79 ナノハナの羊
はぐれ飛竜の群れに襲われた以外はなんのイベントもなくナノハナ砦に到着した。
飛竜は強敵だったんじゃないかって?
一行にはメイドさん部隊の他にアスターク教官、オルレア、それにサリーがいたんだぜ?
サリーだけでもオーバーキルだ。
ウィングブーツを煌めかせ、閃光さながら長槍鎧袖一触よ。
瞬く間に先頭を飛ぶリーダーを狩られ、混乱に陥る群れ。
隊列が乱れた飛竜に追い討ちをかけたのが、アスターク教官の『山崩し』。
取り出され装備されたる、人の身の丈2倍強ほどの無骨な鉄塊。その大砲の苛烈なこと。
HP装甲を盛りに盛っている飛竜の皮膜。それに大穴をあけるなんて、どれほどの威力かは察して欲しい。
先に『部位破壊』をやらかしたサリーにはまだ、弱い付け根を狙う慎みはありましたよ教官。
そんなわけで羽をもがれた飛竜なんて憐れなものだ。
隊列を組んで襲ってきた彼らは、物理でタコ殴りされた挙げ句、ナノハナ砦への手土産になってしまった。
そこにドラマは欠片もなかった。ただの作業だ。
飼い慣らせば人を数人のせて運べる飛竜は、確かに立派な体格をしていた。
でもここにほれ、ダンジョンマスターがおるやろ?
セコイアのエルダートレントを回収した時にプライベートダンジョンを増設したんで、飛竜の巨体も十体ぐらいなら余裕で収納出来ますよね。そういうことだ。
そこしか役に立たなかったとも言える。
竜種ってさ、魔法耐性あるんだぜ。
今のオレでは手の打ちようが無かった魔物だ。
物理はやっぱり強かった。
だけどさ。
やっぱり、サリー『部位破壊』を持ってるんだな。
ジャスミンの角を折ったのこのスキルだろ。
飛竜の翼をもぎ取るスキルを友人に使うのは、やりすぎじゃないか?
…いや、高位冒険者相手に軽くダメージが入る程度の突っ込みを入れたら周りが危険か。
風呂場で戦車同士のド突き合いは困る。
どうもオレには想像力が足りない。
省みるが、味方に軽い突っ込み入れるほど、親しい付き合いしてこなかったな、前世って。
冒険者同士の悪ノリとか、そこらのノウハウまるでないわ。
うーん。『部位破壊』くらいは、順当だった?
少なくとも周りに被害は出さなくてスマートか。
もしかしてオレらの反応は過敏だったかもしれん。
全くどこのお嬢ちゃんだと、ジャスミンには思われたのかもな。
…そーいや、怒ってなかったもんなあ、あいつ。わざとやらかしたのは奴だけど。
くたりと横たわった飛竜を見る。田んぼに突っ込んだせいで、惨憺たる状態だ。
泥中にまみれても、黒光する生体金属の鱗だけが、辛うじて強者の威風を放つ。
うん。頭部は田んぼに突っ込んだから、野趣溢れるイケメンが残念な風になっている。
換金性の高い角が、破損してないことだけが救いだ。
でも、この飛竜。なんのイベントだったんだろうな。
野良ダンジョンならいざ知らず、一般フィールドで運営から理不尽されるのはやや稀だ。
何処かの荘が襲われたって話は聞いてないし、オレら一行に狩られたのはインターセプトだった気がする。
「こいつら南の海から遡上してきた渡りですね。
田んぼに落ちるとは太い野郎です」
飛竜の血を全身に浴びたオルレアが忌々しそうに断言した。
地上に落ちた飛竜たちの、首狩りを主にしていたのは彼女である。
象亀の首を守るよう、垂れた耳ごと首を断つよーな強引な所もあるもんなオルレア。
功を労って泥の滴る足元から、赤く染まった毛並みまで満遍なく『洗浄』をかける。お疲れさまだ。
「あ、ありがとう御座います」
照れてはにかむオルレアは癒し。
それを見てそわそわしていたメイドさんらを手招きして一人一人『洗浄』していく。
労を厭わず、田の中を駆けずり回ったからこそ泥汚れは勲章だ。
一面の田んぼだったから、そういうこともある。
残念ながらリュアルテくんには『地面操作』がないんで田んぼ補修の手伝いは出来なかった。
後で役所に提出する証拠のスクショを撮ったぐらいだ。
「この場合の被害者は、補填があるのか?」
田んぼに被害があると、温厚なはずのサリアータ人は滅茶苦茶怒る。
「ここはもう家の荘園なので、手配は簡単ですね。不幸中の幸いで」
「となると、見舞いはオルレアに渡せばいいか?」
「…普通の冒険者一行でしたら、我が家が褒賞を支払うべき事例なんですよ?
そうですね。現地の皆には渡り竜の肉でも振る舞って、収穫時の慰労してもよろしいでしょうか。少し買い取りさせてください」
「買い取りもなにも、倒したのはわたしではないのだが」
守られて、見ていただけよ?
「誰かが魔物を倒したさい、やむなく周囲に被害が出た場合の補填は、荘や領の持ち出しです。
そうでもしないと危険な大物をスルーされてしまいますからね。
私たちは冒険者ではなくダンジョンマスターの一行ですから、貴族基準です。
護衛らが倒した獲物はマスターのものですよ」
オレが判断していいわけだ。
それなら冒険者のしきたり通りでいいだろう。
「よし、旅の獲物は等分に分配しよう」
どっと、臨時ボーナスに歓声がわく。
等分分配ならサリーも教官も受け取ってくれるし、いいよな?
「はい、わかりました。しかし魔石はお持ちになって下さい。
お金にしてしまうより、マスターの手元にある方が世の中の為になります」
「『飛行』つきの飛竜の魔石はウィングブーツに最適だ。
将来の為に確保しておくといい」
それってさ、ダンジョン造れってことですよね教官。
レベル1基準までのダンジョンしか造れんのに、飛竜とか不相応じゃないかなあ。
「人が使役出来る飛竜は、竜種の中では最下位ですよ。
家畜としては最上級ですけど」
相談した返事がこれだ。
多分サリーは飛竜を害獣か、薬剤の原料と見ている。
ドラゴンライダーには興味ないクチなんだろうな。
オレはといえば、乗るより食べる方に関心がある。
ドラゴンステーキは憧れの食べ物。
でも夢は夢だったりする。
ドラゴン肉、そのままの魔力は人には毒なんだって。
干してから3か月はしないと食べられないそうだ。
うん、すまない。結局は食べるんだよ。
ドラゴン肉のジャーキーは滋養強壮や肉体再生時の補助として、とても優秀な食材なのだとか。
サリーは道中、飛竜を収納したプライベートダンジョンに籠って、何人かのメイドさんらと共に血抜き作業をせっせとしていた。
ドラゴンは血ですら役立つ魔物である。それも新鮮なものほど、良いものだ。
『体内倉庫』とは違いダンジョン内は時間経過が発生するが、雫石は学生証のダンジョンキーから外せば、他人にも貸与できるので便利だ。
ドラゴンはまだ食べられないので、ナノハナ砦の晩餐にメインで出たのは鯨肉だ。
バイキングパーティー方式のおもてなしは、主賓のオレが未成年だからなんだろう。気楽に過ごせるのは、ありがたい。
お土産の鯨肉は砦の料理人の手によってネギのソースがたっぷり掛かった竜田揚げになって出てきた。
鯨食いした感想としては、少し癖が強かった。
美味しいといえば、美味しいけれど慣れない味だ。
食肉として丁寧に管理された家畜と違って、ジビエなら口に合わないこともあるよな。
男として自信がない人は鯨肉が効くらしくて、一部界隈で盛り上がっている。
こっちじゃスッポン扱いなのかな、鯨って。
取り分けられた分は食べたが、他の料理をメインにつつかせて貰った。
特に名物の紫毒蛇のシチュー。こいつは鶏むね肉っぽくて、かなり好き。
煮込まれているのに、噛めば繊維から肉の旨味が溢れてくる。
紫毒蛇の毒は、火を通せば消える生体毒だから安心だ。
「これは甘くない種類ですので、口直しにどうぞ」
料理をモグモグしていると、オルレアのパッパが黄色いメロンを切り分けたのを届けてくれた。
ほの甘く瑞々しい、水菓子は口の脂を洗い流してくれる。
「オルスティン。これ、いいな」
「はっ。ありがとう御座います」
オルスティン グッドマンは東の雄。ナノハナ砦に在留し、サリアータを守る一族の長だ。
なのに出会った時から跪かれ、恭順の意を示されてしまった。
お前ら、この人は俺の大事な客だから気を回せよ?
そんなデモンストレーションだろうだから我慢するが、年配のお武家さまにことさら丁寧に扱われるのは居心地悪い。
オルスティンさん、教官と同じくらいデカイんだぜ。
隣に立つとまるでオルレアが華奢に見える。
館の入り口に飾られた3メートルもあるバトルアックスなんて、滅茶苦茶使い込まれた歴戦の勇者感があった。
この武威だ。普通にしているだけで圧が強い。
平時の性格はむしろおっとりしているパパさんなんだけどさ。
「ナノハナ支部の試運転はどのようだ?」
勿体ぶることではなし、ダンジョンは砦に着いて直ぐに建ててきた。
責任者のオルスティンにはプレオープン前に設備の初期不良の洗い出しをしてもらっている。
駅を通し、駅前広場、宿泊所予定地、避難所という名の芝生公園、地下解体場、調理室、水玉工場、三つ目羊の狩猟フロアを造った。
完成祝いのテープカット?
そういう文化こちらにはないかな。
問題なければお任せで、ダンジョン開きしちゃって欲しい。
狩猟フロアは後に増えることを想定して、受付と専用通路を通してある。
備品はある程度持ち込んだが、後から細々と揃えなければいけないだろう。
星砕きに参加したんで、雫石の在庫がかなりある。余らせておくのも勿体ないんで、使えて良かった。
「ダンジョンの試運転は上々ですな。なにしろ足元がしっかりした場所で、若手への実地訓練を賄えるのは素晴らしく」
それは実地訓練ではなく実践では?
森のなかよりマシだけどさ。
レジャー用のノベルとは違ってナノハナ支部は普通のダンジョン運営だ。
入場料だけ貰って後はご自由にどうぞのスタイルで、配置した三つ目羊のレベル適正は10から20レベルくらい。
森に跋扈するという件の紫毒蛇は5から10。アイアンツリーは20から40ということだから、その間を埋めた形だ。
「普通は魔力が増えるレベル20あたりまで『体内倉庫』のスキル石を入れないものと聞いた。
転送装置は役立てそうか?」
狩った獲物を運ぼうとした時、廊下に血が落ちたりすると不衛生だ。
だから歩きキノコの部屋にある古井戸風ダストシュート型の転送装置を、羊部屋にも仕込んでおいた。
狩った羊には専用タグでカウントして、退場時に精算するいつものタイプだ。
「使用してみましたが、位階が低い者には便利がられてましたな。
解体場直結のダンジョンとは珍しい。
確かにレベル20までは、この手のサポートがあっても良かったものです。
我らは魔力が低いものも多いですから」
そうかな。
魔力が低いとはいっても、普通の日本人くらいだ。それに。
「代わりに獣人は、人には稀な身体能力が携わっている。
わたしは魔力特化で、身体面は貧弱だ。
お互いに補えたらいいな」
「はい」
オルスティンが莞爾と笑う。犬族は感情表現が豊かだ。
「そう言えば。駅を建てたあの土地は、どういうものだったのだろうか?」
砦の中の割には、草ボーボーだったけど。
「いざという時、砦内に馬を収用する場所です」
「……しまったな、大事な場所じゃないか。
牧草地もダンジョンに必要か」
馬車を牽いてくれた可愛こちゃんたちの非常食じゃん。
「ノベルでも使っているアルファルファは、馬の飼料としても良いものですよ」
あー。スプラウトか。
リアルだと、もっと細いけど、ダンジョン種だともやしくらいあるヤツ。あれを成長させたのが、うちの牛のメイン飼料だったはず。
「オルレアよ。馬の飼料育成にダンジョンを使うのはどうなのだろうか?」
ダンジョンに夢でも見ているのか、オルスティンはやや切なそうだ。
「駅周りの土地は今は草地ですが、そのうち整備してしまいますよ?
少なくとも明日から屋台を出す予定ですし。
それとマスター。ナノハナ周りは硬水なので軟水の水源も用意しましょう」
「その2つくらいなら、帰る前に造れるな。両方とも駅前広場直結でいいか?」
「ええ、利便を優先させましょう」
「お前そんな、マスターに利のない物ばかり造らせるのは」
「税金対策なので。防災や町民の福祉に繋がる施設は一通り入れる合意はしたはずですけれど?」
この手の施設が増える度に、掛かる税金がさっ引かれていくらしい。
それと彼らはナノハナ砦っていう辺地にあって、魔の森の侵食を食い止めている健気なわんこたちだ。支援は厚くてもいいよな?
犬族は子供を多く産む。
彼らは集団で暮らす生き物だからだ。そして人族の牙たることを誇りとしている。
だから犬族は年寄りの数が少ない。
……オレが彼らに課金したくなっても仕方ないよな?
「それと父上、駅が繋がったことです。
成人前後でレベル10以下の子供たちのボーイスカウト研修をサリアータでしていきましょう。
レベル10以下でアイアンツリーが出る森に連れていかれるとか、他所で暮らすととんでもないことだったと判りましたよ?」
「人聞きの悪い。他所の子にはそんな鬼畜をさせておらん。
やったのは人並み外れて頑丈な、家のものだけだ。
現にお前たち兄妹は元気にすくすく育っただろうが。
だが、研修はいいな。名簿を作っておこう。
こうなると、奥や息子たちが外に出ているのが惜しいな。
引率を任せたかったのだが」
「母上と大兄上はいつもの荘の見回りでしょうが、他の兄上らは野良ダンジョンの間引きですか?」
「左様だ、現在は深層に潜航中だ。呼び戻すのも無理がある」
ダンジョン深層。それはどこにいるかわからない。
エレベーターを設置できてない野良ダンジョンなんてサリアータでもありふれているけど、下手をすれば何週間も潜りっぱなしになるその行程の厳しさはどこも一緒だ。
「駅に繋がれば浅層ポリープの処理はサリアータでこなせますし、兄上らも多少は楽になりますね」
「判明している野良ダンジョンはナノハナから遠いのか?」
家族の語らいの最中だが、気になったので質問を挟む。
「レベル3のダンジョンを限定するなら半日が5箇所、1日がかりが3箇所あると判明しています。
それとレベル4以上で上限未到着のダンジョンが2箇所ほど。こちらは1日半、2日ほどは掛かりますか」
うーん。魔の森。
何百もの野良ダンジョンが繁茂しているサリアータよかマシだけどさ。どこも魔境。
「森に道を開くと、アイアンツリーに襲われるのだったか」
「狩には丁度よいのですが。
放置して朽ちることしかなかったアイアンツリーが、駅によって資源に化けるのであるいは進捗があるやもしれません」
腐らせていたのか、アイアンツリー。
それはいいことを聞いたかな。
生体金属はサリアータの結界強化に使うから、エンフィが欲しがっていたし丁度いい。