他人にひけらかしたりはしない。


「どうした、サリー?」

 サリーが悩ましい顔をしている。眉根を寄せると、色っぽくて目の毒だ。


「お休みなさいのキスは、健全に含んでもいいのでしょうか?」

 こちら側ではその風習は可笑しくないかな。


 リアル?

 オレのうち普通の一般家庭だったからなあ。


 広げたままのドリルを閉じて、魔石を仕舞う。


「してくれるなら、もう寝るが」

 流石に家族共有のリビングで、悪さをする勇気はない。

 

 




 誤字報告ありがとう御座います。


 読者さんを選ぶよーなこの話を読んで下さるだけで嬉しいのに、構って貰えるとか。ニコニコしちゃいますね。


 持病の誤字は厄介ですが、生暖かく見守って下されば幸いです。



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