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78 ポメポメ



 28日目。


「おはよう御座います」

 朝起きたらサリーは複雑そうな顔をしていた。


「おはよう。…後悔しているのか?」

 情緒がないとはよく言われるが、不穏の芽は育てないに限る。

 直截に聞くと首を振られた。


「いいえ。あちらの私は大金星を上げました。

 だからこそ本当に、流士さんの姿がこちらになくて良かったな、と。

 若い男のアバターは、情動が攻撃的でいけません。

 幸い、小さくお可愛らしいリュアルテさまの顔を見たら落ち着きましたが」

 ……ああ、うん。オレ、全年齢でプレイしてるからかな?


「こちらのわたしでは、そんな気にならないか?」


「なりますが、それ以上に罪悪感が激しいです。

 子供の人権は守られなくてはなりません。貴方が大人になるまでは、私に痩せ我慢をさせてください」



 クエスト!


 貴方と サリー エリステル が良い仲になりそうです!

 恋人になりますか?


 報酬 恋人限定コール機能の解放。



「サリー」


「ええ、恋人になってもよろしいですか?」

 当然イエスだ。


「嬉しい」

 同意が取れたので、はい、を選択。

 すると続けざまにアイコンが浮かぶ。



 クエスト!


 貴方は全年齢でプレイしています!

 機能を停止させますか?

 その場合【宝珠人】としての成熟が始まります!

 エルブルトは宝産みの種族。種族トリガーを引きましょう!


 報酬


 閨房術指南書及び、ラブグッズフルセット。

 思いやりのある知識は、貴方と貴方の大切な人の心と体を守ります!



 ………。

 これは、いいえ、だ。


 いつでも解除できるようだから、そのままにしておく。

 だって全年齢停止の報酬が、やたら際どかったんだもん。ビビるわ。

 ラブグッズの目録とか読むと、それ本当に必要なの?って物が同封されてるし。


 ちなみにエルブルトは公式名称だけど、宝珠人ってのは俗称っていうか少しエッチな揶揄が含められたりする場合の呼び方だったりする。

 心を通じあった愛しの君とほにゃららすると、MP保管庫とかにもなる宝珠を創れるようになったりするらしいよ、オレら。

 割りと条件が厳しくて、よっぽどラブラブしないと無理っぽいけどな!

 魔力を注がれながら、どスケベするやつ。

 もちろん興味はあるが、だがしかし。リュアルテくんのボディでそれをするには罪悪感があるよな当然。

 サリーならリュアルテくんもオーケー出してくれるだろうけど、どっちかっていうと甘えていい身内の感覚がまだ強い。

 この辺はもっと独占欲が増えたりしたら考えよう。


「サリー。実はわたしは、全年齢でのプレイをしているんだ。

 解除が必要な時は教えてくれ。

 今はサリーの倫理観を立てておくから」


「ああ、道理で。

 それは重要なものですから、しばらく解除しないで下さい。

 野の獣は檻に入れて管理するべきです」

 おおっと。

 佐里江さんはリアル女子の生まれだから、慣れない男の生理には厳し目だな。

 苦笑する。


「わたしが大人になるまで、待ってくれるのなら」

 リュアルテくんが恥ずかしがって、ピャアぁってなっているんで、キスをねだるのは止めておこう。今は。






 今日から遠出の予定である。

 目指すはサリアータの東、ナノハナ砦。

 その小旅行の前に下準備だ。


 あらかじめ【ノベルの台所】で駅用のゲートを半起動させておく。

 これは駅を通すために必要なことだ。

 雫石を半分に『加工』して、『割符』を造る。

 このモニュメントに『割符』の半分を嵌めた。

 そうすることでナノハナ砦に設置する予定の、対になる『割符』付きモニュメント、これらが同期して空間が繋がるようになる。


 詳しい理屈は学者先生なら紐解けるのだろうが、オレには何となくこうすれば繋がるようになるなっていうフワっとした感覚しかない。

 使えればそれでいいよな?


 調べたところ馬で3日で行ける距離までなら、レベル1の雫石の『割符』でイケるらしい。

 なので使い方を思い付かなかった、空のダンジョンの雫石を使ってゲートを仕立てた。

 諸々の手続きを済ませて出発したのは、10時を過ぎてからになった。



 道中1泊の予定があるのは、マリル村。

この村は、サリアータに点在する米造りのための荘園だ。

 馬車から見えるのは一面の田んぼ。

 幹線道路を走っているというのに全くどこの農道なのだか、よい景色だ。

 サリアータは温暖なので、この田んぼは年に3回もの収穫がある。どこまでも広がる柔らかな緑が頼もしい。

 田んぼの奥には、水を産み出す森が見える。


 白玉が風に流されていく田舎道。

 馬車に揺られてゴトゴト移動だ。

 道は案外、悪くない。というよりかなりのものだ。

 『地面操作』で固められた道は、魔法文明の精華と言える。

 雨水が流れるように設計された傾斜と側溝、続く暗渠。それらをきちんと塞ぐ蓋に、中央ラインも引かれていた。


 自動車はあるにはあるが維持費がえげつないので、金持ちの嗜好品だ。つまるところ課金対象。

 普通は貴族でも馬車を使う。

 ファンタジーなら、やはり馬車が王道だ。

 車体はレトロな黒塗りで、赤いビロード張りの椅子に、タッセル付きの重厚なカーテン。ロマン回路満載だ。

 ただし車体はサスペンションが効いているし、タイヤはゴムだ。流石に足まわりまでは中世観によせてない模様。

 たぶん田舎を現代技術制の馬車で走ったらこんな感じなんだろうな。

 とても長閑だ。


 そう思ってたこともありました。


「猪鹿の襲撃です!」

 またか。

 1時間に1回は襲われるんだけど。

 この街道、魔物による治安が悪くなかろうか。


「真っ直ぐな道は、彼らにとっても走りやすいんでしょうね」

 オルレアが冷静に指摘する。


 馬車は急に止まれない。

 なので屋根に登れる梯子から馬車屋上に出る。

 正直、この手の襲撃は護衛さんらに任せた方が手早く終わる。人生の経験を積む名目で、狩りを任せて貰えるのがありがたい。


「進路方向。1体です!」

 敵影はまだ見えず。

 しかし観測手を信じて、そのまま魔力を練り上げてキープだ。

 そして馬車のスピードが落ちて止まるころに、ようやく敵を目視した。

 目で見れば『ターゲット』が発動する。


「『サンダー!』」

 うん。1発じゃ足りなかったな。もう1丁『サンダー』。

 1匹ならでかいの1発打ちあげるより、連弾のほうがローコスト。

 ぽてっと道に転がったところをメイドさんが拾いに行ってくれる。

 森に住む猪鹿は田んぼで泥遊びをするから、見つけ次第駆除が推奨。

 田畑を駄目にされて怒れる農家に狩られることも多い。まんま害獣だが、食肉が旨いことだけが救いだ。

 ちなみにだがダンジョンの外で育った猪鹿はよくよく火を通して食べるように。腹壊すぞ。


「猪鹿が増えてますね。やはり街道警備の人員をサリアータに回した弊害が」

 あ。なんだ、やっぱり多いのか。


「冒険者にとっては糧だが、一般人には脅威になるか?」

 魔物を狩り、位階を上げた方が人生豊かに過ごせることは皆知っている。

 ただ、健康によいって判っていても毎日のジョギングを出来ない人は出来ないものだ。

 まして魔物は人の天敵。迂闊に手を出せば痛い目に合う。


 まあ、その天敵も美味しく食べてしまう辺りが、人類なわけだが。

 毒があろうが灰汁があろうが、塩に味噌に糠に灰に漬けたり毒抜き灰汁抜きをしたりして、手を変え品を変えどうにかしてしまうのが人である。

 と、いうわけで魔物の駆除もいい塩梅にならないものか。

 サリアータに人は絶対必要。外せば崩落一直線。

 やはり地元荘園の人を鍛えるのが、一番手っ取り早いんだけど。


「いえ、荘にも狩人がいるので。しかし端のほうは、畑に出るのは危険になっているかもしれませんね。特に年寄りや子供なら」


「道すがらだ。訓練用の白玉ダンジョンをマリル村に造ったら、押し売りだろうか。

 相談してみたいが、オルレア。荘園の主に伝手はあるか?」

 新品のゲートを多めに持ち歩くのは、ダンジョンマスター一行の嗜みだ。


 あと一時間もすれば宿泊予定地だ。

 まだ日はあっても、夜道の移動は基本はしない。


「報告を忘れていましたが、マリルの荘園主は叔父です。

 だから当座の宿に選びました。

 もし可能でしたら白玉より2ランクほど上あたりのものが経験値の効率がよろしいかと。

 既に子供たちはビリビリ棒を用いて、村周囲の白玉狩りをやっていますので」

 お客さんでしたか。

 最低から2ランク上っていうと5レベルあたり?


「マッスル小麦か、ご機嫌麻太郎か。この辺りの魔石なら持っている。

 他にもあるが、外でも種子で繁殖するタイプは止めておきたい。

 食肉なら魔鳩と霰石鱒がある」


「霰石鱒はうちのダンジョン用でしたか?」


「ああ、サリアータには霰石鱒のダンジョンはないみたいだから、いいかなと買い求めていたんだが、このところ海の魚を大分増やしてしまっただろう?」

 海鳥のチームにクエストを出して魔石の確保を頼んであるから、美味しい海の魔物はまだ増えるはず。


「確かに海鮮は人気が出てますから、埋没してしまいそうですね。

 霰石鱒も馥郁としてますが、勿体ないことになりそうです」


「ナノハナやマリルだったら、現地の名物になるのではないかと」


「わかりました、叔父に尋ねてみましょう」






「マスター。是非ともまたお越しください」

 マリル村には予定通り1泊した。

 29日目だ。


 オルレアの叔父さんは、サモエドじゃなくてポメだった。

 小さいイッヌは気が強い印象だけど、この叔父さんもチャキチャキしていた。

 名前はヨシュアさん。

 話し合いの結果、この人にワンフロア制の霰石鱒と、ご機嫌麻太郎のダンジョン管理をお願いした。

 ご機嫌麻太郎はリネンや紙の材料だ。

 米以外の現金収入が増えたら、街道の行き来が増えていいと思う。

 なんとこのマリル村、入植してまだ10年足らずだった。だからか軍警のOB、OGだという若夫婦が多い。

 住民の位階上げという最初の思惑とは外れてしまったが、この武力を携えた村民が街道を行き来するようになれば道の治安は回復するんじゃなかろうか。

 これから子供も増えるだろうし、無駄にはならないと思いたい。

 収穫した麻の実は食用なので、サリアータにも輸出してくれるってさ。

 そういや七味とかに入ってるよな、麻の実って。


 しかし管理をまるっと任せられる人がいるとダンジョンの造り逃げが出来ていいな。

 それで所場代が入るようになるとか、とても美味しい。いつもこうなら楽なのに。



 ヨシュア一族郎党に村の外まで見送られる。

 遠ざかるポメやサモエド。

 ああ、右も左もかわいこちゃんばかり。天国みたいな荘園だった。


 夕方には、ナノハナに着くだろうか。

 長時間の移動はしばらくいいかな。座りっぱなしがつらい。


 ちなみに主幹道路は事故防止のため、緊急時を除いては馬車より早く走るのは禁止だ。


 足に自信があるからってスピード違反した挙げ句、ネズミ取りに引っ掛かると、罰金及び免許に書き込みされたりするぞ。

 冒険者は基本、健脚だ。初心者はよくやりがちな失敗らしい。


「リュアルテさまは、犬族にお甘い」


「マスター。叔父はあれで20人の子持ちですよ?」

 うん。小さなポメらがポメポメしてるの癒された。


「あの犬族の子たちが、元気に逞しく育ってくれるといいな」

 撫でてないぞ?

 見ていただけだ。

 ふわふわな腹を晒したポーズをされても、我慢しきったオレはえらい。しかし白い毛玉がモコモコしてるのって幸せな光景だった。


「それは保証します。ですが、そんなに甘い顔ばかりしていると部下になりに押し掛けられてしまいますよ?

 叔父は手ずからダンジョンを任せられたので、我慢するでしょうけど」


「オルレアやサリーの指示に従ってくれるなら構わないが。

 そうだな、そこをボーダーラインにしよう。

 それでなくても仕事を多く任せているのに、オルレアがやりずらくなったら困るからな」

 安心と安全のグッドマン一族だ。就活に来てくれるのは、むしろ企業としてホクホクなのでは?

 喋りながらヨウルのところから買い取った、マッドスライムの魔石を取り出す。

 造りたてのダンジョンにクエストを発注して、魔石を優先して回して貰ったやつだ。時間とMPに余裕があるんでいつもの内職だ。


「話は変わるが、ビリビリ棒の魔石はあとどれくらい作ればいいかわかるか?

 棒の部分は職人に任せっきりだから、値崩れだけは避けたいのだが」


「値崩れの心配はないでしょう。

 領内の需要が足りましたら、輸出品になりますよ。

 発動体が供給より需要が高くなるのは、仕方ないことです」

 まあ、自分の手持ちにない発動体なら高くても買うかな。


「しかしビリビリ棒を使う内に『雷光』は覚えそうなものだが」


「ないとは言いきれませんが、英雄症の方たちほど私たちはスキル覚えが良くありません。5年使って芽が出れば優秀で、稀に早く覚えられたらそも才能があったということです」

 そうか。まだしばらくビリビリ棒とは縁が切れないのか。

 お陰で『サンダー』まわり一連に星が増えるからいいけどさ。

 星5とか、もう一人前の星数だ。この年でどれだけトリガーハッピーなのか疑われてしまう。


 うわあ、知らない相手にはステータスを見られたくないな。恥ずかしい。





 誤字報告ありがとう御座います。

 わー。こんな風に編集できるんですね。


 誤字の奴とは長く腐れ縁でして、ええ、悪い奴じゃないんです。



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